第百十三話 二度の驚き
雪のような白髪を左右で少しだけまとめ、その髪の間からは髪色と同じく白いふわふわの獣の耳が生えていた。
目は金色で、何の感情もこもっていなかった。
ヴィレムセ王国ではなかなか見ることのできない着物を着ており、それは夜の闇のように黒かった。
厚い着物のせいで身体の起伏はいまいちわからないが、おそらく整っているであろうスタイルの良さであった。
何よりも特徴的なのは、臀部から生えているいくつもの白い毛並みの尻尾であった。
この尻尾と耳で、彼女――――アンへリタがただの人間ではないことを教えてくれた。
「儂はそのおなごたちをさらっただけじゃ。そんな人形のようにしたのは、お主じゃろ」
ふぅっと呆れたように息を吐くが、しかしやはり表情はほとんど変わらなかった。
アンへリタは感情を表にあまり出さないエレオノーラ以上に、感情の起伏が乏しいのかもしれない。
女たちが、それこそ尊厳を奪われるようなことをされているのだが、やはり憐憫の情みたいなものはなかった。
まあ、種族が違うために感情が発生しないということも考えられるが。
「じゃが、最近動きすぎじゃないかの? 正直、そろそろ怪しまれて御上に動きがあっても不思議じゃないぞ」
「はっ! その時は君に助けてもらうから心配ないさ! アンへリタは最強だからね!」
「いや、別に儂は特段戦闘に優れているわけじゃないんじゃが……ま、頼られて悪い気はせんがの」
アンへリタの警告も、酒池肉林を貪って有頂天のニルスには届かなかった。
ならば、それまでだ。一応、あの人の血族だから力を貸すし助言もするが、あの人と違って彼のことを好きなわけでもない。
これで潰れるのであれば、別に知ったことではない。
まあ、ニルスの子ができるまでは、できる限り守ってやらんこともないが。
「(じゃが、やはりつまらんのぉ)」
アンへリタはニルスにばれないよう、心の内で嘆息する。
英雄色を好むと言うし、一人の男が複数の女を侍らすことに忌避感があるわけでもないのだが……英雄でもないニルスが女に溺れている姿を見て、とても愉快な気持ちにはなれない。
いや、滑稽ではあるのだが、心臓が高鳴って夢中になれるようなものではなかった。
アンへリタは、そのようなものを欲していた。
その考えからすると、ニルスという男はとてもつまらなかった。
「今まで邪魔な父がいて、神隠しをすることだってできなかったんだ! だから、今盛大に楽しまなければ嘘だよ! やっぱり、あんな父親、いなくて正解だった――――――」
「これ」
すでに亡くなった実の父を侮辱しようとするニルスに、アンへリタはたしなめる言葉をかける。
……と同時に、果物の側に置かれてあった小さなナイフを操り、彼の股の間に突き立てたのであった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? な、ななな何をするんだ!?」
「あやつは有能な男じゃった。確かに、あの人の子孫であった。それを侮辱するのはいかんな」
大いに焦りつつ怒鳴るニルスに、アンへリタは相変わらず表情は硬いが怒りが少量混じった雰囲気を醸し出す。
これには、ニルスもゴクリと喉を鳴らす。
彼女がもしその気になれば、自分なんてろくに抵抗できずに殺されてしまうだろうから。
「わ、悪かった。僕が悪かったよ……」
「……うむ、分かればいい。ま、しばらくは力を貸してやる」
大して気持ちのこもっていない謝罪を横目で見て、アンへリタは天井を見上げる。
「(ダメじゃなぁ……。どうしても、面白くない)」
ニルスの近くで彼を見ていても、心が躍らない。退屈しのぎにならない。
何か面白いことを為してくれる男はいないものか?
