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第百三十七話 望まぬ来訪者

 










 骨がボキボキになってしまったエリクの身体を大切そうに抱きかかえながら、ギャアギャアと喧しく怒るミリヤムから逃げ出したアンヘリタは、とある場所に向かって歩いていた。

 手には、森の中で適当に摘んだ花が持たれてある。


 アンヘリタの住処自体もかなり森の奥深くに位置しているのだが、彼女が向かっているのはそれよりもさらに奥地であった。

 鬱蒼と生い茂る木々の間を歩いていると、突然に開けた場所に出てくる。


 森林に遮られて、薄い太陽光のみが届く場所。

 だからと言ってじめじめとしているというわけではなく、厳かな雰囲気が辺りを満たしていた。


 ここでは、魔物のおぞましい声が鳴り響くことはない。

 この場所は、アンヘリタが自分の住処よりも念入りに力を込めて魔物を掃討したからである。


 近づく者全てが皆殺しにされるため、魔物たちは一匹たりとも近寄らなくなった場所であった。

 そんな静けさに満ちた場所のちょうど真ん中に、簡素な石が建てられていた。


 アンヘリタはそこに向かって歩いていく。

 石の近くには小動物がいて、天敵がいないこの場所でのんきに居眠りなどをしていた。


 魔物は殺したが、小動物は殺していない。この場所を荒らすことはできないし、あの人が小さくて可愛らしいものが好きだったからだ。


「久しぶりじゃの」


 アンヘリタはそう言って花を石の前に置いた。

 ここは、あの人の墓であった。


 もちろん、カッレラ家の当主だったのだから、一族の墓はまた別の場所にあるのだが、彼女だけは自分が祀りたかったので、彼女だけの墓をここに建てたのである。


「いや、そうでもなかったか。お主が死んでから、お主の血族は時が経てば経つほど凡愚になっていった。そんな奴らに仕えるなんて考えることができず、ここに入り浸っておったからな」


 アンヘリタも地面に座り込んでため息を吐く。

 黒い着物が汚れるとあの人は怒るかもしれないが、彼女は気にしない。


 あの人の前ということもあって、感情豊かとはいえないものの、アンヘリタの表情も緩んで様々な感情を露わにした。

 今は、不満の表情だ。


「とくに、ニルスは酷かったぞ。あやつ、儂の力で本当につまらんことしかせんかったからの。自分の欲望のために動く奴は今までカッレラ家に現れたが、ニルスほどつまらんかったのはいなかったのう」


 自分の力を好きに使ってもらうのは構わない。

 が、そういうことをする者は大体傍から見ていたら面白いことをする者が多く、アンヘリタもそこそこ楽しめていた時もあったのだ。


 しかし、今回のカッレラ家当主であるニルスは、本当に美女を囲って領民に威張るという、アンヘリタからすれば微塵も楽しくないことしかしていなかった。


「そんな時にな、面白い奴が中央から来おったんじゃ。名をエリクという」


 アンヘリタはうっすらと笑みを浮かべる。


「儂がカッレラの者以外を名で呼ぶなど珍しいじゃろ? それくらいに面白い奴なんじゃ。そやつはな、なんと不死なんじゃ。儂がどれだけ肝を喰らっても、死ぬことはない」


 エリクの肝の味を思いだし、ペロリと舌舐めずりをする。


「あんなに美味い肝は喰ったことがなくてなぁ……。それに、エリクの腰ぎんちゃくみたいな口うるさい女がいるんじゃが、そやつが常軌を逸した回復魔法を使うことができるのじゃ。そのおかげで、肝が何度も回復して喰らえるということよ。いやー、良いパーティーじゃ」


 エリクとミリヤムは、能力だけでなく心身ともにお互いを支え合っているような気がする。

 どちらかといえばミリヤムが頼っている割合が多そうに見えるが、二人は二人でないといけないのだろう。


「そやつらに影響された……ということもあるが、ニルスが儂に矛を向けてきおっての。儂、殺してしもうたわ。カッレラの血を儂が断絶させることになってしもうたが……すまんが許してくれ」


