6 善なるもの-2
***
スヴェンソンとスミソニアの姉弟、それにクナイの三人が共に魔族であったことから、ジーザスシティから離れた町村においては、デスペナルティ領内と言えども道行く三人を咎め立てする者はなかった。それが分かったので、三人はジーザスシティから南に二日ほど行った先の町で宿をとっていた。
クナイが手広く商売をしていたお陰でデスペナルティの通貨を所持しており、三者はそこそこのグレードの一室を借り受けることがで出来た。スヴェンソンは最後まで姉とクナイが同室に寝起きすることを拒んだものだが、出資者の懐も有限であったので、スミソニアが言って聞かせて三者の同室は実現した。
「同衾か。これはもう、俺とスミアは結婚したも同然だな」
「あの・・・・・・いい大人ですから。布団は別々にさせていただきますよ?私はスヴェンと一緒で結構です」
そんなやりとりを苦々しい表情で見ていたスヴェンソンであったが、近いジーザスシティの決戦で、果たして自分たちに何が出来るものかと考えれば考えるほどに、気分は暗澹たるものとなった。ここまでの道中、野良と思しき魔獣は幾匹も討伐していた。だが、肝心のプレアデス軍と遭遇することは無く、多くの魔獣に好き勝手を許している現状はとても納得がいくものではなかった。
そんなスヴェンソンの懊悩を見て取ったクナイは、ここで考え方や方針を整理すべきと判断し、彼とじっくり話してみることにした。スヴェンソンはまず、抱いている抜本的な問題を提示した。
「このまま僕たちが端々の魔獣を討ち取って回ったとして、<始祖擬体>がそれを上回る数を創出できるのだとしたら、一体何の意味があるのか。・・・・・・魔獣を一匹でも多く処理することが、東域にとって無益であるはずがないということは分かっています。ただ・・・・・・今の動きが、まるで雲を掴むようで感触がないと言うか・・・・・・」
「スヴェンよ。そもそもお前は、デスペナルティが滅亡することをどう思っているんだ?魔族が主要な構成員たる国家は、ここをおいて他にない。唯一無二のものだが」
「もちろんそれは歓迎します。なぜなら私と姉上は、正真正銘ユアノンの所属なのですから。プレアデス様の悲願は叶い、東域の英雄として世界に名を轟かすことでしょう。そして魔族が力を失えば、エルフ族や妖精族といった、滅亡待った無しの状況にある亜人たちとの交流も復活するかもしれません」
「では、この地で魔族の血が止めどなく流されることに納得しているのだな?このまま進めば、間違いなくそうなるだろうが。デスペナルティが敗北すれば、勝者たる人間は魔族を迫害する。これは連綿と続く歴史が証明している」
クナイのこの指摘に、荷物を整理していたスミソニアが沈んだ顔を見せた。スヴェンソンは「それは、仕方ないでしょう」とだけ呟いて、それ以上の明言を避けた。魔族でありながらユアノンに生活の基盤を置いていた姉弟の誤謬は誰が作為したものでもなく、生きるために落ち着いた結果に過ぎなかった。
二人の出生国は当然デスペナルティなわけで、故国が例えユアノンの策略に因るとはいえ、魔獣によって蹂躙されるという未来は、スヴェンソンやスミソニアにとって決して気持ちが良い話ではなかった。それどころか、人道的観点からは受け入れ難いものであった。
それでも、姉弟の忠義の心は依然プレアデスを向いており、いざ秤にかけてしまえば彼を否定する事など出来よう筈もなかった。クナイは普段の付き合いから二人の心根を承知しており、この先訪れるであろう悲劇を甘受する覚悟が決まっているものかどうかをただ試していた。
「・・・・・・別に意地悪をしたいわけじゃない。俺も魔族だが、ユアノンで商売をしていた身だ。今更種族間対立に物申すつもりはない。スヴェンの焦燥と信念から導き出せる正解は、俺には一つしか思い浮かばんな」
「クナイさん、それは?」
「プレアデスがデスペナルティを平定する。それを待つ。その後、俺たちは秘密裏に<始祖擬体>とやらを破壊して、魔獣の供給源を断つ。これを残しておけば、東域は兎も角、世界の至る所から拒絶反応が沸き起こるだろう。魔獣との共生なんぞ、いくら制御が出来るとアピールしようが気狂いとしか思われん。つまりは禍根でしかない」
