第百五話 密告
「……っていう命令が届いたんだけど、どうしよ?」
「えぇ……」
朝になると、私の部屋……というより病室にガブリエルさんがやってきました。
まあ、戦いのたびにここに運び込まれているため、剣闘士として割り当てられた部屋よりも愛着があります。
ボコボコ、良いですねぇ……。
ガブリエルさんの好意で、本来であれば一人で使わせてもらっているこの病室も、ミリヤムたちが助けに来てくれてから彼女たちもここで寝泊まりしています。
男と同じ部屋で……とも思いますが、それくらい信頼してくれていると考えると嬉しい限りです。
もちろん、私も彼女たちに襲い掛かるようなことはありませんからね。
襲い掛かって迎撃されるのもいいかもしれませんが……最近はガブリエルさんをはじめ、アマゾネスの方々に痛めつけられているので、性欲は十分に発散されているのです。
そして、そんな私たちのいる場所に、ガブリエルさんがやってきたのでした。
いつここから出るか、などとワイワイと話していた私たちに見せられたのは、一枚の書状でした。
その内容が……。
「アマゾネスの戦士たちを動かして、王都に電撃戦を仕掛けろ、ですか……」
エレオノーラさんが書状を呼んでくれます。
驚愕の反乱命令書でした。
「え? また反乱? 何でかわからないけど、多いなぁ……」
「わからないことはないですが」
とぼけた表情で頬をかくデボラに、ミリヤムがボソリと呟く。
彼女の王族への負の感情は根深いですねぇ。
「あたしたちを陽動にして後ろから攻撃を仕掛けるつもりかな? 自分で言うのもなんだけど、アマゾネスが大挙として押し寄せてきたら、全軍を向けないといけないだろうし、背後は無防備になるもんね」
「そうですね。脳筋種族ですから、戦闘能力だけは大したものですものね」
「……騎士ちゃんは毒があるなぁ」
ガブリエルさんとエレオノーラさんが静かに睨み合う。
どうにも、お二人はそりが合わないようですね。
私はそんな彼女たちの間に挟まれ、鋭い視線と冷たい空気に身体をビクビクさせていました。
「……で? 何でこれを僕たちに教えてきたの? 僕、王族だよ?」
「え? だから言ったじゃないですか、王女様。どうしよって」
デボラの質問に、逆に小首を傾げるガブリエルさん。
これには、デボラも首を傾げます。両者ともに分かっていないようですね。
「え、いや、だから……僕に教えたら、反乱成功しないじゃん。パパに教えるし」
「はぁ……別にいいですけど?」
「……うん?」
「はい?」
またもや首を傾げあうデボラとガブリエルさん。
傍から見れば面白いですが、話がまったく進みません。
「……あなた方は、その命令書を送ってきた者とつながっているのではないのですか?」
「マイン? あー……まあ、領地にいさせてもらっているのはありがたいよ? あと、剣闘士として犯罪者を融通してくれることも。……ユーリくんみたいに無実の人を送るのは止めてほしいけど」
しかし、どこにいてもその戦闘能力の高さと恨みから、自勢力に組み入れたい者や報復したい者から狙われ襲撃されるため、こうして安住の地を設けてくれる点はありがたい。
そう続けるガブリエルさん。
「でも、王族に牙をむいて国家転覆を企んでいることは知らなかったよ。そもそも、あたしたちは顔を合わせて話をすることもほとんどないしね」
「……本当ですか?」
「本当だよー。騎士ちゃんは疑り深いなぁ。ね、エリクくんは信じてくれるよね?」
ガブリエルさんは私に笑いかけてきます。
ふっ……私に矛先が向いたわけですね?
であるならば、私がとる手などただ一つ!
「ええ。ガブリエルさんのことは信用していますとも」
「やったー! ありがとー!」
私の腕に抱き着いてニコニコと笑うガブリエルさん。
豊満な胸が当たって柔らかさを感じるのですが……ドMの私にはまったく効きませんでした。
それよりも、エレオノーラさんの冷たい目の方が……いい……!
「……そのアマゾネスのことを信用してもいいのですか? エリクさんは、そいつに随分と痛めつけられたようですが……」
ふっ、他愛ありません。
エレオノーラさんにボコボコにされる時と同じくらい傷ついただけですから、私としてはウェルカムです。
いえ、まあ片目と片腕を失った今回の方が、ダメージと快感は大きかったですが。
「確かに私の力不足で随分とやられてしまいましたが……それ以外では良くしてもらっていたので、ガブリエルさんのことは信用できると思います」
「そうだよ。あたしもアマゾネスの本性を見せるのはエリクくんだけだしね。普段は結構良い女王をしていると思うよ?」
私と一緒になって話すガブリエルさん。
本性……あの不思議な文様が浮かび上がった時の彼女のことでしょうか。
是非、また一戦していただきたいですねぇ……。
「ふーん……まっ、僕のエリクがそう言うんだったら、信用してあげてもいいか。裏切ったら爆発すればいいだけの話だしね」
「あははっ。よろしくね、王女様」
デボラの爆発……私が身代わりで受けなければなりませんねぇ……。
「で? どうするの?」
「うーん……とにかく、この街から抜け出してパパたちに伝えないと……」
「えー? でも、ここってマインとつながっているアマゾネスの街だよ? そう簡単に見逃してあげると思う?」
ガブリエルさんの言葉に、室内が緊迫します。
……これは、二度目の『ここは俺に任せて先に行け! なに、すぐ追いつくさ』展開でしょうか?
