7 絢爛なるノンノ・ファンタズム-3
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ファラ・アウローラ・ハウの剣が唸り、巨大な蝙蝠型の魔獣を横一線に斬り裂いた。さらに三匹の亜獣が怯むことなく飛び掛ってきたので、ファラは火炎を散らしながらそれらをも次々に断った。力尽きた十数匹の亜獣は全身が星力へと分解され、ファラの目に見える範囲に息づくものはなくなった。
稲穂が刈り取られた耕作地は貧相で、夕暮れ時の感傷的な空模様と相俟ってうら寂しさを醸し出していた。魔獣に襲われたと思しき民間人の遺体が二つ、野晒しになっていたので、ファラは剣衝で一気に地面を掘るやそっと埋葬してやった。
この田園地帯はデスペナルティの南端に位置しており、<始祖擬体>を追うファラは、魔獣が活発に動き回っているエリアに当たりを付けてこうして出張って来ていた。ユアノン軍とプレアデスは鳳凰市を落とした勢いでそのままデスペナルティ入りし、魔族の残党狩りに励んでいた。
(この国はもう駄目だ。魔獣に対して自衛の術を無くしている。西で大魔兵団が頑張っているとは言っても、時間の問題に過ぎない)
ファラの桃色の長髪は後ろで束ねられていて、薄汚れた外套の下は動きやすそうな軽装をしていた。火星剣を腰の鞘へ戻すと、ファラは誰の姿もない空間に向かって話し掛けた。
「まだ復活しないのかしら?」
『ダメージが大きい。あと一月二月は、こうしてただの星力として漂っている方が無難だ』
ファラに対して、その場に影形もない<ファンシー>が応答した。ジーザスシティの主城で手酷い傷を負わされた<ファンシー>は、持ち前の回復力がまともに機能せず、未だ元の肉体を取り戻せないでいた。それでもファラの擬体捜索には付き添っていて、ブレインネットワークを活用した魔獣探知に精を出していた。
ファラは伴する幻獣の回答に満足がいかない様子で、半眼でぶっきらぼうに言葉を続けた。
「良いご身分ね。人を東域くんだりまで飛ばしておいて、後は丸投げだなんて。・・・・・・<始祖擬体>を見失った腹いせに、あんたをここで焼き捨ててやろうかしら?」
『あのまま西域に留まっていたなら、汝はラグリマ・ラウラとぶつかっていた。それは適切でないと判断した』
「ほう。私が奴と、どうして敵対すると?」
『<欠片>に対する姿勢の相違だ。問答無用で討伐する汝と<始祖>の思惑に従う彼とでは、遠からず関係性が悪化すると結論付けた。であれば、新たな<始祖擬体>が生まれつつあったこの地において、存分に力を発揮してもらう方が得策であろうと考えた』
「余計な世話ね。私は誰の指図も受けない。私こそが最強なのだから、アリス・ブルースフィアに代わって世界を魔獣から解放してやる。そう、あんたのことも利用しているだけ。用が済めば、所詮幻獣だって邪魔なだけの存在よ」
<ファンシー>は何も答えず、ファラも反論など期待していなかったようで、その日の寝床を確保するべく田園風景を後にした。
ロータイドという町へ着いた頃には星空が広がっており、ファラは急ぎ足で旅亭を訪ねた。そうして一夜の宿を定めると、空いた腹を膨らませるべく近場の酒場まで足を運んだ。
カウンター以外にボックス席が一つあるだけの小さな酒場は、予想通りに閑散としていた。ただ一人の客がカウンターの丸椅子に腰掛けてマスターと向き合い、蓄音機の奏でる場違いに陽気な音楽が狭い店内を満たしていた。デスペナルティの各地でユアノン軍が猛威を振るっているのだから無理もなく、ファラは沈鬱なムードを受け入れてカウンターの端に腰を下ろした。
