6 善なるもの
6 善なるもの
ユアノン軍の編成は混迷を極めていた。プレアデスと側近たる星術士部隊が亜獣の群を引き連れて前陣となり、その遙か後方に遅れて騎士団や傭兵部隊が続いていた。
魔獣討伐を設立の目的とするスレイヤーズギルドは、プレアデスの出征要請に同調せず、同じく<光神>神殿もブランケット郊外に待機させた神官戦士の進軍を見送っていた。それだけプレアデスの発表に困惑しているもので、魔獣の創出と制御という珍事は、ユアノンでも報道される度に国民の疑念を増幅させた。
プレアデスは報道規制を敷かなかったので、魔獣を率いた遠征は直ちに周辺諸国にも伝わった。ユアノンと同盟を結んでいる人間中心の諸国は、宗主とも言えるユアノンの暴挙に対して沈黙することで許容を示し、亜人の里はそもそもからして昨今の動静が不明であった。
デスペナルティはこちらも騒動の直中にあったが、それでも大魔兵団が出陣して防衛線の構築に汗を流していた。竜騎士団は実務を取り仕切るグリンウェル副将が長いこと不在にしていることから、剣腕で比較上位にあるザシュフォードが頼られ始めており、再度の対ユアノン戦においても彼の指令が待たれていた。
そして、鳳凰市である。
「双方が、パンドラの箱を開けちゃった。さて、この東の果てで、終わりの鐘は鳴ったのかな?」
もはやユアノン軍と呼べるかは不明な、群を為した魔獣の行軍を遥か足下に睨み、ノンノ・ファンタズムは切り立った崖の先に陣取っていた。ノンノは動き易そうな水兵服に身を包み、張りのある細長い手足を惜し気もなく晒していた。
ノンノの傍らには、背から蝙蝠の如き翼を生やした白き獅子が控えており、その者もまた黄金の瞳でじっと亜獣の群を観察していた。獅子の白蛇の尻尾がうねうねと動いてしきりにノンノを気にしている様子で、ノンノは不意に白蛇へと向けてウインクを返した。
『唆シタ者ガアルコトハ明白ナレド、生命力ヲ有スル者ガ愚カデアル事実ハ変ワラヌ。東域ニ二匹ノ<始祖擬体>。コレデハ早晩、各地ヨリ殺戮者ヲ呼ビ寄セヨウ』
「ねえ、<ピアース>?君たち白獅子は、珍しくも集団行動を取り得る種だったよね。今は、皆がラグリマ・ラウラの一味になっちゃった?」
『鳳凰ヨ。話ノ流レガ理解不能ダ』
「朧月夜さんから聞かされていたの。あなたが守護者を集めて回ってるって。何れ、私のところにも顔を出すでしょう、って」
ノンノは同じ幻獣であるところの白獅子<ピアース>に真意を質した。<ピアース>は元は、アリス・ブルースフィアの英雄軍が一柱、<仮面>こと竜騎士ハイドの支配下にあった。それ故に現在はハイドを下したラグリマの傘下にあったのだが、そのことをノンノが良しとするかは不分明で、獅子は即答を避けた。
『殺戮者ト対スルニ、戦力ハ少シデモ多イ方ガ良イ。<ファンシー>モ似タヨウナ趣旨デ<星神>ノ地ヲ周遊シテイタヨウダ』
「あいつは道化よ?ただ状況を引っかき回したいだけ。そう、こどもなのよね」
十七歳の美少女市長を自称しているノンノが、自分のことは棚に上げて吐き捨てた。ノンノは「鬣撫でてもいい?」と聞いて、応諾の意を得ることなしに<ピアース>の立派な鬣を指で梳いた。
<ピアース>はノンノの為すがままに任せていたが、この見た目はあどけない少女が、幻獣でも上位を争う戦闘力の持ち主であることを忘れていなかった。彼女が機嫌を損ねた場合、まず間違いなく己はここで始末されるであろうと分析できるのだが、<ピアース>は人間や亜人とは思考回路が異なり、恐怖に感情を塗りつぶされるようなことはなかった。
