8 終わりの鐘が鳴る
8 終わりの鐘が鳴る
「姉上!・・・・・・姉上、お待ちください。どうして行くのです?これ以上プレアデス様には干渉しないと、決めたではないですか?」
スヴェンソンは星空の下、早足で街道を行くスミソニアに対して声を荒げた。スミソニアは歩を緩めることはなく、元から無条件に彼女を慕うクナイも黙々とそれに続いていた。納得がいかないスヴェンソンは小走りに姉へと追いつき、進路を阻むようにして対決姿勢を鮮明にした。
スミソニアが、当初予定していたジェレミア地方からの西進という方針を翻したのは、ノンノ・ファンタズムの突然の来訪からであった。人としての余生を捨てたノンノが、プレアデスと<始祖擬体>が近隣で魔族狩りを行っていると密告してきたもので、それ以来スミソニアの精神は不穏なものへと変化していた。
スヴェンソンは姉がプレアデスを第一に考えると分かっていたし、だからこそ自分もそれを貫くつもりでいた。自分ではなく、姉をこそ大切にするからこその信念であり、それ故にスミソニアの変心に全く理解が及ばなかった。
プレアデスがもはや自分たち姉弟の助力を求めていないことは明白で、ここで接触することはよからぬ結果を導きかねないと、スヴェンソンは確信に近い見立てをしていた。にも関わらず、姉はプレアデスがいるという集落を目指すと公言し、弟の反対を押し切って夜間行動を実行に移していた。
スミソニアは、正面に立ちはだかったスヴェンソンに、哀願とも取れる感傷的な光を灯した瞳を向けた。
「スヴェンは、ノンノ・ファンタズムの言葉に何も感じるところがなかったのですか?」
「それはシンディのことを言っているのですね?市長が教えてくれた、<始祖擬体>の素体がシンディであるという・・・・・・」
「そうです。シンディは私たち姉弟の家族も同然です。違いますか?・・・・・・ガイド役であろうと実験助手であろうと、プレアデス様がシンディの才能を買われたなら文句はありません」
「でしたら!」
「実験体にするというのは、それは違います。スヴェン。あなたは左腕だけがそうなっても、それは苦労していますよね?あなたは私を慮って言い出さないけれど、それくらいは分かります。あなたの姉ですから」
スミソニアの指摘はスヴェンソンの心にずしりと響いた。彼はひた隠しにしていたが、過剰な星力を絶えず供給する左腕によって、スヴェンソンの肉体には常識外れの負荷が掛かり続けていた。星力と生命力とが必要以上に干渉し、スヴェンソンは毎夜眠れぬほどの鈍痛に苛まれていた。
「スヴェン。あなたは、シンディが私たち姉弟に、どれほどたくさんの思い出をくれたものか、覚えていませんか?プレアデス様は家族として、そして師としての全てを下さいました。シンディだって、あなたの恋人として、そして私の妹として同様に愛情を注いでくれたでしょう?・・・・・・少なくとも、私はそう思っています」
「姉上・・・・・・」
「もしも、プレアデス様がシンディの体を無理矢理奪ったのなら。彼女の意に反して<始祖擬体>と同化させたのなら。私はプレアデス様の家族として、それからシンディの姉として、抗議をしなければ気が済みません。・・・・・・だってシンディは私たちとは違って、ただの女の子なんですよ?いきなり全身を星力の供給機関なんかにされて、そんなのって、あんまりです・・・・・・」
スミソニアの泣きそうな顔を見るに堪えず、スヴェンソンは目線を逸らせた。その先にクナイの顔があり、彼は無表情でスヴェンソンを謗る気配を発していた。
(・・・・・・僕は姉上のことを想っているだけなのに!どうしてこうも責められなければならない?シンディが可哀想なことは分かる。僕だって、助けてやれるものなら助けてやりたい!それくらいの分別はある。でも、姉上はプレアデス様のことを一番大事に思っている筈じゃないか?魔族が皆殺しになっている現実は無視して、どうしてシンディのことだけを強く想ってやれる?・・・・・・それとも、僕の考え方がおかしいのか?身近な知人縁者は、誰も彼も幸福にしてやらなければならないのか?姉上、教えて下さい・・・・・・)