「ほーう。女、相当出来るだろう?可愛い面して、獣の臭いをプンプン匂わせてきやがる」
マスターではなく、カウンター席で酒を嘗めていた男が脈絡もなしにファラへとつっかかった。元々血の気が多いファラは男の口振りが癪に障ったもので、暗紅色の瞳を剣呑な具合にぎらつかせた。
「腰の物を見る限り、流れの闘士といったところか。・・・・・・次に話しかけてきたら殺すわよ」
殺気と重なり合って飛んできた言葉に嘘がないと見抜き、男は肩を竦めてグラスを掲げた。ファラは、マスターがなかなか注文を取りに来ない点を訝っていたのだが、やがてその理由に気付いた。マスターと思しき中年男性の顔に生気はなく、よくよく見れば背後の食器棚へと寄りかかっていた。
「ヒッヒッヒ。こいつは死体だよ。言ってみりゃ、ゾンビマスターさ。俺様が来店してから、ここは飲み放題の食べ放題ってわけだ。サービスに文句がある奴は俺様が片端から殺してやるぜ」
男は愉快そうに語り、濃い藍色の瞳に愉悦の色を浮かべてファラを挑発した。その仕草があからさまだったので、ファラは改めて隣り合わせた男の身なりを観察した。男の顔面は無数の古い剣傷で覆われており、着衣は軽装に見えて機能面が重視された装甲服のようであった。そして、腰に差された長剣は雰囲気からして業物と思われた。何よりファラが注目したのは、男がファラの間合いにありながら悠然とした態度を貫いている点で、いっぱしの剣士であれば星力の流れを読み、防御態勢を取っておかしくないタイミングであった。
(大物ぶってはいるが、ただの雑魚か?この間合いで私が抜けば、一刀両断にしてやれるが)
ファラの心中を推し量ったものか、男は薄ら笑いを作って言った。
「さて、女。お前の剣が俺様に届くものか、考えを実行してみたらどうだ?世の中には不思議なことが五万とあるもんだと、ここで体験出来るかもしれんぜ」
「・・・・・・ロリ、雷撃!」
「はい」
ファラの合図を受け、彼女の腰元に具象化した妖精ロリエルが、間髪入れずに雷撃の星術を放った。それは手加減がなされているとはいっても店舗内を焦がし尽くすに十分な熱量を伴っており、ファラは男が丸焦げになる図を想像した。
だが、雷撃は男に直撃する寸前で斬り飛ばされた。星術が霧散したことにより、男のみならず店内も焼かれずに済んだ。
(雷撃が、斬られた?奴は・・・・・・剣を抜いていない。ということは、固有星術の類であろうな)
ファラはゆっくりと火星剣を抜き、「表へ出ろ」と言い残して自然な足取りで店から出た。男は目を爛々と輝かせ、嬉しそうにグラスを放り捨てるとファラの後に続いた。
夜道ということもあり、二人の決闘を眺める聴衆は見当たらなかった。ユアノン軍が今かと迫る時期で、住民や旅人から夜遊びに興じる余裕が失われて久しかった。
「節操のない殺人。そして、一国の騎士である私に喧嘩を売ったのだから、貴様は手打ちにされても文句あるまい」
「何でもいいぜ~。殺し合いが出来るならよ。いや、俺様は殺したいだけで、殺されるのは御免だがな」
「道化、名乗れ!私はファラ・アウローラ。アルカディア皇国の騎士なり」
ファラは火星剣の切っ先を男に向けて名乗った。決闘の作法としては格好がつくものではなかったが、ファラも何のと言って強者との戦いに飢えていたので、このような機会は願ったり叶ったりであった。
男が名乗り返そうとしたそこに、燃え盛る大鳥が勢い良く降り立った。炎の鳥こと鳳凰は、外見から判断して魔獣に違いなかった。全身が豪快に燃焼しているその威容を間近にしたファラと男は、突然の闖入者に大いに目を奪われた。