「・・・・・・警戒してる?でもね、私は戦わないよ?今日もただ見物に来ただけ。エーデルワイスさんが、戦況が気になって仕方ないみたいだから。永世中立国の市長たる私は、誰にも仕掛けない。生命力を有する者と欠片の対立なんて、世界にとって何ら益がない不毛な喧嘩なんだからさ。殺戮者どもも、いい加減理解するべきだよね」
『コノ地ニ干渉シテイル殺戮者ハ、ブレインネットワーク上デ<アラヤシキ>ガ確認サレテイル。朧月夜ト、シャマス・セイントガ接触済ミダ』
「十番目の殺戮者ね。レジスタンスから情報提供があった。ジーザスシティで不完全な<始祖擬体>を巡ってドンパチをやらかしたって。結局、<ファンシー>の連れてきた特定危険敵性体が派手に暴れて、十番は退場したみたいね」
『ナレバコソダ。コノ地ヘト新タナ殺戮者ヲ呼ビ込ム前ニ、<始祖擬体>ヲ破壊スル必要ガアル。本来デアレバ、グラジオラス騎士団領ガ総力ヲ挙ゲテ成シ遂ゲルベキデアルガ・・・・・・』
<ピアース>が言い淀んだところを見計らい、ノンノが鋭い突っ込みを入れた。
「手が回らないんでしょ?ネットワークに上がっている情報だけで、ここ東域以外にも、旧レキエルや<星神>の大地、それにプリ・レグニア海でも殺戮者や生命力を有する者たちに不穏な動きが見られる。英雄軍はもう無いんだから、彼もいい加減無理をしなければ良いのに。・・・・・・今は旧レキエルにいるんだっけ?忙し過ぎるんじゃないの?」
『西域ニ一桁番台ノ痕跡ヲ探リ当テタ。上位ノ殺戮者ヲ打倒スルマタトナイ好機。現地ノ状況ガ整エバ、直グニモ一大攻勢ヘト移行スル計画ガアル』
「それってどうせ、現地人たちの総意なんか得られてないんでしょ?無理矢理戦争を引き起こして、あちこちで恨みを買うだけなんじゃないかな?いくら元英雄だからってさ」
『是非モ無シ。ラグリマ・ラウラハ、ソノヨウナ感傷ヲ持チ合ワセテイナイ』
<ピアース>の冷静な物言いに、ノンノは呆れて溜め息を漏らした。
(そりゃね。あんたたちがそんなだから、彼だって愚痴の一つもこぼせないんでしょうが。統率者ってのは元来孤独なもの。聖人君子なんてこの世にいるはずがないのに、どうしてもそれと近いイメージを勝手に持たれてしまう。真面目一辺倒で、正義が不変だと信じて疑わないような堅物ばかりが側近に集まったなら、どんな為政者だって一々感傷に浸ってはいられない。・・・・・・そういう窮屈な環境にある君主って、意外と脆いと思うのよね)
ノンノはそう思ったが、愚直な白獅子に説教をしたところで甲斐はないと分かっており、ただ心中でラグリマ・ラウラへと同情を寄せるに止めた。
「もう答えは分かってると思うけど。私はグラジオラス騎士団領には手を貸さないよ?うちの国に手出しして来ない限りは、対<アラヤシキ>だろうと戦力も出さない。これは私の意地だからね。守護者たる意地。・・・・・・きっと、貴婦人は私のやり方を分かってくださる」
『殺戮者ガ、鳳凰市ダケヲ避ケテ通ルトデモ?』
<ピアース>の底意地が悪い質問は、当然ノンノの想定にもあった。ノンノはここではじめて、<ピアース>を見下ろす瞳に獰猛な獣の色を浮かべて見せた。それと同時に、声の性質もがらりと変わった。
