5 閉じた世界の悲哀と開かれた禁断の扉-3
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処刑の執行日を過ぎていたが、スミソニアは生かされていた。獄中には何ら情報が持ち込まれず、食事の回数から既に二十日近くが無為に過ぎたと知れた。
シンディと面会してから一月ばかり誰とも語っておらず、スミソニアは<光神>へと祈りを捧げる際に無理矢理発声することで、どうにか声帯の状態を維持していた。その日も、何事もなく暗闇の中で一日を終えるのであろうとスミソニアが達観していたところに、外界より急な来訪者があった。
「スミアよ、生きておるか?ワシだ。シャマス・セイントだ」
ガシャガシャと鉄格子の扉が開けられる騒がしい音が響き、暗がりに星術の明かりが点された。光に慣れぬスミソニアは目をしばたかせ、声の主であるシャマス・セイントの姿をそっと探した。
シャマスは神官服を着込んでいるのみならず、腰には似合わぬ儀仗の剣すら帯びていた。スミソニアには一目でそれが<光神>神殿の正装であると分かった。
「ああ、シャマス様・・・・・・。ご無事なようで何よりです。どうしてここに?」
「何を呆けておる。やっと、助けに来られた。すぐにここを脱出するぞ」
「・・・・・・それは出来ません。私が逃亡すれば、プレアデス様にご迷惑が掛かります。私の命など、プレアデス様の大恩に勝るものではありませんから」
スミソニアのその回答はシャマスを苛立たせるものであったが、既に検討がなされたものであって、ドワーフの神官戦士は次のように答えた。
「そのプレアデスが、禁術を用いて魔獣を召喚した。奴は魔獣の群を率いてデスペナルティへと反撃を仕掛けるつもりだ。いまは市中も混乱しているが、ここにいてはプレアデス派、反プレアデス派の双方から狙われる恐れがある。どちらにせよ、プレアデスが魔獣に魅入られたとあらば無駄死にだ。スヴェンもそれを望むまい」
「プレアデス様が・・・・・・!?それは一体・・・・・・」
「いいから話は後だ。お前さんを連れて帰らねば、ワシがスヴェンの小僧に殺されてしまう」
「シャマス様、スヴェンも無事なのですね?ああ、良かった・・・・・・スヴェン」
シャマスはスミソニアを強引に背負うと、そのまま地下室から駆け上がった。ブランケット市は混迷の渦中にあり、それは神殿とて例外でなかった。シャマスは自身は神殿の一員として振る舞い、その裏で里より呼び寄せていたドワーフ族の集団を引き込んで強硬手段に出ていた。地下牢までの道筋を力ずくで確保するや、こうしてスミソニアを奪還して見せた。神殿に詰める神官戦士の大半が郊外に集って再度の戦争準備へと勤しんでおり、タイミングとしてはここを逃すわけにはいかなかった。
ブランケットは大国の首都であるので、それでも残る警備の兵士が執拗にシャマスとスミソニアを追跡した。逃げる道中、シャマスは飛来した矢に太股を貫かれ、そればかりかスミソニアを庇って左手にも一矢を受けた。しかしながら、生来タフなドワーフ族の面目躍如とばかりに意に介さず走り続けた。
プレアデスの凶行は、誰もが気付かぬ間に進められた。遡ること五日前、突如星術学院ブランケット支部より声明が出された。その内容は、「実験により、魔獣の創造と制御に成功した」というもので、プレアデスは一方的にデスペナルティ攻略を開始すると国中に向けて通達した。
折しも、先の戦争の後にデスペナルティで政変が勃発し、ジーザスシティでは当面の期間対外侵略を凍結するとの発布がなされていた。そうした情勢下ということもあり、ユアノン全土においてプレアデスの電撃戦には理解が追い付かず、武門に携わる面々はただ慌てふためいて闇雲に再軍備を急いでいた。
「・・・・・・それで、上手いことお前さんを救出しに動けたというわけだ」
ブランケット市にある工房街区の一角に、スミソニアは逃げ込んでいた。そこはクナイが予め用意していた自身の逃亡先拠点であり、魔族とばれて追われこそすれども、剣匠として尊敬を集める彼のことを今もって見捨てぬ支持者たちによってしかと匿われていた。