『そこの二人。無駄に力が有り余っているようだから、助言しちゃいます。ここから南東に半日のところ。かの<始祖擬体>はアースヴィレジという集落にいるよ。力試しなら、そちらの方が愉しいんじゃないかな?』
鳳凰の言は、ファラの意表を突いてきた。目当ての敵がすぐ近くにいると知らされ、ファラの意気はたちまちに揚々となった。一方で、それはそれとして、ファラは眼前の魔獣に登場の真意をしかと質した。
「その話が真実だとして。魔獣が私にそれを開示する理由は何だ?」
『ブレインネットワークに上がっていたから。<ファンシー>のご主人様とグラジオラスの番犬たちが、<始祖擬体>を狙ってるってね』
鳳凰は淀みなく答え、高い位置にある首を傾げて見せた。ファラはその動きに人間臭さを覚え、成る程<ファンシー>と交流があるどこぞの幻獣であろうと考えた。
ファラは決闘寸前まで上がったボルテージをそのまま維持し、狂気をはらむ男から注意を逸らさず鳳凰との対話を続けた。
「成る程、助言は借りておく。・・・・・・しかし、この男も野放しにしてはおけん。騎士として、ここで始末をつけさせてもらう」
『止めておいた方が良いよ?彼はデスペナルティの<大災>クアール・クレイドル。東域きっての狂剣士だから。そう、特定危険敵性体の貴女であっても、彼を御しきれるものではないんじゃないかな』
「ほう」
鳳凰から男の正体を聞かされたファラは却って戦意を昂らせ、堂々と火星剣へ星力を流し込んだ。クアールは相も変わらず剣を抜かず、自然体で待ち構えていた。
(あくまで後の先を取るつもりか。・・・・・・小賢しい!)
地を蹴ったファラの攻撃速度は鳳凰の想像をも上回り、夜気に熱風を散らして瞬く間にクアールへと接近した。クアールはファラの強撃を不可視の<硝子の剣>で受け止め、そうして空いた手で居合い斬りを放った。
クアールの必殺の剣を、ファラは動物的勘から身を沈めることで、紙一重の差で避けた。そこにクアールの二の太刀が襲い掛かり、ファラは守勢に回って火星剣で斬り合った。クアールが繰り出す剣技は途轍もない威力を実現していて、固有星術<硝子の剣>と合わせた容赦のない連続攻撃は三合、四合と撃ち合いを重ねる度にファラの神経を擦り減らした。
突如、クアールが足さばきに緩急をつけると、ファラは自身との速度差から僅かに間合いを見誤り、そこにほんの一瞬だけ隙が生まれた。
(しまった・・・・・・!)
ファラは不利を承知で強引に火星剣を一閃し、クアールの鋭い斬撃もまたファラへと撃ち込まれた。ファラの剣はクアールの頬を斬り裂き、青い血飛沫を舞わせた。他方、クアールの一撃はファラの脇腹を正確に捉えていた。だが剣は本来の威力を為さず、突如ファラの全身を覆った星力の皮膜が見事に斬撃を緩衝していた。
間合いが寄り切ったファラとクアールは互いに飛びすさって距離をとった。そうして、クアールがつまらなそうに口を開いた。
「興醒めだな。獣よう、どうして俺様の殺しの邪魔をする?面白いところだったんだぜ」
「・・・・・・今のはまさか、憐れみのつもりか?」
クアールに続けてファラも鳳凰を睨みつけた。相次ぐ非難に晒された鳳凰であるが、ファラを助けて真剣勝負に水を差したことに一応の理屈は付けられたので、言い訳がましく答えを紡ぎ出した。
『貴女には<始祖擬体>を排除して、賢者プレアデスの鼻を明かして欲しい。これは個人的な復讐の話。それと、女の子が目の前で殺されるのを座視出来なかった。これは趣味の範疇。これで分かっただろうけど、クアール・クレイドルは並みいる諸国の強者においても別格なんだよ。五十番台とはいえ、殺戮者が戦闘を避けたという記録すらネットワークに残っているんだから』
