第百六十九話 利用方法の変更
ヴィレムセ王国における天使教徒の活動拠点である教会に、幾人かの人影があった。
その一人であるヴィレムセ王国担当司教であるジルケが、信徒から報告を受けていた。
「ふむ、王城ですか……」
それは、異端審問官の襲撃によって負傷したエリクとミリヤムの居場所の報告であった。
ジルケは顎に手を当てて考え込む。
やはり、あの宿で仕留めることができなかったのは痛かった。
「……どうするんだ? いくら何でも、あそこに逃げられたら手が出しづらいだろう? 警備も厳重だろうし、勇者と半魔だけを狙うとすれば……暗殺か?」
そんなジルケに話しかけるのが、天使教徒ではないが協力者であるユリウス・ヴェステリネンであった。
妥当な手段は、警備をかいくぐることのできる暗殺者を送り込み、静かにエリクとミリヤムの首を刈ることである。
だが、そういう荒事を担当する異端審問官たちは、アマゾネスの元女王ガブリエルによって壊滅に追いやられているため、使うことができない。
ヴィレムセ王国に派遣されているのは、あれだけの数だったので、もはやどうしようもない。
そのような人材がいない中、どうするのだろうかとユリウスが気になっていると、ジルケはキョトンとした顔を彼に向けた。
「え? 何を言っているんですか、ユリウスさん」
「はあ?」
何を言っているかわからないと言いたげなジルケ。
「半魔をかくまう王族諸共、皆殺しにするんです。だから、正面から王城に突っ込みますよ」
「…………は?」
ポカンと口を開けるユリウス。
あまりにも無謀なことを言うので、次に出てくる言葉がなかった。
「なるほど、勇者と半魔は王族ともつながりを作っていたんですね。いや、勇者という役割が王から直接与えられるということを考えれば、これも当たり前ですか」
そんなユリウスを放っておいて、ジルケは一人うんうんと納得する。
「しかし、まさか王族までもが半魔をかくまうなんて……異教徒はヴィレムセ王国の王族にも及びましたか。天使教に仇なすならば、たとえ王であっても弑されなければなりません」
決意の表情を浮かべるジルケ。
美しい表現だが、その目に宿るのは狂気以外のなにものでもない。
「……お前たちも確実に死ぬぞ?」
「それこそ、本望です! 天使教の……天使様のために戦って死ねるなんて、天使教徒としての本懐極まれり! みな喜んで死ぬことでしょう!」
ユリウスは彼女にばれないように、こっそりとため息を吐いた。
「(……はあ、これだからカルトは扱いづらいんだ。まあ、上手く扱えたらその力はなかなかのものなんだが)」
ユリウスはカルトの……天使教のことを見誤っていた。
彼らは、それこそ天使のためと判断すれば何でもしてしまえる狂信者集団だ。
だからこそ、ヴィレムセ王国ではあまり受け入れられていなかったのだが……。
だが、行動力も含めて、彼らの力は何かを動かすことができるほどのものである。
信じるものがあれば人は強くなれると言うが、まさに彼らはそれなのだ。
普通、半魔を受け入れたからといって王族を皆殺しにしようとするだろうか?
天使教はするのである。
たとえ、その先に待っているのが自分たちの破滅だとしても、彼らはそれを殉死と呼んで誇りすら抱く。
ユリウスには理解できない考えであった。
『救国の手』が思っていた以上に使えないので、天使教を利用しようとしていたが……これもダメだったか?
ユリウスはさっさと適当に話を終わらせてこの場を去ろうとするが……。
「(……いや、待てよ? あの女を……黒い女を呼び出すんだったら、ここで俺がやるべきことは……)」
ふと気づく。
あの黒い女は、災害や戦争……すなわち、人が心から救いを求める場所によく現れるということは、今までの調査で分かっている。
……ということは、だ。
王族を殺そうとしている天使教と、さらに役立たずであった『救国の手』を組み合わせれば……。
役立たず同士でも、組み合わせることによって意外な力を発揮することがある。
それに、半魔をパートナーとしていることで、ヴィレムセ王国の国民からの勇者たちに対する不信感も広がっている。
これは……。
ユリウスはニヤリと笑った。
「おい、ジルケ。俺も手伝わせてくれ」
ユリウスの申し出に、ジルケはポカンと口を開く。
彼女も彼が信徒ではないので、さっさと逃げると思っていたのだが……。
彼女は感涙する。
「なんと……ユリウスさん、あなたという人は……。ここで天使様の祝福を与えましょうか?」
「いや、それはいらん」
布教はあっさり失敗した。
「騎士たちが大量に詰めている王城にお前らが突っ込んだところで、できることなんてたかが知れているからな。騎士の一部分を王都に引きずり出す」
「おぉ、なるほど。それならば、私の聖なる一撃も半魔に届くことでしょう」
ユリウスの計画に、ジルケは自信ありげに頷く。
彼女が手に持つのは、小さなペンのような棒状のものだ。
ユリウスはそれに心当たりがあったが、もしそれが本当なら確かに矛先は届くかもしれない。
「まあ、その過程で国民に多少被害が出るが……止めろなんて言わないだろうな?」
「まさか」
ユリウスの言葉に、ジルケは鼻で笑う。
「魔を受け入れるような王族を祭り上げている時点で、国民もまた同罪です。死んで贖罪することこそが、天使様に救われる唯一の方法なのです」
天使教は、民を良い方向に導くためのものではない。
天使教徒を天使様に救ってもらうためのものである。
それゆえに、異教徒なんてどうなったことで知ったことではない。
天使様のためならば、彼らがどれほど犠牲になっても構わないのである。
魔という天使に仇為す存在を殺すためならば、彼らにも多少の被害がいっても仕方ないだろう。
「そうか」
ユリウスも天使のことなんてどうでもいいが、邪魔をしないとなればもう言うべきことはない。
彼は立ち上がってジルケに背を向ける。
「じゃあな、ジルケ」
「ええ。また天使様の元でお会いしましょう」
二人とも、もう二度と会うことはないと理解している。
しかし、死ぬのはジルケであり、ユリウスにはまだやるべきことがある。
ここで、天使教には最後の花火を盛大に上げてもらう必要がある。
そうしたら、次に『救国の手』を利用して黒い女を呼び出して……。
「いい、いいぞ。俺に良い風が吹いてきている……!」
ユリウスは笑みをこらえきれないのであった。