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第百七話 儚い夢

 










「な、何故だ!? どんな手を使って、王女と通じた!?」


 なるほど、確かに王族がアマゾネスの安全を確約したのであれば、他の諸侯は手を出せないだろう。

 だが、そんなことはできないはずだ。


 マインの領地に王族が来たことも最近はないし、ましてや癇癪姫として恐れられているデボラ王女が来るなんてことはありえない。

 彼女は、レイ王に溺愛されて常に城にいるのだから。


 手紙を使った? いや、たとえアマゾネス側から接触しようとしても、王女の手に届く前に潰されてしまうだろう。

 それならば、いったいどのような手を使って……。


「あたしたちの街に王女様が来ていたから、その時にお願いしたんだよ」

「はぁっ!? 来るわけがないだろうが! デボラ王女が、どうしてアマゾネスの街なんかに……!」


 たとえ、デボラが行きたいと主張しても認められるはずがない。

 血と闘争を好む戦士たちの街なんて、危なっかしくてレイ王が止めるだろう。


 だが……。


「あははははっ! 爆発ー、爆発ー!」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 ズドン、ズドンと凄まじい爆音と共に生じる衝撃波で、マインの私兵たちは簡単に宙を飛んでいた。

 それを為しているのは、楽しそうに笑ってスキルを使いまくっているデボラである。


 小規模の爆発でガス欠をすることもなく、数人単位で私兵たちが戦闘不能になっていく。

 マインはそれを目を見開いて見てしまった。


「ば、ばばば馬鹿な!? 本当にデボラ王女が……というか、どうして戦闘に参加しているんだ!?」

「冒険譚にあったみたいな戦いで楽しいんだって」


 ガブリエルの説明も、マインは理解することができなかった。


「まあ、そういうことで、あたしたちに従う理由がなくなったっていうこと」

「ぐ、ぐぐぐぐぐぐ……っ!!」


 マインは言い返すことができなかった。

 これが、オラースならば、レイ王が認めないという可能性に信じてまだ言い返すことができただろうが、デボラは王から猫かわいがりされている。


 彼女が頼めば、大抵のことは飲んでしまう。

 そして、アマゾネスの安全の確保は、おそらく飲むことになるだろうと予想できた。


「き、貴様に人情はないのか!?」

「うん?」

「義理は!? 忠誠心は!? 今まで、誰が貴様らの面倒を見てやったと思っている!?」


 マインは唾を撒き散らしながら怒鳴る。

 これほど必死になるのも、無理はないと言えるだろう。


 彼の計画にアマゾネスの戦闘能力は必要不可欠であるし、もし彼女たちが敵に回れば押しつぶされるのは自分の方だからだ。

 何とか、思い直して味方をしてもらわなければならない。


 そのため、マインはガブリエルの良心に訴えることにした。

 彼女は、アマゾネスとは思えないほど常識的で理性を持っていると彼は判断していた。


 だからこその言葉だったのだが……。


「……まあ、マイン様には感謝しているけど」

「そ、そうだろう!? ならば、今すぐ俺の元に……!」

「でも、ごめん。そういうの、あたしは持っていないんだ」

「――――――ッ!?」


 マインの希望は、あっけなく打ち砕かれた。


「騎士ちゃんにも言ったけど、忠誠心とか義理人情とか、全然理解できないんだよね」

「なっ!? な、なななな……っ!!」

「そんなものよりも、惚れた男に尽くした方が幸せでしょ?」


 ニッコリと、女性から見ても魅力的な笑みを浮かべるガブリエル。

 それは、彼女の容姿が整っているということもあるが、心の底から幸せそうな雰囲気を醸し出しているからでもあった。


 マインも思わず喉を鳴らしてしまうが、今はピンク色のことを考えている場合ではないと復活する。


「ほ、惚れた男だと!?」

「そうそう。……あ、ちょうどいいところに」


 ガブリエルはふとあるものを目に捉え、どこかに走り去っていく。

 逃げたのか? いや、そんなことをするような女ではない。


 マインの推測通り、すぐにガブリエルは戻ってきた。

 その手に、一人の男の腕を掴んで。


「この人」

「えぇと……何でしょうか?」


 幸せそうに微笑みながら、男の腕に抱き着くガブリエル。

 男は何故連れてこられたか理解していないようで、困惑した表情を浮かべていた。


 というよりも、どこか不満げな雰囲気があった。

 それもそのはず、アマゾネスには及ばないものの、それなりに鍛えられていたマインの私兵たちに適度にボコられながら戦ってM心を満たしていたのに、いきなりそれを中断させられて連れてこられたのだから。