私、立候補します!
「……そんなことを言うんだったら、どうしてその命令書を持ってきたんですか?」
ミリヤムが私の手を握り、ガブリエルさんを睨みつけます。
ビリエルの軍勢を食い止めたときのことを思いだしているのでしょうか、強く手を握ってきます。
あの時の回復魔法、治癒も苦痛も素晴らしいものでした。
次も、あれくらいは傷つきたいものです。
「うん。あたしさ、エリクくんに嫌われたくないんだよね。もし、ここでマインの命令に従って王都に攻め落としたら、嫌われちゃうかもしれないでしょ? それに、常識的に考えて国家転覆はやりすぎだと思うし」
ガブリエルさんは、アマゾネスにしては常識があるとアンネさんが言っていましたね。
普通のアマゾネスは、嬉々として戦争に参戦するのでしょうか?
私としては、戦争を起こしてくれたら苦痛を味わうことができるので、嫌いはしないと思いますが……。
ただ、罪のない民を傷つけるのであれば、是非私にぶつけてほしいです。
「でも、何の後ろ盾もなくマインを裏切るのは、それはアマゾネスにとって良くないことなんだよね。さっきも言ったように、放浪生活になったらまずいし」
ガブリエルさんはそう言って、デボラを見据えます。
「だから、王女様。あたしたちアマゾネスの安住と未来を確約してくれるんだったら、マインを裏切って王女様に味方してもいいよ?」
なるほど……ガブリエルさんたちを味方に引き入れるための条件ですか……。
しかし、条件といっても彼女の言っていることは大したことではないように思えます。
多額の報奨金や貴族の爵位を求めてきたら、それはデボラでは扱いきることができなくなっていたかもしれませんが……。
「アマゾネスはそれでいいのですか? マイン・ラートは悪ですが、そんな悪でも主なのでしたら、忠義を尽くすべきでは?」
デボラが考え込んでいると、棘のある声を発したのはエレオノーラさんでした。
普段の彼女は、こんな意地悪なことは言わないと思うのですが……。
やはり、ガブリエルさんとの相性が悪いのでしょうか?
……彼女がマインの側についたら、悪なので徹底的に攻撃できるとか思っていないでしょうか?
そんな意地悪な言葉をかけられたガブリエルさんは……。
「ちゅー……ぎ……?」
そんな言葉知らないとばかりに首を傾げていました。
つ、強い……。
「エリクくんは、あたしたちがマインの味方になって王都に攻撃を仕掛けるのは嫌でしょ?」
「ええ、まあ……」
またもや私に矛先を向けるガブリエルさん。
迫りくるアマゾネスの軍勢を一人で受け止めるというのも、M心をくすぐるのですが……。
しかし、ビリエルの時のように私一人で抑え込めるほどの戦力ではありませんし地の利もありません。
失敗すれば、王都の人々が犠牲になることを考えると、できれば止めてほしいですね。
……まあ、仕方ないのでしたら、私がまた身体を張りますが!
「じゃあ、しない」
ニッコリと、綺麗な笑みを向けてくれるガブリエルさん。
……結局、理由はなんなのでしょうか?
「……ねえ。どうしてガブリエルはあっさり裏切るの?」
「……もともと、アマゾネスは騎士みたいに、誰かを主にして忠義を尽くすという文化や習慣がまったくないらしいです。ただ、気に入った男は別らしいですけど」
「……アマゾネスは惚れた男にしか尽くさないってこと? ……僕の騎士だぞ」
「……あなたのものじゃないです」
こそこそと、デボラとミリヤムが話しあっています。
ガブリエルさんの提案をどうするかと考えているのでしょうか?
しかし、二人とも仲が悪いのに、案外気は合うのかもしれませんね。
「うーん……そうだなぁ。よし、わかった。アマゾネスの安全は約束するよ。僕からパパに進言する」
「ありがとー、王女様」
デボラは決断したようです。
ガブリエルさんと敵対しなくていいのは嬉しいですが、アマゾネスの方々にリンチされないのは少し寂しい……。
「……良いんですか?」
「仕方ないよ。アマゾネスと正面からぶつかったら、どれだけの被害が出るかわからないんだもん。その代り、マインとの戦いでちゃんと働いてもらうよ。それが、僕たちの信頼につながると思ってね」
エレオノーラさんの言葉に、デボラはそう言いました。
……あれ? 何だかデボラがわがままを言いまくる癇癪姫と合わない気がします。
こんなにしっかりした子でしたっけ?
そう言えば、少し前に王族としての勉強をしていましたね。レイ王に言われて。
その成果なのでしょうか?
「それに、戦争になったら、僕がエリクと冒険に出られなくなるし」
あっ、個々はいつものデボラです。安心しました。
「はーい、りょうかーい。じゃあ、あたしたち頑張るから、安住の地と闘技場を続けるための剣闘士になる犯罪者をよろしくね」
ガブリエルさんの要求が少し増えたような気がしますが……しかし、貴族の反乱を潰す功労を立てれば、それも認められるでしょう。
そして、戦働きとなれば、アマゾネスならば必ず成し遂げてみせるでしょう。
「ふふ、久しぶりのアマゾネス全体としての戦いだ。楽しみだなぁ」
楽しそうに笑うガブリエルさん。
その好戦的な笑顔に、私は思わずゾクゾクしてしまうのでした。