8 終わりの鐘が鳴る-2
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胸元を突き破って石魔の嘴が鋭利な尖端を覗かせ、エルフの女闘士は心臓を貫通されたショックで果てた。隣で戦っていたドワーフの戦士も、プレアデスの星術に囚われたところを小鬼の集団に殴殺された。
鳳凰とファラ・アウローラ・ハウ、それにグラジオラス騎士団領の二人が<始祖擬体>へと勝負を挑んでいる間に、残る面子はプレアデスと亜獣の相手をしていた。クナイやプラズマが亜獣を片端から斬り捨てていくのだが、亜獣はその都度、まるで際限がないように現出した。その様子は、魔獣の支配地域において霊獣が倒される度に湧き出す様と酷似していた。
麻痺からどうにか復帰したスヴェンソンとスミソニアは、息の合った連携でプレアデスを押さえ込もうとするのだが、そこはユアノンが誇る最強の賢者であり、二人は手玉に取られた上に亜獣の援護まで許していた。
スヴェンソンはプレアデスの星術攻撃をかろうじて結界剣で跳ね返し、空いた右手から氷柱を撃ち出した。プレアデスは余裕がある距離で氷柱を打ち消し、逆に風刃の連弾を見舞った。こうなるとスヴェンソンは防御に専念する他なかった。スミソニアはといえば、自分と弟を狙って飛び掛かってきた全身甲冑の亜獣・滅騎士からの戦斧の一撃を、鋼体術を活用することで見事さばいて見せた。
プレアデスは星術の手数でスヴェンソンらを完封する作戦に出ており、滅騎士に続いて蛙猿種の拳打へと対処しているスミソニアに風の刃を差し向けた。結界剣の防御がかい潜られた形で、プレアデスの操る星力の風撃はスミソニアの鋼の肉体をも浅からず傷つけた。
(いけない・・・・・・やはり僕の力では、プレアデス様一人を止めることすらできない!これでまだ、神獣<アラヤシキ>だって控えているというのに・・・・・・)
スヴェンソンらからそう遠く離れていない辺りでは、プラズマが豪快な剣技で亜獣を斬り裂いていた。それは相手が獣種であろうが精霊種であろうが構わない安定感を有していた。側で目を奪われるクナイも相当の剣腕の持ち主であったが、プラズマの隙がない戦闘技術にはただ舌を巻くばかりであった。
乱戦の最中、クナイは実体を持たない幽霊種の群に取り囲まれた。剣匠は焦らず剣に星力を纏わせ、フットワークを用いて一匹ずつ削る方針を採った。だが、その位置取りがプレアデスの射線と重なり、クナイへと必殺の光撃が迫った。
「危ない!」
プラズマは残像を置き去りにするほどの常人離れした速度で動くと、クナイを思い切り蹴り飛ばして星術の光撃から回避させた。それだけに止まらず剣の連撃へと繋げ、射程内の幽霊種二匹を同時に薙いだ。
直ぐ様態勢を整えたクナイも、手近なヒト型の亜獣・小鬼を一刀両断にすることで辛うじて面目を保った。しかし、斬っても斬っても減らぬ亜獣を前にして思わず愚痴をこぼした。
「こいつは厳しいな。雑魚とはいえ、こうも湧いて出られると体力が保たん。レジスタンスの増援は見込めないのか?」
「・・・・・・もう少し待て。レジスタンスじゃないが、援軍は用意してある。それよりも、あちらさんの方が心配だ」
プラズマはそう言って、離れたところで激闘を繰り広げている鳳凰サイドに視線を向けた。つられてそちらを窺ったクナイは、<始祖擬体>と幻獣の人間離れした衝突に度肝を抜かれた。
<守護天使>は強固な星力結界を張ったままで全方位に向けて星術攻撃を繰り出しており、鳳凰は進んでそれの迎撃に努めていた。攻撃の一発一発が絶大なる威力を誇ったが、必死にそれを受け止めている鳳凰の技量も流石であるといえた。二者の対決は宙で行われていて、激突の余波はそこから周囲へと散り、とばっちりを受けて何匹もの亜獣が爆散させられていた。
鳳凰と共に参戦してきたファラは、妖精ロリエルからの補助と強靱な肉体による跳躍力とを駆使して、中空高みの<守護天使>にも剣を届かせていた。シャマス・セイントは星術攻撃に、朧月夜は星術防御にとそれぞれ専念していて、そうした<守護天使>との撃ち合いもまた各所に大爆発をもたらした。
とはいえ、<始祖擬体>が垂れ流す星力の量は桁外れで、<鳳凰>以下の実力者たちは何れも、時間と共に生傷が増加する傾向にあった。
「ぐむッ・・・・・・!?」
<守護天使>より射出された光の槍で脇腹付近を抉られたシャマスが、苦悶の表情と共に地に膝をついた。赤い血が滴り落ち、シャマスからの攻撃の精度は一気に低下を見た。
