9 また逢う日まで
9 また逢う日まで
スヴェンソンは全身に力が満ちる様を自覚し、それが失われた筈のシンディからもたらされた救いの手であると本能で自覚した。左腕のみならず、体の至るところから星力が溢れ出し、そして星術の構成が幾つも並行して頭に浮かんだ。
スヴェンソンが異常な状態にあることを<アラヤシキ>も見抜いており、如何なる手段を用いてか自分と同レベルの力に目覚め始めたことに、率直なる驚きを抱いていた。神獣は眼前の脅威を即座に潰すものと結論付け、四つ叉の矛を振るってスヴェンソンへと強力な衝撃波を放った。
『スヴェン!あれは単純な物理衝撃だから、金剛障壁で!』
「金剛障壁!」
スヴェンソンの周囲に頑健なる星力の障壁が屹立し、衝撃波を物ともせずに四散させた。<アラヤシキ>は表情を強ばらせ、続けて黒翼の一部を螺旋状に回転させてスヴェンソンへと飛ばした。
『あの黒翼は十番の一部よ。つまるところ星力の塊だから、物理プラス星力の混合性質を持った攻撃となるわ。結界剣をシールドモードで起動して、そこに星術結界も張り巡らせて!』
スヴェンソンはどこからともなく聞こえるシンディの指示のままに、充分な星術を施した上で結界剣を広げた。それは黒翼の衝突を受けてなお健在で、スヴェンソンはクナイへの感謝も忘れなかった。
(クナイさん・・・・・・あなたが打った剣は完璧です。だって、神獣の攻撃をこうも完全に遮断したんですから)
スヴェンソンが立て続けに<アラヤシキ>の攻撃をいなして見せるものだから、ファラやプラズマは理解が追い付かないといった顔付きで、それを凝視していた。朧月夜だけが、生命力の急性疲労で青白い顔をしながらも、守護天使の残滓がスヴェンソンを護っているのだと見通していた。
(あの星力の流れは、消えた<始祖擬体>のものとそっくり。・・・・・・いいえ、そうに決まってます。だって、シンディさんとスヴェンは恋人同士だったのだから)
『・・・・・・ミスター。これはいったいどんな手品かい?君如きが。いち魔族が、私の攻撃を受け止められよう筈もない。その左腕に、私が知らない秘密でも隠されているのかな?』
<アラヤシキ>は整った細面にありありと疑心を浮かべて言った。そうしている間にも、宙に複数の星術方陣を準備している辺りが神獣たる所以であった。
「貴様には分かるまい。人や亜人の生命をゴミ同然に扱う、貴様には!」
『舐めてもらっては困る。タネが分からなくとも、どうせそのような奇道は長くは保たぬ。世界を震撼させし我等の力、とくと思い知れ!』
<アラヤシキ>が言い切ると同時に全ての星術方陣が完成し、映い銀光を発して星術は起動した。星術方陣から発せられるプレッシャーに恐れおののいたファラが、妖精ロリエルに星術防御を命じるも、それに先んじる形でスヴェンソンが必要な星術を起ち上げた。高速でそれを為さしめたものは、やはり守護天使の助力であった。
石化、壊死、重力波といった神獣の攻撃は、またもやスヴェンソンによって悉く封殺された。
スヴェンソンは眼光も鋭く<アラヤシキ>を睨みつけた。全力で攻撃を仕掛けている<アラヤシキ>はそれに気圧され、自身の消耗と敵の底力とを秤に掛けて、撤退をも視野に入れた。
『スヴェン、十番が逃げるわ。アースヴィレジを結界で封鎖しましょう。それと、仲間に一斉攻撃を促して』
スヴェンソンは頷き、星力の波を利用して、仲間たちとの意識接続を試みた。そうして一方的に段取りを告げると、<アラヤシキ>を追い込むべく歩を進めた。スヴェンソンが一歩一歩近付くにつれ、<アラヤシキ>の目がすっと細められた。両者の距離は縮まり、<アラヤシキ>はいつでも星力を爆発させられるよう、静かに闘志を燃やしていた。
