第百話 乱入の経緯
ミリヤム、デボラ、そしてエレオノーラは、アマゾネスの街に入ると一番目立つ闘技場にまっすぐに向かった。
アマゾネスたちの抵抗があるかと覚悟していたが、驚くほどそれはなかった。
というよりも、ほとんど人影が街にいなかったのだ。
そして、闘技場から聞こえてくる大地を揺らすような大歓声。
「あそこに……あそこにエリクがいる……!」
「あっ!」
ミリヤムは我慢することができず、闘技場目がけて走り出してしまった。
彼女を止めようとデボラが手を伸ばすが、そもそも王女のことが嫌いなミリヤムが言うことを聞くはずがなかった。
「あー、もう! 僕より先に行くなんてダメだろ! 騎士と王女の感動の再会は、英雄譚によく書かれてあることなのに!」
デボラが怒っていた理由はそれだった。
別に、アマゾネスに見つかっても問題はない。爆発させるだけだ。
彼女だって、こんなことを言いつつも、自身の騎士を拉致されたことには玩具を取り上げられたような怒りを抱いているのだから。
「でも、ミリヤムさんの気持ちもわかります。アマゾネスの闘技場は、一度剣闘士として入れられるとほとんど生きて出ることができない悪名高さがありますからね」
エレオノーラはミリヤムの背中を、目を細めて見た。
「えー? でも、エリクだよ? あいつは死なないんだから、絶対に生きているじゃん」
デボラはミリヤムが焦る理由がさっぱりわからなかった。
絶対に死んでいることはないのだから、別に慌てる必要はないのではないだろうか?
それよりも、感動的な再会を練習したかった。
しかし、エレオノーラは首を横に振る。
「いくら死なないとは言っても、エリクさんは苦痛を感じます。人は、命を絶たれて死ぬだけではありません。苦痛を味わい、耐えがたい絶望を受けて、心が死んでしまうことだってあるのですから」
「ふーん……そういうものか」
「ミリヤムさんは、私や殿下よりもずっとエリクさんとの付き合いが長いですからね。彼が今まで苦しんできたことを、間近で見てきているんです。心が死んでしまう危険性のことも、熟知しているのかもしれません」
デボラの反応が薄いように思われるが、エレオノーラの見立てでは別に彼女がエリクを嫌っているとか、興味がないとかというわけではないだろう。
彼を忠節の騎士に任じている時点で、彼のことをしかと認識して側に置いておきたいと思う程度には大事にしているのだろう。
実際、王女が自ら騎士を助けるためにわざわざアマゾネスの街までやってきているのだ。
こんな対応をしてもらえる者は、エリク以外にいないだろう。
だから、これは死に対する認識の差である。
ミリヤムはエリクと近かったため、彼の不死のスキルを持っていても精神的に死んでしまうことがあるのかと危惧している。
エレオノーラは今まで多くの悪人を撲殺してきたため、死という概念のことを知っている。
だが、デボラはいまいちその死というものを理解できていないのかもしれない。
彼女も、自分を利用しようとして近づいてきた者たちを爆殺してきたが、死体が残らないくらいの威力なので、あまり死というものに直面したことがないためだろう。
「まっ、エリクは死なないし、仮に心が死んでも僕はずっと一緒にいるしね」
明るい笑みを浮かべるデボラ。
彼女は本当にエリクという個が死んだとしても、共にいるのだろう。
そう感じさせる笑みであった。
「では、殿下。あなたの騎士がボロボロにされているということを考えてください。それについては、どう思いますか?」
「ダメに決まっているだろ」
エレオノーラの問いかけに、デボラは即答した。
その目は、ゾッとするほど冷たかった。
「あれは僕のだぞ。僕の知らないところで、エリクをボロボロにしていいわけないだろ」
「そうですね……」
エレオノーラはふっと笑う。
デボラは癇癪姫として忌避されてきた。
ゆえに、彼女が他人に強い独占欲を抱くことはなかったはずだ。
つまり、エリクという存在は、デボラの中でそれほどまでに大きくなっているということである。
そして、それは自分もまた同じ……。
自身の強烈な加虐性を受け止めることができるのは、エリクしかいないのだから。
「エリクさんをボコボコにしていいのは、私だけですからね」
「いや、それも違うだろ」
「さ、殿下。ミリヤムさんの後を追いましょう」
「……あの腰ぎんちゃくだけでなく、君とも話をしないといけないようだね」
デボラのジトーッとした目を避けるように、エレオノーラはミリヤムの後を追いかけたのであった。
◆
その後は、とくに特別なことはしていない。
街ではほとんど見かけなかったアマゾネスたちは、闘技場に多く押しかけていた。
それにこそこそと紛れながら闘技場の中に入ると……。
「――――――え?」
それはミリヤムの声だったが、同じく唖然としているのはエレオノーラもデボラも同じである。
闘技場で待ち受けていた光景は、血だらけのエリク。
まさに、満身創痍だ。
闘技場の地面にはいくつもの血痕が見て取れ、一部は血の池と言えるほど溜まっている場所まであった。
その近くに落ちていたのは、一本の人間の腕。
そして、アマゾネスに抱きしめられているエリクの片腕は、存在していなかった。
「――――――」
壮絶な……見ることもはばかられるような凄惨な戦いがあったに違いない。
闘技場の惨状は、簡単にそれを予想させる。
三人が思ったことは別々だったかもしれない。
たとえば、ミリヤムは一刻も早く回復させたいという焦燥の気持ちがあったし、デボラには初めて見る闘技場に心躍らせていたものがあった。
だが、三人の心に大きく占められていた感情は共通していた。
それは、怒りである。
ミリヤムは大切なパートナーが傷つけられたことから。
デボラは自身の騎士を傷つけられたことから。
エレオノーラは自分の加虐性を受け止めてくれる運命の人を傷つけられたことから。
「あれ? あんたたち、アマゾネスじゃないわよね? どこから来たの? 今は入れないはずなんだけど……」
褐色の肌という特徴的な見た目があることから、ミリヤムたちがよそ者であることはすぐに見破られてしまう。
とはいえ、別に彼女たち三人にとって、見破られたことで困ることなんてない。
この惨状を見れば、潜入なんて穏やかな手段をとるつもりなんて毛頭なかった。
「僕の騎士に何してくれてんだ! ……こういう強行突破も、冒険譚とか英雄譚にあった!」
怒りつつも、どこかウキウキしているデボラ。
「ばくはーつ!!」
警戒しているアマゾネスの近くに、急速に魔力が集束していって……爆発。
いくら戦闘に優れた女戦士の集団であるアマゾネスたちでも、先制爆発を防ぐことなんてできるはずもなかった。
それに、デボラのスキルとしての爆発の威力は、それは凄まじいものである。
アマゾネスたちを一発で卒倒させるどころか、強固な外壁をも破壊してみせたのであった。
もうもうと立ち込める煙の中を、何ら躊躇なく飛び込んでいくのはミリヤムとエレオノーラである。
ミリヤムはエリクを回復させるため、そして、エレオノーラはエリクを痛めつけてくれたアマゾネスの女王に報いを受けさせるため。
「エリクさんを私以外がボコボコにすることは認められません。断罪します」
「いきなりやってきておいて、嫌な言いぐさだなぁ」
こうして、断罪騎士とアマゾネスの女王が向かい合ったのである。