「・・・・・・」
『・・・・・・というわけで、クアール・クレイドル。この場は私が預からせて貰うよ。これで私は、君たちが定義するところの幻獣で最上位に叙せられている身。相討ち覚悟の捨て身でやれば、貴方だって消し炭にできると思う。貴方の技前を評価しているからこそ、ここでは戦いたくないのだけれど。どうだろう、大人しく引いてはくれないかな?』
鳳凰の脅しが効いたものか、クアールは「飽きた」と呟いて剣を腰に収めた。気の抜けた表情を見せる彼が何を考えているものか、鳳凰ことノンノ・ファンタズムといえども底を知ることは出来なかった。
頬を青い血で染め上げたクアールがそのまま立ち去り、残されたのは怒りと無力さに苛まれたファラと、その肩に停まった妖精ロリエル、そしてノンノの三者であった。ノンノは市長としての人格を先の敗北と共に捨てており、今はいち幻獣として<始祖貴婦人>の利益に適うよう動いていた。そこには永世中立や先制攻撃の放棄といった精神は微塵も考慮が為されていなかった。
(この女騎士だけでなく、野良の闘士を一人でも多くぶつけないとね。プレアデス、<アラヤシキ>、<始祖擬体>なんて組み合わせ、それこそ余程の戦力が揃わないと勝負にならないんだから。・・・・・・<ファンシー>のバカは役に立たないし、<ピアース>はもうネットワークへのアクセスを断ってる。せめてあの姉弟やグラジオラス騎士団領の連中くらいは掴まえておきたいのだけれど)
「・・・・・・あの男は、世界でどのレベルの位置にいる?」
ファラが押し殺したような声で絞り出した言葉がそれで、ノンノは彼女なりに気持ちを整理しようとしているのだと前向きに受け取り、真摯に回答した。
『まずは命を拾ったことに礼が欲しいところかな。・・・・・・ま、別にいいけど。貴女たちが魔獣と呼ぶ勢力を別にしたら、<大災>のあの無頼の剣に対抗出来そうなのは<千刃>ラグリマ・ラウラと、暗殺技術を極めた西域のシシリー・アルマグロ。それに中央域で隠居するザ・シーカーくらいだろうね。あの狂剣士は独学で剣の高みに上ってる。といっても、これはあくまでブレインネットワークに残る特定危険敵性体の情報を検索しての判断だから。世界は広い。どこにどんな人材が隠れているものか、知れたものじゃないよね?』
ノンノが出した比較対象者は、何れも英雄軍として世間に馴染みのある面子ばかりで、ファラは歯軋りをして悔しさを露わにした。南大陸に落ち着くまで、骨が軋み血の滲むような鍛錬と実戦を積み重ねてきたファラであり、自身がアリス・ブルースフィアに引けを取らない実力者へ成長したと思い上がってもいた。それがまだ道半ばであったのだと残酷にも示されたわけで、怒りや恥辱の暴走はファラの精神を破壊しかねない勢いであった。
そんなファラの心境を理解した上で、ノンノが珍しくも厳しい口調で諭した。
『ねえ、そんなに悔しい?だったら、もっと死地に身を置いて、もっと辛酸を嘗めてから泣きなね?クアール・クレイドルだって、ラグリマ・ラウラだって。一瞬の煌めきに過ぎなかった英雄軍の崩壊を間近で見て、戦禍を余すところ無く経験して、それで名を上げたわけでしょ?貴女は南域で一角の騎士だったのだから、強者の理屈くらい分かっているはず。強さが足りないのなら、修羅の世界に飛び込むしかない。そして今なら身近に、<始祖擬体>と<アラヤシキ>という格好の難敵が存在している。これを砕きなさい。そして<火の騎士>の名を東域でも響かせなさい。汚辱を雪ぐ機会が残されているのだから、それを幸運に思うこと』