「シャマスさん!大丈夫ですか!?」
思わず朧月夜が駆け寄ろうとするも、シャマスは掌を前に掲げて懸命に制した。
「来るな!・・・・・・いまオボロが星術防御を切らせば、いかなあの二人とて危うい」
「ですが!その傷、浅くはありませんよ?シャマスさんは一度退いて、手当てを優先させてください」
『手当てなどさせんよ、ミズ』
図ったかのように最悪のタイミングで登場した<アラヤシキ>を視界に収めると、朧月夜とシャマスの顔付きは一際強張った。騎士然とした容貌で細剣を携えた<アラヤシキ>は既に戦闘態勢にあると見られ、このギリギリの状況下で神獣が参戦するという非情の現実を前に、スヴェンソン一味に戦慄が走った。
プレアデスは、時限が切られた味方である神獣の参戦にも一喜一憂せず、ただこれで勝利が確定したとでも言わんばかりに胸を張った。朧月夜は自らを奮起させんが為、細い体に気合いを入れて堂々と応じた。
「来ましたね・・・・・・。三度目ですから、ここらで決着をつけるとしましょうか」
『これまでは、こちらの一勝一分けといったところかい、ミズ?君に分が悪い賭のようだが。さて。君が死ぬことで、ラグリマ・ラウラはどんな思いを抱くのだろうな』
「フフ。ここが私の死に場所になっても、彼の計画に影響なんてないんです。あ、リズはライバルが減って、少しだけ喜んじゃうかもしれませんが」
『これほどの苦境に追い込まれて、よくも冗談を口に出来るものだ。それだけ死線を潜ってきたということかな、ミズ?』
「神獣だからと言って、必ず勝つとは思わないことですね。知ってますか?アリス・ブルースフィアの英雄軍は、あなたの同族を何匹もあの世に送っているんですよ?」
『ネットワークで見知っているさ。だが、それが何だと?無様にも敗れた者は、何れも二桁番より下の雑兵に過ぎない。南大陸で敗れた<アガレス>とて二十二番。私と比べるべくもない低位の連中だよ』
「では、ラグに伐たれた<黄昏宮>は?不沈三獣にも数えられるかの獣が、あなたより低位だとでも?」
『・・・・・・あの者は、古傷が祟って不覚をとったまで。私にそのような死角はない』
「果たしてそうですか?こちらは東域を挙げての精鋭部隊です。それに幻獣までもが加わって、これでなお余剰兵力を残してあるんですから」
『・・・・・・援軍があると?』
「あなた方が容易に傷や星力を回復できないことは知ってます。ここで私たちと闘り合って、本当に五体満足で帰れると思いますか?」
朧月夜の挑発に乗りかけていた<アラヤシキ>はそこで我に返ったようで、目元に掛かった前髪を軽く払いのけると、碧眼に冷静さを取り戻して答えた。
『単なる時間稼ぎだな。私が周囲を偵察していたのだから、援軍などあろう筈もない。問答は不要。行くぞ』
<アラヤシキ>の切り替えの早さに朧月夜は舌打ちし、瞬時に防御の星術を起ち上げた。これによって対<始祖擬体>の防備をキャンセルせざるを得なかったが、眼前に神獣を敵としては致し方なかった。それだけ、<アラヤシキ>の纏う不吉の風はプレッシャーを伴っていた。
<アラヤシキ>は細剣を振り抜いて剣閃を見舞った。それを、手負いのシャマスが戦斧の一振りでどうにか弾き飛ばすも、<アラヤシキ>は手加減無用とばかりに黒翼をしならせ、そして鋭く変形させて二人めがけて放り込んできた。朧月夜は星術結界によって黒翼の強襲を凌ぐも、その高火力を長く支えることは不可能であった。結界には早くも綻びの兆しが見えた。
(いけない!やっぱり、神獣と真っ正面からぶつかっても勝ち目はない・・・・・・このままじゃ・・・・・・)
朧月夜の危機に、シャマスは単身星術結界を飛び出し、猛然と<アラヤシキ>に撃ち掛かった。朧月夜はそれを諫める時間も惜しいとばかりに、必死に次の星術を組み上げ始めた。
「どうりゃあッ!」
『無意味な攻撃だ』
<アラヤシキ>は黒翼でシャマスの斧撃を悠々受け止め、何事もなかったかのように払い除けた。それでシャマスが態勢を崩すと、抜け目なく剣閃で追撃した。
「真空剣!」
朧月夜が右手を振るうと、そこから大気を切り裂く衝撃波が発せられた。星術・真空剣は彼女の秘技の一つで、意図した通りに<アラヤシキ>の剣閃とぶつかり、シャマスへの直撃を逸らせることに成功した。
しかし、<アラヤシキ>は連続して細剣を振るうことで、朧月夜をも攻撃の標的としていた。
(しまった・・・・・・!ラグ!)