スヴェンソンはそもそも姉に真っ向逆らう度胸など無く、それを知っているスミソニアは弟の反論が無いことを肯定と捉えた。スミソニアは立ち尽くす弟を迂回して道行く足を速めた。行き先はノンノ・ファンタズムによって導かれた集落・アースヴィレジで、プレアデスとユアノン軍が魔族狩りの拠点と定めし場所であった。
ジーザスシティに続いて鳳凰市までもが占拠されたことで、東域におけるユアノンの地位は盤石なものとなった。友好国や衛星国を足し合わせれば東域の統一も時間の問題と噂され、実行中であるデスペナルティ領の魔族狩りが完了すれば、間もなく戦火も終焉を迎えるとの見方が大勢を占めていた。
そのような中で、プレアデスが武力として魔獣を用いることに表立って反対する向きは今も存在していた。北域や北西域、それに中央域諸国の首脳たちが相次いで懸念を表明したもので、プレアデスはそれらの警鐘を黙殺した。所詮は遠方からのやっかみに過ぎず、プレアデスは東域を手に入れた後、世界すらも統一し自らが指揮の下で魔獣攻略を推進するつもりでいた。
夜通し歩き続け、スミソニアらがアースヴィレジへ辿り着いた頃には空が白み始めていた。天には雲が大きく広がっていて、一雨来そうな気配が濃厚に感じられた。
クナイが忍び足で周囲を探りつつ、三者揃って人気が少ないアースヴィレジの裏道をしばらく行くと、直ぐに騒ぎと遭遇した。剣や星術の炸裂音が飛び交い、穏やかな事態でないことは一目瞭然であった。
「姉上!あれは・・・・・・」
スヴェンソンが指さした先の光景に、スミソニアもクナイも目を見開いた。ブランケット市の歌姫が中空に浮いて星術結界を展開しており、そこへと向けてドワーフ族やエルフ族、妖精族などの闘士十数人が集中攻撃を仕掛けていた。
エルフ族や妖精族は種族がら星術の扱いに長けていたが、その者らの星術攻撃は歌姫に届くことなく全てが防御結界に弾かれていた。傍目に見ても、亜人の闘士たちが現行の戦力で歌姫こと<始祖擬体>を制することなど不可能であると分かった。
アースヴィレジは、元より粗末であったと思しき平屋の建物が、星術の余波で次から次へと倒壊していった。ユアノン軍は歌姫と襲撃者たちの戦闘に関与せず、ただ遠巻きにして眺めていた。その先頭付近に、馬上の人としてプレアデスの姿があった。
「止めなさい!シンディ!」
スヴェンソンがあっと思った時にはもう遅く、スミソニアが戦地へと飛び出して中空の歌姫に呼び掛けていた。続こうとしたスヴェンソンの手をクナイが力強く掴んで押し止め、「今出て行けば、万一の時にアドバンテージが失われる」と小声で戒めた。
ユアノンの守護天使は青白く発光した全身の動きを止め、中空よりスミソニアを見下ろした。短衣に軽装甲を着込んだ守護天使は戦を司る女神の如き気品を湛え、一方でスミソニアもまた神に仕える神官として凛とした空気を醸し出していた。ブランケット市で最も絵になると謡われていた二柱の美貌が、こうして戦場で顔を付き合わせたのも因果であった。
美しき女神官の突然の乱入に、亜人たちも一時的に攻勢を止め、<始祖擬体>の対応に注目した。何れの亜人もノンノからの要請で出張ってきた闘士であり、女神官もまたその一派に違いないと見当が付けられていた。
「シンディ!私です。スヴェンソンの姉の、スミソニアです!分かりますか?話を聞いて下さい!」
『・・・・・・シンディ?歌姫は、私・・・・・・。私は、守護天使・・・・・・』
「貴女はブランケット市の歌姫、華劇座のシンディです!そして私はスミソニアです!」
『私は、シンディ・・・・・・。スミソニア・・・・・・スミア・・・・・・?』
守護天使の纏う星力から敵意のようなプレッシャーが薄れ、亜人の闘士たちはスミソニアの説得が奏功したものかと皆して呆気にとられた。守護天使はその眼差しから感情こそ失われていたが、じっとスミソニアを見つめていた。建物の陰から窺っていたスヴェンソンは、手に汗を握ってその様子を凝視していた。
(あれは・・・・・・見た目は、確かにシンディだ。だが溢れんばかりの星力が、こいつと同じ代物なんだとひしひしと伝えて来る!)