スミソニアは簡易ベッドに寝かされるなり、朧月夜によって弱った体の介助が為された。頑健な肉体を持つシャマスは星術で自己治癒を済ませており、負傷箇所が日常生活に支障を来さぬレベルまで再建されていた。
スミソニアは現在の状況を盛んに知りたがり、朧月夜がそれを宥め賺して彼女の健康を取り戻させるべく休ませた。それというのも、スヴェンソンの一味が隠密行動により調べた限りでは、プレアデスがジキル・ド・クラウンと同種の実験に手を出した形跡が認められた。ファラ・アウローラが解説するところでは、擬体の精製にあたりガイドとなる人柱が必要で、少なくともプレアデスが何者かを実験に巻き込んだことは疑いようもなかった。
スヴェンソンはそれらを知った上で、プレアデスの周辺情報を慎重に集めて回った。そして、プレアデスがガイドに抜擢したと思しき人物を特定していた。
当のスヴェンソンは、ファラやクナイと共に郊外の工房に篭もっており、火星剣の研磨が終わるまではそちらに滞在する手筈となっていた。
丸二日を休息へと費やした後に、スミソニアは朧月夜にせがんでそういった事情を全て聞き出していた。
「・・・・・・<始祖擬体>こと人工魔獣の意思を都合良くコントロールするために、ガイドが必要だと。その設定行程に失敗したから、南域では多くの市民が犠牲となった・・・・・・そういうわけですね?」
簡易ベッドで上半身を起こしたスミソニアが溜め息と共に漏らした言葉を受け、傍らに座した朧月夜がこくりと頷いて見せた。
「ガイド役には元来、男性より女性の方が相性が良いのだとかー。<始祖>と呼ばれる神獣の元締めが女性形だったから、それに擬する魔獣も現出の際に性質が女性寄りになる・・・・・・そういった理屈を聞かされました。・・・・・・あ、これはさる筋の受け売りなので、私では詳細を説明できません」
「そう・・・・・・。本当に、プレアデス様が、そのような実験を・・・・・・。この目で確かめるまでは半信半疑ではあります。オボロ様、スヴェンは何と?」
「彼は私たちと一緒に、学院で実験の痕跡を目撃してますからー。それと、リストアップされたガイド役をよく知っていると。流石に顔色が悪くなってましたね」
「・・・・・・ちなみに、ガイドと見られる方は誰だと?」
「シンディという、ブランケット市の歌姫が星術儀式に徴用された証拠が複数集まりました。スミアも旧知ですかー?」
「ああ!ああ!?シンディ・・・・・・!シンディ!」
シンディの名を叫び、スミソニアは布団の上に顔を押しつけた。嗚咽が漏れ出し、スミソニアの肩が激しく上下したことから、朧月夜はシンディとの関係値を慮って黙った。
その部屋には二人しかおらず、窓外には申し訳程度の庭園と高い壁が覗くのみであったので、スミソニアの慟哭が静かに空気を震わせた。
ファラがスヴェンソンへと語った中に、「生まれ出たばかりの擬体は、言ってみれば無垢な猛獣。それを制御するのに必要なものは、誰を味方として敬い、誰を敵として憎むかという認識面での刷り込みだ。それと、星力の親和性が若干といったところか。賢者プレアデスが聞こえている実力者であるなら、神獣から情報提供を受ければガイドの人選に苦労もない。シンディという女がスヴェンと懇ろであったのは単に確率の問題で、選別と因果関係にあるとは思えない」といった解釈があった。朧月夜もそれを半ば支持するところではあるが、だとしてもわざわざ身内が懇意にしていた対象を選んだという点に、賢者プレアデスの某かの心理が影響していると思えてならなかった。
ひとしきり泣いた後、スミソニアは元の声色で質問を続けた。それは人生の足下が崩れ掛けた彼女にとって、これから先をどう生きるかという問いへの答えを探す作業と言って差し支えなかった。
「・・・・・・南域の擬体はどうなったのでしょう?」
「不完全な状態で現出して当初こそ暴走はしたものの、ガイドが命を懸けて小康状態に持ち込んだんだとか。現在はこれといって実害がないようですー。複数の大国の共同管理下に置かれているとは聞いていますが」
「そのような危険を伴う存在を、なぜ処分しないのでしょうか?」
