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第十六話 オーガ

 










「オォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」


 雄叫びを上げて、ミリヤム目がけて走り出すオーガ。

 普通の人……いや、鍛えられた戦士でも十数秒とかかりそうな距離を、数秒で一気に詰めてくる。


 その脚力は驚異的だった。

 大した戦闘技能を持たないミリヤムは、これに避けることも防御することもできず……。


 しかし、オーガとミリヤムの間に割り込んだのが、彼女の相棒であるエリクであった。

 彼はスラリと剣を抜き、オーガを待ち受ける。


「あ……」


 昔からエリクを見てきたミリヤムだから分かった。

 彼の足は震えていた。


 それもそうだろう、勇者として祭り上げられても、元は戦いのたの字も知らない農民だったのだ。

 冒険者や戦士を簡単に殺せる魔物に殺意をぶつけられれば、怯えない方がおかしい。


 そう、その震えが武者震いであったり期待していたりしているものから来るのはおかしいのである。


「ギエェアァッ!!」

「ぐっ……!?」


 オーガの振り下ろされた手とエリクの繰り出した剣がぶつかり合う。

 いくらオーガとはいえ、剣で切られれば皮膚は避けるだろう。


 ゆえに、彼は鋭い爪を使った。

 簡単に人の身体くらいなら貫けるような鋭い爪を。


 人間の爪よりもはるかに鋭く強固なそれは、エリクの剣とぶつかり合って高い金属音を奏でる。

 それだけで、オーガの爪がどれほど人間にとって脅威なのか、理解することができるだろう。


「ぐっ……うぅっ!?」


 さらに、オーガの力は人間のそれよりもはるかに強い。

 このように押し合っていても、エリクの剣はみるみるうちに押されていっている。


 エリクも勇者であり、一般兵よりは強いし経験も豊富だ。

 しかし、オーガと比べると明らかに頼りなかった。


「ぐわぁっ!」

「エリクっ!?」


 ついに力で押しあうことができなくなったエリクは、吹き飛ばされてしまう。

 いや、単に吹き飛ばされたというのは語弊だ。オーガの力を利用して距離をとったのである。


 その際、無駄に地面を擦って身体に怪我をさせたのは秘密である。


「こ、このままじゃあ……」


 この攻防を見守っていたミリヤムは、エリクが勝てないと判断した。

 そもそも、オーガという魔物が強力なのだ。


 本来であれば、第二階層のはるか下……それこそ、何十も下の階層に出現する魔物である。

 冒険者の中でもトップクラスの実力を誇る者たちなら倒すことも可能であるが、勇者とはいえ元が農民のエリクではどうしようもできない相手だ。


 エリクとミリヤムが潜った一番深い階層は、第7階層なのだから。


「デボラ王女!」

「な、なに!?」


 エリクとオーガの攻防を、どこかキラキラとした目で見ていたデボラは、突然のミリヤムの大声にビクッとする。

 なに目を輝かせてんだと思いながらも、ミリヤムは言葉をつなぐ。


「王女、このままじゃあ、エリクが死んでしまいます」

「うん、良い戦いだよね。物語に出てくるシーンみたいで、ちょっとドキドキする」

「そうじゃなくて!!」


 どこまでのんきなんだ、このチビは!

 ミリヤムはそう思うが、しかし一般人の常識とは少し違う考え方を持っているのがデボラなのだ。


 そうでなければ、人を爆殺しておいて何も感じないというのはありえないのだから。


「オーガはそう簡単に死にません。エリクの力では、オーガを殺しきることはできないと思います。だから……」

「僕の爆発?」

「そ、そうです」


 分かってんだったら最初からやれやと心の中で思うミリヤム。

 高い攻撃力だけでなく、オーガは防御力も非常に高い。


 生半可な斬撃は皮膚を軽く切ることしかできないだろうし、初歩的な魔法なら大したダメージにもならない。

 しかし、デボラの爆発は違う。


 一撃で人を簡単に殺せる威力を誇るそれは、オーガであろうとも確実にダメージを与えられるだろう。

 ヴィレムセ王国の王族に何かを頼むのはとても嫌だが、ミリヤムにとってエリクの命はそんなプライドよりも大切なものだった。


 だから、デボラに頼むのだが……。


「あー……悪いけど、それはできないよ」

「なっ……!?」


 デボラはばつが悪そうに笑い、頬を指でかく。

 その返答に、ミリヤムは驚愕する。


 まさか、ここまで性格が腐っているとは思わなかったのである。

 自分の態度が気に食わなかったから、今エリクを助けないというのか。


「わ、私だったら何度でも頭を下げます。だから……」

「いや、そうじゃなくて。まあ、君に対してイライラしていたのは事実だけど、それが理由で爆発を使わないってわけじゃないから」

「え……」


 ミリヤムの考えていたことを否定するデボラ。

 じゃあ何で……と口を開く前に、デボラが説明する。


「僕の爆発……あれ、自在に操れるってわけじゃないんだよね」

「…………はぁっ!?」


 ミリヤムは普段の大人しさをかなぐり捨て、ぽかんと口を開けてしまう。

 あの爆発を、操れない?


