第百二話 解放
「……またですか」
目を開ければ、清潔そうな白い天井。
私は、再び病室に運ばれていたようです。
まあ、素晴らしいくらいにボロボロになりましたからね。
不死のスキルがある私が意識を失うことなんて、そうありませんから……私の精神は非常に高揚していたのですが、おそらく身体が耐えきれなかったのでしょうね。
くっ……! 次からは、どのような苦痛でも決して意識を飛ばさないようにしなければ……!
私がM道のために新たな決意をしていると……。
「エリク……」
とても……とても、懐かしい声が聞こえてきました。
目を向けると、そこには私がアンネさんに拉致されて以来のパートナーがいました。
手に持っているのは、私の額を冷やすための濡れタオルと水を入れた桶でしょうか。
看病してくれるとは……相変わらず、この子の優しさには感服させられます。
私には、怒りや憎しみをぶつけてくれてもいいのですが……。
「お久しぶりです、ミリヤム。元気でしたか?」
私がそう言って笑いかけると、ミリヤムは桶を落として私に抱き着いてきました。
いっ……たくないですね。傷が癒されています。
ふと思い至ると、ユーリさんに抉られた片目やガブリエルさんに斬り飛ばされた腕も回復しています。
そう言えば、意識を失っている時も身体が痙攣してしまうような苦痛を味わったような気が……。
「ミリヤム、あなたが私を助けてくれたんですね。いつも、ありがとうございます」
「ううん、いつも、私があなたに助けられているから。……でも、もうこんな無茶は止めて……! 闘技場で、アマゾネスと連戦するなんてことは……!」
少し湿った感触がします。泣いてくれているのでしょうか?
ふっ……私の無茶は止められません。快楽のためにも。
「しかし、この闘技場に来たのは不可抗力でして……」
「そう。一番悪いのはアマゾネス」
ミリヤムの声がゾッとするほど冷たいものになりました。
そ、その声音で罵倒していただきたい……!
「やっほー!」
欲望にまみれたお願いをしかけていた私に、そんな元気な声が聞こえてきました。
その声を発した人影は天井すれすれまでジャンプし、くるりと回転して……。
「げふぅっ!?」
「エリク!?」
私の腹部に着地したのでした。
ふわふわとした髪を持ち、快活な性格の少女のことを、私はよく知っています。
「エリク、起きた? 寝坊助だなぁ」
「デボラ……」
大きく股を開けて私のお腹に乗ってニコニコと笑っているのは、ヴィレムセ王国の王女であるデボラでした。
彼女はとても楽しそうです。
……王女が私の身体の上に乗っているのは、ヤバいのではないでしょうか?
これをレイ王に見られていれば……興奮します! 絶対に処刑されますからね!
「お、王女様! エリクは病み上がりで……!」
「えー? でも、君が回復させたんだろ? じゃあ、別にいいじゃん。すぐに僕と冒険に出るしね」
決まっているのですか……冒険に出ること。
私の身体を労わらないですぐに危険な冒険に出るとは……流石デボラ王女。私はあなたの騎士……ならぬ犬でよかったと思います。
「しかし、デボラまで来ているとは……。もしかして、エレオノーラさんも?」
「ええ、もちろんです」
最近交流のあった人が、私のことを心配してアマゾネスの街まで来てくだったのですか。
……忘れ去られていた方が興奮はしていましたが、いやはや嬉しいものです。
エレオノーラさんの声も聞こえたので、そちらを見れば……。
「え、エレオノーラさん……?」
「はい、何ですか?」
私は思わず疑問符を浮かべてしまいました。
というのも、小首をかしげているエレオノーラさんは、何故かボロボロだったからです。
包帯を身体にいくつか巻いており、私ほどボロボロではありませんが……何か羨ましい展開があったのですか!?
「あ、エリクくん。おはよう」
「が、ガブリエルさんも……」
いつも見舞いに来てくださったガブリエルさんがまた来てくれたのですが……何故エレオノーラさんと同じようにボロボロなのでしょうか?
というか、私がまったく手も足も出なかった二人を傷つける人がいるとは……是非紹介していただきたい。
「あの……お二人はどうしてそんな怪我を……?」
「いえ、お気になさらないでください。そうでしょう、アマゾネス?」
「うんうん、あたしと騎士ちゃんだけの秘密なんだ。ごめんね、エリクくん」
お二人はいかにも仲睦まじそうに笑いあっていますが……どうしてでしょう? 背筋がゾクゾクするのは。
お二人が名前を呼び合っていないからでしょうか?
「皆さん、私を助けにきてくれたんですか……?」
「そうだよ。だって、私のパートナーでしょ?」
ミリヤムが優しく笑いかけてきてくれます。
「エリクは僕の騎士だしね。これからも冒険に一緒に出てくれないと」
デボラが快活に笑います。
「エリクさんは、私を受け入れてくれた運命の人です。あなたに苦難があれば、必ず私が助けます」
エレオノーラさんがうっすらと笑います。
御三方……なんと心優しい人たちなのでしょうか。
デボラは私を爆発させますし、エレオノーラさんは加虐性のために私を撲殺しかけますが……それでも、感動です。
「いや、君たちの助けなんか、エリクくんはいらないから」
ふっと小ばかにしたように笑うのは、ガブリエルさんでした。
あ、そうでした。私は結局、あの戦いには……。
「エリクくん、おめでとう。君はあたしに勝った。アマゾネスの女王として、エリクくんの願いを叶えよう」
私の願い……それは、私を含む、不当に闘技場に入れられてしまった剣闘士の解放。
私がより苦難にあうために望んだ願いでした。
「ありがとうございます」
「うん! ……でも、またできればあたしと戦ってほしいかな? あんなにドキドキしたの、初めてだし」
「ふっ、いいでしょう」
頬を染めながら恥ずかしそうに言ってくるガブリエルさんに、私は不敵に微笑みながら頷きました。
エレオノーラさんに匹敵する、まさに手も足も出ない屈強な戦士。
そんな彼女にボコボコに嬲られるのは、M的に受け入れざるをえませんでした。
「……エリク」
「ガブリエルさんには、色々と配慮されて手助けもしてもらいましたから。私にできることであるならば、できるだけしてあげたいのです」
ミリヤムの目が恐ろしく冷たかったので、表向きの理由を説明しました。
良い目ですねぇ……常に私をその目で見ていただきたい。
私の説明に納得したのか、複雑そうな表情を浮かべながらもミリヤムはそれ以上言うことはありませんでした。
「エリクくんの怪我は治してもらったみたいだけど、体力は回復しないんだってね。だから、好きなだけアマゾネスの街にいてくれていいからね」
「感謝します」
ガブリエルさんは私の言葉に頷いて、ニッコリと綺麗な笑みを見せてくれました。
「闘技場からの解放、おめでとう。剣闘士エリクくん」
私はその言葉を笑顔で受け取り、ふーっと息を一つ吐きました。
……もう少し、この闘技場で剣闘士をしていてもよかったかもしれない。そんなことを思いながら。