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第百二十七話 恋と妨害

 










「……で? 裏切らないとか言っていた奴は誰だったか?」

「うぐぐぐぐぐぐぐぐ……っ!!」


 カッレラ領領主の館で、ニルスは顔を真っ赤にして唸っていた。

 彼の近くには、彼を手助けしてくれる『救国の手(ノットファル)』に所属していると思われる男がいた。


「そ、そんな馬鹿な……! アンヘリタが僕を裏切るなんて……! な、何かの間違いに決まっている……!」


 信じられないと言葉を表すニルス。

 今までどのようなことでも……それこそ、普通の人が聞けば人道に反するからと拒否されるようなことでも手助けしてくれたのに……。


「愛想を尽かされたんだろ」

「そ、そんなはずはないよ! 今までアンヘリタは僕のために力を貸してくれて……。そ、それこそ、僕が生まれてくるずっと前からカッレラ家を支えてくれた忠臣だよ!?」

「だから愛想を尽かされたんだろ。それに、今までの領主はお前みたいなことはしていなかっただろうしな」

「ぐぅぅぅ……っ!!」


 不敬なことを言う男を怒鳴り散らしたいニルスであったが、確かに父は貴族だからといって領民の美しい女を拉致して好き勝手するようなことはなかった。

 権力を持っているのだから、どうしてそれにふさわしいことをしないのか、彼を殺すまでついぞ理解できなかった。


 そして、鬱陶しかった父がいなくなって、ようやく思うが儘に動くことができるようになったというのに……。


「くそっ!! どうして……どうしてなんだ、アンヘリタ! あの女を拉致しないだなんて……!!」


 いつものようにアンヘリタから書状が届いた。

 それは、普段なら神隠しすることに成功したという報告に過ぎないはずで、だからこそニルスもウキウキで書状を開いたのだが、中に書いてあったのは……。


『すまん。拉致、できんわ。じゃから、失敗ということで勘弁してくれ。それと、もう儂お前に協力せんから。今までのもので十分じゃろ? あ、それと近々中央から調査隊が来るらしいから、好き勝手している女どもを帰しておいた方がいいと思うぞ。じゃ』

「軽いよ!! 失敗したのに凄く軽い!! しかも、何か重要そうなことをついでみたいに書いているし!!」


 怒って書状を破り捨てるニルス。

 ふーふーと鼻息を荒くする彼を、男はつまらなさそうに見ていた。


 彼からすれば、ニルスがこの先どうなろうが知ったことではないからだ。

 彼の目的は、ニルスを利用した先にあるのだから。


「で? どうするんだ? 騒いだところでどうにもならんだろ」

「騒がなかったところでどうにもならないよ! くそぉ……アンヘリタがいるから、中央から何か来ても彼女に任せようとしていたのに……! あいつがいないと、もう詰みだよ! どうしようもないよ!!」


