第百三十二話 不満な提案
「(気を遣われているのでしょうか……)」
エリクはそんなことを考えていた。
抱き留めているアンヘリタを見れば、彼女は何と特殊そうな鎖で拘束プレイをしているではないか。
しかも、ただ締め付けるというだけではなく、棘で柔肌を破いて血を出すようなデンジャラスな鎖である。
是非自分を拘束していただきたい。
さらに、アンヘリタは屈強そうな男たちに囲まれていた。
そういうプレイでしょうか……。
しかし、肝を何度も抜き取られているエリクは彼女がS寄りだと考え、仮に無理やり望まずにされているのであれば助けて自分が代わりにしてもらわなければならないと助け出したのである。
「いやいや、本当に助かったぞ。別に犯されてギャアギャア言うような生娘でもないが、まあ犯されんにこしたことはないからの」
「そうですか」
では、その鎖を私に貸していただきたい。
そういう意図も込めて彼女に巻き付いている鎖を手でほどこうとするのだが……。
「か、硬いっ……!」
エリクの力では、まったくほどける気がしなかった。
エレオノーラならばいけるかもしれないが、少なくとも自分では無理だと理解した。
ほどけなかったが、鎖の棘で手が傷ついて血を流したことでちょっとした快感を得ることができ、満足である。
「儂でも振りほどけんのじゃから、お主では無理じゃろう。……しかし、どうしてお主がここにいるのじゃ?」
「裏切った元主の元に向かおうと言うのですから、何かあると思うのが普通でしょう?」
エリクはほどけないと言われてもまだ鎖を弄っていた。
触れれば触れるほど傷がついてしまうのだから、彼が離すはずがなかった。
一方、アンヘリタはエリクの答えにポカンとしてしまった。
まさか、自分を心配して来たというのか?
自分の方が、エリクよりもはるかに強いというのに。
そして、その強さで不死のスキルがなければ死んでいてもおかしくないくらい痛めつけた相手だというのに。
「……儂を助けに来たのか?」
「え、まあ……?」
アンヘリタの問いかけに曖昧に頷くエリク。
自分が身代わりになってボコボコにされに来たとは言えない。
もしくは、混ぜてほしかったとも言えない。
「そう、か……」
アンヘリタはエリクの言葉とその姿に、昔の……あの人のことを思いだしてしまった。
彼女の笑顔や優しい声音が……エリクと重なってしまった。
「ふむ……」
心臓がどきどきと高鳴っているのを感じる。
彼の顔を見上げているだけで、匂いを嗅いでいるだけで、身体全体が熱くなってしまう。
「まさか、こんなに老けてからとはのぉ……。ヒーローみたいに助けられると、女は弱いものなんじゃな」
「はい?」
「気にするな。こっちの話じゃ」
ミリヤムにはあんなことを言っていたが……まあ、あれほどに惚れているというわけでもあるまいし、罪悪感を抱く必要はないだろう。
とはいえ、少しはからかうくらいのことはしてやろう。彼女の反応は面白いこともあるし。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! う、腕がっ!! 僕の腕がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
何だかほんわかとした空気が流れていた二人の間であったが、状況はそんなほのぼのとしたものではないことを思いだす。
ニルスは出血がはなはだしい腕を掴みながら、絶叫していた。
涙と鼻水を大量に流し、苦痛に苦しんでいる。
これに関して、彼がだらしないとアンヘリタに言うつもりはなかった。
誰だって、四肢を欠損したら大騒ぎするに決まっている。意識を失っていないだけマシとも言える。
致命傷を負いながらも嬉々として立ち続けるエリクが異常なのだ。
「誰だよお前ぇぇぇっ!! いきなり出てきて、ぼ、僕の腕を斬りおとしやがって!! どういうつもりなんだよ!!」
ドMプレイに混ぜてほしいと思い乱入した男に何を聞こうというのだろうか。
「こ、殺せぇっ!! もう、アンヘリタもどうでもいいよ! 男もアンヘリタも、さっさと殺しちゃえぇぇぇっ!!」
ニルスの命令に応え、いかつい男たちは武器を構えてエリクに向き直る。
彼らはそれでもアンヘリタのことを惜しいと思っていたが、エリクはただの男だ。殺してしまっても、何の問題もない。
仲間を殺されたのだから、それなりに苦痛を与えて殺してやらなければならない。
それに、どうにもあのアンヘリタという女も、彼のことを受け入れているように見える。
仏頂面が穏やかな笑みを浮かべるように少し変わったことから推察できる。
そんな彼女の目の前でエリクを惨殺し、自分たちの下に組み敷いたらどのような快楽を得ることができるのか。
男たちはニヤニヤと笑う。
そして、エリクもふっと笑う。
単なるごろつきに負けるような修羅場は潜り抜けてきていないが、数は力だ。
彼らにボコボコにされれば、どのような快楽を得ることができるのだろうか。
快楽vs.快楽。汚い戦いが、今始まろうとしていた!
「お前なんかに勝てるわけがないだろ! そいつらは皆戦争の経験がある歴戦の傭兵たちだぞ! 一人でこいつらにどう戦うっていうんだ!!」
ニルスは青ざめた顔でエリクを嘲笑する。
彼が意識を保っていられるのは、ただ怒りを抱いているという単純な理由だった。
エリクがボコボコにされて多少清々すれば、すぐに気を失うだろう。
「アンヘリタさんは鎖をほどくことに力を注いでいただいてよろしいですか?」
「なんじゃ? お主でもあれだけの人数を同時に相手するのはキツイじゃろう。儂を見捨てて逃げてくれても構わんのじゃぞ? ニルスの手から鎖をとってくれただけで感謝じゃ。後はどうとでもするわ」
アンヘリタはエリクの顔を見上げながら言う。
ゆらゆらと揺れている白い尾が、彼女がどのような言葉を期待しているかを如実に表していた。
なお、エリクはまったく気づいていなかった。屈強な男たちにボコボコにされることに意識が行ってしまっていたのである。
「ふっ」
エリクはニヒルに微笑む。
まるで、アンヘリタの言葉がおかしいとでも言いたげに。
「こんな状況で逃げ出すことなんて、できるはずがありませんよ」
そう、せっかくのボコられ機会を逸するわけにはいかないのだ!
「(儂のためにそこまで……!)」
言葉足らずなエリク、アンヘリタを勘違いさせてしまう。
白い尾が荒ぶっている。
「……そうか。ならば、もう少しお主に任せるとしよう。良い所を見せてくれ」
「はい」
悪い所を見せて、侮蔑の視線を送ってもらおう。
応援をマイナスの意味で受け取るのがエリクである。
「くくっ、勇ましいじゃねえか。俺たちを前にして、そんなことを言ってきた奴は久しぶりだ……!」
そう声を発した男が、傭兵たちの中から一人出てくる。
屈強そうな彼らの中でも、さらに一回り大きな身体と凶悪な顔つきをしている。
「俺の名はラドレ! 俺の部下を簡単に殺し、しかも一人で俺たちに立ち向かおうとする気概……気に入ったぜ。一対一の決闘をしようじゃねえか!」
「えぇ……」
大男――――ラドレの提案に、エリクは不満そうに顔を歪めるのであった。
一対多の方がより攻撃されるのに……。