第百三十三話 壁の内での決闘
「あはははははっ! ラドレが出てきたら、もうお前の負けは確実だよ! そいつはあのリルクヴィストの戦いとプフリューガーの戦いで多大な戦果を挙げた凄腕の傭兵だからね!!」
ニルスは指を指してエリクを嘲笑する。
片腕を失っているのに、かなり元気だとどうでもいいことを考えるアンヘリタ。
「リルクヴィストの戦いとプフリューガーの戦い……確か、随分と離れた場所であった戦争じゃったな?」
ヴィレムセ王国から遥か遠くの場所で、随分昔にそのような大規模な局地戦があったと商人から聞いたことがある……ような気がする。
何でも一方の勢力が一方的にやられてしまったと聞いたが……もしラドレがその戦いに生き残って功績を上げたのだとすると、なるほど確かに強者なのかもしれない。
「ふっ、良いでしょう。その決闘、受けて立ちます」
エリクは不敵に微笑み、嬉々として歩みを進める。
「おい、良いのか? あいつはそんなつもりは……」
「良いんですよ。頑張ります」
アンヘリタは忠告しようとするが、エリクはそれを聞かずに進んでいく。
……まあ、そう簡単にはやられないだろうから、彼の思うようにしてみればいいと思う。
今は自分も役に立つことはできないし、エリクの力が必須なのだ。
「ほぉ。良いじゃねえか、その根性。正々堂々、楽しもうぜ」
「はい」
エリクとラドレが剣を構えあう。
堂に入っていると言えるのは、どちらかと言うとエリクの方であった。
生まれは戦いに縁のない農民であるが、勇者となってからは騎士よりも苛烈な戦いの中に身を置いていた彼は、力がないからこそしっかりとした構えであった。
一方、ラドレはどうにも雑な印象を与える構えであった。
だが、構えなど明らかな素人と言えるものでないのであれば、それで実力を測ってはいけない。
その構えこそが、その人の最も適した戦い方なのだから。
「いくぞぉっ!!」
ラドレがそう言って襲い掛かってきた。
エリクはどれくらい自分に苦痛を与えてくれるのだろうと、ワクワクしながら迎え撃つのであった。
◆
「ぐっ……くそったれ……っ!!」
「…………あれ?」
エリクは首を傾げる。
膝をついて忌々しそうに自分を見上げてくるのは、今頃自分を打ち倒して唾でも吐きかけてくれていたはずのラドレである。
「…………あれぇ?」
もう一度首を傾げるエリク。
おかしい。どうして自分が立っていて、相手が膝を屈しているのか。
結論から言うと、ラドレはまったく大したことがなかった。
本当にそんな功績を上げた傭兵なのかというくらいだ。
いや、まったく戦い方を知らない素人というわけではなかった。
なるほど、一般的な騎士よりかは強いかもしれない。
しかし、そこで終わりである。エレオノーラやガブリエルには、遠く及ばない。
これには、エリクもがっかりである。
どうにも、激しい戦闘を最近行っていないのではないだろうか?
そう思ってしまうくらいには、ラドレを圧倒するのは容易であった。
それは、エリクの実力がエレオノーラたちとの模擬戦で跳ねあがっているというのも理由の一つだが……。
「はぁ……」
無傷で勝ってしまう、とエリクは憂鬱な気分になりながらラドレに近寄ろうとする。
適度に痛めつけられてから倒そうと思っていたのに、大誤算である。
ため息すら吐きながら歩き始めると……。
「つっ……!?」
脚に鈍い痛みを感じて悦ぶエリク。
この痛みは、小さいもののつい最近散々味わった痛みに似ていた。
目を落とすと、なかったはずの手ごろな大きさの石ころが転がっていた。
「ぐぁっ!?」
さらに、後頭部にズガンという衝撃を受ける。
これには、流石のエリクも(歓喜の)悲鳴を上げてしまう。
痛みを感じた頭部を触れば、ヌルリと生温かい感触が。
前に持ってきて手を見れば、そこは赤く染まってしまっていたではないか。
やはり、そうだ。石を投げつけられている。
アンヘリタが? 彼女は以前白い尾でそれを弾き、エリクを散々に痛めつけた。
だが、それはおかしいだろう。
彼女を助けるためにエリクは今戦っているのに、攻撃する理由があるだろうか?
それに、威力は彼女のものと比べると格段に落ちている。
ということは……。
「へへへっ」
「あぁ? どうかしたかよ? ひひっ……」
陰険に笑う厳つい男たち。
ラドレの部下である傭兵の彼らは、ラドレとエリクを囲むように、円の形の人の壁を作っていたのであった。
「ふっ、なるほど。そういうことですか」
エリクは頭部から一筋の血を流しながら、嬉しそうに破顔した。
チラリと見るとラドレもニヤリと笑っているではないか。
そうか。こういう戦い方が、彼らの戦い方なのか。エリク好みの戦い方で何よりである。
要は、一対一の決闘なんて嘘八百なのだ。
二人が戦っているうちにばれないように二人を囲み、全方向から敵を攻撃するのである。
「さあ、決闘を続けようぜ」
「ふっ。なかなか良い性格をしていますね、あなたは」
ラドレに向かって最上の褒め言葉をかけるエリク。
そして、その言葉を起因とするように、彼に向かって一斉に石が投げつけられたのである。
「ぐっ! ふっ……!!」
しかし、最近アンヘリタの音速と錯覚するほどの速度で石をぶつけられまくったエリクは、彼らが人の力で投げつけるような石をそう簡単にはくらわなかった。
剣で弾いたり身をかがめたりして、その攻撃をいなす。
とはいえ、全弾避けるほどエリクの身体能力は高くない。
とくに、目がついていない背後からの石は、いくつかもらってしまって笑顔である。
「ちっ! なかなか当たらねえな……! だったら……」
もっと弱ったところを狙うつもりであったラドレであるが、こうなっては仕方ない。
「おらぁぁぁぁぁっ!!」
「ぐっ……!?」
気合を込めて大きな声を張り上げ、エリクに向かって剣を振るう。
次々に飛んでくる石に意識を裂いていたので、その攻撃をかろうじて防ぐことしかできない。
剣を振るった後のカウンターを受けることなどまったく考えていない、体重を全て込めた重い一撃に、エリクは思わずフラフラと背後に下がってしまう。
そして、そこに待ち構えているのは嗜虐的な笑みを浮かべている傭兵たちで……。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
背中を切り付けられ、悲鳴を上げるエリク。
無防備な背中をバッサリと斬られ、赤々とした血を大量に流してしまう。
「ぐはっ……!!」
「ん? なんだよ、文句なんてねえだろ? お前からフラフラとあいつらの近くに行ってしまって、たまたま剣が当たっただけなんだからよ。俺とお前の決闘は、まだ続いているぜ?」
剣をつきながら睨みあげてくるエリクをせせら笑うラドレ。
そう、これは決闘だ。壁に当たって多少怪我をすることも、たまにはあるだろう。
ただ、その壁にラドレが当たっても負傷することはありえないのだが。
「さあ、続きをやろうぜ。まさか、今更怖気づいたとかじゃねえだろうな?」
ラドレの言葉に、壁を作る傭兵たちが嘲笑う。
しかし、エリクは好戦的な笑みを浮かべて否定する。
「ふっ……望むところですよ」
『狂戦士』という悪意が込められた二つ名にふさわしい態度を示すのであった。