第百二十九話 決別
ニルスは自室でそわそわとしながらも待っていた。
そこには、普段はいる感情を持たない女たちもいない。
エロチックなメイド服や様々な衣服を着させて楽しんでいる普段の生活であるが、それはもうすることはできない。
彼女たちはこの屋敷には、すでに存在しない。もうそれぞれの家に帰してしまっている。
ニルスが喜んで自らしたわけではない。可能であるならば、それぞれ飽きるまで側に侍らせ続けて鑑賞し続けたかった。
だが、アンヘリタからの書状でそれが許されない状況に近づいていることを知ったため、あのような存在を近くに置いておくことができなくなったのだ。
「くそっ! 僕がせっかく集めたえりすぐりの美女たちなのに……!」
実際に集めたのはアンヘリタなのだが、見出したのはニルスなのだからいいことにしよう。
彼が悔やむほどの美女たちは、中央からの調査で引っ掛からないようにするため、手放すほかなかったのだ。
彼女たちを不審に思われて叩かれれば、いくらでもほこりは出てきてしまう。
その過程で最もばれてはいけないのは、父親を殺害することを主導したことである。
そもそも、『自身が好き勝手したいがために目障りな人を殺した』というだけでも牢獄にぶち込まれて処刑されることだってあり得るのに、ニルスは親とはいえ貴族を殺すことを主導したのである。
貴族……それも、一つの領地を治める人物を殺したとなれば、たとえ子といえども処刑は免れまい。
領主を殺すことで領内に混乱が起きるなど、少なからず影響を与えたことは事実なのだから。
しかも、前領主と比べてニルスは自身のことしか考えない凡愚であり、領民からすればどちらが良かったかなんて一目瞭然である。
最近では、好き勝手するためだけに権力を振るっているため、安定していた治安が乱れて賊なども出没するようになっている。
近々税を上げようとも企んでいることが領民たちに漏れているし、たまに領地を歩けば厳つい護衛の男たちで民を威圧し、邪魔をすれば子供でさえも本気で蹴り飛ばそうとする。
こういった悪い評判が領内では溢れているのだから、調査隊がここに乗り込んできたら自分がどうなるかということくらいはニルスにも理解できていた。
「そのためのアンヘリタなのに……」
アンヘリタの力があれば、それでもどうにかすることはできていたはずなのだ。
それなのに、彼女は自分を裏切った。しかも、これから先協力することはないとも宣言した。
「そんなの、許せるはずないだろ……!!」
強く歯をかみしめるニルス。
彼の目は強い怒りで満ち満ちていた。
「だ、だから、僕は……!!」
「僕は……なんじゃ?」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
決意を新たにするために宣言しようとしたのだが、また背後から声をかけられ絶叫するニルス。
飛びあがりながら振り返れば、そこには首を傾げるアンヘリタの姿があった。
「だから!! どうして君たちは僕の後ろからいきなり話しかけてくるんだ!!」
「なんじゃ。儂以外にもそうする奴がいたのか」
「あっ、そ、それは……」
答えにくそうに目を背けるニルス。
その反応に首を傾げるアンヘリタであったが、とくに気にする必要もないかとあっさり興味を失った。
「そ、それよりも! もう協力しないってどういうこと!?」
テロ組織『救国の手』の男とつるんでいる、なんてことを答えられるはずもなく、ニルスは慌てて質問で返す。
興味もなかったアンヘリタは、そこを追及することはなかった。
「どうもこうもないわ。そのままの意味じゃ」
「な、何で……!?」
「カッレラ家よりも興味のある男を見つけたからじゃな」
肝も美味かったし。アンヘリタは心の中でそう呟く。
ニルスは彼女の言葉に愕然としていた。
今まで何が起きてもつまらなさそうな無表情だったというのに、今の彼女はどこか楽しげな雰囲気を醸し出しているではないか。
こんな顔、今まで自身に見せたことがなかったのに……。
「そもそも、儂がお主に協力していたのは、お主の先祖に想いがあったからじゃ。お主自身に協力したいと思えるような魅力はないし、義理もない」
「なっ……!?」
「儂が力を貸して、お主がしたことはなんじゃ? 女を連れ去って、良いように扱うことだけじゃろう? うむ、まったくダメじゃ。あの人とは比べ物にならん」
「…………ッ!!」
アンヘリタの言葉には、何の感情も込められていない。
彼女の表情にも、嘲りの色は微塵もない。
しかし、それでもニルスは怒りを抑えることができなかった。
彼にそのような感情を我慢するような胆力はまったくなかった。
生まれた時から恵まれた環境にあり、好き放題生きてきたニルスは、思ったことはすぐ口にするし、やりたいことはすぐに実行する。
「こ、この……ふざけるなよ!! 僕を誰だと思っている!?」
「自分では何もできん坊ちゃん、じゃな」
「――――――ッ!!」
ニルスの怒りは天元突破した。未だかつて、こんなにも怒りを抱いたことはないかもしれない。
自分よりも圧倒的な力を持つアンヘリタをも、睨みつけることができるくらい無謀なこともしてしまうほどだ。
「……もし、また僕の手助けをしてくれるんだったら、あの女を連れ去ることを失敗したことも水に流そうと思っていたんだけどね……」
「そうか。別に水に流してくれんで構わんぞ」
そのアンヘリタの堂々としたふてぶてしい言葉に、ついにニルスの我慢は限界を迎えた。
「舐めるなよ、アンヘリタ!! 今の僕は、お前をどうにでもできてしまうほどの武器を持って――――――!!」
ニルスが強気だったのは、あの男から貰い受けた武器があるからだ。
これさえあれば、あのアンヘリタを痛めつけることができるのだ。
ニルスは怒りのままにその力を振るおうとして……。
「ぶぎゃっ!?」
腹部に白い尾を叩き込まれ、身体をくの字に曲げさせられるのであった。
目玉を飛び出さんばかりに見開き、口から血と吐しゃ物を撒き散らす。
そして、そのまま一気に吹き飛ばされ、大きなガラスを割って外に飛び出すのであった。
「あ、つい……」
アンヘリタは罪悪感を大して覚えている様子もなく、うっかりといった様子で呟くのであった。