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第十五話 ビギナー殺しの小部屋

 










 この広場に入った時から、ミリヤムは直感によってあることを確信していた。

 それは、自分たちが不用意に入ってきたこの場所が、『ビギナー殺しの小部屋』なのだということだった。


 今まで、そこに入ったことなどない。それなのに、絶対にそうだと信じて疑わなかった。

 それは、奥にいる何かから発せられる重圧が伝えてきてくれたからだろうか。


 あの何かは、まだ自分たちに気づいていない。敵意も殺意も向けてきていない。

 それなのに、ただそこにいるというだけで、ミリヤムの心臓が押しつぶされそうなほどの重圧がのしかかってきていた。


「(このチビ王女のせいで……!)」


 ミリヤムは、自分と同じくその何かの重圧を感じてのんきな顔を引っ込めているデボラを睨みつける。

 全てデボラのせいにするというのは酷な話だろう。


 実際、ミリヤムだって何者かの魔法の干渉があって、この『ビギナー殺しの小部屋』に誘導されたということは分かっている。

 しかし、それでも小さな王女に対する怒りは隠せなかった。


 もともと、レイ王を筆頭にして、このヴィレムセ王国の王族に対して良い感情をほとんど持っていないミリヤム。

 どのような些細なことでも、王族が関係していることなら非常に短気になってしまうのが今の彼女であった。


「エリク、今のうちにこっそりと逃げよう」


 ミリヤムは自分の相棒である青年の袖を引っ張って主張する。

 誰かを助けるためなら自身の命を簡単に投げ出してしまうエリクだが、今回は誰も襲われていない。


 それなら、逃げることにだって賛成してくれるだろう。

 しかし、ミリヤムの期待に応えず、エリクは首を横に振った。


「ミリヤム、忘れましたか?『ビギナー殺しの小部屋』は、一度入ってしまえば出る手段は一つしかありません。その部屋の主を、倒すことです」


 ミリヤムはハッとして後ろを振り返る。

 扉などなく、普通の通路が広がっているはずの後ろは、いつの間にか分厚そうな壁に覆われていた。


 そう、これが『ビギナー殺しの小部屋』の最も恐ろしい点だ。

 一度迷い込んでしまえば、逃げ出すことは叶わない。


 脱出する方法はただ一つ、部屋の主である魔物を倒すしかない。

 しかし、それが簡単な話でないことは、部屋の悪名高さからも簡単に予想される。


「ひっ……!」


 ミリヤムの口から引きつった悲鳴が上がる。

 思わず後ずさりしてしまった脚に、何かが当たったのだ。


 視線を下ろすと、そこには人間の骨があった。

 薄暗い部屋の中をさらに視線を凝らすと、ミリヤムの脚に当たった一本だけではない。


 地面に無造作に打ち捨てられているもの、壁にもたれかかっているもの、そんな形の人骨がいたるところに存在していた。


「これが……全部……っ!」


 全て、冒険者たちの屍だというのか。

 これだけの数の冒険者たちが、この部屋に飲まれて死んでいったのか。


 死体も骨も戻ることなく、二度と太陽の光に当たることもできなくなってしまったのか。

 そう考えると、ミリヤムの背筋は一気に凍りつく。


「こんなの、物語で見たことないなぁ……」


 のんきそうに言っているデボラであるが、それでも彼女の頬には一筋の汗が垂れていた。

 彼女だって、この部屋の異様さには気づいている。


 未だ幼いとはいえ、『癇癪姫』と呼ばれて恐れられる程には力を持っている。

 まあ、それは気に食わなければ爆殺するという外道さによって呼ばれるところが大きいのだが。


 カラン……。


「っ!?」


 ミリヤムの足に当たった骨が、そんな甲高い音を奏でた。

 ぎょっとして彼女を見るデボラ。ナイスと言わんばかりに見えない位置で微笑むエリク。


 そして、反応を見せたのは彼らだけではなく、この部屋の主もまた動いたのであった。

 奥の暗がりから、ずしずしと重たげな足音が聞こえてくる。


 確実にエリクたちに近づいてきている。

 この音が切っ掛けになったのは確かにそうだが、そもそも『ビギナー殺しの小部屋』に取り込まれた時点で部屋の主は分かっているため、ミリヤムを責める理由にはならない。


 それでもデボラが罵倒してやろうと口を開きかけ、ぬっと姿を現した魔物に目を固定される。


「なるほど……」


 エリクが小さく呟いた。

 その声が震えていたことから、ミリヤムは彼もまた恐怖におののいているのだと勘違いしていた。


 彼女はエリクとは比べものにならないほどの恐怖を覚えていた。

 額から生えた二本の鋭い角は、それで突進されれば鉄の鎧をも容易に貫くことだろう。


 鋭い目に見据えられただけで、力の弱い者は命まで掴まれそうだ。

 筋骨隆々の肉体は、何の武器も使わなくとも人間の命なんて簡単に刈り取ってしまうだろう。


 真っ赤な皮膚は、まるで怒りのあまり我を失っているかのようで……。


「お、オーガ……」


 ミリヤムは現れた魔物を見て、声を震わせてその名を呼んだ。


「ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!!!」


 ミリヤムの声に応えるように、その魔物――――オーガは吼えた。

 ビリビリと空間を震えさせ、エリクたちはそれなりに距離が離れているというのに鼓膜が破れそうになる。


 オーガの鋭い目が、エリクたちを捉える。

 久しぶりの獲物だ。最後に殺した冒険者が迷い込んできてから、どれほど経っただろうか。


 オーガは飢えていた。

 腹を満たすという意味での飢えではない。


 人間を殺すという快楽においての飢えである。

 男が一人、女が二人、その飢えを満たすには十分である。


 そこそこ戦えそうな男は、今日殺そう。

 あまり強くなさそうな二人の女は、生かして捕らえ、少しずつ苦しめてから殺そう。


 そうすれば、次の冒険者が迷い込んでくるまで我慢できるかもしれない。

 オーガはニヤリと笑ってそう決断すると、自身の咆哮で怯んでいる女……骨を蹴って不快な音を立たせたミリヤム狙って駆けだすのであった。



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