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第十三話 落下

 










 デボラはふっと正気を取り戻した。


「(……あれ?僕、どうしたんだっけ?)」


 彼女の記憶は、ダンジョンをエリクとミリヤムと共に歩いていた時からぷっつりと途切れていた。


「(あ、そうだった。僕、あの魔物に飛びつかれて……)」


 エリクに忠告された魔物、グソクムシ。

 あからさまに弱そうで、防御力だけが取り柄そうな魔物を見て、デボラは完全に油断していた。


 だから、エリクの忠告も一切無視し、彼を腰抜けだと罵倒したのである。

 しかし、あのおぞましい攻撃を考えれば、愚かだったのは自分だったと高慢なデボラでも思う。


「(足がいっぱいうじゃうじゃ動いて……うぇぇ……)」


 顔を引きつらせるデボラ。

 超至近距離からうぞうぞと動く虫の足を見せられた気分は、いくら男勝りとはいっても少女である以上最悪であった。


 グソクムシは、低階層に現れることと女冒険者からかなり嫌われていることで、その名は良く知られている。

 冒険に憧れるばかりで魔物に関する知識を深めなかったデボラは、そんなこと知らなかったのだが。


「(……そういえば、今の僕はどういう状態なんだろう?)」


 我を忘れてスキルを暴走させたことだけは覚えている。

 その結果、地面が崩落したことも。


 より意識が浮上してくると、自分の長い髪が風に揺られていることがわかり、また自身の身体に浮遊感があることも分かった。


「(……あぁ、今僕は落ちているのか)」


 色々と考えていたが、随分とゆっくり落ちているような気がする。

 思考だけが素早く回転しているのだろうか。


 自分が落下していることに気づいても、デボラは慌てなかった。

 何故だか、自身の身体を覆う温かさが自分を守ってくれると思っていたからだった。


「(温かい……?)」


 もう一度しっかりと目を開けてみる。

 そうして、デボラはようやくエリクにきつく抱きしめられていることに気づいた。


「(な、何するんだぁぁぁっ!?)」


 一気に顔を赤くするデボラ。

 くりくりと大きな目もパチクリと開いてしまう。


「(こ、この!王女の僕に気軽に抱き着くなんて……!)」


 爆発をお見舞いしてやろうかとエリクを睨みあげるデボラ。

 ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべていたら、自分が落下していることなど気にせず爆発を炸裂させていただろう。


 しかし、エリクの真剣な顔つきを見て、その怒りは急速にしぼんでいく。


「(……勇者、僕のためにこんな必死の顔して)」


 そもそも、エリクが自分だけのことを考えていれば、デボラと共に落下しなくても済んでいたはずである。

 彼はデボラを守るために、わざわざ危険な行為をしたのだ。


「(あ、血が出ている……)」


 自分が錯乱して爆発を使いまくっていた時に、エリクにも直撃したのであろう。

 額や口、そしてデボラが抱き寄せられている身体にもべっとりと血がついていた。


 抱きしめられているデボラにも、そのぬめっとした赤い液体が付着する。


「(……僕のために?)」


 エリクは自分のために命を投げ出したというのか?

 デボラの心に、今まで感じたことのない温かさが生まれた。


 今まで、自分のためにここまで身を挺してくれ、また命を投げ出そうとしてくれた人がいただろうか。

 あのスーパー親ばかであるレイ王を除けば、オラース王子でさえ怪しい。


「(僕の癇癪で身体を吹き飛ばされたのに、なんで……?)」


 王城で初めて会った時に、エリクを狙ったわけではないが爆発に何度も巻き込まれている。

 デボラにとって、それは負い目になっていない。


 子供ゆえの残虐性とでも言おうか、彼女は自身のスキルで死ぬ人間を見てもなんとも思わない。

 自分が悪いのではなく、死ぬ方が悪いのだ。


 もし、そのように慈悲深い王女であったならば、恐れられて腫物を触るような扱いを受けることはなく、また『癇癪姫』という嘲りの混じった異名で呼ばれることはなかっただろう。

