1 ラビリンス-2
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「冬季防衛予算の枯渇について、他に意見はないのかしら?エマ。貴女、この席で一言も口をきいていないようだけれど?騎士隊長なのだから、軍部を代表して何か主張は無いの?」
大樹より切り出された重厚な円卓の表面を軽く手のひらで叩き、クローディアは貴族然とした苛烈な視線を騎士隊長へ飛ばした。二十歳でタンデライオンの領主を務めているだけのことはあり、クローディアの胆力は並外れていた。
「ございません。御屋形様やワランティ殿に万事お任せします。人員削減で兵員が不足するようでしたら、作戦でそれをカバーしてみせます。俸給が遅配するようであれば、部下に暇を出すのもやぶさかではありません」
タンデライオン騎士隊長のエマーリエは、気合いが空回りした返答でクローディアの檄に応じた。眼鏡のレンズ越しに覗く瞳にさしたる焦慮は窺えず、彼女のずれた調子はいつものことであったので、出席している他の軍幹部も特段反応を示さなかった。
エマーリエは、二十代後半という年頃にしては身なりに頓着がなかった。毛先が切り揃えられたおかっぱ頭に、実用性のみを買ったと思しき頑丈そうな黒縁眼鏡、アレンジの為されていない汎用軍服という色気が皆無な出で立ちで会議に臨んでいた。主であるクローディアは対照的に、金髪碧眼のオーソドックスな美女で、凝った二枚重ねの絹のワンピースを着込み、肩に繊細な毛皮のケープを掛けていた。
挙手して発言を求め、エマーリエの台詞に横槍を入れたのは、領主補佐の重役にあるテオドール・ワランティであった。四十手前という少壮の官吏であるテオドールは、長い白髪を総髪にし、細身を隠すためかローブをゆったりめに着こなしていた。
「御屋形様。無学な者に軍政を尋ねても、それこそ時間の無駄にございます。それと、エマーリエ卿。間違っても、騎士に一時休暇など与えぬように。中央にそのような規則がないことから、我々にもそれを命ずる根拠や権限などは存在しないことになる」
「ですが、ワランティ殿。先立つものが無ければ、騎士とて職務に全力を尽くせますまい。人間、食物が無ければ生きては行けぬ道理です」
「どうしてそう、レベルが低い話しか出来ない?騎士の忠誠心を試す良い機会ではないか。物欲にまみれた騎士など、中央も必要とはせん。騎士隊長自らが訓令して、質実剛健たる精神を植え付けさせろ!」
「・・・・・・物欲、ですか。古来、兵糧攻めにあった軍が気合いで逆転した試しはないかと。霞を食べていると囁かれる魔獣とは違います故。何より私が家門とて財政的余裕などございませんから、俸給がカットされた暁には態度を改めねばなりません」
「黙れ!この不埒者めが!」
「・・・・・・テオ、もう少し口を慎みなさい。あとエマ。極端に後ろ向きな意見を前面に出すのは止めて。会議が湿っぽくなるから。・・・・・・ああ、もう!幹部が集まったというのに、何で建設的な意見が一つとして出てこないのかしら?」
クローディアがヒステリー気味に吐き捨てた。彼女は新帝国の貴族らしく、必要以上に我慢が出来ない質であった。うなだれることでくすみのない金髪を卓に垂らし、ぎりぎり聞こえる小声でぶつくさと暴言を漏らし始めた。「使えないクズ共が」だの「全員罷免してやろうかしら」だのといったクローディアの過激な独り言が耳に入り、テオドールは病的に白い細面をいっそう白くさせて閉口した。エマーリエはといえば、無駄に凛々しい顔つきをさせて背筋を伸ばし、外見上だけは堂々たる態度を押し通していた。
西部から南部にかけての広い領域を魔獣に支配されている西域において、新帝国は亡国となった大国レキエルの血脈を繋ぐ目的で建国されていた。魔獣の威勢が比較的弱い中部から東部方面が新帝国の勢力圏で、旧レキエルの人間が寄り合うことでどうにか国家の体を為していた。西域は世界的に見ても対魔獣激戦区であり、一度この地を離れた闘士や傭兵が大々的に戻ってくるような潮流はまだ形成されていなかった。