スヴェンソンはじんと熱くなる一方の左腕をさすり、高出力の星力同士が干渉し合っているのだと実感していた。隣に控えるクナイが、「来たぞ」とスヴェンソンに注意を促した。二人の視界に、守護天使とスミソニアの下へ割り込まんとするプレアデスの雄姿が飛び込んできた。
兵士を下がらせたまま単身で馬を進めてきたプレアデスは、散らばる亜人たちに鋭い眼光をくれた後、守護天使へと力強い声で語りかけた。
「守護天使よ!そなたはユアノンを守護し奉る超常の存在よ!甘言を弄する者に惑わされることが無きよう!召喚主たるこの儂、プレアデスの名において命ずる!不埒な者共を、皆殺しにし給え」
「プレアデス様!」
スミソニアが叫ぶような声音でプレアデスの名を呼ばわった。プレアデスは肉親と相対する時の表情に立ち返り、スミソニアを振り返った。
「何じゃ、スミア?そこに居っては守護天使の攻撃の巻き添えを食らおうぞ。直ぐに、この場から立ち去れい」
「プレアデス様・・・・・・シンディに、何を為されたのです?どうして彼女を・・・・・・」
「お前が知る必要のないことだ、スミア。いいから、儂の言うことを聞け。ここから去り、二度と顔を見せるでない」
「私は魔族です。それでも私のことを、見逃していただけるのですか?」
「お前も、そこらに潜んでいるであろうスヴェンのことも見逃す。当然のことだ。お前たち姉弟は、儂の家族なのだからな。例え一緒に暮らせなくとも、家族の情が無くなることはない」
プレアデスの言葉に、スミソニアの頬を一筋の涙が伝った。それは嬉しさから来たものであり、そして悲しみをも含んだものであった。
「・・・・・・ありがとうございます。ですが、プレアデス様。シンディが私たち姉弟の家族も同然であったことは、御存知でしたね?どうして、彼女をあのような姿に?」
一歩も引かないスミソニアの姿勢に、プレアデスはこの場における説得を早々と諦めた。彼の恵体からは星力が陽炎のように立ち昇り、長い銀髪がふわりと舞い上がった。深い碧色をした瞳に戦意が込められ、スミソニアは最愛の男が敵に回ったのだと真なる絶望を抱いた。
「星力が具象化された存在である<始祖擬体>には、導き手たるガイドが必要だ。そして生まれたばかりの無垢なる擬体の精神を操るには、ガイドと召喚主の間にも確かな絆が必要となる。・・・・・・お前たちを失った儂には、もはや深い絆を築けた相手など残されておらなんだ。それでシンディに目を付けた。儂はな、良く知るお前たち姉弟とシンディの絆を利用したのだ。目論見は成功した。シンディはガイドとしてだけでなく擬体と重なり、そして儂にスヴェンやお前の影を重ねて絆と認識した。儂の命令を忠実に遂行する守護天使として、新たに生まれ変わったのだ」
「・・・・・・そこに、シンディの、意思はありましたか・・・・・・?」
「ない」
「ではシンディの、最後の言葉は・・・・・・」
「スヴェン、ごめんなさい。それだけだ。もう純然たるシンディはこの世にいない。<アラヤシキ>が言っていた。あの娘の精神は<始祖擬体>に溶け込んだのだと」
スミソニアは目の前が真っ暗になったように感じた。力を失った膝ががくがくと震え、地面へと倒れ込みそうになるところを懸命に我慢した。
「スミアよ。お前だけは分かってくれるな?儂には何を犠牲にしても為さねばならんことがある。誰の血肉を食らってでも、儂は前に進むことを止めるわけにはいかんのだ」
「・・・・・・私の血肉で良ければ、幾らでも差し上げましたものを。私は心も体も、全てを貴方に差し出してきました。それを疑問に思ったことすらありません。・・・・・・ですが、スヴェンとシンディは駄目です。それでは、約束が違います」
スミソニアの瞳は潤み、今にも泣き出しそうであった。それでいてプレアデスを見つめる視線には明確な拒絶の意思が込められていた。それはプレアデスの雄々しき闘志と対するには余りに弱々しい光であったが、最も敬愛する相手を前にしたスミソニアにとっては精一杯の抵抗であった。
「・・・・・・ならば、もはや何も言うまい。スミアよ、ユアノンの覇権を妨げた魔族として、ここで儂と守護天使に伐たれるが良い」
「うあああああああああああああああああああああああッ!」
