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第百二十三話 人のため

 










 ガシャンと盛大な音を立てながら、エリクはアンヘリタの住処から吹き飛ばされた。


「がはっ……!!」


 地面に背中から叩き付けられて、息が止まってしまう。

 殴られたことと窒息したことで、ドMはご満悦である。


「ほれほれ。のんびりと転がっておったら、また肝を抜かれるぞ?」


 アンヘリタはゆっくりと歩いてくる。

 体勢の悪いエリクに追撃をかけようとは、微塵もしなかった。


 彼女には、圧倒的なまでの余裕があった。


「ほーれ。ズタズタにされんように気張れ」


 アンヘリタはそう言いつつ、尾を動かした。

 慌てて外に飛び出したミリヤムの目には留まらないほどの速さで、エリクに襲い掛かる。


「あっ……!!」


 また、肝を引き抜かれて血を噴き出しつつ倒れこんでしまう。

 そう思ったミリヤムが小さく悲鳴を上げるが……。


「くっ……!」

「む?」


 エリクは尾によって貫かれることはなく、かろうじてではあるが身をひるがえしてその攻撃を避けたのであった。

 これには、普段は表情を動かさないアンヘリタも驚いたようで、目を丸くする。


「はぁ!!」


 そのままエリクはアンヘリタに突っ込み、剣を振るった。

 しかし、彼女はまるで瞬間移動でもしているかのような速さで移動し、その攻撃を避ける。


「ほぉ……驚いたの。まさか、儂の尾を避けることができるとは……」


 心の底から感心したような声を発するアンヘリタ。

 事実、彼女は今まで戦闘において尾の攻撃を避けられることはほとんどなかった。


 いや、遠い昔……あの人が生きていた時のように、まだ若くて未熟だったときはそのような経験もあったのだが、年をとって経験を積み、尾の数が九本になってからというものの、避けられたり防がれたりというような対処をされたことは皆無であった。

 それなりに自信と自負のあった攻撃方法なのだが……。


「ふっ。何回も肝を抜かれていれば、多少は見えるようになりますとも」

「なるほどのぉ」


 アンヘリタの攻撃は、それこそ初見ではどうすることもできないような威力と効果を持っている。

 だが、文字通り実際に何度も肝を引き抜かれたエリクは、その攻撃を何度も見て経験しているのである。


 繰り返し血反吐を吐いてきた彼は、ほんの少しの予備動作などを見て対処することができるようになったのだ。

 なお、これができるようになったのは一週間くらい前からであり、何故肝を抜かれる際避けなかったのかは想像にお任せする。


「ふむふむ、まさに不死のお主にしかできないことよの。身を持って致命傷を受け続けておれば、確かに儂の攻撃も避けることができるわな」


 エリクの実力を認めるように頷くアンヘリタに対して、彼も不敵な笑みを浮かべている。

 ボコられることを期待しているだけだが、ミリヤムがそんなことを知る由もない。


 少しの勝機が見えているような気がしないでもない状況になったというのに、ミリヤムの顔は強張っている。

 戦闘の素人である彼女でも思い至ること、それは……。


「じゃが、今まで儂はお主に対して尾は一本しか使ってこなかった。さて、複数の尾を相手取って、全ていなすことができるのかの?」


 そう、今まで尾を受けてきたのは、戦闘をしていたからではない。

 アンヘリタがつまみ食いの感覚で肝を抜き取っていたに過ぎない。


 つまり、戦闘として尾を使うとまた違うのであり、さらにそれが複数本となると最早完全に別のものになってしまうのである。

 ミリヤムでも思い至ること……これで、エリクの勝機が見えるとはとても言えなかったのだ。


「ふっ、善処しましょう」


 しかし、そんな絶望的な状況でも、エリクの不敵な笑みは変わらない。

 どうして? 何度も肝を抜かれていれば、怖いだろう。痛みがフラッシュバックすることだってあるだろう。


 少なくとも、ミリヤムがあの立場にいたとしたら、あのような笑みを浮かべてアンヘリタと相対することができるだろうか?

 おそらく、無理だろう。


 何度も臓器を引き抜かれて喰われていることを想像するだけで、身体が震えて歯が鳴ってしまう。

 それでも、エリクが剣を構え続けているのは……。


「(私の、ため……?)」


 うぬぼれだろうか?