『・・・・・・君は、勝ったつもりでいるのだろうな。どうやら私の打つ手が読まれているようだし、ここは一つ、取引を持ちかけたい』
<アラヤシキ>の提案に面食らい、スヴェンソンは思わず足を止めた。
「取引だって?」
『死んだ君の姉を、この世界に復元して見せよう。それで、この場を収めないか?』
「・・・・・・神獣ともあろうものが、今更命乞いをするのというのか?」
『無駄に星力を費やしたくないのでね。これは私と君、双方に利益がある話かと思うのだが』
「・・・・・・」
スヴェンソンは考え込んだ。どのような仕組みかは分からなかったが、守護天使がサポートをしてくれる今、神獣に対して圧倒的優位な立場にあることは疑いなかった。それであれば、ここで<アラヤシキ>を見逃がす代わりにスミソニアを取り戻すという選択は、決して悪い勘定ではないように思われた。
スヴェンソンの意識は存命であった頃の姉の幻像に縛られ、この一時だけ、星術に向けていた集中が乱れた。それに気付いた目聡い者たちは皆、各々が自発的に動いた。
『スヴェン、騙されないで!仮に、十番にそんな力があるとして。スミアが星力で模造されたとして。それはもう、元のスミアじゃない!私が・・・・・・この私が元の歌姫に戻れなかったように、生命力を失ったスミアが生き返ることなんて、絶対にないわ!』
<アラヤシキ>は、四つ叉の矛から瘴気を臭わせる高出力のエネルギー波を撃った。甘言に翻弄されたスヴェンソンの星術は間に合わず、それとは別に彼を護るようにして煌びやかな星力の奔流が立ちふさがった。さらに、<アラヤシキ>は同時に黒翼の残影攻撃をも仕掛けていたのだが、こちらはファラが身を挺することでスヴェンソンを庇った。
(今、この男を失えば勝敗は決する!)
「ぐうッ!」
強撃に身を晒したファラは血だらけで崩れ落ち、シンディが遺した星力もまた<アラヤシキ>のエネルギー波と相討ちになった。スヴェンソンは自身の失態を克明に認識し、二人の女性が自らの盾となったことに堪えようがない心の痛みを覚えた。
傷心のスヴェンソンを叱咤するべく、消えゆくシンディの欠片が弱々しい声音でメッセージを残した。
『・・・・・・スヴェン。あなたとは、また逢える。あなたは<始祖擬体の一部と肉体的融合を果たしているから、組成としては星力体の私に近い。・・・・・・この世界は星力に満ちているのよ。私たちが死ぬということは、世界に還ることに他ならない。何れ一緒になれるのだから、悲しむことなんてない。スヴェン・・・・・・その時まで、生きて・・・・・・』
スヴェンソンは左腕から膨大な星力を引き出すと、反動も考えずにそれを全力の氷撃として放射した。<アラヤシキ>はスヴェンソンからの星術攻撃を最後の一手と判断し、持てる全力の集束でもって防御した。青銀に輝く怒涛の冷気が<アラヤシキ>を直撃するも、不可視の障壁と衝突し、轟音を伴って大量の結晶を周囲へと撒き散らした。
朧月夜が、鳳凰が。そしてプラズマと飛竜グレングランが、スヴェンソンに続けて攻撃を仕掛けた。だが、全身全霊で防御に回った<アラヤシキ>の肉体を破壊するまでは至らなかった。生命力の欠乏によってグレングランは地面へと落下し、鳳凰もまた星力の消耗から体を崩壊させつつあった。
星力の過剰行使による負荷が続いたことから、遂にスヴェンソンは意識を失った。それを見届けた<アラヤシキ>は星術障壁を解き、敵が揃って抗戦余力を失ったと確信して、本来の捕食者であるが如く碧眼をぎらつかせた。辛うじて立っている朧月夜の膝はがくがくと震え、大きな瞳には悔し涙があふれんばかりに盛り上がっていた。
その時、満身創痍のプラズマは見た。不意に<アラヤシキ>の頭部が中空を舞い、それに続けて神獣の残された胴体が滅多矢鱈に斬り刻まれる様を。
(なんだ・・・・・・!?何が起こった?・・・・・・こいつは!)