「・・・・・・貴様にとってだけ、都合が良い話とも聞こえるが」
『貴女がやらないなら他の勇者を煽るだけ。私は損得勘定で動いているわけじゃない。東域の人々を守りたいわけでもない。ただ守護者としての責務を果たさんが為、そうしてるんだ』
「私は礼を知っている。騎士であり、女男爵なのだから。・・・・・・<始祖擬体>とは戦ってやる。そして、クアール・クレイドルも殺す」
『よろしくね。一応、他にも刺客を送り込む予定だよ。妖精族やドワーフ族の生き残りにも声は掛けてあるんだ。魔獣を精製し操ることが出来る擬体の能力は、彼らも憂慮する立場にあるだろうからね。それと、例の魔族の姉弟が国境付近にいるみたいだから、スカウトしてくるよ』
ノンノの言葉を聞いているのかいないのか、ファラは目を瞑って荒ぶる心を落ち着けようと努めていた。ともすると敗北の衝撃に我を忘れそうになる為、自らに「騎士たる者の礼節」を言い聞かせ、どうにか平衡状態を保っていた。
妖精ロリエルは自主的に火星剣から現出し、そんなファラをいたく心配していた。ロリエルはファラの肩上に乗り、彼女の耳朶をそっと掴んで見守った。
『それと、最後に。私はここロータイドへ偶然駆けつけたわけじゃなくて、魔族狩りに参加してるとある客人との待ち合わせがあってね。おそらく、貴女たちのいざこざは彼も察知していたと思うんだけど』
「・・・・・・彼?」
『レジスタンスの剣士でね。実は東域でもトップクラスの腕前を誇るんだ。・・・・・・ね?剣導プラズマ。気配を消して、いつまでそこに潜んでいるつもりだい?』
ノンノが呼ばうと、物陰から人の良さそうな青年が歩み出てきた。プラズマは周囲を窺い、他に外野が誰もいないと確信した上でノンノへと語りかけた。
「幻獣から逢い引きを提案されるなんてな。おまけに、そちらの女性は魔族だろう?仲間たちに見られたら、大事だ」
『クアール・クレイドルがこの町で好き勝手してるのを、君は黙って見物してたってわけだ。まさかとは思うけど、それでいてファラ・アウローラだけを目の敵にするなんてこすい真似、しないよね?』
二人のやりとりを眺めていたファラは、ノンノが獣の瞳から揶揄の光を放ったと同時に、プラズマの表情にさっと影が走った様子を見逃さなかった。そしてプラズマが優れた使い手であろうことは、これまで彼の存在を知覚出来なかったことや、隙がない足運びから合点がいっていた。
辺りには依然人の往来がなく、心細げに周囲を照らす外灯も燃料の不足からか、ちかちかと点滅を繰り返していた。街路樹の枝葉が風で擦れ、絶えず乾いた調べを奏でていた。
プラズマは少し低い声でノンノの問いに答えた。
「<大災>を止めようと思えば出来た。そう言ったところで、誰もそんな大言壮語は信じてくれないだろうが」
『信じるよ。剣導プラズマ。いや、竜騎士グリンウェルといった方が良いかな?君がどうやって敵味方に顔バレをしないよう偽装しているのか。それと、どうして同族を殺して回っているのかまでは、分からなかったんだけどね』
「・・・・・・何のことだ?レジスタンスの俺が、よりにもよってデスペナルティ竜騎士団の副団長だって?それは笑えない話だな」
『そういうのはいらない。エゼルエルさんが綿密に調査した結果なんだよ。知ってるよね?鳳凰市のエーデルワイス・エゼルエル執行官。彼は政治だけでなくて、諜報作戦の指揮もお手の物なんだ』
「なんだと?お前は一体・・・・・・」
プラズマの眉間に皺が寄り、目の前に堂々と立つ炎鳥の正体を怪しんだ。唐突に、ノンノの鳳凰としての全景が揺らぎ、やがて星力の発光と共に、細身の少女へと転じて見せた。