星術士が神獣の物理攻撃を受けて耐えられよう筈もなく、朧月夜は迫り来る死を半ば受け入れた。しかし、そこへプラズマが驚異的な身のこなしで割り込み、星力を纏いし剣で<アラヤシキ>の剣閃を裂いた。
『ほう・・・・・・』
「大丈夫か!?あんたたちは奴の技と相性が良くない!ここは俺が代わるから、<始祖擬体>か賢者のどちらかを抑えてくれ!」
プラズマはそう言って、呆然とする朧月夜の肩を優しく叩いた。<アラヤシキ>は飛び込んできた剣士に興味の視線を向け、黒翼へとさらなる星力を込めた。
『面白い。私の前に立って、どれほど生き延びていられるものか。その貧弱な体で確かめて見るのだな』
神獣<アラヤシキ>の参戦により、味方が著しく不利な状況へ立たされている様を横目に見つつ、鳳凰ことノンノ・ファンタズムは挽回の策が無いことに苛立っていた。<始祖擬体>は彼女の予想よりも人格や能力が安定しており、単独で押さえ込むことは難しかった。また、ファラが加勢こそしているものの、彼女とて空中戦故に満足のいくパフォーマンスを発揮できていなかった。ノンノからすれば、決め手を欠いたこの現状は酷く厳しいものに思われた。
(<始祖擬体>だけでも厄介なのに、十番と賢者プレアデス。それに、亜獣の群・・・・・・。今の戦術を押し通したのなら、ズルズルと負けちゃうかな)
「・・・・・・スヴェン。皆が危険です。何か良い手は考えられませんか?」
スミソニアからの短い問いに、スヴェンソンは結界剣の力を緩めることなく状況把握に乗り出した。守護天使と戦う鳳凰とファラ。亜獣の群に孤立するクナイ。<アラヤシキ>に蹂躙されつつある朧月夜とシャマス。それを助けるプラズマ。そして、プレアデスに翻弄される一方の自分と姉。
かつて星術学院でプレアデスらに教わった軍学の基本に照らし合わせれば、それぞれの戦場で味方が敗勢にあると分かり、戦術の大胆な変更が余儀なくされると思われた。
(戦力を集中して、一カ所でも優勢を作る必要がある。そこで勝てば、残る劣勢なポイントの援護に回れるから、オセロゲームのように戦況が好転していく筈。・・・・・・難しいのは、劣勢なポイントをどれだけの間維持出来るかだ・・・・・・)
「姉上!最も制しやすいのは、ここです。プレアデス様を、まずは封じます。市長とプラズマさんはキーです。二人は動かせないので、残るメンツをここに呼び寄せれば、或いは・・・・・・!」
言ったスヴェンソンも言われたスミソニアも、心境は複雑であった。プレアデスを倒すという戦術目標は彼らにとって最たる苦痛であり、これまでの人生の大部分を否定することになりかねない危うい選択であった。
守護天使からの爆撃を受けた鳳凰がよろめき、片や<アラヤシキ>の圧倒的な攻撃力に晒されたプラズマとシャマスは血飛沫を舞わせた。それを目に留めたスミソニアは全ての迷いを断ち切り、良く通る美声でスヴェンソンの提案を皆へと告げた。
「ファラ・アウローラさん!オボロさん!どうかこちらに!クナイさん!後少し、踏ん張って下さい!」
スミソニアの檄の意味を瞬時に理解したノンノは、自身がぼろぼろでありながら、ファラが少しでも離脱し易いよう火球の顕現を増やして無理矢理攻勢に出た。戦術に精通するプラズマもまた、意識の危ういシャマスを叱咤しつつ憤怒の形相で<アラヤシキ>の攻めに抗った。
クナイにおいては、「スミアに言われては、後には引けんな」とだけ口にし、亜獣に包囲された中でも苦笑を浮かべて見せた。
姉弟をその場に釘付けにしているプレアデスは、星術攻撃の嵐を止めることなく、スミソニアの発声に対して感想を述べた。