地面に転がった<アラヤシキ>の頭部はどういった構造か意識を有しており、烈火の如く激しい眼光でもって背後からの襲撃者を睨みつけた。<アラヤシキ>やプラズマの視界は、顔面が古傷に塗れた狂戦士の姿で占められた。
「お前は・・・・・・<大災>!?お前が、どうして?」
『・・・・・・ミスター・・・・・・これは盲点だったよ。まさかこの私ともあろう者が、背後からの襲撃を念頭より外してしまうとは・・・・・・見事だ』
プラズマと<アラヤシキ>から贈られた言葉にさして感銘を受けた様子もなく、クアール・クレイドルは剣から星力を払うと、自らが切断した<アラヤシキ>の頭部をつまらなそうに見下ろした。
「てめえはあのとき、俺様に喧嘩を売ってくれたよな?忘れてねえぜ。てめえとジキルは、この俺様を舐めたんだ。それにしても、雑魚共にかまけて随分と情けない最期を迎えたもんだなあ、神獣よ。悔しいだろ?ヒッヒッヒッ」
『・・・・・・私のシナリオ通りに動いていれば、零番を倒せたものを。後悔するのは君たちの方だ。アレは君たち生命力を有する種の味方などではない。・・・・・・そう、私たちの元締めとでも言うべき存在なのだからな』
「知るか。もう死ね」
クアールは固有星術<硝子の剣>を振るい、<アラヤシキ>の頭部を斬り潰した。<アラヤシキ>の頭部や全身は塵芥のように崩れ、極小の粒子まで分解された星力がふわりと天に昇っていった。それは見る者の脳裏に、蒲公英の綿毛が風に乗って舞い上がる光景を重ねさせた。
こうして上位神獣は、クアール・クレイドルの奇襲によって滅びた。プラズマは周囲を見回し、生き残った者の中で自分だけが五体満足であると判断して、クアールへと語り掛けた。
「クアール・クレイドル。まさかお前さんが助っ人に来て、神獣を倒してしまうとはな」
「誰かと思えば、ユアノン戦で殺し損ねた野郎か。なに眠たいことを抜かしてやがる?てめえらもここでぶち殺すに決まってるだろうが」
「それは御免被る。第一、俺たちが奴を弱らせていなければ、お前の剣が入ったとは限らないだろう?それにどうせお前と戦るなら、堂々と正面から戦ってみたいものだ。なあ、不義密通の落とし胤よ?」
「・・・・・・おい。てめえ、何者だ?」
クアールの人を小馬鹿にしたような狂気はなりを潜め、瞳に冷徹で熾烈な光が宿った。それを受け、プラズマは固有星術である幻体を解いて、クアールへと自らの正体を明かした。特徴に乏しいプラズマの外見とはまるで異なる、目も眉も鮮麗な騎士が姿を現した。
「騎士団の、グリンウェルか・・・・・・」
「最後にこの身で会ったのは、十年以上も前になるか?魔族の皇帝と妖精族の始祖女王という高貴な血脈に連なるお前が、未だに狂剣士を気取ってるというのもつまらん話だ。先祖の勇名が泣くぞ?」
「よく言いやがる。てめえがジキル・ド・クラウンを見捨てたせいで、デスペナルティはこの日この時間も滅びつつあるんだ。何十万という魔族をてめえが殺したようなもんだぜ?皇家の藩屏たる大貴族様が、とんだうつけ者だったようだな。レジスタンスと内通して、国を売ったんだからよう」
「それは正しい。まさに俺は、魔族を滅ぼすつもりでいるのだから」
グリンウェルは平然と言った。そこに起き上がった飛竜グレングランが地を這うようにして寄って来た。グリンウェルは愛竜の首を優しく撫でてやり、澄んだ目をしながらに不適な表情でクアールを見つめた。
「そう、お前さんも魔族だ。俺の目的からすれば、充分脅威に挙げられる。ここで一勝負してみるか?こちらにはまだ、頼れる仲間がいるものだが」
クアールは、グリンウェルに寄り添う飛竜と歩みを進めてくる朧月夜に目をくれ、盛大に舌打ちをした。そうして速やかに納刀するや、客気を消してグリンウェルへと言い放った。