クナイの言は、スヴェンソンに複雑な顔をさせた。調べた通りに、新たな擬体がプレアデスの主導で精製されたものと仮定して、それをスヴェンソンらが始末するという行為は、どう考えても反逆としか取れなかった。それを代弁して、スミソニアが毅然として反論した。
「スヴェンも同じ気持ちかと思いますが。私たちが率先して、プレアデス様のお気持ちに反するのは無しです。どういう理由があろうと、です」
「分かった。スミアが言うならそれでいい。擬体のことはひとまず置いておく。プレアデスがデスペナルティを破る過程を邪魔せず、溢れ出た魔獣を黙々と狩るだけだな。・・・・・・スヴェンの懸念を解消してやるのは、どうやら難しそうだ」
「いいんです、クナイさん。有り難うございます。自分でも分かっているんです。虫が良くも、矛盾したことを追い求めているのだと。・・・・・・魔獣さえ用いられずにユアノンがデスペナルティを下していれば、何も迷わずに済んだものですが」
「スヴェン。プレアデス様を疑うような発言は慎んでください。それだけは、ダメです」
スミソニアがきっぱりとした口調で諭し、スヴェンソンはそれに従って口をつぐんだ。クナイは何も言わずに姉弟のやりとりを目で追って、話がそれで終わりと見るや床に周辺地図を広げた。そうして淡々と、今後の進路の検討を開始した。
ジーザスシティは、三日三晩続いた攻防戦の末、完全に陥落した。大魔兵団は際限なく出現する亜獣と戦い続け、死傷者が限界を超えたところで統制を失い、散り散りになった。竜騎士団は敗色が濃厚と見るや、余剰戦力を伴って首都防衛を放棄した。魔獣は都市内部を隈無く荒らして回り、東域で一、二の規模を競った大都市は僅か数日で廃墟と化した。ジーザスシティの大地は広く青い血で濡らされ、その惨劇は「ジーザスシティ大虐殺」という一大事変として世界を巡った。
賢者プレアデスは、数万にも及ぶ魔族の遺骸をそのまま放置して、平然とユアノンへ凱旋した。彼が勝利宣言を行う相手は母国の人間たちであり、死んだ魔族と滅びた都に用などなかった。
プレアデスは、ブランケット市の民衆に向けて次のように語った。
「此度は憎きデスペナルティ軍に勝利し、万にも上る魔族の命を絶った!だが、これで終わりではない。魔都ジーザスシティこそ打ち砕いたものの、デスペナルティという国家は未だ生き長らえており、それこそ十万を超える魔族が領内で息している現実がある。さらに言えば、かの悪逆の徒、デスペナルティの総統たるジキル・ド・クラウンの首も獲れていない。東域で魔族に怯えて暮らしてきた全国家、そして虐げられてきた全種族に成り代わり、我ら栄光あるユアノンの諸勢力が全てを終わらせる時が来た!一人残らず魔族を狩り尽くし、この地に安寧を取り戻す!此度の大勝で分かったであろうが、この方針に間違いはない。一つの例外も許さない。ユアノンの聡明なる国民たちよ!ブランケットの勇気ある市民たちよ!私にデスペナルティを滅ぼす力を与え給え。戦術如何を問わず、魔族を駆逐する支持を与え給え。さすれば、このプレアデスが皆を恩讐の彼方へと誘おうぞ!」
ブランケット市は狂騒に包まれた。人々は勝利の美酒に酔いしれ、場所と時間を選ばずにひたすらプレアデスの偉業を讃えた。その陰で、プレアデスがよりにもよって魔獣を率いたという事実を糾弾したジャーナリストたちの声は封殺された。華劇座の歌姫たるシンディが行方不明になったニュースもまた、人々の口の端に上ることは少なかった。
***
人気が無いジーザスシティにおいて、青黒くなった大地を踏みしめる者たちがいた。レジスタンスを率い、この地における決戦にまで参加したコールドマンとプラズマであった。
「首領。ここは完全に破壊されましたが、これで良かったんですかね?俺の狭い心では、魔獣と共同戦線を張ったことに整理がつきません」
大通りの両脇に無人の建物がただ連なる寂しい光景を眺めていたプラズマが、遠慮がちにそう言った。老兵ながらに矍鑠たるコールドマンは、地面を染め上げた魔族の血を見て過去に思いを馳せ、これまでの苦心が報われたと溜飲を下げていた。
「俺は満足だ。何たって、莫大な数の魔族を殺せたんだからな。奴らを全滅させられるなら、俺は神にも魔獣にも魂を売るぜ。・・・・・・やられたら、やり返す。俺の親父もお袋も、息子も娘もみんな奴らに殺されたんだ。仲間も数限りなく失った。これでやっと、一矢報いたといったところだ」