 そうは言いつつも、アンヘリタの声音からは罪悪感も後悔している意思もまったく感じ取れなかった。

 だが、あの人は彼女を許すだろう。いや、許す以前の問題かもしれない。


 ニルスが善意の人間で何も後ろめたいことをしていないのに殺していれば怒りを露わにしていたかもしれないが、彼はそんな男ではなかった。

 それに、あの人はいつだってアンへリタの味方だった。


 ……自分を裏切って男と結婚してしまったが。


「そのことの事後報告ということもあったが、用件は別でな」


 アンヘリタは無表情で墓に告げる。


「儂はエリクに付いて行こうと思っておる」


 ふわりと風がたなびき、ショートの白髪が少し揺れる。


「やはり、あやつは面白くての。あれの側にいれば、もっと面白いことが多々あるような気がしてならんのじゃ。お主が生きていた時以来のワクワクを、儂は味わうことができるやもしれん。であるならば、この退屈な場所を離れてついていくのも道理じゃ」


 アンヘリタは空を見上げる。

 木々の葉に遮られた光がちょうど良い感じになるので、思わず欠伸をしてしまう。


「いつまでもこの場所に縛り付けられておるのもどうかと思うしのぉ。…………いや、儂がお主のことを忘れられなかっただけなんじゃが」


 頬をかいて墓石を見る。


「儂は前に進む……などとかっちょいいことを言うつもりは毛頭ないが、まあ少し外に出てみることにするのじゃ。じゃから、しばらくお別れじゃな」


 うっすらと笑みを浮かべる。

 穏やかな風が頬を撫でて気持ちがいい。


 こういう良い環境の場所に墓を作ったのだから当然かもしれないが。


「どうじゃ? 置いて行かれる気持ち、お主にも分かるかの? あの時は本当にショックじゃったのぅ。まさか、儂を捨てて男なんぞに走るとは予想もしておらんかったわ」


 くくっと小さく笑うアンヘリタ。

 格下に見ていた人間、その中でもさらに馬鹿にしていた男とあの人が一緒になった時は凄まじい衝撃と信じられない気持ちでいっぱいだった。


 ……が、今自分がエリクに傾倒しかかっていることを見れば、あの人の気持ちも分かるというものだ。


「まあ、ちょくちょく墓参りには戻ってくる。あんまり寂しがらんようにの」


 アンヘリタはそう言って薄く笑うと、よっこいせと老人のような掛け声を出しつつ立ち上がる。


「で、儂に何か用かの? ここにはむやみに人が寄りついてほしくないんじゃが……」


 そして、アンヘリタは振り返り、木々が生い茂っている場所に向かって話しかけた。

 誰もいないはずの場所。そもそも魔物が大量に住み着いていることから、戦闘能力のない一般人は入ってくることができないし、その魔物たちもアンヘリタの駆除によってここにはほとんど寄りつかない。


 彼女しかここには来ないし、知っている者も彼女だけのはずの場所。


「……ばれていたか。流石、伝説の魔族である白狐だな」

「儂はこういう目に見えないものを察知するのが得意でのぉ」


 木々の陰から現れたのは、一人の男であった。

 ここ最近は惰性で協力して興味をまったく持っていなかったアンヘリタは知らなかったが、彼はニルスに接触していた男であった。


「で? 何用じゃ?」

「俺はユリウス・ヴェステリネンという。一応、『救国の手(ノットファル)』の助言役みたいな感じで、ニルスにも協力していた」


 別に聞いていない……。

 そう思いつつも、少し気にかかるようなことも言っていたので、アンヘリタはそこを聞くことにした。


 なお、墓石に語りかけていた時の少しだけ柔らかい表情は掻き消え、完全な無表情である。


「そうか。儂のことはいちいち自己紹介せんでも知っておるじゃろ? ニルスの奴とつるんでおったら……奴のことじゃ、ペラペラと儂のことも話したに違いない」

「まあ……そうだな」


 苦笑いするユリウス。

 聞き出す必要もなく、ニルスは自慢げにペラペラとアンヘリタのことを話してくれた。


 彼女の力を自分の力とでも思っていたのだろう。本当に愚かな男だ。

 彼が使いものにならなかったから、ユリウスは自分で行動することを余儀なくされたのだから。


「……そう言えば、ニルスにあの厄介な鎖を与えたのはお主か?」

「ああ、そうだ」


 アンヘリタの問いかけに、とくに隠すこともなく頷くユリウス

 彼女は少し考える仕草を見せて……。


「そうか。ならば、敵じゃな」


 無表情で、また声音にもまったく感情が込められることなく、アンヘリタは何でもないように呟いた。


「――――――ッ!?」


 次の瞬間、ユリウス目がけて白い尾が猛烈な速度で振るわれたのであった。



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