 あまりにも衝撃的すぎて、何を言っているのか理解できなかった。


「あれ、僕の感情が高ぶったときに自然に出ちゃうんだよね。っていうか、自在に操れるんだったら、もっとうまく扱うしね」


 てへへっと笑いながら頭をかく小さな王女、デボラ。

 そう、だからこそ彼女は『癇癪姫』と恐れられるのだ。


 感情が高ぶれば、デボラの意思に関係なく相手を爆発に巻き込む。

 これが、彼女の強力なスキルであった。


 ……まあ、意思に関係ないとあるが、デボラが爆殺した人に対して罪悪感を抱いていないことから、彼女がそれほど悩んでいないことは明らかだろう。


「じゃ、じゃあ、どうすれば……!」


 ミリヤムはオーガと戦闘を繰り広げるエリクを見る。

 すでに、激しい戦闘が行われているせいで、彼の身体はいくつか傷を負っており、軽い流血も発生していた。


 それでも、エリクが未だにオーガと戦えていることが驚くべきことである。

 生粋の戦士でもないのに、これほどオーガと戦える者など他にいないだろう。


 しかし、それはエリクが防御に徹しているからこそできる芸当でもある。


「うーん……勇者もなかなか頑張っているけど、勝てそうにないよね。詰み?」

「ふ、ふざけないでください……!」


 のんきなことを言うデボラに怒るミリヤム。


「ぐっ……!?」

「エリク!」


 そんな時、エリクが吹き飛ばされてくる。

 苦悶(かんき)の声を上げてオーガを見る彼の身体は、防いでいたといってもギリギリだったようで、いくつか大きな傷を負っていた。


 しかし、エリクもただやられていたわけではなかったらしく、最後吹き飛ばされる直前にオーガの腕を切りつけていた。

 オーガが怒りと痛みで絶叫している間に、彼はミリヤムに頼む。


「ミリヤム。少しでいいので、回復をお願いします」

「わ、分かった」


 エリクにだけは使いたくない欠点のある回復魔法だが、今の彼には必要なのだ。

 そう自分を言い聞かせ、ミリヤムは回復魔法を使う。


 やはり、かなりの激痛が襲うのか、顔を苦そうに(嬉しそうに)歪める。

 流血が止まると、エリクはミリヤムに軽い礼を言ってデボラを見る。


「申し訳ありませんが、私の力ではオーガを倒すことはできないようです」

「うん、無理っぽいね」

「ええ」


 この二人はどうして絶望的な状況なのに、こんなのんきなんだと驚愕するミリヤム。

 焦っても仕方ないことは分かっているが、今も自分たちを食い殺そうと睨みつけてくるオーガを前にして、彼女はこのような会話をできる自信はなかった。


「ですので、デボラ王女の爆発に頼りたいと思います」

「え、エリク。それはできないの。……役立たず」

「おい、聞こえてんぞ」


 エリクも自分と同じ考えに至ったのだろう。

 瞬間的とはいえ、その攻撃力の高さを身を以て知っているエリクは、これならオーガを倒せると思っているのだ。


 しかし、自在に爆発を操ることのできないデボラに、それを頼むことはできないのだ。


「ええ、聞こえていました。感情を昂らせる必要があるのですよね?」

「うん、まあそうだよ。だから、君の期待に応えることは……」

「では、昂らせればいいのです」

「……うん?」


 エリクの言葉に首を傾げるデボラとミリヤム。

 昂らせる……というが、それをどうすればいいのか。


 決まったパターンで感情が高ぶって爆発を起こすのであれば、『癇癪姫』と恐れられることはなかっただろう。

 そのパターンを避ければいいだけなのだから。


 しかし、まるで秋の空のようにころころと昂るポイントが変わってしまうため、いつ爆発に巻き込まれるかわからないのである。

 子供の心はすぐに変わるからだ。


 だが、エリクは必ずデボラの感情が昂るものを知っていた。


「私は、これからデボラ王女の悪口を言います」

「…………は?」


 キョトンとした顔をするデボラ。

 どうしてそんなことをするのかわからないし、そもそも悪口を言うことを前もって宣言する意味も分からなかった。


「馬鹿とかアホとか、言います」

「ふ、ふーん……」


 ピクピクと額の血管が脈動するデボラ。

 しかし、それだけでは怒らない。


 いや、普通だったら怒って小規模の爆発くらいなら起きるかもしれなかったが、どうしてかエリクにはその前兆はなかった。

 さて、これに困ったのはエリクである。


 彼の特殊な性癖上、責めることはまったく想定していなかった。

 そのため、大した悪口が言えないのである。


「……エリク、こっち来て」


 ミリヤムはエリクを呼び寄せる。

 彼が心優しく、利他慈善の勇者だ。人を悪く言うことはできないのだろう。


 ならば、自分が悪口を授けようではないか。

 なに、ヴィレムセ王国の王族に対する悪口なら、頭がいっぱいになるほど持っている。


 こしょこしょといくつか授けると、エリクはありがとうと言って離れる。


「おい。君、勇者に何を吹き込んだんだよ」

「……内緒です」

「君になら爆発を使えるような気がしてきた」


 剣呑な表情を見せるデボラ。

 そんな目で見てほしいと伝えたくなるエリクであったが、ようやく痛みや怒りから冷静になったオーガが睨みつけてくることから、そのような時間はないことを悟る。


「それでは、頑張ってきます。デボラ王女、後は任せましたよ」

「えっ!?ちょ、ちょっと勇者!」


 デボラの呼びかけに答えることなく、エリクはオーガ目がけて走り出したのであった。



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