「はあ。俺も魔族に恨みがありますから、勝ったこと自体は喜ばしいんですよ?奴らは東域で無茶をし過ぎた。滅びて然るべきです。・・・・・・ただ、魔獣は世界の敵。これと一時でも手を結んだことは、これまで犠牲になった数多の生命を冒涜するような気がして」
コールドマンは道ばたに痰を吐き捨て、プラズマの感傷を真っ向から否定した。
「プラズマよ、若いな。俺たちはレジスタンスなんだぜ?崇高な使命感からスタートしたかもしれねえが、やってることはただのテロリズムだ。テロリストが取り得る手段に善も悪もねえ。魔族に鉄槌が下せれば、それでいい。魔獣を見逃したってのが罪に当たるなら、何れ罰を受ければいい。俺たちが為したいのは魔族の撲滅であって、世界の救済なんかじゃない。違うか?」
「・・・・・・その通り、なんでしょうね。ん?首領、彼らは・・・・・・」
プラズマが指さした先に、同じくジーザスシティの跡地を視察していたスヴェンソン一行の姿があった。スヴェンソンらは、ジキル・ド・クラウンこと<始祖擬体>本体の痕跡が残されていないものか捜索していた。姉弟と面識があるコールドマンは、プラズマの指摘に苦い顔をして頷いて見せた。
「魔族の姉弟か。おまけにもう一匹増えてやがる。・・・・・・チッ。あれも、魔族野郎だな」
「首領の勘は当たりますからね。でも、彼らは敵ではありません。資金提供者筋から紹介された方々である点、お忘れなきよう」
「・・・・・・言われずとも、分かっとる」
スミソニアがプラズマへと声を掛け、三人はレジスタンスの二人と挨拶を交わした。コールドマンが魔族を嫌っていることを承知していたので、スヴェンソンらは馴れ馴れしく接することを避け、ジキル・ド・クラウンの行方に関して単刀直入に尋ねた。しかしながら、レジスタンスもユアノン軍もデスペナルティ総統を討ったという事実を有しておらず、プラズマはジキルの消息が今も大きな関心事項であると告げた。
レジスタンスの構成員は粗方拠点へと帰してあったので、残るはこの場の二人のみであった。スヴェンソンが今後の作戦に関して質問したところ、コールドマンから「部外者に伝えられることはない!」といった容赦の無い回答が寄せられたため、偶然催された会合は直ぐのお開きを見ようとした。
そのまま別れるかと思われた三人と二人であったが、そこに予期せぬ来訪者が強制的に加わった。来訪者の厳かな声は大気を震わせ、一同の怖気を呼び覚ますに十分であった。
『ソコノ弱キ者達ヨ、答エヨ。<欠片>ヲ放チ、コノ地ヲ破壊シタ輩ハドコニイル?』
来訪者は、巨大な鯨と見紛う外見をしていた。ただの鯨でない点として、それは星力の放出によって中空に浮いており、そして全身の表面が石灰石のような白い鱗でびっしりと覆われていた。前頭部に浮いた眼球と思しき球状の器官は赤黒く、上空からぎょろりとスヴェンソンらを見下ろしていた。口に当たる部位を動かしている節はなく、呼び掛けの声がどこから響いてくるものか、誰にも判然としなかった。
クナイは瞬時に、白鯨の存在を神獣ではないかと疑った。それはスヴェンソンも同様で、悠々と浮遊している自分の百倍以上はあろうかという巨躯に潜む星力を推し量ろうと努めた。レジスタンスの二人は規格外の姿形をした魔獣の登場に固まっており、場の主導権を握ろうとする素振りすら見せなかった。
各人が個別に戦闘態勢へと移行しようという中、スミソニアが率先して対話に踏み切った。
「・・・・・・私たちは流浪の者です。フラグメントとは、何のことでしょう?」
『汝ラ弱キ者達ガ規定スルトコロノ、亜獣ヤ霊獣ト称サレシ者ト同義デアル。我ラガ力ヲ分ケ与エタ欠片ナリ。コノ地デ<始祖>ヲ模シタ輩ガ力ヲ振ルッタ形跡ガアル。ソノ者ラハ、今ハドコニイル?』
魔獣が素直に応じたことを受け、スミソニアは驚きながらも問答を継続した。
「<始祖擬体>なら、亜獣の群を引き連れてここから去った模様です。もう、この国の領内にはいないのではないでしょうか。・・・・・・それで、<欠片>を生み出すと言われるあなたは何者でしょう?・・・・・・神獣ですか?」
