第百六十一話 一時の休息
「それで、どうしてここに? 私を助けに来てくれた……というわけではないでしょう?」
エリクはミリヤムに尋ねる。
ここに来る切っ掛けが自分の治療ではないだろう。彼女は自分を嫌っていたほどだし。
そう聞かれて、ミリヤムはハッとする。
「……うん。あのね、私のお母さんが流行病にかかった。他の村人たちが死ぬのはどうでもいいんだけど、お母さんだけは助けたい。だから、薬草を採りに行こうと思っているんだけど、生えている場所をエリクに教えてほしくて」
意外と辛辣なミリヤムの言葉に、そういうことかと頷くエリク。
まあ、村八分をされて迫害も受けて、それでもその人々を助けたいなんて思う人間が、世界中探しても何人いるかどうかというところだろう。
ちなみに、彼女の目の前にいる男は、迫害されてなお良いように使われることに快感を得る男なので、嬉々としてペリエの森に突っ込んだ。
「なるほど……。そう言えば、私はごく少量ですが薬草を持って帰ってきたはずなんですが……なんだったら、それをミリヤムの母に使っていただければ……」
「もうそれは村長が勝手に持って行った。孫に使うって……!」
「おっふ……。死にかけながらも持ちかえった私に断りもなく……」
死にかけながらもようやく手に入れた成果を、何の断りもなくかすめ取られる。
そのことにエリクは身体をビクンとさせた。
彼にとって、肉体的な加虐も精神的な加虐も美味しくいただくことができる。
ミリヤムは村長の勝手な行動に怒りを覚えていたが、真剣な目をエリクに向けて頭を下げる。
「だから、私に薬草の群生地を教えてほしい。今度は、私が一人でペリエの森に行くから」
自分とほぼ同じ年齢のエリクはすでに一度赴き、そしてボロボロになった。
ということは、自分一人が行っても生きて戻ってくる確率はゼロではないということだ。
もちろん、エリクのあの全身の傷を見れば、限りなく低いということは分かっている。
だが、それでも、ラウナのためならば……半魔であり望まれなかったであろう自分を愛情を持って育ててくれた母のためならば、この命を懸けることに何のためらいもない。
そんな強い意思が込められているのを、エリクは感じ取って……。
「ふっ、そういうことでしたら、私もついて行きましょう」
ニヒルに笑いながらそう提案したのであった。
子供なのに、少し似合っているのがおかしい。
「えっ!? だ、ダメ。私のスキルで治せたと言っても、体力とかは回復しないから」
ミリヤムはギョッとして言いつのる。
以前までならありがたく受けていたであろう提案だが、自身の嫌がっていたスキルのことも良いものだと言ってくれた彼を死なせたくはなかった。
だが、もう一度ペリエの森に行って痛めつけられたいエリクは、何としても付いて行こうとする。
「それを言うなら、ミリヤムだって疲労した体力は戻っていないでしょう? それに、ペリエの森には目印となるものがありませんので、口で説明しても遭難してしまう可能性が高いです。それなら、私自ら案内した方が得策かと」
「うっ……そうかも、だけど……」
確かに、ちゃんと舗装された森ならまだしも、鬱蒼と木々が生い茂る未開発の場所を口で案内されても、目的地に上手く着く自信はない。
しかし、それでも……と渋るミリヤムに、エリクは笑いかける。
「私にもラウナさんを助けさせてください。彼女は、私を対等の人間として相手にしてくれましたから」
「……普通の対応なんだけどね」
そう言われたら、ミリヤムも断ることができなかった。
自分が大切に想っている人を助けたいと言われて、嫌な気分になるはずもない。
それも、味方が誰もいないサルガドの村に住んでいたから、なおさらであった。
初めて、母を助けたいと言ってくれた人なのだから。
「それに、せっかく友人になれたミリヤムのことを、死なせるわけにはいきませんからね」
「……ッ! し、死なないし」
顔を背けて頬を赤らめるミリヤム。
友人と呼ばれ、心配されたことが照れ臭かったのだ。
この経験も、彼女は生まれてから初めてのものだったのだから。
「では、私も一緒に行くということで良いですね?」
「……うん」
何だか上手い具合に丸め込まれたような気がしないでもないが、ミリヤムは頷く。
エリクはまたあのすばらしい森に行けることになり、内心ガッツポーズをしていた。
「でも、どうやって行けばいいんだろ? エリクがボロボロだったってことは、薬草の生えている所から戻ってくるまでに魔物がいたってこと? それじゃあ……」
心配そうに言うミリヤムに、エリクは首を横に振る。
「ああ、いえ。そこは心配ありません。ちょっと道を逸れてしまって、それで魔物に襲われたんです。ですから、ちゃんと道に迷いさえしなければ、おそらく襲われることはないかと思います」
地面があるように見えていたのだが、それは落ち葉で隠れてちょっとした崖になっており、嬌声を上げながら転がり落ちたエリク。
たまたまそこにいた魔物に見つかってしまって襲ってもらったので、もし崖から滑り落ちることがなければ、あのように致命傷を負うことはなかっただろう。
「そう、なんだ……」
「ですが、もちろん絶対ではありませんし、騒ぎながら入って行けば襲われてしまうでしょうから、緊張感を持って行きましょう」
「……うん!」
エリクの言葉に、力強く頷くミリヤム。
そうだ。自分が……いや、自分たちで必ずラウナを助けるのだ。
そして、薬草を採って帰ってくることができたら、さっさとこの陰湿な村を出て行こう。
どうせ、村人全員の命を救う分の薬草を持って帰ってくることはできないだろうし、ラウナの分を奪われたら最悪だ。
サルガドの村人たちが死んでしまうことなんて、知ったことではない。
目標額に届いていないことから、少し資金は心もとないが……それでも、この村にいるよりはマシだろう。
そして、その時はラウナが言っていたようにエリクにも誘いを入れてみよう。
そのために、絶対に生きて薬草を持ちかえるのだ。
ミリヤムは決意を強固なものにするのであった。
「……ですが、今日は休みましょう。今行っても、魔物に追いかけられたら二人揃って死んでしまいます。そうなれば、ラウナさんを助ける人がいなくなってしまいますから」
「……そうだね。うん、また明日にしよ」
つい先ほどまで死ぬ一歩手前だったエリクと、そんな彼を助けるために回復魔法とスキルをフルに活用したミリヤム。
まだ子供の二人は、もうすでにうつらうつらとしていた。
ペリエの森に行くために、できるだけ万全の状態にしなければならない。
だから、少し休もう。
心配するだろうから、ラウナの元にも戻らなければ……。
そう思いながら、ミリヤムは眠りについたのであった。
数十分後に目を覚まし、彼女は一度家に帰るのだが、それまで子供二人が寄り添うようにして眠る姿は、とても微笑ましい光景であった。