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第十話 エリクの現状

 










 オラースの妹であるデボラが、元気に手を振って去って行く。

 勇者であるエリクとその供であるミリヤムも軽く頭を下げ、彼女と共に歩いて行った。


 オラースは軽く手を振りかえして、彼らを見送った。


「あれが、今代の勇者ですか?」

「ヴァルターか……」


 デボラ一行が去った後、一人の男がオラースに話しかけてきた。

 がっしりとした体格に鈍く光る鎧を身に着けた彼は、ヴァルターという騎士であった。


 彼は、長年オラースの側近騎士として仕えてきた男だった。

 オラースも彼の前では、王子としての仮面を脱ぐことができる。


「ああ、そうだ。魔王が出たわけでもないのに、父上の暇つぶしと自由に動かせる便利な手ごまを作り出すために選ばれた男だ」


 勇者と呼ばれる存在が、エリクが初めてだというわけではない。

 今まで、このヴィレムセ王国では幾人かの勇者が存在していた。


 勇者が存在していた時代は、概して魔王軍という強力な魔族の軍勢がこの国を攻め滅ぼさんとしている時だった。

 劣勢だった戦況を個人で覆すような存在が、どこからともなく現れてヴィレムセ王国に安寧と繁栄をもたらした……とされている。


 しかし、今は魔王軍との戦争は勃発していない。

 ゆえに、エリクは魔王軍と戦うのではなく、レイ王の命ずるがままに困難に立ち向かっている。


「……元は農民だとか?」

「……ああ。寒村の出だそうだ」


 重々しく頷くオラース。

 勇者の与えられる役目というのは過酷なものである。


 しかも、今代の勇者であるエリクの場合は、魔王を倒せば解放されるという明確な目標もなく、いつまでレイ王にこき使われるのかわからないのである。

 いつ解放されるかわからない。


 それまで、その身を削って王に奉仕し続けなければならない。

 幾度も戦場を経験してこの世の清濁を見てきたオラースやヴァルターでも、あのような役目を果たせと言われれば不可能だと言わざるを得ないし、エリクがやらされていることも眉間にしわが集まってしまう。


 しかし、それが騎士ならばまだ我慢できよう。

 騎士とは、国と王族にその身を捧げると違った戦士たち。


 その命を以て国や王に報いんとすることは、美談として受け入れられる。

 だが、エリクは騎士ではなく、ただの農民である。


 戦闘の訓練を受けたわけでもなければ、自分から志願して勇者になったわけでもない。

 ……いや、志願したという形にはなっているが、彼の故郷のことを考えればそれしか選ぶ道がなかったと言える。


 ミリヤムという少女がエリクの側に付き従っているが、もし彼女がいなければエリクはすでに死んでいてもおかしくない。

 本来であれば、騎士がその身を挺して守らなければならないはずの農民に、あのような過酷なことを強いるのは……。


「それは……いえ、申し訳ありません」


 ヴァルターは口に出そうになった言葉を飲み込む。

 今の彼は、騎士としては決して言ってはいけないことを言おうとしてしまった。


 王への批判は、不敬罪として投獄されかねない。

 それも、レイ王の息子であるオラースの前でなど、もってのほかである。


「いや、お前の言いたいことは分かる。父上のやったことは、非道と言えるものだ。……俺がこのようなことを言っていたのは内緒だぞ?」


 しかし、オラースはヴァルターの言おうとしたことを察して苦笑する。

 それは、彼もまた思っていたことだからだ。


 オラースは茶目っ気のある笑みを浮かべて口止めすると、ヴァルターもうっすらと笑う。

 この人当たりの良さが、彼が国民や騎士たちに慕われる理由の一つだろう。


「俺は父上から詳しいことは聞いていないが、かなり危険な仕事に従事しているというのに、勇者殿からは不平不満の一つも出たことがない。……まあ、彼と常に一緒にいるミリヤムからは非難の目が向けられているがな」

「それはつまり……」


 一般の農民であった男がいきなり国の命令として引っ立てられ、勇者に仕立て上げられたと思ったら騎士でさえも音を上げるような厳しい任務をこなして、不平の一つも言わない。

 ヴァルターは当然何かがあると分かった。


「勇者殿の性格が、利他慈善という二つ名にあるようにとてもできているということもあるだろう。しかし、人間はえてしてそれだけでは自身の身を切り崩すようなことはできんはずだ。おそらく、何かしらの報酬は与えているだろう」


 大々的に国を挙げて勇者の就任式を行われたわけでもないエリクの知名度は、最初は国民の多くが知らぬ存在だった。

 しかし、レイ王の命令をこなしながらも、行く先々で困難に直面する国民を救ってきた彼の評価は、現在ではレイ王を上回る勢いである。


 それは、彼につけられた二つ名である利他慈善という言葉からも分かるだろう。

 だが、人間がどれほどできていても、それに見合うだけの報酬がなければ過酷な任務などこなせない。


「しかし、彼はとてもじゃないですがそのような風には見えませんでしたし、またそのような噂も聞きません」


 ヴァルターは顎に手を当てて考える。

 金銭をもらっているのであれば、身だしなみにも変化が訪れるはずだ。


 しかし、エリクの衣服には何度も補修された後があり、血を洗ったのであろう痕も残っているほど使い古されていた。

 では、どのような報酬をもらっているのだろうか。


「ああ、そうだな。おそらく、金銭の類ではないのだろう。彼の故郷は寒村だ。そこをダシにしたのだろうな」

「…………っ」


 ヴァルターは歯をかみしめる。

 報酬などという甘いものではない。


 これは、単なる脅しだ。

 勇者にならなければ、お前の故郷がどうなっても知らないぞという脅しだ。


 つまり、エリクは騎士でもない農民なのに無理やり国家権力に引っ立てられて勇者となり、レイ王からの過酷な任務を何度も死ぬような思いをしながらこなし、その間に苦しんでいる国民を救い、しかしそれでも彼自身に対する報酬などほとんど受け取らずに戦ってきたのだ。

 これを知って、レイ王を外道と罵らずしてなんとする。


「ヴァルター、お前は良くできた騎士だ。俺に長く仕えてくれ、献身を尽くしてくれている」

「過分な言葉です」


 唐突にオラースがヴァルターを褒め称える。

 ヴァルターは頭の上に疑問符を浮かべながらも、その賞賛を受け入れて頭を下げる。


「だからこそ、お前を失うわけにはいかない。その言葉、何とか飲み込んでくれ」

「……はっ」


 ヴァルターはオラースの言わんとしていることを、言わずして悟る。

 いくら王子の側近騎士でも、レイ王を批判すればどうなるかわかったものではない。


 オラースの気遣いに感謝しつつ、エリクに対して罪悪感を募らせるのであった。


「この国を少しでも住みよい国にする。それを、手助けしてくれ」

「はっ!」


 ヴァルターはオラースに頭を下げる。

 この人こそ、ヴィレムセ王国を立て直すことができる唯一の人だと信じて。


 そして、オラースは強い表情で王国の未来を思うのであった。



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その聖剣、選ばれし筋力で ~選ばれてないけど聖剣抜いちゃいました。精霊さん? 知らんがな~


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