 とはいえ、彼女はだれかれ構わず爆発しているというわけでもない。


 仮にそうだとすれば、いくら王族でも厳罰に処せられなければならないよう追い詰められるのは明白だ。

 デボラに爆発されるのは、概して彼女を害しようとする不届き者か、彼女を担ぎ上げてレイ王の対抗勢力に仕立て上げようとする者たちである。


 彼女がそれを意識して分けて爆発しているというわけでもないので、それは問題ではあるのだが……。

 その不届き者たちのことも表ざたにはなっていないため、デボラは誰でも癇癪を起こせば爆殺するという悪評が建てられているのであった。


 だから、王城でボロボロになったエリクを見て罪悪感を抱いたのではなく、興味を抱いた。

 自身の爆発を受けても死なない人間。


 冒険にエリクを連れてきたのも、その興味が大きな理由となっている。


「(……変な奴だなぁ)」


 デボラはエリクの胸板に頬をこすり付ける。

 血がべっとりと付くが、その温かさは嫌いではなかった。


 穏やかに微笑む血まみれの王女は、傍から見ればなかなか威圧感を与える画であった。


「…………」


 そして、デボラと同じくしてエリクに抱きしめられて落下しているミリヤムが、彼女をギョロリと目を見開いて凝視していたことに気づかなかったことは、彼女にとって幸いだったと言えるだろう。











 ◆



 いやー、落ちる落ちる。

 とっさにミリヤムと共にデボラ王女を抱きかかえたのはいいのですが、まさかダンジョンの地面が崩落するとは……。


 今まで、そんな話は聞いたことがありません。

 それほど、デボラ王女の爆発の威力が凄まじいということなのでしょうが。


 ……その爆発を何発ももらっている私は幸せ者ですね。

 さて、落下した時はどれほどの苦痛が私に与えられるのでしょうか。


 今から想像してドキドキしてきました。はあはあ……。

 おっと、チラリと見下ろすと、デボラ王女の意識も戻ったようです。


 私としてはもう少し錯乱して爆発をいただければ嬉しいのですが……もう地面に付きそうですね。

 私はよりミリヤムとデボラ王女を強く抱き寄せます。


 さあ、どうぞ!


「がはっ!!!!」


 私の身体は地面に叩き付けられ、その衝撃で何度がボールのように跳ねてしまいます。

 身体が跳ねるという経験も、なかなかどうして……。


 私は血反吐を吐きながらそんなことを考えていますと、ようやく身体が落下の衝撃から解放されました。


「エリク!」


 真っ先に私の腕の中から出てきたのはミリヤムでした。

 私の顔を心配そうにのぞき込みます。


 まあ、今の私はデボラ王女の爆発と落下の衝撃で、非常に危険な状態ですからね。

 一般人なら命を落としていても不思議ではありません。


 私の場合はスキルがあるので大丈夫ですが、それでも心優しいミリヤムは私のことを心配してくれるのです。


「み、ミリヤム……で、できれば回復魔法を……」

「……っ。わ、分かった……」


 ミリヤムは逡巡したものの、すぐに回復魔法を使ってくれました。

 彼女は嫌がりますが、今の私には身体的にも快楽的にも必要なものなのです。


「うっ……ぐぁぁぁ……っ!!」

「……っ!」


 私の歓喜の悲鳴を聞いて、ミリヤムは苦しそうに眉を寄せます。

 いいんですよ、私の場合は悲鳴=嬌声ですから。


 しかし、心優しいミリヤムは申し訳なさそうに回復魔法を使ってくれます。

 この激痛がいいんですが……っ!


 しばらくすると、私の傷は完全に治癒されます。


「流石はミリヤム、助かりました」

「……ううん」


 ミリヤムは謙遜しますが、彼女は間違いなくこの国……いや、大陸で最も優れた回復魔法使いでしょう。

 あれだけの重傷を、こんな短時間で完全に治癒させることなんて彼女以外不可能です。


 治癒過程で激痛を与えるというメリットがなければ、私と一緒に旅をすることなんてできずに、国に召し抱えられていたでしょう。ありがたいことです。


「……勇者って本当に変だよね。あんな大きな怪我をして、僕を助けるだなんて」

「そうでしょうか?」

「そうだよ」


 デボラ王女は僕を見て呆れたようにそっぽを向きます。

 だって……あなたを助けた方が快感を得られると思ったから……。


「さて、今回は冒険をここまでにして、外に出ましょうか」

「……仕方ないけど、そうするよ」


 おや?なにやら、デボラ王女がやけに素直です。

 絶対に断られると思っていたのですが……まあ、良いでしょう。


「……それより、ここがどこか分かるの?」


 ……どこでしょう?



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