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第百五十六話 手当て

 










「ただいま」

「けほっ、けほっ。お帰りなさー……あら?」


 ミリヤムの声を聞いて、ラウナが顔を出す。

 いつも通りの光景かと思いきや、彼女は人に手を貸しているではないか。


 そして、その手を貸してもらっているのは、ミリヤムと同い年くらいの少年であった。

 それも、自分たちと同じような境遇で、よく知っている人物だ。


「あらあらあら?」

「……お母さん、怪我しているから包帯とか持ってきて」


 ニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべているラウナに、ミリヤムは説明するのも面倒なので用件だけ告げる。

 こういう時の母は、なかなか面倒くさい。


「ミリヤムのお友達になってくれたのかしら? よろしくお願いしますね」

「いえいえ」


 ほら、二人して頭を下げあっている。やめろ。


「友達じゃないし」


 だから、ついつい強い口調でそう断言してしまった。

 自分が何度も傷つけられたことから他人に対して思いやりを持つことができる彼女からすれば、珍しいことである。


 どうにも、エリクに対しては感情が出てきやすい。


「ミリヤム……」

「おっふ……」


 ラウナは心配そうな目をミリヤムに向け、エリクは一瞬嬉しそうに微笑んだ。何でだよ。


「とにかく、お母さんは早く治療できるものを持ってきて。あなたも、手当てが終わったらすぐに出て行って」

「ふっ、了解です」


 ミリヤムの辛辣な言葉に、どこか嬉しげなエリクは微笑みながら頷く。

 ラウナは彼女の態度にエリクが怒りださないかと心配していたのだが、どうやらとても優しい子のようだ。


 やはり、サルガドの村を抜け出す時に、一緒に行くことを提案してみてもいいのかもしれない。

 そんなことを考え、家にある数少ない手当のための道具を取りに行く。


 そして、それらをミリヤムに渡すと、自分は晩御飯の用意があるからと離れる。

 彼女にも、同年代の友達を作ってほしかったのだ。


 なお、ミリヤムは余計なお世話だと思っていたが、助けられたのは事実なので治療を始める。


「つっ……!」


 傷ついた額を清潔なガーゼでポンポンと拭う。

 血がべっとりと付き、なかなか深い傷であることを思わせる。


 それを見て、余計に疑問がわいてきた。


「……どうして私を助けたの?」

「はい?」


 快楽に身を悶えさせていたエリクは、聞き取れずにもう一度聞き返した。


「私とあなたは別に知り合いでもなかった。助ける義理なんてなかったはず。私を庇って、こんな酷い傷を負って……馬鹿みたい」


 傷口にガーゼを当てながら、そんなことを言うミリヤム。

 違う、本当はそんなことを言いたいのではない。


 お礼を言いたいのだ。助けてくれてありがとう、と。

 だが、どうしてもエリクにその素直な感情を向けることができなかった。


 こんなことを言われれば、怒鳴り返されたって不思議ではない。

 しかし、エリクが向けてくるのは穏やかな笑みであった。


「最初に助けてくれたのは、あなたではありませんか」

「ち、ちが……っ! あれは、思ったことを言っただけで……」


 一瞬、愕然として口を大きく開けるミリヤム。

 しかし、すぐに言い訳をしようと言葉を発する。


 エリクが言っているのは、囲まれて苛められている彼のために『バカバカしい』という言葉を吐いたことだろう。

 だが、ミリヤムからすれば彼を助けようと明確な意思があったわけではない。


 本当に、意図せず口に出てしまった言葉なのである。

 礼を言われるようなことでは……。


 しかし、エリクは首を横に振る。


「それでも、私への害意は一時的に止まりました。私はあなたに助けられたんです。その恩返しをするのも、当たり前のことです。ありがとうございました」


 ガーゼを落とさないように頭に手をやりながら、エリクは頭を下げる。

 それを見て、ミリヤムにはぐっとこみあげてくるものがあった。


 もちろん、涙などではない。そんなものではなくて……。


「お礼を言うのは……!」


 私だ。その言葉が、彼女は出すことができなかった。

 自分自身に恥ずかしさを覚え、ミリヤムは目を落としながら手当を続ける。