「なにッ?あんたは・・・・・・ノンノ・ファンタズムか!?まさか、鳳凰市の統治者が魔獣だったというのか・・・・・・!」
『美少女市長としてのノンノ・ファンタズムはこの間の防衛戦で死んだけどね。だから今の私は、いち守護者に過ぎない。あ、守護者というのは、君たちが言うところの幻獣ね』
プラズマだけでなく、ファラもノンノの変態には驚きを隠せなかった。炎鳥と少女とでは似ても似つかなく、おまけにノンノが国主をも努めていたという話に、肝が据わっているファラとて心穏やかに聞いてはいられなかった。
『コールドマン首領の統率力は認めるところだけど。短気で視野が狭い彼に、仇敵たる魔族とのパイプ作りなんて期待出来よう筈がない。ユアノンもその点は同様だし、資金提供者だった我々だって、そこまでの裏工作は手を付けてなかった。なのに、君たちレジスタンスはジーザスシティの中枢、かの竜騎士団副団長グリンウェルの協力を取り付けた。御陰でジキル・ド・クラウンと<アラヤシキ>が行っていた召喚儀式をギリギリのところで妨害出来たわけだけれど、私やエゼルエルさんにはしっくりこなかったんだ。グリンウェルがレジスタンスへ手を貸した裏に、一体どんなカラクリがあったものかという疑問が先に立ってね』
「それで?」
『エゼルエルさんが聴取した限りでは、スヴェン君とスミアさんは、ジーザスシティの牢でグリンウェルを名乗る騎士とドワーフ族の戦士に助けられたのだとか。グリンウェルはレジスタンスを自称していたそうだけど、コールドマンに彼との繋がりがないことは直ぐ判明した。さて、ここでプラズマという腕利きの話。レジスタンスのホープである君は数年前にふらっと現れ、目覚ましい成果を挙げることで組織に馴染んでいった。不思議なのは、専業でなく、スポット的に任務に参加していた点。それでも確かな剣腕に支えられ、結果を出し続けたことで、首領からはたいそう目を掛けられた。誰も君の出自を知らないけど、レジスタンスは魔族に恨みさえあれば、どこぞの馬の骨でも拒まず受け入れる。身分を隠したい者にとってはさぞかし都合が良かったろうね。・・・・・・あの日。ジーザスシティでジキルの実験が邪魔をされ、姉弟が擬体の欠片を持ち出した日。私はエゼルエルさんを通じて、ジーザスシティのレジスタンス協力者を動かしていた。コールドマンはそれに異を唱えはしたものの、立場を鑑みて黙認してくれた。良い?鳳凰市サイドもレジスタンスサイドも、この時点で誰もグリンウェルに接触なんて出来ていないんだ。そして、レジスタンスの本拠地から君の姿は消えていた。これには複数の証言が集まっている。君は有りもしない特別任務を歌って、アジトを抜け出していた』
「どうにも穴がある推理のように聞こえてならない。あの日、俺は確かに偽りの任務を騙って抜け出していた。だが、ジーザスシティには行っていない。女と逢い引きしていただけさ」
『あの日以来、グリンウェルは竜騎士団に戻っていない。そして、君は絶えず対デスペナルティの前線に張り付いていた。グリンウェルも君も、剣で他者の追随を許さない点は一緒だね。ユアノン戦で、<大災>とも渡り合ったんだって?それからコールドマンが言うには、ジーザスシティでもその後の掃討戦でも、君が見せた部隊指揮の技量は信じられないくらい高度であったと。これも、竜騎士団を束ねる立場と重なるとは思わない?』
「何もかも、憶測でしかないな」
