第十四話 誘導
辺りは少々薄暗く、あまり先が見えません。
デボラ王女の爆発で地面が崩落したことから、私たちは第二階層にいるはずなんですが……。
「どうやったら外に出られるの?」
「……階段を上れば、すぐに出られますよ。……一人でさっさと行けばいいのに」
「聞こえているからね、根暗女。お前、外に出たら憶えてろよ」
早速緊迫した空気が流れますが、ミリヤムの言う通り、階段を上がればすぐにでも外に出られるでしょう。
とくに、ここは第二階層。非常に浅い階層ですし、凶悪な魔物も基本的には出現しません。
「それにしても、二階層かぁ。だったら、僕の期待するような強そうな魔物は出ないよね」
「いえ、そんなことはありませんよ?」
「え?」
退屈そうに両手を頭の後ろで組みながら言うデボラ王女に、私は否定します。
「ダンジョンには、浅い階層でも強力な魔物が出ることがあります」
そう、もし、浅い所には絶対に弱い魔物しか出ないのであれば、ダンジョンはそれほど危険視されなかったでしょう。
もしかしたら、魔法学園が生徒を鍛えるためにダンジョンに潜るということもあったかもしれません。
しかし、それはほとんどありません。まあ、国立の魔法学園などはしているかもしれませんが。
その理由が……。
「……『ビギナー殺しの小部屋』」
「びぎ……なに?」
ミリヤムの言葉を聞きなれないのか、デボラ王女は首を傾げます。
煌びやかな英雄譚しか見たことがないのであれば、彼女が知らないのも納得です。
「その階層にまったく合わないほど、強力な魔物が出る小部屋のことです」
第一階層なのに、さらに深い階層の魔物が出ることもある……そういう部屋のことを『ビギナー殺しの小部屋』と呼ぶのです。
「へー。でも、そこって入らなかったら問題ないんでしょ?」
「いえ、それがそう簡単な話でもないんですよ……」
デボラ王女のように考えるビギナー冒険者は多いです。
しかし、『ビギナー殺しの小部屋』はどこにあるのか一切わからないんです。
「……ん?おかしくない?だったら、何でその部屋のことを知っているの?」
「『ビギナー殺しの小部屋』は常にダンジョン内を生きているかのように移動しているのです。人を一度飲み込めば、また別の場所へと移動する。ゆえに、正確な場所がどこにあるかは、誰も分からないのです」
「……なに、それ」
その異常な部屋の性質に、いつも明るかったデボラ王女も少し顔を青ざめさせます。
部屋は生物ではないのに、その場所を移動させる。これが、どれだけ異常なことかお分かりいただけたようです。
――――――ダンジョンは生きている。
そう言う冒険者も多いのは、この部屋があるということも大きな理由の一つでしょう。
「なに、大丈夫ですよ。『ビギナー殺しの小部屋』は移動するのですから、そうそう遭遇することはありません」
「そ、そうだよね。驚かせないでよ」
「ぐっ!」
デボラ王女は私の脛を蹴ってぷんぷんと怒って先に行ってしまいます。
ふっ……この鈍い痛みが素晴らしい……。
「大丈夫?エリク」
私の側に寄ってきて心配してくれるミリヤム。
本当、優しいですねぇ……。
「ええ、まあ……」
「……やっぱり、私王族が嫌い」
冷たい目でデボラ王女の背を見つめるミリヤム。
いつもは可愛らしいのに、この氷のような目は彼女に似合いませんね。
……いえ、私に向けてくれることを考えれば堪らないですね。
「まあ、そう言わないであげてください。デボラ王女にはデボラ王女の悩みがあるのでしょう。私たちには私たちだけの苦労があるように、王女には王女だけの苦労があるんですよ」
多分ですけど。
爆発という経験しがたい苦痛を与えてくださるデボラ王女とは、これからも長いお付き合いをしていきたいですからね。
同じく、私のM道に必要不可欠の存在であるミリヤムとも長く付き合っていきたいので、この二人の仲が致命的なまでに悪くなるのは困るのです。私が。
私がそう言うと、ミリヤムはムッとします。
「……エリク、何かあのちんまい王女を庇うよね」
「まあ……そうですかね?」
だって、あんなすばらしい痛めつける力を持っているのですよ?
これからも、是非私をお側に置いてもらいたいものですねぇ……。
「……別にいいけど」
「おや?」
ぷいっとそっぽを向いてしまうミリヤム。
その反応に首を傾げていると……。
「おーい!早く来なよー!」
前からデボラ王女の元気な声が飛んできます。
「はい、ただいま」
まずは、私たちがダンジョンの外に出なければなりません。
このような不測の事態が起きたのですから、仕方ありませんね。
◆
私たちは二つの分かれ道を前にしていました。
どちらも奥は薄暗く、様子を窺うことはできません。
とはいえ、ここは私とミリヤムにとって何度か訪れたこともある場所で、迷うことはありません。
ダンジョンに来るのが初めてであるデボラ王女は、こちらに振り返ってクリクリと大きな目を向けて聞いてきます。
「ここはどっち?」
「……右です」
「……じゃあ、何で君は勇者の腕を引っ張って左に行こうとしているの?」
「……ちっ」
「お前マジで覚えとけよ」
で、デボラ王女が今まで聞いたことのない口調を……。
はあはあ……それを是非私に向けていただきたい……!