 血を拭ったガーゼを取り、別の清潔なガーゼを傷口に当てる。

 そして、包帯を取り出すと、彼の頭に優しく巻いていく。


 無言の時間が流れ、ミリヤムのことを気づかったのだろうか、エリクが口を開いた。


「しかし、私にも魔法が使えたらよかったのですが……。そうすれば、傷もすぐに治せたんですけどね」

「……そう。私は使えるよ」


 うっかり、である。本当に、ボーっと気が抜けていたため、ミリヤムはついそう本当のことを答えてしまった。

 マズイ、と思ってももう遅い。エリクは目を輝かせていた。


 回復魔法を教えてもらうことができるのであれば、これからのドMライフを全力で楽しむことができるからだ。


「本当ですか? それは凄いですねぇ。それなら、是非私にしてみて――――――」

「しない」

「おっふ……そうですか」


 エリクの言葉を途中で遮り、ミリヤムはぴしゃりと断った。

 その有無を言わせない表情や声は、これ以上の追及を決して許さなかった。


 教えられるはずがないだろう、使えるはずがないだろう。

 自身のスキル……いや、悪魔の血をひくせいで、驚異的な回復と引き換えに耐えがたい激痛を与えてしまうなんて。


 あんなもの、受けられる者がいるはずがないのだ。

 一方、エリクは自分なんかに教えてやるかと言われたと取り、冷たい応対に快楽を得ていた。子供ながらに非常に業が深かった。


「……どうしてあなたは抵抗しないの?」

「抵抗……何にですか?」


 ミリヤムがぽつりとつぶやいた言葉に、エリクは本当に意味が分からず聞き返す。

 どうして抵抗なんてするのだろうか?


 いや、抵抗してもっと過激になるのであれば、それは悦んでするが……。


「あなた、いじめられているでしょ? 私たちよりも酷いことされたり、しんどいことを押し付けられたり……辛くないの?」


 ミリヤムには、まだラウナという後ろ盾がいる。

 それは、決して強靭なものではないが、あまりにも酷なことをミリヤムに押し付けることはできない。


 だが、エリクにはそんな後ろ盾が一つもない。

 ミリヤムの見えないところでも、相当なことを強要されたりしているのだろう。


「ああいうやつらは、黙っていたらつけあがる。戦うことも辞さない覚悟を示さないと、これからずっと迫害を受け続け――――――」

「それ()いいんですよ」


 ミリヤムの言葉を遮り、エリクは子供らしからぬ達観した表情で頷いた。


「私を迫害することで、その人たちが幸せな気持ちになってくれるのでしたら、私をいじめていただいて構いません。それが、私の幸せになるんですから」

「――――――ッ」


 エリクの言葉に、ミリヤムは開いた口がふさがらなかった。

 異常だ。この男の考え方は、常軌を逸している。


 あまりにも過度な利他主義。自身を蔑ろにし過ぎている。

 それは、善人かもしれない。美談になるのかもしれない。


 しかし、ミリヤムの目からエリクは歪に見えて仕方なかった。

 人間というものは、概して自身のために行動するものである。


 それは、決して悪いことではない。あまりにも他者を蔑ろにしているのであれば、それは利己主義だとして非難されるべきであろう。

 だが、それでも自分のために何かをするということは、人間として……いや、生物として当たり前のことである。


 しかし、エリクにはそれがないのだ。

 自分のためという考えが、微塵もない。


 ミリヤムは、目の前の男に恐怖した。

 …………エリクの心のうちを少しでも覗くことができれば、この男ほど自己中な者もいないと分かるのだが。


「……それ、おかしいよ。歪すぎる」

「生まれながらのものですから……私には、どうすることもできませんね」


 生まれながらのドMは業が深かった。


「やっぱり、私はあなたのことが嫌い。ううん、あなたの生き方が嫌い」


 包帯も巻き終わると、ミリヤムはそう言った。

 エリクの優しさは好ましい。だが、自分を殺してまで他者を助けようとするのは、彼女はとてもじゃないが好きになれなかった。


「……ふっ、それでいいですよ。手当をしてくださって、ありがとうございました」


 エリクは少し寂しそうに笑い、礼を言って出て行った。

 嫌いと言われたことに、身体をビクンビクンさせながら。




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