 よく見ると、割と傷を負っていた。


「き、貴様のせいか……! 利他慈善の勇者ぁぁ……っ!!」

「……はい?」


 マインの凄まじい怒りを向けられて、思い当たることのない利他慈善の勇者――――エリクは首を傾げた。

 しかし、すぐに理不尽な怒りとして気持ち良く受け止めていた。


「それに、普段街で住まわせてもらっていることで、領内に出てくる賊の討伐とか肩代わりしたでしょ? あれでも、結構恩は返せたと思うんだけど……」

「そ、それは……」


 基本的に、マインの私兵たちはあまり動かすことができなかった。

 というのも、戦いに駆りだせば、その分金が必要になるからである。


 民から搾り取った税金を使ってもいいのだが、あまりにも目立ちすぎると王都に目をつけられて、反乱を窺っていることもばれてしまうかもしれない。

 そのため、大して金を払わなくても動いてくれるアマゾネスたちは、よく色々なことで駆りだしたのだ。


 当時は使い勝手のいい駒だと笑っていたのだが……今になってつけが回ってきた。


「さて、と。じゃあ、終わりにしよっか」


 ガブリエルはそう言うと、戟を担いだ。

 マインはそれを見ると、一歩二歩と後ずさりする。


 その戟で何をされるのか、予想できてしまったからである。


「ま、待て! 俺はまだ死ぬわけにはいかんのだ! ま、まだ……まだもっとやりたいことが……! こ、殺さないでくれ!!」

「…………うーん」


 必死に命乞いをするマインを見て、ガブリエルは渋い顔をする。


「やっぱり、男ってこんなものか。エリクくんが特別なんだよね。あたしみたいなアマゾネスにも、正面から立ち向かえるのって」


 そう言って、ガブリエルはつまらなさそうにマインを見る。

 彼は、戟を構える彼女を見ても武器を構えることはしなかった。


 完全に及び腰で、とてもじゃないが戦うつもりすらないようだった。

 恰幅の良さで言えば、マインはエリクよりも上だったし、力も強いように見える。


 しかし、それでも実際に諦めないで勝負を挑み、ボロボロになりながらも戦い続けたのはエリクの方で、マインは戦う前から負けていた。

 そういう男は、アマゾネス的にとても面白くなかったし、惹かれなかった。


「あ…………っ?」


 トスッと軽い音と共に、マインの大柄な身体が少し揺れた。

 彼はゆっくりと自身の腹部を見下ろす。


 そこには、ガブリエルの戟が突き刺さっていた。


「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? あぁぁっ!? あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 マインは絶叫して倒れこんだ。

 慌てて両手で傷口を塞ぐと、血が付着した。


 今にも死んでしまいそうなほどの狼狽の仕方だが、ガブリエルは相変わらず冷たい目で彼を見下ろしていた。


「いや、そんな大げさな傷じゃないし」


 ガブリエルはポツリと呟く。

 確かに、浅い傷ではないだろう。傷口を抑える手からも、さらに血がこぼれているのだから。


 だが、おそらく一日そのまま放置していても死ぬことはないだろうと推測できる程度の傷であった。


「弱いなぁ、情けないなぁ。エリクくんは片腕と片目を失っても、あたしに立ち向かって来たのに」


 失望。今のガブリエルは、その言葉が一番似合う感情を持っていた。

 いや、別にマインに男としての期待を寄せていたわけではない。


 だが……。


「エリクくんを知ってしまうと、どうしても君と比較しちゃうね」


 彼と出会う前までなら、ガブリエルもここまで落胆することはなかったかもしれない。

 だが、彼女はエリクという強い男と出会ってしまった。


 強さとは、何も戦闘能力だけではない。

 不屈の精神、戦い続けようとする意志。それらで強い戦士として認められることだってある。


 エリクはまさにそれだ。

 だが、マインは戦闘能力も精神的な強さも持ち合わせていなかった。


 まったく惹かれるところのない男であった。


「まあ、殺しはしないよ。まだ反乱を起こしたと認知されているわけじゃないし、ちゃんと調べてから法に則って処分する……べきだってミリヤムが言っていたしね」


 ミリヤムの助言がなければ、マインはガブリエルに殺されていただろう。

 エレオノーラも悪には厳しいし、デボラは良く考えずに殺害許可を出しそうだ。


 エリク? 逃がして復讐されることを期待しようとするだろう。


「じゃあ、バイバイ、マイン様。ちゃんと罪を償うんだよ」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……がっ!!」


 ガブリエルは冷たくそう言って、痛みに悶えているマインの頭部を戟の柄で殴りつけて気絶させたのであった。

 こうして、マインの夢見ていた王国奪取のもくろみは、終わりを告げるのであった。



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