『<ピアース>。私を舐めないでね?殺戮者がうちの国を狙ってきらなら、全力で抵抗させて貰うよ。・・・・・・あと、これは忠告。殺戮者でなくとも、私の膝元に争いを持ち込むバカがいたら、問答無用で殺してやるんだから。分かった?』
『承知シタ。主ニモ伝エテオコウ』
『・・・・・・始めたみたいね。あの子たちが』
ノンノは崖下の変化をキャッチし、それを<ピアース>へと共有した。だが白獅子もユアノンとデスペナルティの抗争に横槍を入れるつもりなどなく、己が任務のひとつが終わったとして、崖下の変事に注意を向けることなくその場から走り去った。
ノンノは<ピアース>の後ろ姿をチラリと目で追い、それきり思考から排除した。そして、ユアノンの戦列を襲撃したと思しき魔族の姉弟の動向に注目した。
スヴェンソンが遠距離から撃ったエネルギー弾は立て続けに亜獣を爆散させた。これは左腕から大きな星力の供給を受けたが為の威力によるもので、両隣に控えたスミソニアやクナイはただ圧倒させられた。
「スヴェン・・・・・・その星術。一発一死の神技じゃないか!これなら、遠距離から全ての魔獣を制圧できるんじゃないか?」
「クナイさん、もう遅いです。来ましたよ!下がりながら迎撃しましょう!」
スヴェンソンは言って、丈が高い茂みの向こうより亜獣が殺到してくる事実を告げた。魔獣との直接対決は覚悟の上で、スミソニアとクナイは、後退しながらも星術を繰り出すスヴェンソンを護るようにして布陣した。
「スミア!お前はまだ万全じゃない。スヴェンの隣に付いていろ。俺が前に出る」
「クナイさん・・・・・・でも、これは私と弟の戦いでもありますから。<鋼体術>を駆使すれば、多少の無理はききます」
「・・・・・・俺のプロポーズを五十回断っただけのことはある。お前は相当頑固だからな。なら、なるべくそっちに回さぬよう俺が気張ればいい」
「そんな数になりましたっけ・・・・・・?」
クナイの斬撃がうなり、早くも寄せてきた亜獣を一匹撃ち倒した。続けて四足獣タイプの亜獣が突進してくるが、これもクナイがすれ違い様に斬って捨て、実力の違いを知らしめた。
偵察した範囲では、魔獣の数はゆうに百を超えていた。そのため三人は、一度に全ての亜獣を相手することを避け、伸びきった戦列の最後方に的を絞って奇襲を仕掛けていた。当初の予定では二十匹程度を打ち減らしたかったものだが、スヴェンソンが感知しているだけでも三十匹以上の敵が反撃に出てきていた。
(不味い・・・・・・。想定より多くの亜獣を引きつけてしまった。姉上とクナイさんの負担が大きくなる前に、何か策を講じないと)
スヴェンソンは星術攻撃の射程を近付いてくる中距離の亜獣へと変更し、一時的に前衛二人のプレッシャーを和らげさせた。そうしておいて、結界剣を鞘から抜いて一つの実験を試みた。
クナイとスミソニアは同時に二匹以上の亜獣を相手にせざるを得なくなり、そうしている内に幽霊種と小鬼の連続攻撃が、スミソニアの防御をかい潜った。打撃に耐えるスミソニアが喀血し、瞳から力こそ失われてはいなかったが、<鋼体術>の維持に支障を来していることは外から見ても容易に知れた。
「スミアッ!」
クナイは自分が対峙していた恵体の蛙猿種を強引に斬り伏せるや、スミソニアを攻めている小鬼の排除に掛かった。しかし、そこに鳥型の石魔が邪魔に入るので、かかる乱戦は瞬時の解決を難しくした。
スヴェンソンらの苦戦を眺めていたノンノは、歯痒い思いを持て余していた。
