第百十一話 誰かのために
「……どうして引き受けたの?」
「はい?」
レイ王たちのいた間からお暇させていただき、私とミリヤムは歩きながら話していました。
私は将来訪れるであろう苦難に気分が高揚していたのですが、どうにもミリヤムはイライラしているようです。
「貴族の……カッレラ領の調査。別に、エリクがやる必要はないでしょ?」
ぶすっとするミリヤム。
あまり表情は変わらないのですが、いつも一緒にいた私からするとわかりやすいですね。
雰囲気で、彼女がどんなことを考えているかは大体分かってしまうのです。
そんなことから察するに、ミリヤムは私のことを純粋に心配してくれていますと同時に、王族にこき使われているのが嫌なのでしょう。
彼女の王族嫌いは、筋金入りですからね。人の良いオラース王子にも、複雑な感情を抱いているようですし。
「私は、これでもヴィレムセ王国の勇者ですから」
「……あんな脅迫みたいな形で、無理やり勇者に祭り上げられたのに。それでも、王族のために尽くすの?」
脅迫……私が勇者としてレイ王の命令に従い続ける限り、私とミリヤムの故郷に援助をし続けてくれるというものです。
私たちの故郷は寒村ですからね。今、レイ王の援助が途絶えてしまうと、あっさりと干上がってしまうことでしょう。
「……あんな奴らのために、エリクが血まみれになって戦う必要なんてないと思う」
眉をひそめて呟くミリヤム。
その負の感情は、よく向けられている王族にではなく、私たちの故郷に住む村人に向けられているものでしょう。
……まあ、ミリヤムが良い感情を持つはずもありませんね。
ドMの私にとって居心地がよかった場所……すなわち、ミリヤムにとってはとても居心地の悪かった場所ということなのですから。
「……確かに、少し前までは故郷のためにも戦っていましたが、今は少し違いますよ」
「え?」
「さまざまな出会いがありました。今は、私はデボラのために、エレオノーラさんのために、ガブリエルさんのために、ミリヤムのために、戦いたいのです」
これは、私の本心です。
ミリヤムは私の目をじっと見つめてきます。
「カッレラという貴族がビリエルたちのように反乱を起こしてしまえば、あなたたちにも必ず不利益がこうむることでしょう。私は、それを未然に防ぎたいんです」
「エリク……」
もし、その反乱軍とレイ王率いる国軍が激しい衝突をしてしまった場合、必ず何かしらの余波はミリヤムたちにも襲ってくるでしょう。
それは、何としても防がなければなりません。
これは、嘘偽りない心からの想いです。
「まあ、私のためというのが一番大きいですね」
私は恥ずかしく思いながら、笑みを浮かべて頬をかきます。
そう、所詮ドMの私は自分のことしか考えていないのです。
私の性欲を満たすと同時にミリヤムたちを守ることができるのであれば、それは素晴らしいことなのではないでしょうか?
彼女たちを守るために自身の身体を傷つける……究極の互恵関係ですねぇ……。
「……人を助けることを、自分のためって言える人は、なかなかいないと思う」
ミリヤムはそう言って、うっすらと笑っていました。
良かったです、彼女に笑顔が戻ってきて。
……人助けを行動の指針にしているわけではないのですが、まあいちいち訂正する必要もないでしょう。
「いつも付きあわせてしまうミリヤムには、悪いと思っています」
「……いいよ。無茶をするのを控えてくれれば」
それはできませんね。無茶をしないと気持ち良くなれませんし。
「それに、あの時助けてもらってから、私はずっとエリクの力になるって決めているから」
「ミリヤム……」
昔のことをいつまでも憶えていてくれるミリヤムに感動します。
あれも、助けるために行動したというよりかは、Mを満たすために行動した結果、ミリヤムを助けられたという形なのですが……。
しかし、彼女が私の側にいてくれなければ困ってしまうので、あの時どんな動機でも行動して良かったと改めて思いました。
「……そ、それで、私たちだけで行くの?」
何だか少しおかしな雰囲気になったのを察知したのか、ミリヤムが頬を薄く染めながら聞いてきました。
私も彼女の顔を見つめすぎましたね。
「そうですねぇ……命令されたのは、私とミリヤムだけですし」
実際には私だけなのですが、ミリヤムは私のパートナーですからね。
彼女が言っているのは、私たちと親しい関係にあるデボラとエレオノーラさん、そしてガブリエルさんのことを言っているのでしょう。
確かに、彼女たちがいれば、調査というのも何不自由なくすることができそうですが……。
「それに、デボラを連れて行くと大騒ぎになりそうですし」
「……うん、間違いないと思う」
私の意見に頷くミリヤム。
まあ、騒ぎになった方が私的には嬉しいのですが、王族を殺そうとしている組織に関わっているかもしれない貴族の治める場所に王女を連れて行くのは、少し危険な気がします。
デボラが狙われるのを私が身を挺してかばうのも、それは魅力的ですが!
エレオノーラさんとガブリエルさんにも、仕事ややるべきことがあります。
頼めば優しい彼女たちは付いてきてくれるでしょうが、彼女たちの邪魔になることはなるだけしたくありません。
それに、エレオノーラさんやガブリエルさんとは、昨日も模擬戦と称して私をボコボコにしてくださいましたし、私も彼女たちも少し離れるのであれば我慢できるでしょう。
エレオノーラさんの加虐性に、ガブリエルさんの戦闘欲……ふっ、どちらも私にとって得難い性癖です。
しかし、それで私を痛めつけてくださるのですから、言うことなしですね。
「……そっか。久しぶりに、二人きり」
「確かにそうですねぇ」
ミリヤムの言葉に同意します。
最近はデボラやエレオノーラさん、ガブリエルさんと賑やかなパーティーになりましたが、最初は本当に私とミリヤムしかいなかったんですよね。
彼女たちの力もないので、私はよくボロボロになったものです。良い思い出です。
「……でも、ちょっと不安。カッレラ領……女の人が、次々に神隠しにあっているって」
「そうですね」
眉を曲げて少し怯えるミリヤム。
宰相から伝えられた異変とは、カッレラ領で次々に女性が神隠しにあっているということでした。
見目麗しい女性たちが、忽然と姿を消す。
その異常なことに、領民たちは領主であるニルス・カッレラに申し立てを行っているらしいのですが、まったく動きがないそうです。
それも怪しいですが、何の調査もしないというわけにはいかないので、私を派遣したいとのことでした。
ニルス・カッレラは『救国の手』と呼ばれる組織と関係があるのでしょうか……。
ミリヤムも女性ですから、心配になるのも当然ですね。それに、とても可愛らしいですし。
「大丈夫です。ミリヤムのことは、私が何をしてでも守ってみせますから」
ですから、その不安を拭おうと言葉をかけます。
……私みたいな弱者が守ると言ったところで、ミリヤムが安心してくれるとは思えませんが。
ですが、ご安心を。この身に代えても守るというのは、事実ですから!
「……うん。私は、誰よりもあなたを信頼しているから」
私の想いが届いたのか、ミリヤムも魅力的な笑みを浮かべてくれました。
こうして、私たちはカッレラ領に向かうことになったのでした。