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魔獣と滅びゆく世界の戦記  作者: 椋鳥
本章第二部 狂姫乱舞し、終わりの鐘を鳴らす
92/107

9 また逢う日まで-3

***



 絶えず体中を蝕む痛みに堪え続ける意味など見出せず、ジキル・ド・クラウンはベッドの上で呻き声を上げて身悶えしていた。部屋の窓を閉め切っているため、今が日中であるのか、それとも夜であるのかすら分からなかった。食事は必ず日に一度出されていたが、それすら半分も手を付けられれば良い方で、星術士アーティフィサーでないジキルにとって<始祖擬体パラアンセスター>と同化した肉体など、制御不能なただの害悪でしかなかった。


(日に日に状態が悪くなってゆく・・・・・・ぐうう・・・・・・。あの小僧も、同じ苦しみを味わっているのか?それとも私だけが・・・・・・このような生き地獄を・・・・・・!)


 扉がノックされ、部屋の使用者であるジキルの返事を待たずして、神妙な顔付をした一人の騎士ナイトが入室してきた。


「失礼する」


「・・・・・・誰かと思えば、ザシュフォードではないか・・・・・・。ぐう・・・・・・苦しい・・・・・・。久しぶり・・・・・・だな。一体いつまで、私をこんなところに閉じこめておくつもりだ?」


 虚勢を張ることすら放棄している元の主を前にし、竜騎士ドラゴンナイトザシュフォードは疲れ果てた心身を鼓舞して用件を切り出した。


「ジキル・ド・クラウン。竜騎士団と大魔兵団はこの度、戦線の大幅な縮小を決めた。それに伴い、デスペナルティという国家は解体される。我らは有志を引き連れて東域イーストエリアを去り、新天地を目指す。・・・・・・一応、報告しておこうと思ってな」


「・・・・・・成る程。最も愚劣な策を選んでくれたな。新天地を目指すだと?・・・・・・ぐむむ・・・・・・どうせ行き先は陸路か海路、北域ノースエリア中央域セントラルエリアしかなかろう・・・・・・。どちらにせよ、受け入れ先の手当もなく、一体何人を・・・・・・連れて行けると言うのだ?無責任にも、程がある」


「正論だ。だが、国土の四分の三は既にユアノンの手に落ちた。この西部一帯だけを守り続けたとて、国民どころか軍を食わせていくことすら覚束ない。このまま種族としての滅亡を受け入れるわけにいかない以上、例え一握りの者だけでも逃がしてみせる」


「馬鹿め・・・・・・恥を知らぬ軍人が・・・・・・。ぐう・・・・・・。私を投獄した挙げ句、無策でこうまで追い込まれおって。・・・・・・貴様等が逃亡するというのなら、見捨てる連中を私に預けろ。少しでもマシな解決を図ってやる」


「・・・・・・ユアノン軍には勝てんぞ。それに、奴らは降伏も認めない方針と聞く」


「力で適わないから諦める。軍人の短絡的思考というのは、本当に度し難いな。いいから私の拘束を解いて、指揮権を寄越せ!ついでに貴様等の脱出計画も策定してくれる!」


 ジキルの剣幕に、ザシュフォードは目の前の男が総統であった頃の威勢を思い返していた。かつてジキルは絶対君主であって、何者の異論も許さぬ厳しさを備えていた。竜騎士団のグリンウェルだけは、門地と実力によって幾度となくジキルに苦言を呈していたものだが、単純な武人であるザシュフォードはそれを真似する剛胆さを持ち得なかった。


(今から何をしたとて、デスペナルティという国家の決壊は防げん。この男が武力を有しない以上、我等の撤退を邪魔することも出来んか。後始末を押しつけたとて、誰の損にもなりはしない・・・・・・)


 ザシュフォードは己の判断でジキルを解放すると宣言し、身一つで何をしようと自由だと口にした。


「・・・・・・偉くなったものだな、ザシュフォードよ?竜騎士団の平隊長に過ぎなかった貴様が、この私に上から目線で命令するのというのだから。魔族に迫害をもたらさぬ世界の再生。道半ばにして達成は困難なものと成りつつあるが、思えば貴様の不始末がけちの付き始めであったな」


