第百十五話 ニルスとの遭遇
色々なレイ王の無茶振りをクリアしてきたので、私は一般の方に比べれば身体能力は高い方でしょう。
しかし、それでも子供に攻撃が届く前に身体を滑り込ませることができたのは、ニルスがまったく自身のことを鍛えていなかったからでしょう。
戦闘慣れしている人であれば、あんなにモーションが大きな蹴りなどしません。
甘やかされた貴族のボンボン……なのでしょうね。
「がはっ!?」
そんなことを考えている私の背中に、ニルスの足蹴が炸裂しました。
エレオノーラさんやガブリエルさんに模擬戦の際もらう蹴りに比べればまったく効きませんでしたが、やはり無防備な背中に脚で攻撃されるのは……良いです!
「あん? 何だ、君は?」
「げほっ! げほっ!」
怪訝そうな視線が私の背中に突き刺さりますが、私は息を吐くことで応えることはできませんでした。
やはり、痛みやダメージはそれほどでもないのですが、背中に衝撃を与えられると一瞬息が詰まりますね。
この窒息する感覚……苦しくてグッドです!
「だ、大丈夫ですか?」
「あ、ありがとう……」
腕の中にいる子供に問いかければ、すぐに頷きを返してくれます。
とても良い子ですね。ですから、こんな子を本気で蹴りつけようとしていたニルスのことを、良く思うことができません。
攻撃するのであれば、私にしていただきたい。
「エリク……!」
ミリヤムもすぐに駆けつけてきてくれます。
彼女は心配そうに、私と子供を見やります。
「大丈夫? 回復魔法は?」
「私もこの子も大丈夫ですよ」
心配してくれるミリヤムに頷きます。
すると、彼女は頷いてニルスに足蹴にされた私の背中をはたいてくれます。
ふっ……汚い痕が残っていた方が、興奮できるのですがね。
「……エリク? どっかで聞いたことがあるような……」
うーんと悩む様子を見せるニルス。
「エリク……ゆ、勇者様か?」
「利他慈善の勇者様だ……!」
ニルスが答えを出す前に、集まっていた領民たちが私の役職を当ててしまいました。
……その利他慈善というまえがき、取っていただけませんかねぇ?
こう……『ろくでなしの勇者』とか『マゾ豚勇者』とか言われた方が嬉しいですねぇ……。
利他慈善と付けても私に悪感情を向けてくれるのでしたらいいのですが、どうにも領民の方々の視線は好意的なものです。
こういう視線は、気持ちいいどころかむず痒いんですよねぇ……。
「ふ、ふーん……僕より人気あるみたいで気に食わないな、こいつ」
ニルスは何でもないようにふるまいながらも、ポツリと本音を漏らします。
人気なんてあげますよ。その代わり、あなたに向けられている負の感情をもらいますがね!
ニルスは良いことを思いついたように、顔を輝かせました。
「で、でも、君は『狂戦士』なんて物騒な二つ名も付いていたよね? そんな危険人物が、どうして僕の領地に?」
ドヤっとした顔を見せるニルス。
ふっ、いいですよ。もっと私を悪い二つ名で呼んでください。
「……エリクには、『守護者』という二つ名もありますけどね」
ミリヤムが対抗するようにニルスを睨みつけながら言います。
……その二つ名、嫌ですねぇ。
「何だ? 僕に逆らう気……か……」
ニルスがニヤニヤしながらミリヤムを糾弾しようと彼女を見ると、言葉をゆっくりとさせました。
そして、驚いたように目を丸くさせます。
これには、ミリヤムも何が起きたのかわからず、首を傾げます。
「……ふーん、良い女じゃないか」
「……は?」
ニルスは未だ理解できていないミリヤムを見て、上から尊大に言ってのけます。
「よし! 僕の相手をさせてやろう。光栄だろう? さ、こっちに来い」
「嫌」
即答。半分ニルスの言葉にかぶさるように、ミリヤムは拒絶の言葉を吐きました。
その表情も、心から軽蔑したような冷たいものです。
昔、私が向けられていたものよりも冷たいかもしれません。
この返答は想定していなかったのか、ニルスどころか彼の周りの男たちも領民たちも固まってしまいました。
「き、聞き間違いか? 僕の誘いを断ったように聞こえたが……」
「聞き間違いじゃありません。嫌です拒否しますお断りします」
は、速い……! ミリヤムがこんな早口で話すところを、私は未だかつて見たことがありませんでした。
強い拒絶の意思が示されていますね。
「なっ!? ぼ、僕の誘いを……庶民が断る……!?」
愕然とした様子でわなわなと震えるニルス。
……別にそれくらいありそうなものですけど……まだ若いから知らなかったのでしょうか?