新帝国の西方一帯には、タンデライオン・サーフ伯爵領・クーヴェルティア要害という三つの重要戦区が設定されていて、全てを併せて最前線領邦と呼ばれていた。まさしく対魔獣の前線基地で、此度タンデライオンで持ち上がった予算問題に止まらず、日々深刻な問題に見舞われていた。
タンデライオンの女領主ことクローディアは、レキエルの名家に生を受けた。そうであるからこそ、二十歳という若さで且つ女性ながらに最前線領邦の一角を統べるという重責を担っていたのだが、彼女自身は身の程を知っていたので、その職務の過半が苦痛でしかなかった。
もっとも、向上心や努力の才には恵まれていたので、弱音や文句を吐きつつも必死に任を全うしようとしていた。
「・・・・・・結局。テオが提案した、市民への増税しか手が無いと言うの?いい加減、こんな危険地帯から住民が逃げ出さなきゃ良いのだけれど」
「御屋形様。中央の法に則れば、開拓特区であるタンデライオンからの脱走は重罪に当たります。逃げ出す者があったなら逮捕して、見せしめに厳罰を科してやれば良いかと」
テオドールは真面目にそう意見し、自身が提出した増税案を通すべきととして譲らなかった。
領主補佐に任じられているテオドールは、帝都シュバリエの中央政府より派遣されてきた生粋の役人であった。そのため、物事の判断基準が総じて中央の意向なり規則なりに偏り、時として酷薄な政策をも真顔で提言・推進した。その辺りがエマーリエのような実務者や穏健派の官吏から嫌われ、陰で「血が通わぬ木っ端役人」などと罵られていた。
それでもテオドールは自分に対する悪評などどこ吹く風で、誰に後ろ指をさされようとも彼なりの正論を振りかざした。平民の出身ながらに四十に満たない年次でこれだけの地位にあることからも、彼が持つ政治手腕や教養に一定以上の含蓄があることは疑えず、クローディアは疎みつつもテオドールを重用していた。エマーリエとて、テオドールがただの陰険な政治官僚などではなく、経験を積んだ星術士としての側面を持つことも知っていたので、軍事に絡んでも彼のことを軽視する愚は冒さなかった。
円卓に集う十数名の幹部が意見を発しないことから、クローディアは此度もテオドールの強権的な献策を容れる他にないのかと半ば諦めかけた。
(こんな体たらくじゃ、ますますサーフ伯に付け込まれるわ。金がなければカリスマもいない。在るのは最前線領邦に集められた哀れな住民と、己が家門や個人の栄達を望む野心家だけ。中央に引きこもっている連中は、これで超大国レキエル再興の道筋が見えたと踊っている。・・・・・・こんなの。私に、一体どうしろって言うわけ?)
クローディアの視線が円卓をもう一周りするや、直ぐに一つところに舞い戻った。その席には、まだ見慣れぬ風体の優男がそわそわした様子で座っていた。彼の存在を失念していたクローディアは、「顧問」という新たな肩書きでもって迎えられた、青年とも壮年とも判断がつかぬ見目麗しい男を指名した。
「グリンウェル卿。タンデライオン顧問という立場から、何か意見はないかしら?」
「あ・・・・・・いや。その、だな。ちょっと見て回っただけだが、俺の目には市中の暮らしぶりがだいぶ質素と映った。この現状で税を増やすというのは、少しばかり難儀しないだろうか?」
テオドールが表情を険しくさせるが、隣のクローディアがすっと手を横に伸ばして領主補佐の激発を妨げた。クローディアは、グリンウェルの反論がただの感想に過ぎないのであればこれで会議を終わらせるつもりでいたし、取り敢えずは彼が口を閉ざすところまで話させると決めた。
「それで?何か代わる手立てが考えられて?無いなら・・・・・・」
「北に活路を求めてはどうだ?西と南を魔獣に押さえられていて、生産高を上げようにも土地の開拓先は限られている。何より商流の広がる未来が見えない。国境を幾つか跨がなければならないが、北西域まで道が繋がれば、そこにウルランドがあるだろう?そのあたりと商売を始める伝手なら、今のあなた方も持っている筈だ」
