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第百六十四話 また見よう

 










「こんな場所が、ペリエの森なんかにあったんだ……」

「私も初めて来たときは驚きました。なまじ人が入って来られない場所だからこそ、こんな美しい光景になっているんでしょうね」


 感動したようにミリヤムが呟けば、エリクも追随して頷く。

 死が渦巻く危険な場所に、こんな美しい光景が広がっているとは、ミリヤムもまったく想像できなかった。


 それこそ、ピクニックとして人々に親しまれるような場所である。

 しかし、もしそれほど親しまれて多くの人々がここに訪れていたら、こんなに美しい光景は維持されていなかっただろう。


 人がいなかったからこそ、ミリヤムの目を惹きつけるほどの花畑になっているのだ。


「さ、素早く薬草を摘んでしまいましょう。美しい光景ですが、のんびりしていて魔物に襲われては大変です」

「うん」


 だが、ここでのんびりと景色を楽しむことはできない。

 どれほど美しい場所でも、ここはペリエの森の一部分なのである。


 この花畑だけに魔物が現れないという保証はどこにもない。

 ミリヤムは少し残念に思いつつも、エリクの言葉に頷いて彼の後ろを歩く。


「薬草はこちらですね」

「こんなにたくさん……」


 エリクに案内された場所には、村長が持っていた薬草がたくさん自生していた。

 それこそ、今病に臥せっているサルガドの村人たちの分全てを摘んだとしても、まだたくさん残るであろうと思われるほどの量だ。


「一つ一つの重さも大したことありませんし、村人の分全て持ち帰りましょうか」

「……うん」


 エリクの言葉に、ミリヤムは少し躊躇いながらも頷いた。

 正直に言うと、やはりラウナ以外の分の薬草は持ち帰りたくはない。


 自分たちを迫害してきた連中などに、恩もなければ義理もないのだから。

 しかし、もし自分たちがラウナの分だけを持ち帰り、そしてそのことが村人たちに知られたら……力づくで奪われることは目に見えている。


 危険な場所には行かないが、結果の薬草だけは何としてももらおうとするのがサルガドの村人たちだ。

 ならば、嫌々ではあるものの、できるだけたくさんの薬草を持ちかえることができた方がいいに決まっている。


 理屈では分かっていても、なかなか感情的に納得できないものはあるのだが。

 それに、エリクはとても優しい男だ。


 自分たちを迫害や村八分していた連中のことも、心から助けたいと言っている。


「(仕方ない、か)」


 エリクの思いを実現させてあげたい。そう思えば、不思議と怒りやモヤモヤもあまり出てこないように感じるミリヤムであった。


「さあ、行きましょう」


 薬草を十分な分摘んで、エリクが背負う籠の中に入れる。

 もう用は済んだので、すぐに立ち去ろうと立ち上がる。


「うん。……また、こんな景色を見られるかな」


 しかし、どうしてもミリヤムは名残惜しさを感じてしまうのであった。

 この美しい花畑……また見ることができるだろうか?