「おいテメエ! 生意気なこと言ってんじゃねえよ!!」
ついに護衛であろう荒々しい男が怒ってしまいました。
彼はミリヤムに手を出そうとして……。
「おっと」
私の手で止められました。
ミリヤムはMではありませんからね。こんな大男に攻撃されて悦ぶはずもありません。
私は嬉しいですが!
「女性に断られたら大人しく引き下がるのが男性ではないでしょうか?」
知りませんけど。
「舐めたこと言ってんじゃねえ! 領主様の誘いは、全部受けとけばいいんだよ!!」
男はそう言って拳を振り上げました。
待ってました!
「エリク!」
私は一切避けることなく、彼の拳をその腹で受け止めたのです。
ぐふっ……! やはり、お腹に攻撃を受けるのは効きますねぇ……気持ちいいです。
しかし……。
「所詮、この程度ですか」
「な、なにっ!?」
私を大喜びさせるほどではありませんでした。
最近、エレオノーラさんやガブリエルさんと戦い、贅沢を覚えてしまったためでしょう。
彼女たちほど強烈な攻撃を受けないと、満足できない身体に育てられてしまいました。
……はっ! これが調教……!?
「ぐぁぁぁっ!!」
そんなことを思いながら、私は反撃の拳を男の腹部に叩き込んだのでした。
すると、大げさなくらい苦しんで倒れてしまいました。
……えっ? 私、そんなに強くないですけど?
まるで、私がエレオノーラさんに殴られた時みたいな反応に驚いてしまいます。
しかし、彼が見た目だけで騎士のように自身の鍛錬をしていないと考えてみると、すんなりと理解することができました。
「こ、こいつ……!!」
「どうします、領主様!?……領主様?」
上司に指示をもらおうとする護衛の男たちでしたが、ニルスは口を開きませんでした。
彼は、ミリヤムのことをじっと見ていました。
「……ちっ! お前、後悔するなよ。お前は絶対に僕のものになるんだからな! これは、決まっていることだ!」
「なりません」
「そこの勇者を名乗る偽善者も覚悟しておけ! お前の大切な仲間が、僕に良いように扱われることをな!」
ニルスはそう言うと、ミリヤムの否定の言葉にまったく耳を貸さずにスタスタと去って行ってしまいました。
男たちも慌てて彼の後を追いかけて行きました。
「……何なの、あの気持ち悪い貴族」
不快そうに顔を歪めて呟くミリヤム。
うーむ……私が無理やりニルスのものにされるということは、理不尽さでビクンビクンできるかもしれませんが、ミリヤムが無理やり……ということは受け付けられませんねぇ。
いや、仲間をとられてしまうというのも興奮できるかもしれませんが、彼女が本当に嫌がっているなら断固阻止しなければなりません。
しかし、正直先ほどの接触で、ニルスにそんなことができるほどの力があるとは思えませんでした。
護衛の男たちのような存在を何人も送り込んでくるのでしょうか?
個々の実力では負けていませんが、それなら確かにいずれ私は体力切れに陥ってミリヤムをとることができるかもしれませんが……。
そもそも、彼らは次々に私に倒されていく仲間を見て、それでもなお彼女を奪い去ろうと襲い続けることができるのでしょうか?
そんな根性や忠誠心は、とても感じられなかったのですが……。
とにかく、注意はしておかなければなりませんね。
しかし……ふっ。やはり、ここでも苦難が待ち受けていましたか。
私、良い思いができそうです!