「理由は三つあると聞いています。一つは、再度の暴走の危険。破棄しようにも、実績がないから確実な手段を有しないのです。生半可なダメージを与えて暴走される方が、正直なところ危ないかと。そしてもう一つは、神獣を誘き出す餌としての位置付けですね。星力を巡って擬体と競合関係にあると思しき神獣がアクセスしてきていて、これのマーカー足り得るという考え方です。最後に、有効活用が出来ないかという淡い願望」
「有効活用、ですか」
「はい。なにせ擬体は検知可能な範囲にある星力を高効率の手法で集めたり、変化させたり。そこから新たに魔獣を生み出すことが出来たりもすると言われてますからー。この力を手に入れることの意味は、魔獣に対抗し得る戦力が整うという点のみならず、世界を武力統一するみたいな大それた野望の実現すら幻でなくなるというものです」
朧月夜は物騒なことを言うが、スミソニアが見ていた限りでは、その表情に感情を窺わせる色は浮かばなかった。話を聞いたところで、スミソニアが危惧するところはプレアデスの野心などではなく、そこは一貫して彼の生命の無事であった。
「プレアデス様は、ご無事なのでしょうか?南域の件といいジーザスシティの件といい、<始祖擬体>の具現化がすんなり成功した例はないわけですが・・・・・・。魔獣を召喚して使役するなどという戦術、プレアデス様がお考えになったとは思えないのです」
「その辺りは分かりませんねえ。私やスヴェンはジーザスシティでジキル・ド・クラウンとも対峙しましたが、彼の国の実験はレジスタンスが妨害したことによって失敗し、総統自身はその身に手痛いしっぺ返しを受けていたようです。プレアデス氏が五体満足なものかは、直接見てみないと分からないでしょう。・・・・・・どちらにせよ、スヴェンはやる気でしたから。一旦は彼の戻りを待つとしましょう」
「オボロ様!やる気、とは?まさか・・・・・・!」
スミソニアの顔から一気に血の気が失せたので、朧月夜は言葉遣いの不備を改めた。
「スミア、違いますよー?プレアデス氏をどうこうする、というのではないです。氏の攻撃対象がデスペナルティであるにせよ、大量の魔獣というのはいただけません。これを叩くという主旨の話です」
スミソニアは朧月夜のフォローで安堵こそしたものの、プレアデスがしでかした行為の意味を考えるだに、目の前の星術士や別室にいると思われるドワーフ族の神官戦士がどういった対処に動くものか、不安を覚えた。
(グラジオラス騎士団領からの使者であるオボロ様とシャマス様。今現在までの情報と態度から、御二人が<始祖擬体の存在を快く思っていないことは間違いない。・・・・・・いつ、プレアデス様を打倒しようとなさるか分からない。スヴェンには正道を行って貰わねばならないのだから、汚れた仕事は私が負うべき。万が一、プレアデス様がシンディを犠牲にしたとして、それでも私だけは彼の命を護ってみせる。私とスヴェンがあの時命を拾えたのは、他ならぬプレアデス様の御陰なのだから)
朧月夜は、「ではお昼ご飯を用意してきますねー」という明るい声を残してスミソニアの部屋を後にした。隠れ家である民家は出入り口が正面の一カ所のみで、扉の傍らで休みつつ見張り番をしていたシャマスが、近付いてくる朧月夜を認めて目で労った。
朧月夜は屈み込んでシャマスに耳打ちした。
「スミアは何れ敵に回るかもしれませんねー。プレアデス氏の清濁を併せ呑んで、それでいて忠誠が揺らぐ芽は微塵もありませんから」
「・・・・・・小僧の件もある。分かっていたことだ」
朧月夜は頷いて、シャマスの隣にちょこんと座り込んだ。怒りや哀しみの情に乏しいと陰口を叩かれることの多い朧月夜であったが、ドワーフの相棒から見れば、彼女の纏う空気でそういった感情の機微は手に取るように分かった。
「同情しても、仕方がなかろう?<始祖擬体>は破壊する。擬体からの星力の供給が途絶え、万が一小僧が息絶えるとして。それすら結果論に過ぎん」
「ジーザスシティでは、千載一遇のチャンスだったんですがねー。失敗しちゃいました。目が覚めたら全部終わっていたなんて、私はラグに申し開きできません」
「申し開く必要なぞない。それにあの男が、そんなことを望むとも思えん」
「・・・・・・南大陸のリズはどうするんですかね?やっぱり、問答無用に樹霊剣で吹き飛ばしちゃったり」