 これから、あの殺風景で陰鬱とした空気の流れるサルガドの村に戻ろうとするのだから、気が滅入ってしまう。


「見ましょう。今度は、私とミリヤムだけでなく、ラウナさんも一緒に」

「……うん!」


 だが、エリクの優しい笑顔とその言葉に、ミリヤムの心は弾んだ。

 そうだ。また来ればいいのだ。


 大切な人と一緒に……母であるラウナと、初めてできた友人のエリクと一緒に。

 ミリヤムは華のような笑みを浮かべるのであった。












 ◆



「またゴブリンや他の魔物が道を遮るようにしているかもしれません。足音を立てずに、注意しながら進みましょう」

「うん」


 エリクとミリヤムはそんな会話をしながら、帰路へとついていた。

 先ほど通った場所を戻るだけなのだが、道が舗装されているというわけではないので、下手をすれば迷ってしまうこともあるだろう。


 だが、エリクは通る前に木々に石で軽い傷をつけていたので、そこを目印にすれば迷うことはなかった。


「(……全然魔物と会わない。運も味方してくれているのかな? すんなり出ることができそう……)」


 油断をしているというわけではないのだが、ミリヤムの頭にはそんな考えがあった。

 行き道は何度か魔物がいてそのたびにエリクが投げた石で回避していたのだが、帰りになってから今のところ魔物と遭遇どころかその姿も見たことがなかった。


 完全に、運がこちらに向いていた。

 油断はしない。だが、少し気楽になっていた。


「ミリヤム、止まってください」


 そんなミリヤムを、エリクの鋭い声が止めた。

 今までにないくらい、真剣な声音と顔。


 先ほどの考えは前振りだったのかもしれない。


「あれは……」


 エリクの見る先を、ミリヤムも見る。


「…………ッ!!」


 ミリヤムは息を飲んだ。

 そこには、魔物がいたのである。それも、一匹ではなく二匹の魔物だ。


「グルルルルッ……!」


 一匹は狼のような、四足歩行の魔物であった。

 狼よりも身体が大きく、ミリヤムたちのそれを上回っていた。


 低く身体を構えながら、牙をむき出しにして唸っている。

 もしあの牙で齧られれば、簡単に人間の身体なんて引き裂いてしまうだろう。


 その光景を想像して、ミリヤムはぶるっと身体を震わせる。エリクはぶるっと期待に震わせていた。


「ブヒヒヒ……」


 そして、もう一匹は大きな人型の魔物であった。

 緑色の汚らしい体色で、肥満体型の大柄な魔物はオークであった。


 武器としてこん棒を持っており、笑ってしまいそうになるほどの笑い声を出していた。

 だが、目の当たりにしているミリヤムには、笑うことなんてできない。


 オークの恐ろしさを、彼女はちゃんと理解しているからだ。

 ありとあらゆる欲に忠実で旺盛で……人に対して危害を頻繁に加える魔物だからである。


 それこそ、雌を相手にしたときなどは……言うことがはばかられるようなことだってする魔物だ。

 エリクはウキウキだ。


「ガァッ!!」


 睨み合っていた二匹のうち、最初に動いたのは狼の魔物であった。

 あれは人間とは比べ物にならないほどの身体能力を活かして、一瞬でオークに接近して牙をむいたのである。


 分厚い皮膚を持つオークでも、首元に食らいつかれれば一巻の終わりだろう。

 しかし……。


「ギャァッ!?」

「ひっ……!?」


 悲鳴を上げたのは狼の方であった。

 オークは持っていたこん棒を振りおろし、胴体に強烈な一撃を叩き込んだのである。


 その威力は凄まじく、離れた場所に隠れているミリヤムたちの元にもズドン! という音が聞こえてきたほどだ。

 そして、その一撃で内部に深刻なダメージを負ったのであろう、狼は立ち上がろうともがくものの、そうすることさえできずに倒れこんだのである。


 魔物同士の戦いは、こんなにもあっけなく終わりを迎えた。

 しかし、本当の(ミリヤムにとっての)恐怖は、これからであった。


 オークはゆっくりと、ズシズシと地面を揺らしながら狼に向かって歩いていく。

 止めをさすのか? いや、違う。オークはこん棒を放り捨てて狼に近づくと……。


「キャンッ!? グギッ!? ギャァァァァァァァァッ!!」


 狼の身体に食らいついたのである。

 柔らかな……しかし、オークの一撃によって歪に曲がったはらわたに、汚らしい顔を押し付けて食べ始めたのだ。


 まだ、狼は生きている。それなのに、生きたまま食べられているのである。

 その光景に、ミリヤムは凍り付いてエリクはおっふとなった。


 狼の悲痛な叫び声が、森中に響き渡る。

 しかし、オークはニヤニヤと笑ったまま、生きた狼を喰らい続ける。


 耳を塞ぎたくなるような悲鳴と、ぐちゃぐちゃと新鮮な肉をかみしめる気味の悪い音。

 耳を閉じて目を塞ぐべきなのに、あまりにも衝撃的な光景を目の当たりにして、ミリヤムが吸い寄せられるようにその惨劇を見てしまった。


 オークの分厚い身体から垣間見える真っ赤な肉と白い骨、滴る血。

 狼の脚が、ピクピクと動く。


 もう、声は聞こえなくなっていた。

 オークが狼の死体を貪る音しか聞こえない。


「ひっ……あっ、うぇ……っ」

「ミリヤム、見ないように……」


 涙を流し、胃の中のものをぶちまけてしまうミリヤム。

 エリクは今更ながらにそう警告するが、すでに遅かった。


「あっ……」


 ふっと力が抜けてしまったのだろう、ミリヤムの身体が後ろに倒れる。

 そこからは、彼女は時の流れが遅くなったように感じた。


 ゆっくりと後ろに倒れていく身体。エリクが手を伸ばすが、届かない。

 そして、ガサッと音を立てて尻餅をつく。


 ピタッと全てが凍結したように感じた。

 それは、オークの食事もまた然りである。


 彼は、先ほどまであんなにも熱心に貪っていた動きを止めている。

 そして、ゆっくりと……ゆっくりと振り返って……。


「ブルルルルルッ!!」


 二人の姿を視界に入れるのであった。




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