 ニルスがこんなにも神隠しを起こしていたのは、たとえばれてもアンヘリタの力が借りられると考えていたからだ。

 彼女の力は絶大だ。彼でも全て把握しきれていないほどだ。


 そんな彼女がいれば、たとえ中央から騎士団が来ても対処できるだろう……と甘い算段を立てていたのだが……。

 アンヘリタがもう協力しないと言われてしまえば、彼一人で中央と戦えるはずもなかった。


「あちらから協力してくれないというのであれば、協力させればいいだろ。俺が与えてやった武器、持っているだろうが」

「そ、それは……」


 男の言葉に躊躇するような態度を見せるニルス。


「今更何をためらっているんだ。お前は父親を殺しているんだぞ? 良心の呵責が……なんて言ってくれるなよ。それに、あの女を殺すわけでもないんだ」

「うっ……」


 鋭い目で睨みつけられ、ニルスはビクッと身体をすくませる。

 強い圧迫感を秘めた目は、彼には到底出すことのできないもので、今までどのような苛烈な人生を送ってきたのか想像することも許さなかった。


 甘くて緩い人生を送ってきたニルスには、理解することなんてできるはずもなかった。


「わ、分かっているよ。君に従うことで今まで手助けをしてもらっていたんだし……それに、僕を裏切ったことは、ちゃんと清算してもらわないといけないから……」

「ああ、それでいい」


 怯えながらも覚悟を決めたニルスを見て、男はほくそ笑む。

 そうだ、それでいい。そうして、自身の目的に……あの存在に近づけさえすれば……。


 男は満足そうに頷くのであった。











 ◆



「ああ、許してくれデボラ! 悪かった。次からはちゃんと勇者を使うことを前に言っておくから」

「勝手に使わないでよ、パパ。エリクは僕のものなんだから」


 謝り倒すヴィレムセ王国のトップにそっぽを向いているのは、彼の愛娘であるデボラである。

 ふわふわの髪などから生じる愛らしい雰囲気をとげとげとさせて、ぷにぷにの頬をぷっくりと膨らませていた。


 あのそこそこ悪名高く冷徹なレイ王がこんなにも下手に出るのは、デボラだけだろう。

 そんな彼らの様子を横目で見ているのは、エレオノーラとガブリエルである。


「へー。この国の王様ってあんな感じなんだ」

「王女殿下にだけですよ、ああいう風になるのは」


 エレオノーラはガブリエルと話したくもないのだが、あまりにも暇なので会話に付き合ってやることにする。

 彼女はガブリエルが嫌いである。


 性格的にはおおらかで明るい彼女を嫌うような点はないように思われる。

 だが、ガブリエルの戦闘狂という部分だけが、どうしても我慢できなかった。


 何故なら、その対象となるのは、自身の加虐性を相手してもらっているエリクだからである。


「ほーんと騎士ちゃんはあからさまだよね。あたしのこと、そんなに嫌い?」

「嫌いですよ。というか、あなたも私が嫌いでしょう?」

「まーね」


 二人は互いを見ずに、胃の痛くなるような会話を続ける。

 実際、声が聞こえてしまう宰相はズキズキとし始めていた。


 それもそうだろう。彼女たちは自分が相手できないほどの戦闘能力を兼ね備えているのだから。

 断罪騎士とアマゾネスの元女王。肩書だけでも気を失いそうになる。


「一人の男に惚れていて、しかも欲の発散の仕方が似通っているから、どうしてもそうなるよ」

「私はそういう感情ではありません」

「えー、ほんとー?」


 きっぱりと表情を変えずに言うエレオノーラであるが、ガブリエルからすれば嘘としか思えない。


「わざわざアマゾネスの街にまでエリクくんを助けに来たのは?」

「彼には助けられた恩義があります。助けに行くのは当然です」

「あたしがエリクくんと戦っていたら露骨に不機嫌になるのは?」

「私の加虐性を彼と共に克服しているのです。その前に彼を傷つけられたら困りますから」


 ガブリエルがニヤニヤとしながら問いかけるのも、全て無表情で切り捨てるエレオノーラ。

 こんなにもはっきりと否定していれば確かに恋愛感情はないのかもしれないと思ってしまうが……。


「要はエリクくんに対する独占欲でしょ?」

「…………」


 こいつ、全然話聞いていなかったなと冷たく睨みつけるエレオノーラ。

 しかし、ガブリエルは不快にもニヤニヤと顔を歪めたままだ。


「べっつに騎士ちゃんがどうしようと勝手だし、あたしは関与しないけどさー……のんびりしていたら、あたしが掻っ攫っちゃうからね」


 ガブリエルは褐色の頬をうっすらと赤に染める。


「あんなにあたしと戦える男なんて……まあ、強い男はいるだろうけど、何度打ち倒されても立ち向かってこられる男は絶対にいないよ。女王として、男を知らないまま死ぬと思っていたし、それでもいいと思っていたけど……あんな男を知っちゃったら、みすみす離れていくのを見過ごすわけにはいかないよ」


 陶酔しきった笑みを見せるガブリエルを、エレオノーラは横目で見る。

 恋をすることもなく、女王としてアマゾネスのために生きて死ぬと考えていたであろう女が恋を知れば、こんな風になるのかと思った。


 自分も恋なんて甘酸っぱい経験はないが、こうまで堕ちていないと思いたい。


「エリク、全然帰ってこないじゃないか! もういいよ! 僕が探しに行くから!!」

「えぇっ!? それはやめてくれ、デボラ。危ないから! ワシと一緒に城にいよう、な!?」

「やだ!!」


 にわかに賑やかになる。

 デボラの我慢の限界がついに訪れて、彼がアマゾネスの街に拉致されていた時のように捜索に行くと主張する。


 それは、彼女がいつもいがみ合っているミリヤムも彼の側にいるということも大きいだろう。

 エリクの一番近くにいるべきなのは、自分だという子供じみた考えをしているのかもしれない。


「ま、好ましくないけど君もなかなか死にそうにないし、ゆっくりと考えればいいんじゃないかな? 王女様ー! あたしも付いて行くー!」


 ガブリエルはそう言ってニカッと笑うと、騒いでいるデボラの元に向かうのであった。

 彼女に戦闘欲さえなければ、もしかしたら仲良くなれたかもしれない。


 もしくは、自身に加虐性がなければ……。


「まあ、今は到底仲良くするつもりなんてありませんが」


 落ち込むことはない。

 加虐性のせいで随分と苦労した人生であったが、これのおかげでエリクと出会えたのだ。


 そのことを考えると、今までの苦労は帳消しになっておつりがくるほどだ。


「アマゾネスの言葉に惑わされるわけではありませんが……」


 恋などという腑抜けたことに支配されているとは思わない。

 だが、まあ……ガブリエルがエリクをものにするのは腹立たしいから、その妨害をしようではないか。


「殿下、私も行かせてください」


 目を離すとすぐに人のためにあちこち飛び回るエリクのことも、手助けしたいし。

 エレオノーラはそう思いながら、デボラに進言するのであった。



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