『グラジオラスから君を訪ねて来た二人の件は?あのラグリマ・ラウラが、ただのレジスタンスメンバーと接触を図る為に腹心の二人を寄越したとは思えない。そうそう、デスペナルティ竜騎士団の最上位である団長職が空位だけれど。先代団長は、竜騎士ハイドと言ったよね?そのハイド団長と、ブレインネットワーク上のとある特定危険敵性体の特長が酷似していてね。<仮面>の通り名で知られる最強の竜騎士なんだけど。仮にハイドが<仮面>だとすれば、当時彼の下で働いていたと思われるグリンウェルが、いざ何事かを頼る際にラグリマ・ラウラへアクセスすることも納得がいく。君は、自分からグラジオラスに呼び掛けをしたんじゃないかな?それでラグリマ・ラウラは、朧月夜とシャマス・セイントを東域へ派遣した』
「・・・・・・それで、グリンウェルが、グラジオラスに何を頼ると?」
『言ったでしょ?目的と、見た目の偽装工作については見当もつかないって。状況証拠は他にもあるよ。ドワーフ族に探りを入れたら、プラズマというレジスタンスメンバーと親しい戦士がいたってさ。それって、ジーザスシティで姉弟を庇って死んだとされるドワーフと同一人物じゃない?プラズマとグリンウェルが結びつく根拠の一つなわけだけど。他にも聞く?』
ノンノは美少女の面に余裕が滲み出た笑みを浮かべた。だがその実、近くに控える<始祖擬体>がどのような動きに出るものか懸念しており、一刻も早くプラズマとの会見を決着させたいと願っていた。
ファラは話の筋道を全て理解しているわけではなかったが、どうやら目の前の剣士がデスペナルティでも相当の実力者であるという事情を汲み取り、黙って事の推移を見守っていた。当のプラズマはじっとノンノを見つめるばかりで、彼の口から真相と思しき言葉が紡ぎ出されることはなかった。
ノンノはふうと息を吐き、真顔に戻るや少女の化身を解いてまたも炎の大鳥へと姿を戻した。幻獣たる鳳凰として、ノンノは眼下にプラズマを見下ろし、優しい声音で言った。
『別に、君が誰であっても良いんだ。私はね、<始祖擬体>をここで破壊したいだけ。あれは、グラジオラス騎士団領で復活なされた<始祖貴婦人>の力を模した逆賊。殺戮者は力を削がれるから、自己の目的を阻害する要因としてアレの存在を許さないし、守護者たる私としても貴婦人に申し訳が立たないからアレを始末したい。それで君の力を借りたいと思って』
「ジキルではなくプレアデス殿が召喚したものだから、俺は目的の一致から黙認しようと思っていたのだが」
『一つ。これはプレアデス氏も薄々感じているだろうけど。<始祖擬体>を狙って殺戮者たちが動き出す。そう。先日、四十七番がブランケット市を襲撃したようにね。ブランケット市の被害は相当なものだったでしょ?』
「あれが、続くというのか・・・・・・」
『このまま放置すれば、東域においては魔族だけでなく、人間も亜人も、生命力を持つ者が等しく害を被るよ。これは守護者としての警告。決して生命力を持つ者の連帯を崩してはならない。殺戮者の・・・・・・神獣の総力は、君たち全世界の戦力を上回って設定されていたのだから』
ノンノの発言はファラをも引き込んだ。幻獣が語る世界の真相の一端は、プラズマとファラにとって他人事と捨て置けない関心事であった。
今度はプラズマが大きくため息をつき、足下を見つめながら小声でこぼした。
「・・・・・・固有星術さ。俺は、クアール・クレイドルの<硝子の剣>みたいな戦闘に役立つ星術を手に入れることが出来なかった。修得出来たのは、幻体というちゃちな幻術だけ。とはいえ使い勝手はそこそこあった。少しの星力さえ維持していれば、人相風体を自在に変えておける。だからプラズマというこの俺も、立派に一つの人格を保持していられた。それで・・・・・・裏で手を下し、魔族を滅ぼしてやろうと計画した」