 ジキルの指摘はずばり、ザシュフォードの胸を突いた。ジーザスシティよりジキルの片腕こと<始祖擬体パラアンセスター>のパーツを持ち出した姉弟の追跡に失敗したことは、ザシュフォードとて一日たりとも忘れてはいなかった。


 ザシュフォードは、ジキルが魔獣ベスティアと通じていたことを思えば、総統を追放した自分の行為に反省などなく、むしろ正当であると自負していた。しかしながら、仮に自分がスヴェンソンとスミソニアを捕らえてジキルに差し出していたなら、<始祖擬体パラアンセスター>の力の矛先はユアノンを向いていた筈で、今の苦境は出現していなかったに違いないとも考えた。


 ザシュフォードはジキルが唱えた魔族救済の理念を今も信じており、武人たる彼の観念では魔族が正義、人間が悪であると固定されていた。それが為に、世界共通の敵である魔獣ベスティアと謀議するなどという絶対悪を許容すれば、それこそ自己矛盾の迷路から抜け出せなくなると本能で察知していた。


「・・・・・・私の失敗は認める。そして、悪に手を染めてでも理想の実現に励む貴方の精神力には感服もしている。だが、私は魔族の繁栄と世界秩序を切り離して論ずることに同意できない。これからも魔獣ベスティアとは戦い、それでいて同胞の権利を守り続けよう」


「そういう台詞を、負け犬の遠吠えというのだ。政治の全ては結果で判断される。過程に大事はない。魔族の統一国家が君臨し、それでいて魔獣ベスティアを滅ぼせれば、歴史はそれを成功であると証明しよう。うう・・・・・・痛い・・・・・・。・・・・・・私は、諦めんぞ。誰の血をどれだけ大地に吸わせようと、如何なる時間が費やされようと。理想の実現に、私は邁進する」


「・・・・・・好きにするのだな。軍権だけは渡せぬが、後は自由に出来るよう計らっておく」


 言って、ザシュフォードは立ち去った。部屋に独り残されたジキルは痛みを余所に、目まぐるしく思考を巡らせた。一応は自由の身となることが約されたわけで、これからの行動計画を立てる必要に迫られていた。


 ジキルは伊達に総統位に就いていたわけでなく、こういった袋小路に追い込まれていようと打つべき手の取捨選択を怠ることはなかった。


(まずは賛同者を集める。なるべく上位の貴族から味方に引き入れ、少ない労力で多数派を形成せねば。それから、戦争をしないまでも、肉体の屈強な若者を取り立て、私の警護に就かせる。移動しながらの生産が可能となる畜産業の管理と、貨幣に代わるであろう金属資産の徴収も急がねばならん。世界各地へ散らせる広報官や外交官は、政府関係者から募る。星術士アーティフィサーには特権を与えた上で、前線工作を担当させる。罠の設置もあろうから、工匠を同行させるか。そうだ、ゲリラ戦に詳しい戦史研究者も人選をせねばなるまい。・・・・・・それと、自爆特攻が当面の主戦力となるは間違いない。犠牲に差し出すのであれば、敵の油断を誘いやすい老人や女子供が望ましいだろうな。我が一族が生き延びているなら、まずは特攻隊に志願させよう。同情票が私の権力強化に繋がり、すなわち理想の実現にも一歩近付く。それであれば、あの者たちも満足であろうよ。それから居住単位の割付と、それから・・・・・・)


 ジキルは次々にシナリオを補強していき、並行して必要な人材や掛かる資材、時間などをリストアップした。現実主義者であるところのジキルであったので、無理にユアノンを打ち負かすような一発逆転の策を練る気配はまるでなく、如何に魔族の国家を存続させるかという一点に絞って立案は為された。


「やあ。ジキル・ド・クラウンさんよ。思ったより元気そうだな」


 その言葉が落ちてくるまで、思考に集中していたジキルは来訪者の存在に気付かなかった。端正な顔立ちをした長身痩躯の男が自分を見下ろしていたのだが、呆けたジキルは数秒もの間、事情を把握出来なかった。