「獣は殺った。殺し損ねた女も、水を差しやがった焼き鳥も瀕死のようだし、もうてめえらに用はねえ」
倒れ伏したファラの傍でその発言を聞いていた妖精ロリエルが、瞳に興味の色を湛えてクアールを見やった。初対戦時もそうであったが、ロリエルはクアールの狂気に隠れた独特の雰囲気に、どこか懐かしさを覚えていた。
「クアールよ。俺の目的に興味はないのか?」
「知るか」
クアールはそのまま立ち去り、グリンウェルは彼の背が遠ざかるまで見届けてから、朧月夜と二人で負傷者の介護に当たった。何れの生存者も負傷の程度は軽くなかったが、適切な処置によって辛うじて一命は取り留めた。
そんな中、鳳凰だけは体の崩壊が止まず、二人の前で最期を迎えることとなった。
鳳凰ことノンノ・ファンタズムは、半分以上が分解された大鳥の体で無理をして、堂々と朧月夜に要請した。
『貴婦人に。守護者としての務めを果たしきれず申し訳ありませんと、伝えて欲しい。それとラグリマ・ラウラに、貴婦人を最後まで敬えと言っておいて』
「うーん。二つ目のお願いは、私には荷が重いかもしれませんねー。でもラグは彼女を利用こそすれ、蔑ろにすることはないと思いますよ」
『利用なんて、許さないんだから。十番だけでなく、全ての殺戮者があの方を狙って動き出すと思っていなさい。<ピアース>以外の守護者もかき集めて、全力で貴婦人を護って』
「なら。ブレインネットワーク上で、貴女がグラジオラスに恭順したとメッセージを残してから逝ってくださいー。そうすれば、他の幻獣もこちらに靡いてくれるかもしれませんから」
『もうやったわ。・・・・・・じゃあね。あなたたちが信奉する神々の動向にも、せいぜい注意なさい』
その言葉を発して、鳳凰は無数の星力へと砕け散った。神獣<アラヤシキ>に続いて大幻獣までもが滅びの運命を甘受したことで、余りある量の星力がアースヴィレジの全域を優雅に遊泳した。
幻想的な光景を眺めていた朧月夜がふと、隣で同じく空を見上げているグリンウェルに尋ねた。
「そこに寝てるスヴェンも魔族ですが、ここで始末しちゃったりするんですか?」
「その言葉、そっくりそのまま返すぞ。奴はもう一つの<始祖擬体>の力を部分的に保持している。その力が正常に働いているということは、ジキルもまた生存していることの証左に他ならない。・・・・・・お前たちグラジオラスの者は、擬体の芽を摘む方に動くと思ったが?」
「・・・・・・そのつもりだったんですけどねえ。結果的にスヴェンに助けられてしまいましたから、そこはジーザスシティの擬体は放置して去ろうかな、と。殴られた分のお返しだけは、したいところですが」
「<千刃>が、それで済ませてくれればいいけどな。ま、俺も個人的な拘りで、あの坊主は生かしておくことに決めたよ。当面は」
「そうですかー。良かったです。ラグから、貴方をグラジオラスの<遊騎士>に勧誘するよう指令を受けていたもので。そんなわけで、魔族狩りは止めていただく方向でお願いしたいものです」
「魔族が一握りでも生き残れば、必ず禍根をもたらす。それを知って、ラグリマ・ラウラがその返答を寄越したのか?一体全体、奴は・・・・・・神殺しにでもなるつもりか?」
「彼なら、そのくらいはやってのけるかもしれませんよー?」
グリンウェルは肩を竦め、地面に転がしてあるスヴェンソンの寝顔へ目を向けた。彼の隣には冷たくなったスミソニアとクナイの亡骸が横たえられており、戦争の悲惨さを改めて思い起こさせた。
グリンウェルは、短い付き合いとなった魔族の女神官へと心中で語りかけた。
(スミア。君のこの、珠玉のように玲瓏なる美貌。それとて、禁忌の歴史の産物じゃないとは言い切れない。同族である俺にではなく、神獣や擬体に殺されただけましだったのかもしれないな。・・・・・・いや、そいつは俺の感傷に過ぎないか。・・・・・・さよなら)