「やるではないか、スミアよ。この戦場において、確かに儂が一番のウィークポイントであろうな」
「・・・・・・プレアデス様」
「そのような顔をするな。時に、この策を練り出したのはスヴェンであろう?戦場で敵のウィークポイントに攻撃を集中させるは常道。なかなかどうして、基本を疎かにしない見事な采配である。だが果たして、スヴェンに物事を教示したは誰であったかな?」
そう言うと、プレアデスは片手を上げて合図を出した。それに続いて、開戦来ずっと控えていたユアノン兵が一斉に動き始めた。数にして百を超える、傭兵と闘士からなる混成軍団であり、スヴェンソンやスミソニアにとってはかつての味方に当たった。
スヴェンソンは目を見開き、そしてスミソニアの背筋を寒いものが這い上がった。
「儂とユアノン兵をここで打ち破ることが出来たなら、そなたらの目論見通りに行くかもしれんな。・・・・・・さて、互いにここが正念場といったところか!」
プレアデスは豪語し、そして彼の背後からユアノン兵が突進してきた。頭の中がぐるぐると混乱しかけたスヴェンソンであったが、余る右手で迎撃用の星術を準備することに余念は無かった。彼の深層意識が、ここで手を抜けば姉までもが死ぬという最悪の事態を想起させていた。スミソニアも空元気と共に「スヴェン、私が前衛を務めますから!」と宣言し、鋼体術を発動させた。
ようやくのことであったが、<火の騎士>ファラが勢いよく滑り込み、スミソニアと肩を並べた。彼女の肩に停まる妖精ロリエルは、場の雰囲気にそぐわぬ明るい声音で主へと尋ねた。
「私は、どうする?雷撃でも飛ばす?」
「そうして。一人でも多く、足を止めてくれればいい」
ファラは火星剣に星力を込めると、傍らのスミソニアに向けて耳打ちした。
「雑魚は私とロリとで一気に払う。直ぐに朧月夜が合流するから、お前たちは手を携えて賢者プレアデスをやれ。いいな?ここで情にほだされれば、即全滅だ」
「・・・・・・はい」
まずはスヴェンソンが右手から広範囲攻撃の星術を放った。しかし、それはプレアデスの対抗星術によって相殺され、ユアノン兵の出鼻を挫くことは出来なかった。そこにファラの剣閃が炸裂した。
ファラの剣より放たれた衝撃波は、ユアノン兵の前衛十数人を派手に吹き飛ばし、その上で熱波によって火傷をも負わせた。ファラは立ち止まることなくユアノン兵の戦列に突っ込むと、捕らえ所のない剣舞によって次から次へ敵兵を撃ち倒した。さらに、ロリエルも高所から雷撃を落とすことで、地道に一人ずつ敵戦力を削っていった。
スミソニアは、ファラが討ち漏らしたユアノン兵に片端から拳打を叩き込んでは昏倒させ、神官戦士としての素養の高さを見せつけた。負けじとプレアデスが星術を飛ばしてくるものだが、左腕の力を最大限に活かしたスヴェンソンがこれを防ぎ、師弟対決は徐々に膠着状態へと陥った。
スヴェンソンらに有利に働いた一因として、戦場に散った魔獣の存在が挙げられた。亜獣たちは守護天使のコントロール下でスヴェンソン一味を狙ったものだが、当の守護天使が鳳凰戦に忙殺されており、さらには辺りが乱戦に持ち込まれたことから、同士討ちともとれるユアノン兵への攻撃事案が発生した。
そこに遅まきながらに朧月夜が駆けつけたことで、スヴェンソンは攻勢へと転じる決意を固めた。目指すは師プレアデスの攻略であった。それが罪深い行為であると百も承知していたが、姉がそれを肯定したことから、今となってはスヴェンソンの意思に揺らぎは見られなかった。