(数の暴力。亜獣だって、多勢で掛かれば達人を下すこともある。この数十年、世界が魔獣の侵攻に打ち勝てた例なんて少ない。亜獣だからといって、甘く見るとこうなるという典型ね。あの子が擬体の一部を借り受けたところで、星術の操作技術が飛躍的に向上するわけじゃないんだもの・・・・・・)
ノンノはスヴェンソンの戦いを具に観察して、星術士としての素質の高さには一目を置いていた。それでも、例えば朧月夜のように人知れず秘技を仕込んでみせるような抜け目の無さは期待できず、このままいち星術士として戦闘を継続すれば、怒濤の如き亜獣の進撃に押し潰されてしまうであろうと悲観した。
クナイが奮戦し、一時的に亜獣たちを引き剥がすことに成功したが、後続はまた直ぐのところに迫っていた。クナイはスミソニアを背に庇って全てを引き受ける覚悟でいたが、そこにスヴェンソンが合図を発した。
「二人とも、僕の側へ!急いで!」
クナイとスミソニアが大人しく従ったのを見計らい、スヴェンソンは結界剣をシールドモードで展開し、その上で大きく変形させた。結界剣は釣鐘型を為して三人を覆い、<始祖擬体>の一部たるスヴェンソンの左腕を通じて強力な星力を張り巡らせた。
亜獣たちはわらわらと集まり、各々が好き勝手に釣り鐘型の結界剣を殴打した。しかし、十分に星力が供給された結界剣は堅固で、亜獣の攻撃力では表層を打ち破ることは叶わなかった。
やがて亜獣たちはスヴェンソンらへの興味を失ったようで、パラパラとその場を後にして軍列へと戻って行った。その光景を眺めていたノンノは戦慄した。まさかこのような形で亜獣の猛攻を凌ぐとは予想だに出来ず、スヴェンソンの機転に惜しみない拍手を送った。
(まあ、少し頭の巡りが良い敵がいたなら、地中から攻めたんだろうけど。亜獣相手なら上出来だよ。・・・・・・うん。一時とは言え頼られた間柄だから、ちょっとは情が移ったかな。いけないいけない。私は中立公正な、決して暴力を攻撃手段として用いない、鳳凰市の美少女市長なんだから)
スヴェンソンらの魔獣討伐作戦は中途半端な戦果に終わった。この後、デスペナルティの国境線付近ではより大規模な戦闘が引き起こされた。大魔兵団と亜獣とが正面からぶつかり、その上でジーザスシティから出撃した竜騎士団も参戦した。
命を恐れぬ亜獣の侵攻は恐ろしく、そしてプレアデスが率いる星術士部隊や、遅れて戦場へと駆けつけた傭兵部隊の援護もあって、緒戦はユアノン軍が優位を保った。大魔兵団は戦線を後退させ、逆にプレアデスの軍はデスペナルティ領内に橋頭堡を築いた。
やがてそういった戦況が各地へと伝わり、デスペナルティの世論はユアノン憎しという根本に従って沸騰した。それを受けて士気を上げたわけでもなかろうが、デスペナルティ領の方々で魔獣が暴れて魔族に血を流させた。どこまでがプレアデスの指示によるものかは誰も明らかに出来なかったが、これまで隆盛を誇ったデスペナルティの威信をいたく傷つけたことは間違いなかった。
独裁然としていたものの、魔族のリーダーシップをしっかりとっていたジキル・ド・クラウンが失脚したことで、ジーザスシティにおいて対ユアノンの作戦指揮をまとめる人材は見当たらなかった。その隙に付け入るようにして、プレアデスは魔獣の群を真っ直ぐにジーザスシティへと向けた。
東域に住まう幾つもの種族を力と恐怖でねじ伏せてきた魔族の本拠地が本格的な戦災に見舞われるのは、もはや避けて通れぬ情勢であった。




