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第百八話 アマゾネスとしての本懐

 










 マイン・ラートによる反乱は、見事未然に防がれることとなった。

 その功労者として、デボラの名が大きく上がった。


 彼女がラート領にいたからこそ、反乱計画が露見したということになったのである。

 これのおかげで、デボラを癇癪姫として忌避する空気は随分と薄れてきたと言えるだろう。


 そもそも、最近、癇癪はだれかれ構わず行われるのものではなく、もっぱらエリクに向けられていた。

 彼女に爆発させられるという不安は、ほとんどなくなっていたのである。


 さらに、デボラがラート領に赴く理由となったエリクも、また評価された。

 彼は不穏なことを感じ取り、自ら危険なアマゾネスの街に潜入して情報を集めた……ということになった。


 闘技場でボロボロになりながらも、忠義を尽くした。

 そんなエリクはもちろんのこと、彼を忠節の騎士として抱えているデボラの評価も上がったため、功労者とみなされたのである。


 そして、彼女たちよりも大きな功績を上げたとされたのが、アマゾネスたちであった。

 元はマインの庇護下にあった彼女たちであるが、反乱の兆候があることをデボラに密告し、さらにマインとその私兵たちを捕まえるために武力を持って貢献したことから、盛大に賞賛された。


 また、彼女たちが金銭や権威を見返りに求めることがなかったことも、レイ王たちの気に入るところとなった。

 アマゾネスたちが求めたのは、安住の地と剣闘士用の犯罪者であった。


 とくに、王族が彼女たちに苦しめられたこともなく、犯罪者たちを収容して養う必要もなくなることから、彼女たちの要求をレイ王はあっさりと承諾した。

 むしろ、エリクを見たときの方が露骨に嫌そうに顔をゆがめ、「生きていたのか……」と残念そうに呟くくらいであった。


 エリクは身体をビクビクさせて喜んでいた。

 こうして、アマゾネスたちは戦闘で暴れることもできて、しかもマインのように見返りを求められないで穏やかに暮らすことができるようになったという、まさに願ったりかなったりの現状に落ち着いたのであった。


「ふぅ……うまくいきすぎて怖いなぁ……」


 ガブリエルは背を伸ばして呟いた。

 背を反らしたことによって豊満な胸が揺れる。


 最近、少し書類仕事などの引き継ぎをしていたため、身体が凝り固まってしまっていた。

 また、戦いでもして身体をほぐしたいものだ。


「ガブリエルさん」

「あ、エリクくん」


 自身の元に歩いてきたのは、利他慈善の勇者と呼ばれるエリクであった。

 戦いたいと思っていた時に、ちょうど現れたふさわしい人材。


 とはいえ、彼との戦いは自分もかなりのめりこんでしまうので、そう気軽に戦うわけにはいかなかった。


「どうかしたの?」

「ああ、いえ。お礼をしておこうと思いまして。私たちと共に、マインと戦ってくださってありがとうございました。ガブリエルさんとアマゾネスの皆さんは、とても力になりました」