「あの娘はもう少し慎重だと思うが。確実に破壊出来る目がない限りは、道だけを残して様子見を続けることだろう」
「シャマスさん。私たちは、やりますよ?わざわざ東域にまで出向いて、手ぶらでは帰れませんから」
「・・・・・・従おう」
シャマスの答えを予想していた朧月夜は、それを聞いて「お願いします」とだけ呟いて、密かに闘志を燃やした。彼女の主たるラグリマ・ラウラが<始祖貴婦人>を活用すると決めたとき、それに係る障害の排除が朧月夜の使命と決まった。ある意味、自分とスミソニアは同じような境遇にあるのかも知れないと朧月夜は想った。
プレアデスの為に全てを投げ出す覚悟を決めているスミソニアと、ただラグリマの野心を達成する為に無償の奉仕を続ける朧月夜。そんな対比の中心にあるものは忠誠心か憧憬か、考えるだに気恥ずかしくなり、朧月夜は気を紛らすべく素っ頓狂な空咳をしてシャマスを驚かせた。
***
数日して、スヴェンソンやファラ、クナイといった別働隊が合流し、隠れ家は俄に騒がしくなった。魔族の姉弟は、久方ぶりの再会を抱擁して喜んだ。クナイが「ほう・・・・・・」とこぼして羨望の視線をスヴェンソンへと投げかけていたことに、シャマスが「浅ましいやつめ」と嫌味をぶつけた。
スヴェンソンとファラは事前に話し合っていたようで、プレアデスがデスペナルティ侵攻に用いた魔獣を速やかに駆除するべきであると、二人して一同に提起した。ファラの素性を元アルカディア皇国の騎士であると聞かされた面々は、それで腑に落ちたわけでもなかったが、ひとまずは彼女の存在を受け入れた。
プレアデスの第一信奉者であるところのスミソニアは、議論を邪魔することがないようなるべく発言を控えていた。スミソニアの出方を慎重に見定めていた朧月夜が、具体の方針について一歩踏み込んでみせた。
「仮に、です。我々が魔獣狩りを敢行した暁に、プレアデス氏の陣営にあると予想される<始祖擬体>がこちらを敵と見なして攻撃してきたら。その時はどうしますかー?」
「排除だな。他に選択肢はない」
ファラが即答するのとは裏腹に、スヴェンソンは眉をぴくりと震わせて、このナーバスな問いに答えることの難しさを露わにした。
「お待ちください。僕は、プレアデス様と戦いたくはありません。ただ魔獣を除いて、それで終わりに出来れば上々です」
「スヴェンよ。私は南大陸で擬体と接した。アレがプロセルピナ市民を殲滅した事件を知った上で言わせてもらうと、放置してい良い代物とは思えない。第一、アレが膨大な量の星力を操れるというなら、魔獣がどれだけ湧き出して来るか、想像できない理屈だ」
「ファラさんが言う通りかもしれませんねー。とはいえ、スヴェンの気持ちも分かります。別にこちらから的にするとまで決めなくても、向こうが敵意をもって襲いかかってきたなら、確実に対処する。それで如何でしょうか?」
朧月夜は、ファラとスヴェンソンの対立を軸に議論を都合良くコントロールしようとした。当然スミソニアが不安そうな表情を見せるが、この場合ファラさえ擬体破壊論に傾倒してくれれば、場の半数の意見が確保できる計算であった。
「スミア。お前はどう思う?」
朧月夜の表明した内容に触れず、クナイがスミソニアに意見を促した。スミソニアは自分に注目が集まる状況に居心地の悪さを覚えたものだが、すぐに気を強く持って発言した。
「私は、大恩あるプレアデス様に刃向かうことはできません。魔獣を討伐するところまでは賛成します。ですが、<始祖擬体>がプレアデス様の意思で創り出されたものであるなら、それと敵対しようとは思いません」
「なら、プレアデスの真意が判明するまでは擬体と戦わない。そういうことだな?」
クナイの要約にスミソニアは頷きをもって肯定の意を返した。スヴェンソンも「僕も同意見です」と賛意を示した。
「俺もだ。これで三票。つまりは、安易に<始祖擬体>とは戦わないってことだな。そちらさんがどう考えているかは知らんが。なあ、シャマスよ?」
クナイは旧知のドワーフにそう挑発を投げかけたものだが、シャマスは皆が囲む小さなテーブルから離れた位置に重々しく腰掛けたきり、一言も発することはなかった。却ってファラが暗紅色の瞳を爛々と燃やし、クナイの言葉に反抗心を剥き出しにして応じた。