「タンデライオンとウルランドの間に、交易チャネルを設けるというの?・・・・・・それは新しい試みね。グラジオラス騎士団領との協調の延長線上で、ちょうどウルランド軍がサーフ伯爵領の奪還に動き出したわけだし。タイミングも満更ではないのかしら。テオ、どう思う?」
クローディアが話に乗ったことには訳があった。新帝国はグラジオラス騎士団領からの協調要請を受諾し、少し前まではラグリマ・ラウラ自らが軍団を率いて最前線領邦まで出張って来ていた。その名残というわけではないが、ラグリマの帰還に代わって、今度はウルランド領主が軍を率いてクーヴェルティア要害に進駐していた。
つまり、ウルランドとタンデライオンの交流を阻む理由は距離を置いて他になかった。
クローディアに水を向けられたテオドールは、不遜にも余所者が自分の意見を否定した上で新案を上程したことに怒りを禁じ得なかったが、それでも領主からのオーダーにはきちんと答えて見せた。
「論外です。事が外交分野に及びますので、中央の判断無しには決裁できません。よって常識に照らせば、検討の余地など皆無です。そもそも、仮定の話にはなりますが、ウルランドへ持ち込む産品は一体何でしょうか?気候に類似性があるこの地とウルランドとで、互換性の無い作物など見当たりません。ましてや工業レベルでいえば当方が劣りましょうから、輸出の目途は立たないものと存じます」
テオドールが言い終えるか終えないかという頃合いで、エマーリエが考えも無しに横槍を入れた。
「ふむ。御屋形様、グリンウェル卿の御意見、意外と的を射ているのではございませんか?商人たちは皆喜びそうなものです。収入が芳しくなく店を畳む者が増えていると聞き及びますし、進んで道を拓こうという輩はそれなりに見つかるかもしれません」
「エマーリエ卿!私はそんな次元の話をしているのではない!帝国法には、領邦独自の外交を禁じる明確な条文があるのだ。それに逆らってまでウルランドと交易を拓くというのか?事によっては、反逆者の汚名を着せられる恐れすらあるぞ?・・・・・・第一、そこな男の甘言に乗ったはいいが、ウルランドとの実交渉が当方の優位に傾くかどうかは未知数だ。労力をかけて臨んで、いざ話を進めて逆に損失が嵩むようなら、我々は二重の意味で中央に害を為したこととなろう」
「ワランティ殿。私は貴方が言われる中央の理に興味などありませんよ。単に、食わせてやれなければ、騎士も商売人も皆、廃業するだけだと言いたいのです」
「だから、その食わせてやれる手段は見えているのかと言っている!」
「それを考えるのは貴方の仕事であって、騎士は政治や商売の専門家ではありません故。回答を控えさせていただきます」
「それは思考の放棄に過ぎない!領分の外にまるで関心がないと言い張るなら、卿のような蒙昧な輩、この場から立ち去れ!」
「承伏します。それでは、私は退席します故、騎士隊の詰め所にて沙汰を待つとしましょう」
「・・・・・・待ちなさいね」
エマーリエの退席発言に被せ、クローディアが目元をぴくぴくと痙攣させてドスの利いた声で制止を促した。
「二人とも、少し黙って。私は検討を重ねたいのであって、不愉快な口論が見たいわけじゃない。・・・・・・グラジオラス騎士団領との共同歩調は、中央政府の承認を得ているわ。それの拡大解釈で、ウルランドとの協商も成立し得るものと私は考える。グリンウェル卿?」
「ん?」
「テオが懸念を示したように、我がタンデライオンには余所に誇れるような特別な産品がない。何を商材として儲けを狙えば良いと思う?」
クローディアからの問いかけに、グリンウェルは自信を持って答えた。
「星術器具の源。星力の結晶体。これしかないだろう」
「星力の・・・・・・」
「ああ。神獣と激闘を繰り広げてきたこの地には、豊富な星力資源が眠っていると聞く。極小の結晶体は、いわば魔獣の亡骸。死んで昇華されずに残った僅かな欠片は、微量ながら星力を含んでいる。それ単体では用途などないが、知っての通り加工すれば星術器具や高名な武具へと置き換わる。勿論、難題とされる加工技術においては、中央域が一歩も二歩も先を行く。だが、北西域の技術革新は今やそれに追いつかんと必死だ。良い値で買ってくれそうなものだ」