 そう言って、エリクは頭を下げる。

 ガブリエルは慌てて首を横に振る。


「何を言っているのさ。あたしたちにも思惑があって、マインを裏切ったんだから。いつまでも、ああいうしょぼい男に安住を盾にしてこき使われるのも嫌だったしね」


 アマゾネスが使われたいと思うのは、惚れた男のみである。

 そして、ガブリエルは……ちらりと目の前のエリクを見る。


「(彼に使われる……うん、悪くない。むしろ、好ましい)」


 そんなことを考えるガブリエルであったが、残念ながら目の前の男は使うよりもボロ雑巾のように使い捨てられたいタイプである。


「そうですか。では、アマゾネスの未来が安泰のものになったということ、おめでとうございます」

「ありがとー」


 これから先、ずっとアマゾネスが平和に暮らしていける……という意味ではない。

 永遠の平和なんて絶対に訪れないし、そもそも戦闘大好きなアマゾネスたちが望むはずもない。


 彼女たちは、ただ帰る場所が欲しかっただけである。

 そして、それは手に入れることができた。


「そう言えば、今日出ていくんだっけ?」

「ええ。王城に戻って、また勇者として過酷な任務をもらってきます」

「なに、その言い方。まるで、自分からキツイ仕事を欲しがっているようだよー」

「はっはっはっ」


 エリクの笑い方が少しおかしいが、ガブリエルは空を見上げる。

 そうか、今日か……ギリギリだったな。


「ガブリエルさんは最近会うことがありませんでしたね。やはり、戦いの後の処理が忙しかったのでしょうか?」

「いや? 別に、あたしたちは敵を倒した後はどうこうすることはないし、戦後処理みたいなのはほとんどないよ。アマゾネスの戦士が怪我したかどうかの確認くらいだね」


 ちなみに、マインの私兵たちとの戦いでは、アマゾネスは誰も死ぬことはなかった。

 いくら鍛えられたと言っても、傭兵とほとんど変わらない彼らと生粋の戦士とは比べ物にならなかった。


「エリクさん、そろそろ準備を……アマゾネスもいましたか」

「あ、騎士ちゃん」


 露骨に嫌そうな雰囲気を醸し出すのは、断罪騎士エレオノーラであった。

 どうにもガブリエルとは合わないようで、雰囲気が引き締まる。


 二人とも、エリクを傷つけることで自身の欲望を満たそうとするので、同族嫌悪だろうか?

 エリクはどちらもウェルカムである。


「アマゾネス、世話になりましたね。しかし、私たちとこうしてまた会うことはないでしょう。今までありがとうございました」


 エレオノーラは表情を変えず、しかしどこか嬉しそうにそう言った。

 あからさまだなーとは思うが、彼女に言わなければならないことがある。


「ああ、そうそう。そのことなんだけど……」

「お姉ちゃーん!」


 ガブリエルが何かを話そうとした時、彼女の妹であるアンネがやってきたのであった。

 何を隠そう、彼女を呼んだのはガブリエルであった。


「大切な用があるって、何の話?」


 アンネはエリクにひらひらと手を振ってから、姉に問いかける。

 ガブリエルはニッコリと笑った。


 エリクは……それに、自分を嫌っているエレオノーラはどんな反応をしてくれるだろうか。

 そんなことを意地悪く考えながら、ガブリエルはアンネに言った。


「アマゾネスの女王、アンネに任せるから」


 空気が死んだ。

 エリクとエレオノーラはポカンと口を開けているし、とくにアンネは酷い。顎が外れそうなくらい口を開けている。


 笑っているのは、ガブリエルだけであった。


「…………えっ? あはは……嘘、だよね?」

「ううん、嘘じゃない。もう、引き継ぎの書類とかいろいろ作っているから。あと、よろしくね」


 引きつった笑みを浮かべるアンネに、ガブリエルは無慈悲な決定通告を与えた。


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!? きゅ、急にどうしてぇぇっ!?」

「うーん……アンネもそろそろ大人の自覚を持つべきかなって思ってさ。エリクくんだから怒らないで許してくれたけど、普通拉致して剣闘士に陥れるって殺されても仕方ないことだと思うんだよね。アンネの成長のためだよ、うん」

「あからさまに、今考えた!」


 ギャーギャーと怒るアンネ。


「というか、そもそもお姉ちゃんが女王を辞めることなんて、皆納得しないでしょ! それに、あたしが新しい女王になることも!!」

「そうかな? アマゾネスは、別に誰が王でも気にしないと思うよ。アンネも、あたし以外が女王になっても、とくに反対しないでしょ?」

「うっ……」


 確かに、アマゾネスは誰が女王になるかはあまり重視しない。

 そんなことよりも、自身の戦闘欲を満たして良い男を捕まえることの方が重要なのだ。


 アンネも姉が女王を辞めたとしても、誰が後を継ぐかは大して気にしないだろう。

 それが、自分でなければの話だが。


「あなた、まさか……」


 エレオノーラはギロリとガブリエルを睨みつける。

 そんな彼女の反応を、怖がるどころか楽しそうに受け止めて、エリクの手を握った。


「はい?」

「これで、ずっと一緒にいられるね、エリクくん」


 にっこりと笑うガブリエルに、とりあえずエリクも笑うことにした。

 彼女の笑顔が、本当に嬉しそうだったから。


「あー! ちょっと、お姉ちゃん! 勇者に目をつけたのはあたしだよ!?」

「アマゾネスに、男に関して先着順とか求めちゃダメだよ」

「お姉ちゃん!?」


 アンネの抗議もなんのその、ガブリエルはエリクの手を握って走り出した。

 指も絡める恋人つなぎにしたのは、エレオノーラにバッチリと見られていた。


 彼女の絶対零度の目と、アンネの必死の抗議の声を後ろにする。


「エリクくん。これからもっと良い男になれるよう、あたしと頑張ろうね」

「え? ……はい」


 振り返って言うガブリエルに、エリクは戸惑いながらも頷く。

 良い男……つまり、痛みを伴う成長という訳のわからない方程式を頭の中で生み出したからである。


 こうして、ガブリエルはアマゾネスとしての本懐を遂げることができたのであった。

 なお、ガブリエルを連れたエリクがこの後、ミリヤムやデボラに冷たい目で見られてビクンビクンするのは余談である。



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