「私は行き掛かり上、お前たちと行動を共にしているに過ぎない。権力者一個人の意図など考慮に値しない。擬体が戦闘に介入してきたなら、容赦なく斬り捨てるまでだ。多数決に与することなどないと、我が火の剣に下ろされる前によく理解しておくのだな」
「・・・・・・俺の火星剣の所有者が、こうまで攻撃的な女性だとはな。言っておくが、剣匠は自らが打った剣の弱点など当然把握しているものだ。お前がスミアの意に反した行動をとるなら、俺が責任をもって相手してやろう」
「面白い。剣匠が剣士の相手になれると思うなら、やってみるがいい」
ファラとクナイが剣呑な視線を交わし、狭い室内の空気が一気に張り詰めた。それを調停して然るべき朧月夜が、なまじクナイやスミソニアらと意見を異にするものだから、場の収まりがつく見込みはなかった。
「ファラさん。プレアデス様にも、何かしら事情や目的があるのかもしれません。少なくとも、それがはっきりするまでは中立でいて貰えませんか?プレアデス様とは、僕や姉上が話しますから」
「国を追い出された弟と投獄された姉が言うことを、ユアノンの権力者はすんなり聞くと?おまけに信じ難いことではあるが、プレアデスは星力による生命体の創造に成功した可能性が高い。そうであれば尚更、力の行使を躊躇う理由などないと思うがな。逆らう相手に魔獣を差し向けるという強硬手段で、今後一切の政敵を排除できる」
「南域でも、誰かが目的をもって擬体を生み出したんですよね?東域だけが、ユアノンだけが悪意を持って行動に出たなどと、どうして言えますか?」
「・・・・・・西域でも確認されている。そして南大陸にせよ西域にせよ、<始祖擬体>に関わった者は例外なく不幸に見舞われているのだ」
ファラがスヴェンソンの目を真っ向から見つめて言った。スヴェンソンは、目の前の女騎士が世界各地を渡り歩いて魔獣と戦っており、自分たちが知る以上に魔獣の本質や世界の謎に精通しているのだと思い知らされた。それでも、姉と同様にスヴェンソンが転向することはなかった。
クナイは、スミソニアが何事か言い出したいようであればそれをフォローするつもりで、自らの口出しを控えていた。そのスミソニアは朧月夜が黙りを決め込んでいる様子をじっと眺め、良からぬ事態が招かれぬことを切に願っていた。
「この際だ。パーティーを解散すれば良い」
その意見は、部屋の隅に鎮座しているシャマスよりもたらされた。
「・・・・・・アルカディアの女騎士が言った通りだ。行き掛かり上一緒になっただけなのだから、異論を押しつけあってまでパーティーを維持する必然などあるまい?」
「シャマスよ。奇抜な発想だが、それはスミアに敵対するという意思の表れと受け取って良いのだな?俺はスミアの為ならば、旧交をもぶち壊すことを厭わんぞ」
「現出した<始祖擬体>は残らず排除する。これがグラジオラス騎士団領の方針でな。クナイよ、悪く思うな」
言って、シャマスはのそりと立ち上がると、部屋の隅にまとめられていた自分と朧月夜の荷物を一斉に担ぎ上げた。その動作を目撃していたスヴェンソンは、これでグラジオラス騎士団領の面々との共同戦線が解消されるのだと、妙に静かな心境で受け止めた。
朧月夜もいそいそと支度に取りかかり、長衣の上に防寒用の外套を羽織ると、彼女らしい朗らかな笑顔でスヴェンソンらに挨拶した。
「お世話になりましたー。お互い、一匹でも多くの魔獣を討ち果たせるよう頑張りましょう。スヴェン、スミア。それにクナイさん。どうか、ご壮健でいて下さい。魔獣の敵でいる限り、グラジオラス騎士団領はあなた方の味方ですから」
スミソニアは朧月夜の別れの言葉を聞き漏らさないよう、一字一句を心に刻んだ。そこに、今後の己が身の振り方に関するヒントがあるのではないかという脅迫観念にすら襲われていた。
朧月夜が退出すると、シャマスが無言でそれに続いた。ファラはその二人と行動を共にするつもりはないようで、ややして一人で出て行った。
部屋に残された形の姉弟とクナイは三人での再出発を誓い、地図を広げてプレアデス一味の行程を検証する作業に没頭した。




