第百四十一話 助っ人四人衆
「ぐぉっ……!?」
多くの生物の弱点の一つでもある鼻に強い一撃をもらってしまい、ユリウスは思わず何歩か後ろに下がってしまう。
その際、彼が持っていた剣もエリクの身体から引き抜かれる。
彼はだくだくと大量に血を流しつつも、冷たい地面に倒れることなくなんとか膝をついてユリウスを睨みあげていた。
「(もっとください!!)」
いや、期待した目を向けていた。
ドM的なものだったが、ユリウスはそれを戦いを求めるものだと勘違いした。
「クソが……! どうなっているんだ!? 確かに心臓を……」
うっすら目に涙を浮かべながら、鼻を抑えつつ驚愕の目をエリクに向けるユリウス。
どういうカラクリがあるのかと頭をフル回転させ、彼は一つの答えにたどり着く。
「お前、もしかして俺と――――――」
愕然とした様子で呟くユリウス。
まさか、この男もあの黒い女と……。
「――――――ッ!!」
しかし、そんな思考を許さないようにアンヘリタの白い尾が彼に襲い掛かった。
とっさに飛びずさり、その攻撃を避ける。
「……まさか、もう動けるようになるとはな。まだ十分も経っていないはずだが」
「エリクがお主の気を惹きつけてくれたからのぉ。それに、儂の大切な肝をつぶされてはかなわん」
アンヘリタを縛り付けていた文様は、非常に薄くなっていた。
だが、効力を完全に解除できたわけではないようだ。
もし、解除することができていれば、あの尾の攻撃を考え込んでいたユリウスが避けることはできなかっただろう。
そうなれば、戦闘不能になっていてもおかしくなかった。
「だが、万全の状態ではないお前に負けることはないぞ」
とはいえ、勝てるということもなかった。
ユリウスはアンヘリタによって片腕を潰され、彼もまた万全ではないからである。
膠着に陥るかとユリウスが予感していると……。
「――――――ッ!!」
ぶわっと彼の背後の上空に強烈な殺気が溢れ出す。
直感に従い、ユリウスは剣を振るった。
それは、ちょうど振り払われた戟を弾くことになった。
「ぐぉ……っ!?」
片腕で受けるには重すぎる一撃に、ユリウスは手をしびれさせる。
その一撃は、両腕で剣を振りおろしていたエリクと同等かそれ以上だった。
「あれ? おかしいなぁ……ちゃんと気配は消していたはずなのに。やっぱり、エリクくんが倒れているのを見てカッとなっちゃったのかな?」
金色の髪を後ろで束ねている褐色の肌の女が、不思議そうに首を傾げていた。
妖艶な肢体からは、とてもじゃないがユリウスの手が痺れるような一撃を撃ち出せるとは思えない。
だが、彼女がアマゾネスの元女王ガブリエル・モニクと知れば、その強さも理解できるだろう。
「アマゾネスの女王が何故……!?」
油断なくガブリエルを睨みつけていたユリウスであるが、彼女の背後から飛び出してきた陰に目を見張る。
棘付きの巨大な手甲を以て殴り掛かってくるのは、黒髪おかっぱの女騎士エレオノーラ・ブラトゥヒナだ。
「ぐぁ……っ!?」
とっさに剣を出して手甲を受け止めるが、それだけでエレオノーラの攻撃は受けきれない。
脚に力を入れて何とか受け止めようとはするのだが、彼女の怪力によって吹き飛ばされ、巨木に背中を打ち付けるのであった。
「……もっと痛めつけられたらよかったのですけど」
エレオノーラは吹き飛んだユリウスを見て、不満そうにつぶやいた。
「エリク!!」
「うわっ。ボロボロになったねー、エリク。生きているの?」
ユリウスは座り込みながら目を向けると、戟と手甲を持って悠然と立ちはだかる二人の女。
それに、倒れこむエリクの元にはミリヤムとふわふわの髪を持つヴィレムセ王国の王女であるデボラが近寄っていた。
目に涙を浮かべながら必死に治療しようとしているのがミリヤムで、興味深そうにエリクの傷を弄っているのがデボラである。エリクはビクンビクンしていた。
「お前らは……!!」
「エリクくんを痛めつけて悦ぶドS騎士と血みどろの戦いをしたい系アマゾネスだよ」
「違います」
ガブリエルの答えに冷徹な否定を被せるエレオノーラ。
ユリウスからすれば彼女たちとエリクの関係なんてどうでもいいのだが、彼の仲間が……それも強者が集ったということもまずかった。
「なんじゃかわからんが、急に人間が増えおったのぉ。鬱陶しい」
「は?」
アンヘリタの言葉に殺気立つ助っ人たち。一触即発である。
そもそも、白狐である彼女は人間を全体的に低く見ている。
しかも、自分が気に入ったエリクに関係がありそうな人間たちがどっと押し寄せてきていれば、いつも以上の冷たさを見せてしまうのも仕方ないことだった。
そんな間に、ユリウスは立ち上がって美しい光を内包している水晶を取り出していた。
「悪いが、俺はここでお暇させてもらうぞ。仲間割れなら勝手にやっといてくれ」
「なんじゃ、逃げるのか?」
「ああ。できれば俺のことを知っている奴は殺しておきたいんだが……無理はしない主義なんだよ」
言いながら、水晶の力を発動する。
それは、登録してある場所に転移するという非常に優れた能力を持つものだ。
だからこそ、希少な物であるのだが、『救国の手』に協力していることからこのようなアイテムも手に入れることができていた。
「それに、珍しいものも見れたしな」
水晶の魔力を纏い始めたユリウスが目を向けるのは、地面に倒れながら回復魔法を受けているエリクである。
明らかに致死量の血を流しているが、彼は確かに生きてユリウスを睨みつけている。……期待の目を向けている。
「じゃあな。そいつとは、また会うことになるだろうしな」
そう去り際の言葉を吐くユリウス。
すでに、身体の半分はうっすらと消えかかっている。
エレオノーラやガブリエルでも、今から接近して殺すことはできないだろう。
「僕の騎士を痛めつけてくれておいて、そんなあっさり帰ろうとしないでよ」
だが、デボラはユリウスを逃がしはしなかった。
急速に魔力を収束させて……。
「がはっ!?」
時間もなかったため跡形もなく消し飛ばすことができるほどの威力の爆発ではなかったが、消えていくユリウスの胸の辺りに小規模な爆発を起こした。
ドバっと胸と口から血を吐き出させ、ユリウスはそのまま転移していったのであった。