しかし、ミリヤムもなかなか遠慮がなくなってきましたね。
冒険者パーティーを組むのであれば、遠慮はあまりいいことではありません。
ダンジョンの中にいるときくらいは、これくらいでいいと思いますが……。
「うーむ……」
私は一人唸っていました。
おかしい……どうにもおかしいですね……。
「どうかしたの、勇者?」
ミリヤムと睨み合っていたデボラ王女が、僕の方に駆け寄ってきます。
「いえ……。階段がここまで遠かったかなと思いまして……」
「……それは確かに」
私の疑問に、王女の後に続いてきたミリヤムも頷きます。
私の抱いていた違和感……それは、どうにも私の考えている広さが実際のダンジョンの広さと違うようなのです。
「でも、二階層なんて浅い所、君たちなら頭に地図が入っているくらいじゃないの?」
「ええ。……私の脳内地図では、すでに階段に着いていてもおかしくないのですが……」
デボラ王女の言う通り、このダンジョンにはレイ王の命令で何度が訪れたことがあります。
そして、第二階層という浅い階層は毎回通っているので、地図がなくても大体の場所は分かるのです。
それなのに、私が思っていたよりも階段の位置に着くのが遅い……。
「ふーん……勇者の脳内地図、役に立たないね」
「おふ……っ」
辛辣なデボラ王女の御言葉、ありがとうございます!
まあ、私が勘違いしているだけだということでしょう。
私はレイ王の勇者として、様々な活動をしています。
ダンジョンに潜ることも、かの王の命令で何度かしていますが、ダンジョンに潜ることを目的にしている冒険者の皆さんと比べると、私はビギナーに近いと言えるでしょう。
「……確かにおかしい。こんなに広いはずが……」
しかし、私だけでなく、頭脳明晰なミリヤムも悩んでいるのです。
これは、何かあると考えた方がいいかもしれません。
「……っ!エリク、もしかしたら、誰かから魔法攻撃を受けているのかも……!」
「なんと……」
ミリヤムの言葉に、私はハッとします。
なるほど、そのことは一切考慮に入れておりませんでした。
しかし、この浅い階層で私とミリヤムが迷うということは考えにくいのは事実です。
私たちが間違っていないとすると、誰かに『迷わせられている』ということが考えられるでしょう。
そして、そうされる理由……。
私は基本的に国民から好かれていると思うのですが、それでもレイ王の命令通りに動く駒だということもまた事実。
レイ王を殺したいほど憎んでいる人もいるでしょうし、その恨みが派生して私に向けられてもおかしくありません。
さらに、今私たちと一緒にいるのは、あの『癇癪姫』と悪名高いデボラ王女です。
私はスキルがあったので生きていられていますが、彼女の爆発で殺された人々も存在します。
そんな彼女を憎く思う人がいても不思議ではなく、そして万全の警備が敷かれてある王城から出て人目の少ないダンジョンにやってきたというのは、そういう人々にとって絶好のチャンスと言えるでしょう。
「ふむ……」
それくらい私も恨みを向けられたいものですが……。
さて、それではどうして私たちを迷わせるようなことをしてくるのか……。
ダンジョンをずっとぐるぐると回させて、死ぬまで閉じ込めておくため?
いえ、それはないでしょう。
私たちがこのダンジョンにいるということは、レイ王やオラース王子も知っていることです。
何日……いえ、レイ王の過保護ぶりからすると、一日でも帰らなければすぐにでも捜索隊が送られることでしょう。
そうなれば、私たちはあっさりと救出されるでしょうし……。
では、いったいなんのため……?
ここまで考えて、私はとても魅力的な……もとい恐ろしい考えにいきつきました。
道に『迷わせる』のではなく、『誘導する』という魔法なのでは……?
そして、誘導する先には、捜索隊が来るまでに私たちを殺害できる何かがあるはずです。
多くの冒険者に踏破されてほとんどが熟知されている浅い第二階層でも、私たちを消せるなにか……。
私は、一つだけ心当たりがあります。
「勇者ー!ここは右でいいんだよねー!?」
「あっ、ちょっと待ってください!」
ふと顔を上げると、デボラ王女はすでにもう一つの分かれ道に出ていました。
彼女は私の意見など聞かず、ひょいっと簡単に右の道に行ってしまいました。
そちらには、もしかしたら私にとって素晴らしいものが……ただし、デボラ王女とミリヤムにとっては非常に危険なものが待ち受けているのかもしれないんです!
「行きましょう、ミリヤム!」
「……うん!」
私とミリヤムは駆け出しました。
幸い、デボラ王女は走っていないのですから、分かれ道を右に曲がるとすぐに彼女と合流することができました。
「なんだろう?ここ、随分開けた場所だね」
デボラ王女が不思議そうに振り返り、私の顔を見上げてきます。
彼女の言う通り、細くて暗い道が続いていたというのに、ここはまるで広場のように場が開けており、うっすらとした明かりも灯っていました。
「まさか……」
ミリヤムが顔を蒼白にさせながら、震える声で呟きます。
しかし、私の目は彼女ではなく、奥にいる何かに引き付けられていました。
奥で蠢く、なにかに。