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第百四十八話 毒

 










 エリクは必死に脚を動かすが、しかしそれでもミリヤムに短剣が届く前に彼女の前に到達することは不可能だった。

 これがアンヘリタであったならば、動かずとも尾で簡単に弾くことができただろうが、今ここにいない彼女のことを思ったところで仕方がない。


「うっ……おぉっ!!」


 自分自身が間に合うことはできない。

 ならば、それ以外の方法で短剣を防ぐほかない。


 エリクは長剣を振り上げると、ミリヤム目がけて思い切り投げつけたのであった。

 今の彼が全力で剣を投げつければ、かなりの速度になる。


 グルグルと回転しながらそれは空気を裂いて進み、ミリヤムに向かって飛んでいた短剣を全て弾いてしまった。


『…………ッ!?』


 ミリヤムに傷一つ負わせることなく短剣を弾かれてしまった異端審問官たちは、顔を隠す布の下で驚愕の表情を浮かべるが、すぐに次の行動に出る。

 彼らはその訓練をしっかりと受けた精鋭であった。


 懐から新たな短剣を取り出すと、再びミリヤム目がけて投げつけたのである。

 自分たちとは違い、エリクは武器として一本の長剣しか持っていない。


 再び長剣で短剣を弾き飛ばすというような荒業は、することはできないだろう。

 もはや、エリクになすすべはない。


 短剣は無慈悲に半魔の身体を突き刺す……とヴィルフリート以下天使教徒たちはそう思っていたのだが、武器がなくなってからが彼の本領発揮なのである。


「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 エリクは嬉々としてミリヤムの前に立ちはだかり、複数の短剣をその身体に突き刺さらせるのであった。

 多くは面積のある胴体で受け止め、ミリヤムの目を狙って突き進んでいた短剣は手のひらに突き刺さらせて受け止めた。


 ブシュッと血が噴き出し、彼女の顔面にかかる。


「エリク!?」

「……馬鹿か、貴様は?」


 自身が攻撃されるよりも悲痛な声を上げるミリヤムと、信じられないものを見るような目を向けるヴィルフリート。

 彼は仲間から回復魔法を受けながら、エリクを見て冷や汗を流していた。


 異端審問官たちが投げたのは短剣であり、確かに当たり所が悪くなければ致命傷になることはないだろう。

 だが、身体に刃物が突き刺さるというのは誰だって怖いし、実際に刺さった時の苦痛はかなりのものだ。


 それなのに、この男は何のためらいもすることなく、むしろ笑みさえ浮かべて射線上に身体を投げいれたのである。


「『守護者(ガーディアン)』……異常だな」


 他人のために身を投げだすことができるのは確かに美徳だが、死ぬことさえ考えられるようなことにそれができるのは異常と言うほかない。

 と考えるヴィルフリートだが、彼らだって天使のためとなればたとえ火の中水の中なのだから人のことを言えるものではないが。


 それに、エリクの行動原理のほとんどは性癖のためである。


「ぐっ……ふぅ……。これくらいで、私はミリヤムの前から退きませんよ」


 デボラには爆発で身体を何度も宙に投げ出され、エレオノーラには顔の形が変わるくらいボコボコに殴られ、ガブリエルには四肢に欠損が生じるほどズタズタに斬られ、アンヘリタには肝を何度も引き抜かれて喰われ……。

 そんなドMライフを謳歌しているエリクからしてみれば、短剣数本身体に刺さるなんて生ぬるいとしか言いようがなかった。


 もっとだ……もっとこい!

 そう言うように一歩踏み出した、その時だった。


「……あれ?」


 ぐらりとエリクの身体が揺れたのである。

 彼の視界は、驚くほどぐにゃぐにゃと歪んでいた。


 そして、身体に走る激痛と冷たくなっていく感覚。

 ま、まさかこれは……!


