第百二十話 神隠しの選び方
「ふっふっふっ……やっぱりメイド服は良いね。心が洗われるようだよ……」
ニルスは領主の館で、目の前に立つ女たちを見てニヤニヤとしていた。
彼女たちは、カッレラ領でもえりすぐりの美女たちである。
アンヘリタの力による神隠しで手に入れ、『救国の手』の経路で手に入れた薬を使って自我を抑制させ、操り人形にしているのである。
素面であれば決して手を出せないような高嶺の花でも、他人の力と薬によって自身のものにできるのだ。
「え、エロいな……」
ニルスはじっとりとした目で女たちを見る。
彼女たちが来ているメイド服は、普通のものではない。
胸元は大きく開けてあるし、スカートなんて下着が見えてしまうくらい短い。
動くための機能性や清潔さなどではなく、ニルスが見て楽しめるかどうかが重視されているのである。
彼は、父を殺してついにエロメイド隊を作ることに成功したのである!
「つまらんことをしておるの」
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
突然背後から声がして、ニルスは飛びあがって悲鳴を上げる。
背後を見れば、無表情ながらどこか呆れたような目をしているアンヘリタが座っていた。
「な、何だ!?」
「何だとはなんじゃ。お主が呼んだんじゃろうが」
呆れたような目を向けられて、うっと喉を詰まらせるニルス。
「そ、それはそうだけど……どうして君はいつも僕の背後に現れるんだ! 普通に扉から入ってきてよ!」
「暇つぶしのためじゃ。お主の驚く顔を見ていれば、多少は潰れるかと思うてな。まあ、もう飽きたが」
じゃあするなよ! というニルスの怒声は飲み込まれた。
どうせ、この女に言ったところで何も変わりやしないのだから。
「で? 何の用じゃ。儂、最近面白いものを見つけてな。暇ではないのじゃ」
「面白いもの? アンヘリタがそんなことを言うなんて珍しいね」
いや、そもそも面白いと言っていたことがあっただろうか?
少なくとも、自分に物心がついたころには、無表情でつまらなさそうにしている姿しか知らない。
まあ、アンヘリタの事情なんてどうでもいいのだが。
ただ、自身の望みをかなえてくれるのであれば、彼女が楽しんでいようが退屈であろうが知ったことではない。
そのため、アンヘリタの面白いものという存在にも、ニルスはまったく興味を示さないのであった。
「そっか。じゃあ、用件を言うよ。また神隠ししてほしい子がいたんだ」
「ほぉ……本当にまたじゃな。それだけの娘を集めても、まだ足りんと申すか」
アンヘリタは白い目をニルスに向ける。
こういう敵意や殺意がない目を向けられるのは、別に怖くない。
そういった目からは悲鳴を上げて逃れようとするが。
「それに、お主も言うておったではないか。この領内のめぼしい女は、全て集めたと」
「うん、そう思っていたんだけどね」
ニルスはニヤリと笑う。
「それは領民であって、外から来る女を想定していなかったんだよ」
「ほほう」
何故か自慢げに言うニルスに、アンヘリタは大して反応を見せなかった。
いつも無表情で大した反応はしないのだが、いつにもましてであった。
それは、ニルスと話しているよりも興味深い対象と話していた方が面白いからである。
不死のスキルを持つお人よしの男と、そんな男に惚れて異質な回復魔法を彼のためだけに使う女。
やはり、面白い。似たようなことをできる者は、長い時を生きてきて知っているが、ああいう関係性や各々の性格ではなかった。
昔の者たちよりも、今の彼らの方が面白い。
「で? どんな女なんじゃ。情報を渡してくれんと、儂もどうしようもない」
「ああ、分かっているよ。……と言っても、領民じゃないから大した情報は手に入らなかったんだけど」
ニルスはそう言って近くに置いてあった報告書を手に取り、目を通す。
これも、自分で得たものではなく、他力本願によって得られたものであった。
「そうか。そうなら、さっさと言うといい」
そして、早く自分を住処に帰らせろ。
言外にそう言うアンへリタに気づかず、ニルスは口を開く。
「そうだね。えーと……名前はミリヤムって言うらしい」
「…………」
ニルスの言葉に、普段は変わらないアンヘリタの眉が跳ねあがった。
彼はまったく気づいていなかったが。
「君は知らないだろうけど、あれは美人だったよ。しかも、領主で貴族たる僕を睨みつけてくるような気の強さ……睨まれたことは不快だったけど、ああいう女を手中に収めるというのも男の喜びだよね」
ペラペラと出会った時のことを話しだすニルス。
聞く方が非常に不快になることを喋っているのだが、アンヘリタはまったく反応しなかった。