『我ハ<白鯨>ト称サレシ者ナリ。汝ラガ規定スルトコロノ神獣ニ相違ナイ』
<アラヤシキ>に続く神獣の出現に、スヴェンソンらの胸中で絶望が渦巻いた。勝ち気なコールドマンですら膝が笑う始末で、クナイやプラズマは冷や汗をかきながら、この場を最小限の犠牲で切り抜ける算段を必死に始めた。一匹が国家をも滅ぼす力を有し、遭遇即ち死と同義であると認められた存在が相手であったので、それも致し方ない様相と言えた。
スヴェンソンは、<白鯨>が攻撃に出た瞬間に結界剣で皆を覆うつもりでいたが、防御力よりも速度が敗着とならぬものか、気が気でなかった。弟がそのように気を揉んでいる中、スミソニアは気丈にも一対一で神獣との会話を続けた。
「・・・・・・<白鯨>よ、教えて下さい。私の弟が<始祖擬体>とやらの創出実験に巻き込まれ、片腕を失いました。<アラヤシキ>を名乗る神獣がそれに執心していたのですが、擬体とはこの世界でどのような意味を持つものでしょうか?」
<白鯨>はその場に浮いたまま、目に相当すると思しき器官をぐるぐる回してスミソニアの四肢を凝視した。巨体からは青白色に光る星力がぼんやりと染み出ていて、それがいつ牙を剥くともしれずスヴェンソンらを警戒させた。
『アノ模倣物ハ、カノ<始祖>ト性質ヲ等シクスル。世界ノ力ヲ限定的ニ独占シ、外野ニ抗スル術ハ無イ。ヨッテ、特定危険敵性体ト認定スルモノナリ。速ヤカニ、排除スル』
「それは、あなたたち神獣にとっての脅威なのですか?・・・・・・それとも、私たち弱き者にとっても脅威となり得るのでしょうか?」
『答エヲ有サヌ。アノ模倣物ハ、世界ノ思惑ヲ超エテ創造サレタ物デアル。弱キ者ガ見果テヌ夢ヲ追イ、世界ノ有リ様ヲ歪メテシマッタ所以ノ産物。我ニハ、弱キ者達ヘ及ボス影響ヲ判定スルコトガ出来ヌ』
「・・・・・・ありがとうございます。<白鯨>」
<白鯨>の眼球が再び急速回転を始め、すわ戦闘開始かと、男性陣は気圧されつつも身構えた。正面から戦えば殺されると分かっていたので、クナイやプラズマが導き出した策は、自己を犠牲とした殿役の志願という無茶に帰結していた。
ふと、<白鯨>の向きが四十五度ほど傾き、そうして何事も無かったかのようにゆっくりと上昇を始めた。高高度において星術方陣が起ち上がると、<白鯨>の全身は星力の光に包まれ、そのまま綺麗さっぱり消失した。
「移送方陣・・・・・・助かった、のか?」
クナイが呟き、それを皮切りに一同が緊張を解いた。神獣の脅威が遠退いたことで安心してか、スミソニアの体がぐらりとふらついた。
「姉上!?」
空かさずスヴェンソンが、スミソニアを背後から抱くようにして支えた。
「・・・・・・ありがとうございます、スヴェン」
「姉上、大丈夫ですか?・・・・・・無謀が過ぎますよ!相手は神獣なんですから、話が通じるなどと安易に考えては危険です」
「でも、<白鯨>との戦闘は避けられました。戦えば・・・・・・ただでは済まなかったでしょう?」
「・・・・・・それはそうです。ですがあの神獣、どうして急に姿を消したのでしょうか。・・・・・・まさか」
「でしょうね。<始祖擬体>を捜していたようですから、ユアノンへと帰ったプレアデス様の部隊の気配を察知したのかもしれません」
スミソニアの予想に、スヴェンソンやクナイも同意した。それに対し、平常心を取り戻したプラズマが仮説と疑問を口にした。それは姉弟にとっても看過の出来ない話で、一同の心中に寒風が吹き荒れた。
「これまでの情報を統合すると、ジキル・ド・クラウンが試みた怪しげな星術実験の裏には神獣<アラヤシキ>の影がある。<アラヤシキ>はこの地でスヴェン君や朧月夜さんと接触した後、身を眩ました。そして直ぐに、プレアデス氏が星術実験へと及んだ。ここにも<アラヤシキ>の干渉があったと仮定すると、奴が<始祖擬体>とかいう物体の精製に入れ込んでいる向きはまず間違いない。だとすれば、だ。さっきの鯨と<アラヤシキ>は、同じ神獣であっても主張が異なるという結論に辿り着く。鯨が真っ向勝負を決め込んでユアノンを目指したなら、今度はブランケットあたりが廃墟になるんじゃないか?神獣と神獣が戦った事例なんて聞いたこともないが、周辺に出る被害は言わずもがなだろう」