「・・・・・・テオ。彼の話に反証してみて」
「・・・・・・勝手に話を進めて中央が何と言うか、私は保証しませんぞ?その上で言わせて貰えば、売値としては文句無しの期待値が見込めます。ただし、星力の結晶体が主に産出される地域は、ここより西と南。おまけに最大の埋蔵量が確認されているのは、悪名高いかの魔王廟近隣の大地です。発掘に多大なリスクを伴います故、安易な判断はお控えいただきたく存じます」
テオドールがグリンウェルの提案をそう評し、そこから各人が推薦・反論を述べることで、俄に議論が活性を見た。最終的にこの件はクローディアの預かりとなって、会議はそのまま終了した。平穏無事とは言えない議事進行であったものの、グリンウェルの新案が起爆剤となり、久方ぶりに盛り上がったものだとクローディアは少なくない評価を与えていた。
当のグリンウェルは、派遣元である騎士団領の絵図に従って話を誘導したまでで、クローディアが去った後に残された好奇の視線には耐え難いものを感じていた。会議室から一人また一人とタンデライオンの幹部が去っていく中、折しもエマーリエが目の前を通り過ぎたので、グリンウェルはえいっと一声掛けてみた。
「エマさん。ちょっと良いかい?」
幹部たちとは前もって顔合わせを済ませていたので、グリンウェルは気兼ねすること無しにエマーリエと接した。
「何でしょう?グリンウェル卿」
「君の考え方はとても面白い。騎士道や理念よりも、目先の生活を大事にしているようだ。実に、一国の隊長職にある騎士らしくない」
「そうでしょうか?食い扶持がなければ身動きできないというのは、生き物にとって共通する理屈かと思いますが。別に政治家だろうと騎士だろうと、それは変わらない筈です」
「そういう意味じゃない。食い扶持がないから困ったではなくて、食い扶持を得るために何をすべきかと道を探るのが、本来の在るべき騎士の姿かと思ってね。・・・・・・ああ、説教をしたいわけじゃない。ユニークな物の見方をする騎士隊長殿だなと思っただけさ」
「・・・・・・生憎と、学がないもので。私が戦術以外の知識に疎いことは認めます。貧乏武家の出故に、御屋形様やワランティ殿のようにはいかないものです」
「なら、俺が手取り足取り教えても良い。手始めに、今夜一献いかがか?」
着席したままのグリンウェルが双眸を艶っぽく光らせるも、受けて立つエマーリエは眼鏡の奥に冷たい壁を構築していた。
「旦那と娘が腹を空かせております故。丁重にお断りさせていただきます」
「それは残念」
エマーリエは一礼し、表情を変えることなく扉から出て行った。グリンウェルを除いて残された一人、テオドールがそそくさと近付いてきて、軽く釘を刺した。
「グリンウェル卿。見境無くここらの女を口説くのは止めていただきたいものだな。ただでさえ、ここの醜聞は中央でも噂になっているのだから」
「それは、どういう意味か?」
「ヒモの恋人に無職の婿。領主と騎士隊長が揃ってそんな体たらくだから、タンデライオンは常に中央から好奇の目に晒される。・・・・・・あの二人も、少しは気を揉んで欲しいものだ」
それだけ言って、テオドールも会議室を後にした。グリンウェルは、「タンデライオンの三羽烏と聞いていたが、とんだ曲者揃いじゃないか・・・・・・」とぼやき、自分をこの地に寄越したラグリマ・ラウラの底意地の悪さを呪った。実に、ラグリマ・ラウラが西域の魔王廟を手中に収めたいとして送り込んだ使者がグリンウェルであった。しかし、レキエルの名を継ぐであろう新帝国の前線に位置するタンデライオンが、こうも未成熟な指揮者たちによって治められているとは、彼も予想だにしていなかった。
(神獣礼讃主義を奉じる小国が覇王の登場で頭角を現したから、ここのメッキが剥げたんだろうが。最前線領邦を構成する三領邦の内、サーフ伯爵領が既に落ちている以上、うかうかしてはいられん。ウルランド軍との連携もそうだし、まずはこの地の安定化が先だ。でなければ、俺も仕事にならん・・・・・・)