「・・・・・・貴様、グリンウェル!?いつからここに!」


「ザシュフォードと入れ違いで来た。もっとも、奴にも分からないよう変装していたから、俺の侵入は誰にも知られていない」


 軽い調子で受け答えをするグリンウェルに対し、ジキルはては顔面に青筋を浮かべて憤りの表情を見せた。ジーザスシティで星術実験を邪魔されて以来の再会であり、ジキルからすれば目の前の青年は不倶戴天の敵であると言えた。


 全身を震わせ、血走った目で睨みつけてくるジキルを冷めた様子で見つめ、グリンウェルはまるで旧知の友と接するかの如く気軽に近況を報告した。


「グラジオラス騎士団領の世話になると決めた。だから、直ぐにも北域ノースエリアに向けて出立する。その前に、お前さんと決着を付けたくてね」


 グリンウェルのその言葉に、ジキルは体を襲う痛みを一時忘れ、「ひっ!」と悲鳴を上げて後ずさった。慌てたせいでベッドに尻餅をつくジキルに、グリンウェルは哀れみすら覚えて小さく息を吐いた。


「そこまで狼狽しなくていい。今更お前の命を穫ろうというつもりはない。その代わり、一つ聞かせろ。デスペナルティを無闇に存続させ、それでいて競争相手である他種族の血を流させる。その愚行がもたらす破滅について、お前は正確な知識を所有しているのか?」


「・・・・・・貴様もザシュフォードと同じ口か?生存競争や国家政治を甘っちょろい理想論で弄ぶ輩とは、議論の余地などない!魔族本位の立場に立てば、人道を無視した異種族の虐殺とて、戦略上の選択肢の一つに過ぎない!」


「いや。求めている答えの次元が違う。神々の復活と、星力レリックへの叛逆に関して訊いている。お前は皇統に連なるわけでもなし、知らないのならそれまでだ。もう用はない」


 グリンウェルは言い終えると、極寒の視線でジキルの瞳を射た。初老と呼ばれる年齢に差し掛かったジキルであったが、倍近く歳が離れたグリンウェルの目力に気圧され、唇と共に貧相な口髭をも細かく震わせた。


 グリンウェルは歴とした皇家の一員で、当人が竜騎士団のエースでもあったことから、デスペナルティで指折りの貴族として名声を集めていた。他方、ジキルは叩き上げで総統の地位までのし上がった苦労人であったので、そもそもからして二人は魔族としての格が違っていた。


 ジキルは精一杯の虚勢を張ろうとしてそれに失敗し、裏声を交えてグリンウェルに応戦した。


「・・・・・・私を誰だと思っている。デスペナルティの総統、ジキル・ド・クラウンである。代々の皇帝にのみ伝えられてきた裏伝承のことなら、当然承知している。貴様が言っているのは、竜神にまつわる伝説であろう?」


「ほう。クーデター同然で権力を掌握した身にしては、見事だ。それだよ。俺はな、かつてクアール・クレイドルに聞かされて、竜神について調べて回ったんだ。・・・・・・そうそう。奴を解放したのはお前の功績だ。<アラヤシキ>に止めを刺したのは確かに<大災ハザード>なのだから。代わりに、餓えた野犬を野に放ったようなものだが」


「・・・・・・貴様なら奴と互角であろうが。害を及ぼすと思うなら、始末すれば良い」


「グレングラン込みでどうにか抑えられる、程度のものだ。剣で奴に勝負を挑んでは、誰も勝てないだろうよ。それで、そのクアールから十数年前に、不思議な話を聞かされた。お前は奴の出自を知っている筈だ。時の皇帝が、妖精族の始祖女王と不義密通して出来た子。それ故、幼少時は妖精族の里で暮らしていた」


 グリンウェルの告白に、既知であるジキルは動じなかった。ジキルは体の痛みを我慢しながら、取り敢えずはグリンウェルが言うに任せた。


「俺は奴に、凄腕であるのになにゆえ竜騎士ドラゴンナイトにならないものかと尋ねたんだ。奴は言ったよ。あんな得体が知れない生き物なんぞに乗れないと。いくら突っ込んで訊いても、あれはまともな生き物じゃないんだと吐き捨てるばかりで、てんで要領を得なかった。きっと妖精族の里で、竜に関する何らかの大事を知ったのだろうと思った。それから俺は、大書院の文献を漁って調べた」


