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第百十九話 アンヘリタとの付き合い方

 










 アンヘリタさんの提案を受けて、少しの時が流れました。

 私とミリヤムは、彼女が住んでいるという森の中にいました。


 その森というのもなかなかに魔境で、アンヘリタさんが案内してくれなければまず間違いなく迷ってしまうくらいには鬱蒼としており、さらに夜になると強力な魔物が蠢きだすとのことでした。

 私はいつの日か夜にこの森に単身突撃することを決意しつつ、こんな所に住んでいる彼女に驚かされました。


 それなりに修羅場を潜り抜けてきた……というよりか攻撃を受けてきた私でも、アンヘリタさんの攻撃はほとんど見えませんでした。

 それだけの力を持っていて初めて、この森で暮らすことができるのでしょう。


「最初はよく襲撃されたりもしたがな。何百年もここにいて魔物を返り討ちにしていれば、もうほとんど攻撃されることはなくなったの。夜に出歩く必要があるのであれば、儂に一言言うといい」


 アンヘリタさんは、そう私たちに言ってくれました。

 何百年という言葉から分かるように、彼女はとても長生きです。


 その白い獣耳と尻尾は、飾りでも何でもないということでした。


「儂は妖狐と呼ばれる魔族でな。儂みたいに白い毛並みを持つ者はおらんらしい。白狐という珍しい魔族じゃ」


 アンヘリタさんは私たちがここにきて数日した時、そう話してくれました。

 私たちという話し相手や興味深い対象ができたからでしょうか、表情は変わらないのでそこから窺うことはできませんでしたが、とても上機嫌な雰囲気でした。


 まあ、話し相手になっているのはもっぱら私ですが。

 ミリヤムはアンヘリタさんのことが嫌いなようです。


「儂の尾を見てみよ。多いじゃろう?」

「確かに……」

「この数は、他の妖狐と比べても多い方じゃ。歳をとればとるほど、その数は増えていく。その分、尾を使うことができるから、年寄りほど力を持っておるというわけじゃな」


 アンヘリタさんは自慢するわけでもなく、ただ事実を述べるように言います。

 なるほど……妖狐がアンヘリタさんのように皆強ければ、それはそれで夢があったのですが……。


「まあ、力を得られると言っても、無駄に長生きなのは良いことではないがな」

「そうなんですか?」


 アンヘリタさんの雰囲気がどこか落ち込んだ様子を見せましたので、そう聞いてみました。

 人間は、不老不死なんてものを求める人も多いというのに。


 私も一応不死スキルを持っています。まあ、これがどの程度まで不死を成り立たせることができるのかはわかりませんが。

 事実、私は歳をとっていますし、成長もしています。


 ということは、老いというものも当然あるでしょうし、寿命もあるでしょう。


「うむ。たとえば、大切な人ができたとして、その人の天命が自分よりも少なく、先立たれてしまうとしたら……なかなかに寂しいものじゃ」


 アンヘリタさんは、そう言ってどこか遠い目をしました。

 ……もしかしたら、彼女の無表情というのは、昔はそうではなかったのかもしれませんね。


 昔は私やミリヤムのように、感情を表に出していたかもしれません。

 その別れによって、アンヘリタさんが心を閉ざしてしまったとすると……。


 まあ、それは私にはどうにもできませんね。私が身代わりになることもできませんし。

 しかし、一人取り残されていくということ……少し興味があります。何だかドキドキします。


 ミリヤムもアンヘリタさんの話を聞いて、いつもの敵意を少し潜ませていました。

 彼女も、何か思うところがあるのでしょうか?


「……何だか湿っぽい空気になってしまったの。よし、肝」

「はい?」


 肝と呼ばれて反応する私。なんと酷い呼び名でしょうか。興奮してしまいます。

 私が首を傾げた、その時でした。


「がはっ!?」


 アンヘリタさんの尾が、私の身体を貫いたのでした。

 そして、その先に当然のように掴まれているのは、私の肝でした。


 血を噴き出しながら倒れる私をしり目に、美味しそうに一口で食べてしまうアンヘリタさん。


「うむ、美味い」

「だから!! いきなりエリクの肝を抜かないでください!!」


 怒りを露わにしつつ、すぐに私に駆け寄って回復魔法をかけてくれるミリヤム。

 ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……っ! 臓器が回復されるこの苦痛も素晴らしい……っ!