雄叫びを上げたスヴェンソンが飛び出し、結界剣を手にしてプレアデスの下へと走った。スヴェンソンは自分が冷静さを失い、暴挙に出ているのだと頭の隅で自覚していた。それでも一瞬にして爆発した怒りに抗うことなど出来なかった。
姉を含め、スヴェンソンを遮る者はなく、結界剣がプレアデスへと振り下ろされた。しかし、すんでのところで星力の障壁が刃を弾き、スヴェンソンは衝撃によって後方へと倒れ込んだ。プレアデスは馬上から憐れみを込めた視線を投げ掛け、冷厳なる声色でスヴェンソンへと通告した。
「・・・・・・儂へ危害を加える者を、守護天使は許さんのだ。スヴェン。こうなったのはお前の責任だぞ。お前は、大人しくスミアを連れて東域から去るべきだった。運命を決定付けたのは、お前の浅はかな判断なのだ」
プレアデスが言い終わらぬ内に守護天使は動いた。予備動作無しで構築された星術の光弾が、それこそ数十という単位で撒き散らされた。さらには、プレアデスも容赦なく本業とする星術で追撃を加えた。
スヴェンソンは結界剣をシールド型に変形させ、自分とスミソニアの身を守った。亜人たちが続々と光弾に貫かれる中、二人はどうにか即死を免れた。
「それで儂らの攻撃を全て防いだつもりか?」
プレアデスが言って、スヴェンソンが対処するより速く、一定範囲に効果を及ぼす麻痺の霧を発生させた。スヴェンソンやスミソニアは、結界剣のシールドが及ばぬ背後から侵入してきた霧に絡め取られ、全身が痺れ行くのを感じた。
(しまった!全方位をカバーするべきだった・・・・・・!このままでは、防御しきれない)
スヴェンソンは、なおも降り注ぐ光弾相手に必死に結界剣を維持し続けた。スミソニアはせめて弟だけでもと、痺れる体を押して治癒の星術を発動させた。
「姉上!僕のことより、ご自分を・・・・・・!僕のミスでこうなってしまったのですから!」
「・・・・・・黙ってください。スヴェン、あなたの怒りは正当なものです。お姉ちゃんは嬉しかった。あなたも、シンディへの仕打ちに対して怒ってくれたんだって・・・・・・」
「でも、プレアデス様と袂を分かってしまいました・・・・・・」
「プレアデス様に、過ちを認めさせるのです!・・・・・・シンディに対する罪を償うと、約束させるのです。そうすれば、また元の家族に・・・・・・」
奇襲の機会を逸したクナイは、そこから慌てて参戦するなり標的を守護天使へと定めた。守護天使の手数を減らさぬ限り戦況の好転はないとの判断で、クナイの動きを視界に入れたプレアデスは心中でそれを賞賛した。
しかし、中空より星術の嵐を見舞う守護天使に対してクナイの攻撃はあまりに意味を為さず、無理矢理放った剣閃では<始祖擬体>の物理防御を突破することは叶わなかった。一人、また一人と亜人の闘士が星術で撃ち倒されていった。プレアデスはその光景を見つめながら、このまま賊と共に姉弟も死ぬのであろうと寂寥の感を覚えていた。
(東域を平定した暁には、お前たちを手厚く弔うと約束しよう。先の神獣襲撃で、フォルドやディアドラたちも亡くした。ここでお前たちを喪えば、儂の家族は何処にも無くなる。これも因果であろう。それでも儂は、ユアノンと世界を救う道から外れるわけにはいかん。もう世界に、英雄軍の如き希望の星は存在しないのだから・・・・・・)
不意に守護天使へと炎の矢が直撃したのは、スヴェンソンやスミソニアが光弾の猛威に屈しようとしたまさにその時であった。遙か上空の彼方より勇壮なる炎の大鳥が襲来し、その背には<火の騎士>ファラ・アウローラ・ハウの姿も見られた。
スヴェンソンらは鳳凰とファラの登場に一息つき、残る数人の亜人たちも援軍を視認したことで戦意を高揚させた。星力を研ぎ澄ませていたプレアデスは、さらなる新手の援兵をもいち早く知覚した。
「<アラヤシキ>はどこですかー?いっそのこと、神獣も<始祖擬体>もまとめて倒しちゃいます!ねえ、シャマスさん?」
「うむ」
「・・・・・・俺はレジスタンスの一員だから、魔族を助けてやる義理はない。だが、魔獣の根源たる<始祖擬体>だけはここで始末させてもらおう!」
朧月夜とシャマス・セイントに加え、剣導プラズマまでもが合流したことで、守護天使は迷いなく真価を発揮した。狭いアースヴィレジに数十匹もの亜獣が降臨し、死闘の行く末はまさに混沌を極めた。