 いや、エリクが戦うのはいつも他人(ドM)のためだった。


 こんなことで喜びを感じるなんて、不適切だ。

 今も、彼は圧倒的な強者と戦っているのだから、そんな風に思ってはいけない。


 しかし、どうにも押しつぶすことができずに、その頬を緩めてしまうのであった。

 潤んだ瞳の先にいるのは、逞しい背中を見せてくれる男である。


 だが、ミリヤムのこのような浮ついた気持ちは、一気に冷めていくことになる。


「ほほう。ならば、見せてもらおうかの」


 アンヘリタはエリクへの攻撃を再開する。

 ミリヤムの目にはまったく見えない尾が振るわれた。


 次に彼女の目に捉えられたのは、おそらく上から尾が叩き付けられ、それをエリクが避けた瞬間であった。

 ふわふわの柔らかそうな印象を与えるアンヘリタの白い尾だが、地面に叩き付けられると簡単に大地を砕き砂煙をあげた。


「そんな威力が……!?」


 ミリヤムは愕然とする。

 しかし、戦いは彼女の反応を待たずに進んでいく。


 エリクはアンヘリタの攻撃を避けることには成功したものの、飛び散った瓦礫全てを避けることはできずに頬を切ってしまい、血を流す。

 そもそも、避けることも必要最小限というわけにはいかず、横っ飛びのように飛びずさった大げさなものだった。


 というのも、エリクはこのように縦横無尽に鞭のように振るわれるものとの戦闘経験がほとんどないからである。

 たとえば、エレオノーラのように拳で殴りつけたり、ガブリエルのように戟を振り回したりなどといった手合いならば、それなりの経験も積んでいるので多少攻撃を予見することができる。


 彼女たちは身体を動かすので、予備動作を見れば多少は事前対応ができるのだ。

 まあ、それでも彼女たちの高い戦闘能力の前に、エリクは嬉々として屈服するのだが。


 しかし、アンヘリタの尾はそのような予備動作がほとんどない。

 彼女の肉体は動かされていないため、ゆらりとほんの少し揺らぐ尾だけがヒントなのだ。


 さらに、人の手足のように尾は制限なく動くため、攻撃が自在なのである。

 その攻撃を予測する難易度は、非常に高かった。


 それこそ、卓越した戦闘技術を保持しているエレオノーラやガブリエルならば対応することも可能だったかもしれないが、ここにいるのはただのドM(エリク)である。

 攻撃を受けることには慣れていても、避けることには慣れていなかった。


「尾が一本ならば、今の動きで正解じゃが……」


 エリクは目の端で猛然と迫りくる白い尾を捉えた。


「言ったじゃろう。儂の尾は九本じゃと」

「ぐぎっ……!!」


 ゴゥッと襲い来る白い尾を、剣で受け止めるエリク。

 柔らかそうな尾と鉄で作られた剣。本来であれば、打ち勝つのは剣であろう。


 だが、アンヘリタの尾はただのもふもふの尾ではない。

 ギャリギャリギャリと、まるで金属同士がこすれ合うような凄まじい音が鳴り響き、また火花も散るのであった。


 そして、その力も圧倒的だった。

 エリクは歯を食いしばって何とか剣を構え続けているが、重すぎて腕がブルブルと耐えきれないように震えていた。


 膝もガクリと地面についてしまい、立つこともままならない。


「受け止めるだけではダメじゃぞ」


 そして、動きの止まったエリクなど、仕留めることは容易であった。

 彼の身体に横なぎにされたもう一本の尾が叩き付けられたのである。


「がはぁっ!?」


 まるで、鉄塊で思い切り殴りつけられたような感覚。

 骨の何本かにひびが入り、血を吐くエリクはニッコリしていた。


 その勢いのまま地面を跳ねるように転がされ、倒れ伏す。


「ぐっ、くっ……!!」


 それでも、エリクはフラフラしながらも立ち上がろうとする。

 それは、ひとえにミリヤムと自身の快楽のため。


 そんな姿を見て、やはり不機嫌になるのはアンヘリタであった。


「……まだ戦うと言うか。その痛み、並大抵のものではあるまい? それなのに、まだ回復のために戦うというか」


 他者のために……大切な人のために自分を犠牲にする?

 そんなこと、人間風情にできるはずもない。


 それを、ここで証明してやらねばならない。

 まだ的外れな期待を持っているであろうミリヤムに現実を知らしめるため。


 そして、何より自身の過去に起きたことと真逆のことを認めてはならないために。


「なるほど、尾の攻撃はどうしても面になるからの。いや、貫こうと思えば点の攻撃になるが、それはお主も避けられるようじゃし……」


 アンヘリタはエリクの元に尾を向かわせることはせず、近くの地面を見る。


「こういう系統はどうじゃ?」


 アンヘリタはそう言って、尾で地面を薙いだ。

 ミリヤムは何をするつもりなのか、さっぱりわからなかった。


「がっ……!?」


 だが、次の瞬間、エリクの脚からバンッという強い音と共に血を噴き出したのを見て、口を大きく開ける。

 思わず膝をつく彼の近くには、血がべっとりと付いた小さな石ころが転がっていた。



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