 天にも昇る快楽です!


「まあまあ、そう言うな回復。儂もなるだけ我慢しておるじゃろ?」

「二日に一回はエリクから肝を抜き取るじゃないですか!!」


 そう、私は二日に一度という短いスパンで、この至上の快感を得ることができています。

 どうもありがとうございます。


「いや、だって美味いんじゃもん」

「歳とっているんでしょ!? だったら、もっと我慢してください!!」


 ……ミリヤムが母親のようです。

 一方、アンヘリタさんは口をとがらせてそっぽを向いています。子供ですか。


 そして、血をだくだくと流しながら地面に倒れ伏して、回復される苦痛に身を悶えさせている私。

 これが、アンヘリタさんの住処に来てからの日常でした。


 ……ほぼ毎日スプラッタな現場となっているのですが、アンヘリタさんの力で血の処理は完璧です。

 私の出したものを掃除してもらい、恐縮です。


 また、ミリヤムにも何度も回復してもらい、本当に感謝です。

 そんな彼女は、自分がアンヘリタさんの喰らう肝を回復させていることから、凄く悩んでいたようです。


 もちろん、私がフォローして回復することをお願いしましたが。


「これでも我慢しておる。もし、お主らに何の面白味もなければ、一日に三回は肝を喰らっておるわ」


 一日三食ですね、わかります。

 私が一日に三回肝を抜かれることを想像すると……胸が高鳴りますねぇ。


「しかし、面白いな。不死のスキルを持つ男と、異常なほどの回復力を持つ魔法を操る女……うむ、面白い。長い時を生きてきたが、見たことがないな」


 アンヘリタさんは頷きながら言います。


「その回復魔法も、対象者に苦痛を与えるというのもまた興味深い。その副作用がなければ、お主は世界中の人々から崇められるような聖女にでもなっていたじゃろう」

「…………」


 ミリヤムは少し悲しそうに眉を顰めます。

 おそらくですが、彼女は自身が聖女という存在になれなかったことを思っているのではないと思います。


 ミリヤムは、そういう性格ではないですからね。

 苦痛を与える。そこが気になってしまうのでしょう。


 事実、そのせいで彼女の魔法は私のようなドMしか受けることができないのですから。


「ですが、ミリヤムは本当に私の力になってくれています。ということは、彼女は世界にとっての聖女ではないかもしれませんが、私にとっての聖女なのかもしれませんね」

「え、エリク!?」


 思わず言ってしまうと、ミリヤムが頬を赤く染めて私を見てきます。

 まあ、嘘を言っているわけではないので、別に恥ずかしがることはないのですが。


 ミリヤムは私にとって(苦痛の)聖女です。


「……ふっ、そうかそうか。お主らは両想いなんじゃな」

「あぅあぅあぅ……」


 アンヘリタさんが一瞬笑いながら言います。

 そして、どこか遠い目をします。


 彼女は、よくこういう目をしますね。昔を懐かしんでいるのでしょうか?

 ミリヤムは……大丈夫でしょうか? 顔から湯気が出ていますが。


「昔の儂とあの人を思い出すのぅ」


 時折、アンヘリタさんは『あの人』という言葉を発します。

 そして、その時の彼女の表情は、ほんの少し穏やかに変わるのです。


 時が流れても、あのアンヘリタさんにそのような表情をさせることができる人が、過去にはいたんですね。

 私も、将来過去にあんな愚か者がいたと、世界中の人々から馬鹿にされるようなことをしたいですね。


 あの世でも快楽を得ることができそうです。


「……まだ退屈は紛らわせそうじゃ」


 アンヘリタさんは、そう言って私とミリヤムを無機質な目で見つめます。

 私たちの共同生活は、案外うまくいっているのでした。


 とはいえ、私とミリヤムはずっとここにいるわけにはいきません。

 私たちには、ニルス・カッレラが『救国の手(ノットファル)』に属していないか調査しなければならないという任務があります。


 それを達成して……その後もアンヘリタさんと仲良くすることができるのであれば、言うことはないですね。

 私の肝、定期的に抜いてもらえますし!



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