もし、そのような男が現れれば……ニルスなんて切り捨ててやるのに。
あの人の子孫だからといっても、あの人以来恋できる子は現れなかったために非常に退屈になっていた時に、ニルスという凡庸な子が生まれた。
あの人のために今まで子孫にも手を貸してやっていたが、そろそろ限界だ。
「じゃあ、また用があれば呼んでくれ」
アンへリタはそう言って、未だに冷や汗を流しているニルスに振り返らず部屋を出ていくのであった。
最後に、面白い存在が現れることを願って。
◆
「ふ、ふぅ……お、驚かされてしまったじゃないか……」
「ニルス・カッレラ」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
アンへリタがいなくなって早まった鼓動を抑えていたのだが、さらに新たな声が聞こえて心臓が飛び出そうになる。
慌てて振り向けば、そこには最近会うようになった男がいた。
「な、何なんだ!? 普通に扉から入ってきてよ!」
「あ、ああ、すまん」
ニルスの怒りにあっさりと謝る男。
しかし、すぐに雰囲気を鋭いものに戻した。
「あれが、アンへリタ・ルシアか」
「そうだよ。僕の最高の仲間さ」
アンへリタの力を一方的に貸してもらっているだけのくせに、よく仲間と言えたものだな……と思う男であったが、気分を害して会ってもらえなくなると困るので口をつぐむ。
それよりも、ニルスには利用されてもらわなければならないのだ。
「やはり、アンへリタ対策を講じていた方がいいぞ。あれの力は、不意に裏切られた場合抑えることができないだろ」
「またその話か」
ニルスは呆れたように男を見る。
「いいかい? 彼女は僕が生まれるずっと前から、カッレラ家に尽くしてくれた忠臣だ。僕を裏切るはずがないだろう。アンへリタは、絶対に僕の味方なんだ。それに、散々力を貸してくれたのに、僕から裏切るというのもなんだしね」
ニルスはそう言いつつ、隣に立たせる女の身体をまさぐり始める。
まさに、絵に描いたような馬鹿貴族ぶりに、男はため息を吐く。
別に女遊びを派手にしてくれようが知ったことではないが、今は自分と話しているのだから自重してほしい。
「はぁ……父を殺しておいて、今更なことを言うな。それに関して、誰が手を貸してやったと思っている? 恩があるというのであれば、俺にだってあるはずだが?」
「うっ……」
男の言葉に女の身体をまさぐるのを止めるニルス。
痛いところを突かれた。確かに、親殺しをしておいてアンへリタを殺せないというのもおかしな話だ。
しかも、大して自身を高めるようなこともしてこなかったので、当然有能な父を一人で倒せるはずもなく、男の力を借りて彼を殺したのであった。
そのことが、後々弱みになるということはまったく考えていなかった能天気ぶりであった。
「それに、つい先ほどもナイフを身体の近くに突き立てられていただろ。あれ、その気になったらどうなるか……想像しておいた方がいいぞ」
「……い、一応、講じておこうかな!? 備えあれば憂いなしって言うしね!」
「それでいい」
あのナイフが自身の身体に突き立てられたことを想像したのか、青い顔で男に言うニルス。
そう、それでいい。ニルスには、自身の使い勝手のいい駒になってもらわなくては困る。
そのためなら、助力は惜しまない。
「俺からも良い武器を後で渡してやる。それがあれば、お前も安心だろ?」
「そうだね。まあ、使うことはないだろうけど」
ニルスはすっかり安心した様子で、再び女たちを厭らしい目で見ていた。
この楽観さと恐怖を忘れる速さが、彼が馬鹿貴族であることを表していた。
そのことで、男が指摘をすることはないが。
ニルスに忠言をして、彼に良い貴族になってもらうつもりなんて毛頭ない。
「ああ、そうだ。君に言われた通り、カッレラ領での情報を調べたよ。まとめた奴、後で持って行ってね」
「そうか。礼を言う」
ニルスの言葉に、手短に返す男。
男が彼の父を殺すことに協力した見返りに求めたのは、やはり情報を求めたことであった。
マインがヴィレムセ王国を支配していれば、全国の情報を集めることができたのだが……失敗してしまったのだから仕方ない。
まずは、御しやすい貴族の領地の情報を集めなければ。
「それにしても、人探しねぇ。……広い領地から一人を見つけ出すなんて、砂漠から宝石を見つけるくらい無理だと思うけど」
「無理でもやってもらう。俺は、絶対にあいつともう一度会わなければならないのだから」
ボソリと呟いたニルスの言葉に反応する男。
強烈な殺意と敵意をあふれさせたので、彼はまた顔を青ざめさせる。
「わ、分かっているよ。カッレラ領の情報は渡すって。それが、約束なんだし」
約束破って殺されたらかなわないし……と内心呟くニルス。
この部屋に誰にも感づかれずいきなり現れるような男なのだ。どこに隠れたって、見つけ出されて殺されるに違いない。
だったら、大人しく従おう。無理難題は言ってこないんだし。
「そうか。情報さえくれるんだったら、俺はお前に何も言わないさ。女遊びでも、好きにしていてくれ」
男はそう言って出ていこうとして、ふと足を止めた。
なんだよ、早く出て行けよと思いつつ、ニルスは油断なく男を見る。
「そう言えば、お前は女好きなんだよな?」
「ま、まあね。貴族は皆女が大好きさ!」
「いや、それは知らんが……」
男は頬をかきながら聞いてみる。
「だったら、アンへリタ・ルシアには手を出さないのか? あいつは滅多に見られない程度には容姿が整っていると思うが……忠臣なら、そういうことを頼んでもいいんじゃないか?」
これは、別に何か考えがあって言ったとかではなく、ただ純粋に気になっただけだった。
別に女好きというわけではない男から見ても、アンへリタの容姿は整っている。
汚れ一つない美しい白髪と耳や尻尾。冷たさを感じさせる整った顔に、黒い着物の上からでも分かるような良いスタイル。
とくに女性好きというわけでもない男でも、魅力的だと思える女である。
彼に、何を投げだしても成し遂げなければならないことがなければ、声をかけていたかもしれない。
しかし、ニルスは芳しくない顔色を見せる。
「……だって、色々な力を使えて何だか怖いし」
「……ヘタレか」
ニルスは自分より優れた女に手を出す気はないようであった。