 グリンウェルは竜という生物を調べるにつれ、幾つもの不思議な事実と遭遇した。竜が住むと伝わる大山は世界に五カ所、悠然と存在していた。北域ノースエリア東域イーストエリア西域ウエストエリア中央域セントラルエリア南域サウスエリア。何れの山も峻嶮で、容易に人が侵入できない聖域と謳われていた。竜騎士ドラゴンナイトを育成している東域イーストエリア天涯ヘヴンと呼ばれる山地だけが例外で、魔族の努力もあって中腹までが踏破されていたものの、基本的に竜の住処は他種族から切り離されていた。


 生命力アニマを活動源とする生物の内、どうしてか竜だけが圧倒的な力を持っていた。その点に、グリンウェルは強烈な疑問を抱いた。人間や亜人、動物、植物といった他の生物と異なり、竜は星力レリックの力を借りずして単独で魔獣ベスティアと渡り合えるだけの戦闘力を誇っていた。それでいて積極的に魔獣ベスティアと戦うどころか、まず他の種族とは交わらず、自らの巣である大山に篭もっていた。魔獣ベスティアも竜の力を知ってか、彼らのテリトリーを侵すことはなかった。研究者の著書を調べた限りでは、天涯ヘヴンをはじめとする全ての竜山は神聖不可侵たる歴史を積み上げてきた。


 その竜を、魔族は限定的にとはいえ使役することが出来た。それこそが固有星術の成果であったが、もちろん誰でも用いられるような簡単な代物ではなかった。他者を強制的に使役出来る星術アーティファクトを有する特殊部隊だけが必要に応じて天涯ヘヴンへと入山し、竜の幼生を誘拐・調教することで竜騎士団は成立していた。


「・・・・・・で、調べて分からないことだらけだったから、潜入してみた。天涯ヘヴンの頂上にな」


「何だと・・・・・・?まさか、貴様が英雄軍の召集に応じず行方不明だった理由は、それか!?」


「ん?お前は英雄軍に非協力的な立場だとばかり思っていたが・・・・・・まあいい。それで、俺は苦労の末、頂上で出会ったわけだ。ディヴァインを名乗る古竜とな」


「ディヴァイン・・・・・・?」


 ジキルは皇帝にのみ伝わるとされる竜神伝説を思い返してみた。生命力アニマを持つ者が脅かされ、滅亡の憂き目を見んとすれば、竜の神々がそれを救う。生命力アニマに反する者は全て淘汰され、世界が生命力アニマで満たされる。そのようなあらましであった筈で、ジキルはグリンウェルの話から、まさかディヴァインなる竜が神に該当しまいかと考えた。そして、自らの動悸を強く意識した。


 グリンウェルは平静を保ったままで、流暢に続きを解説した。ディヴァインが言うには、このまま多くの生命力アニマが土に還れば、遠からず神が降臨し、星力レリックの具象存在を焼き払うであろうと。そして巻き込まれた生物は全て、無に帰するであろうと。


「それからな。何と、俺たち魔族は神によって、星力レリックの具象存在として認識されるんだそうだ。・・・・・・お前なら、意味は分かるな?」


「・・・・・・固有星術か。星術器具・・・・・・星力レリックの供給機関を内包した生体が、魔獣ベスティアの類似存在として認識されるということだな。・・・・・・それで?」


「竜の神とやらが魔獣ベスティアを一層してくれるまではいい。問題は、神の強大な力が、加減がきくような都合の良いものかどうかだ。ディヴァインはそれにも答えた。魔族が世界各地に散っているようなら、神は一気呵成に大地を焼き払うであろうとな。・・・・・・ま、そういうわけで、俺は宗旨を変えたわけだ」


「・・・・・・」


「お前の邪魔をしていたのは、あくまでその一貫さ。分かるか、ジキル・ド・クラウン?俺は世界本位の立ち位置で、世界の存続を願うが為に、魔族を皆殺しにしなければならない。事はデスペナルティ一国の問題では済まないんだ。世界に息づく魔族を残らず消し去らなければ、生命力アニマを持つあらゆる種族が危機に晒される。・・・・・・さて。盲目的に魔族の保護を押し進めるお前に、果たして俺とは逆の業を背負うことが出来るかな?この話を聞いてなお、自分の理想を信じ続けられるか?」




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