「効いてきたか? 我々の持つ短剣には即効性の毒が塗られてある。塗れる量も限られているからすぐに死に至るということではないが……その分、苦しむことになる。異教徒をただ殺すだけじゃダメだからな。地獄の苦しみを味わってから死ね」

「素晴らしい……」

「は?」

「何でもありません」


 怪訝そうな目を向けてくるヴィルフリートに構わず、エリクは内心ほくそ笑む。

 毒……それはかなり苦しい命の奪い方。


 いずれ毒殺されてみたいとも思っていたが……まさかこんなところで苦しむことができるとは思っていなかった。

 カルトの天使教に心からの感謝を捧げたい。


「毒が完全に回るまで待っていてもいいのだが……愚かな異教徒は身体を切り刻まれて死ぬというのもお似合いだろう」


 ヴィルフリートの言葉の後、異端審問官たちが新たに短剣を取り出して身構える。

 彼もエリクの殺害に携わりたかったが、遺憾なことにエリクから受けたダメージが大きく、出血こそ止められたものの激しい運動はできそうになかった。


 仕方ないから、この特等席で見せてもらおうではないか。

 愚かな異教徒が、血を撒き散らしながら不様に死ぬ様を。


「す、すぐに回復を……!!」

「させるな! やれ!!」


 半魔の回復魔法の脅威はちゃんと認識している。

 彼女ならば、毒を完全に解毒してしまうことも可能かもしれない。


 であるならば、それだけはさせてはならない。

 回復させる暇を与えないため、ヴィルフリートは異端審問官たちをけしかけたのであった。


「ぐっ……! つっ……がはっ!?」


 ヴィルフリートの時と違い、一対多という状況。

 さらに、エリクは武器である長剣を投げつけて手元から離してしまったため、丸腰で迎え撃たなければならなかった。


 手数も圧倒的に敵の方が多く、防戦一方だ。

 毒によって足元もおぼつかないので、エリクの身体には切り傷や刺し傷がひたすらに増えていく。大喜びだ。


「ぶ、武器を……! エリク!」


 ミリヤムもただ後ろで見ているだけではない。

 地面に落ちている長剣を両手でなんとか拾い上げ、エリクに投げつける。


 彼はそれを受けとり、視界もグニャグニャしていたが羽虫のようにまとわりついてくる異端審問官たちを一網打尽にするため、大きく横に薙いだ。


「どうした? 私と戦っていた時のキレがどこに行ってしまったんだ? そんな大振りで精鋭たる異端審問官を倒せるわけもなく、そして……」


 ニヤニヤと嗜虐的な笑みを浮かべるヴィルフリート。

 エリクの大振りで毒によって精彩を欠く攻撃などに、荒事になれた異端審問官がやられてしまうなんてありえなかった。


 彼らは身をかがめてその大振りの攻撃を避け、先ほどのヴィルフリートのように無防備になったエリクに突撃し……。


「あぁぁぁぁぁっ!!」


 がら空きになった腹部に次々と短剣を突き刺したのであった。

 ごぽっと湧水のように口から血をあふれさせるエリク。


 毒の効果も相まって、その量は明らかに致死量であった。

 危機一髪状態になったエリクは、身体をビクンビクンさせていた。


 身体が生命の危険を感じてなる生理現象か、はたまた快楽か……。


「エリク……エリクっ!!」

「不様な最期だな。半魔なんぞを助けようとするから、こんな結末を迎えることになったのだ」


 泣き叫びながらエリクの元に駆けよろうとするミリヤムを見ながら、ヴィルフリートは嘲笑する。

 自分に剣を突き刺し、天使教に背いた異教徒にはお似合いの最期だ。


 その嗜虐的な目は、今度はミリヤムに向けられた。


「さあ、次は貴様だ、半魔。悪魔の血をひく異端児は、この世界からすべからく排除されなければならない」


 ヴィルフリートの言葉に応えるように、一歩前に踏み出す異端審問官たち。

 命を狙われる恐怖よりもエリクを傷つけられた怒りが強かったミリヤムは、そんな彼らを強く睨みつけた。


 だが、そんなもので異教徒を殺してきた彼らが止まるはずもない。

 さらに前進しようとして……。


「させま、せん……」


 ミリヤムの前になお立ちはだかった血だらけの勇者の姿に、彼らは思わず足を止めてしまうのであった。



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その聖剣、選ばれし筋力で ~選ばれてないけど聖剣抜いちゃいました。精霊さん? 知らんがな~


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