「……というわけで、あの女は僕が手に入れるにふさわしいってことだよ。分かってくれたかい?」
「……そうか」
「うん。それで、名前くらいしかわからないんだけど、神隠しってできるかな? いくら何でも、それだけじゃあキツイ?」
ニルスに問いかけられて、アンヘリタは少し考える仕草を見せる。
確かに、名前だけしかわからない存在を神隠ししてみろと言われれば、いくら彼女でも非常に困難だと言わざるを得ない。
だが、今回に限ってはそうではない。
何故なら、ミリヤムは今自分と同じ住処にいるのだから。
神隠しをすることなど、容易である。
「ふーむ……」
だが、ニルスにくれてやるというのもなかなかに嫌である。
エリクの方が興味は強いのだが、ミリヤムにだってもちろん興味がある。だからこそ、住処に置いているのだ。
分からないと言って時間稼ぎをすることだって容易だろう。
ニルスは自身の住処のある森を突破することはできないし、おそらくばれることはないだろうから。
しかし……。
「(こんなつまらん男でも、あの人の子孫じゃし……)」
アンヘリタの重要なところはそこである。
彼女にとって、現在の行動原理の大部分……というかほぼすべてを占めるのが、あの人である。
ニルスに協力しているのも、彼があの人の子孫だという理由だけだ。
二人はまったくもって似ていない。ニルスには魅力がまったくない。
だが、それでもアンヘリタは尽くしたいと思ってしまうくらいに、あの人に今ものめり込んでいるのである。
「(それに、そっちの方が面白そうじゃしな)」
アンヘリタは無表情の中で、そんなことを考えていた。
「(まあ、所詮人間じゃしな。人間なんぞ、どうなったところで知ったことか)」
「……何か寒いな?」
冷たい雰囲気を醸し出すアンヘリタに、空気の変化を敏感に感じ取るニルス。
アンヘリタはあの人が好きだ。愛している。
だが、それと同時に憎んでもいた。
自身に振り向かず、違う人の元に行ってしまったから。
それは見当違いの恨みであろうことは、アンヘリタにだって分かっている。
だが、やはりそう簡単に納得できるほど感情というものは優しくない。
それほど感情が豊かではないアンヘリタでもそうなのだから、愛憎劇などが世の中によくあるのである。
エリクとミリヤムは、お互いのことを大切に想いあっていることは知っている。
では、もし彼らが無理やり離されるようなことになったら、どうなるのだろうか?
自分と同じように諦めるのか、それとも……。
「面白いな」
「うん? 何がだい?」
つい口にしてしまったか。アンヘリタはすぐに首を横に振る。
「いや、なんでもない。……その女のことじゃが、流石に名前だけですぐに連れてくることはできんのぉ」
「あー……やっぱりそう? じゃあ、もっと情報を集めさせて……」
「それなら、儂が探そう」
「えっ!? 普段は全然乗り気じゃないのに……どうしたの?」
驚いたように見つめてくるニルス。
当たり前だ。人間は好きではないが、意識を奪わせて好き勝手しようという男に捧げるのが愉快だというわけではない。
もちろん、人間なので同情して味方になることもないが。
アンへリタにとって、人間もニルスも大した違いはないし、思い入れもない。
ニルスに協力しているのは、ひとえにあの人の血がつながっているからだ。
「なに、気まぐれじゃ。今回の件は、儂に任せておくといい」
「そ、そう? それじゃあお願いしようかな……」
アンヘリタはニルスに対して頷く。
「では、用件は終わりじゃな? 儂は戻るぞ」
そう言って、アンヘリタは姿を消したのであった。
ニルスはふーっと息を吐いて、再びエロメイド服を鑑賞しようとすると……。
「おい」
「うわぁぁぁぁぁぁっ!? だ、だから普通に入って来いって言っているだろ!?」
また背後に唐突に現れた男を見て、ニルスは悲鳴を上げた。
男は呆れたような目を彼に向けていた。
「いちいちこれくらいで驚くな。大げさなんだよ」
「いきなり人が出てきて驚くなって無理だよ!!」
怒鳴ったせいで、体力向上のための運動もしていないニルスは、はあはあと息を荒げてしまう。
それを落ち着かせて、男を見る。
「やっぱり、アンヘリタは僕を裏切らなかったよ。君にもらった武器を使うまでもなかったね」
「そうか。じゃあ必要ないか? それなりに力と時間をかけて作ったから、返してくれても……」
「いや! やっぱり一応持っておこうかな!」
ニルスの反応に、やはり呆れたような白い目を向ける男。
「まあ、信用し過ぎるのもどうかと思うがな」
「え? それって……」
男とニルスは、アンヘリタのいた場所を見るのであった。