5 閉じた世界の悲哀と開かれた禁断の扉-2
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ファラ・アウローラ・ハウの舞うような闘法は、スヴェンソンの目に鮮やかで秀麗なものと映った。<アラヤシキ>の強力な攻撃をギリギリのところで避け、一見して迫力を感じさせぬ流れるような動きで返しの剣を撃ち込んでいた。
ファラを伴った幻獣<ファンシー>や、ダウン状態から復帰したザシュフォードも戦列に加わったことで、<アラヤシキ>の態度から余裕が消え失せた。振るう細剣の衝撃波や黒翼の猛攻は主城の最上階を殆ど吹き飛ばした。半壊状態の部屋からは直に夜空が覗き、そこに浮かぶ満月が大きく存在を主張していた。
だが、スヴェンソンには<月女神>に想いを馳せる暇などなく、結界剣で懸命に己と朧月夜の身を守っていた。ファラと<ファンシー>が早々に幽霊種タイプの霊獣を仕留めていたので、スヴェンソンは共振に裂いていた力を温存することができた。
(オボロさんは・・・・・・止血は済んだから、たぶん大丈夫。後はこのフロアが完全に崩れる前に奴をどうにかして、<始祖擬体>とやらを破壊しないと)
スヴェンソンは防御に集中しながらも、無惨な姿を晒した主城の最上階を注意深く観察していた。星力結晶の本体が近くにあると左腕が訴えかけてくるもので、果たしてこの崩れかけた一帯にそのような物騒な代物が転がっているのかという疑念を抑え、スヴェンソンは星力の流れを読みとろうと努めた。
<アラヤシキ>の攻撃は衰えを知らず、またもやザシュフォードを壁まで吹き飛ばし、<ファンシー>すらも黒翼の刺突によって串刺しとした。ファラだけは負けじと火炎を散らして斬り掛かり、<アラヤシキ>に力で押されても、それを綺麗に受け流すことで反撃の糧としていた。ファラのその戦い方は、南域の達人が見たならば、大剣豪アズライール・クインシーの技をふんだんに取り入れていると見抜いたに違いなかった。
暴れる黒翼の一端がスヴェンソンらを襲撃してきたが、結界剣は平常運転でそれを弾いた。弾かれた黒翼が鞭のようにしなり、勢い余ってあらぬ方向に叩きつけられた。とばっちりを受けたのはジキル・ド・クラウンで、至近距離の床を抉った黒翼の尖形部分に接触し、もんどりうって倒れた。
スヴェンソンの目が倒れたジキルの姿を捉えるや、血相が変わった。ジキルの左腕が切り離され、床に転がっていたのである。
(奴は左腕を斬られた?・・・・・・いや、あれは義手だ。現に少しも出血していない。左腕が義手・・・・・・左腕が・・・・・・)
不意にジキルと目が合い、彼の暗く澱んだ瞳の色を見て、スヴェンソンは言い知れぬ胸騒ぎを覚えた。嫌な予感とでも言うのか、自分たちが取り返しの付かない世界で戦っているのではないかという不安に駆られた。
「・・・・・・お前。その左腕が反応するのだな?裏切り者よ、念のために問うぞ。魔族の再生を志す私が、そんなに憎いか?ユアノンやレジスタンスは、我等が風上に立つことはおろか対等の付き合いすら認めていない。・・・・・・そう、互いに相手に隷属しか求めていないのだ。魔族と人間はな」
ジキルの問い掛けは、神獣との激闘の最中に行われるにしては悠長な議題と言えたが、スヴェンソンは慎重に言葉を選んで回答した。
「僕は誰とも争いたくない。僕の父母は、貴様との政治闘争に敗れて処刑された。行く宛の無くなった僕と姉上を救って下さったのが、ユアノンのプレアデス様だ。わかるか?僕と姉は人間の慈悲で生かされたんだ。これだけをとっても、僕が貴様を憎く思う理由が分かるだろう?」
「分からんな。では聞くが、お前はユアノンで堂々と魔族を名乗ることが許されたのか?」
「許される筈がない。貴様らデスペナルティが、絶えず人間を襲い続けるのだから」
「そう。そのような環境下で。魔族と人間がいがみ、憎しみ合っている世相の下で、お前の父母のような脳味噌がお花畑なコミュニスト共が、散々に喚き立てたものだ。自分たちから手を出すから、反撃されていつまでも戦いが終わらないのだと。憎しみの連鎖を止めるために、まずは自分たちが武力の使用を戒めるべきだと。隗より始めよとな」
「・・・・・・その考えが間違っているとは思えないが」
スヴェンソンからその答えを引き出し、ジキルは底意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「だから隗より始めさせたのだよ。そうまで言うのだから、コミュニスト共にはデスペナルティに華々しい将来をもたらすための贄となって貰った。取り敢えず、対人間の闘争を煽動した戦争犯罪人と偽装して、コミュニストの全員を逮捕した。そしてユアノンには、我等が自ら戦争犯罪人を裁いて見せるから、それを手土産として和平交渉がしたいと持ちかけてみた」
「なんという・・・・・・」
「ユアノンの答えはな、実に明快であった。魔族そのものが東域からなくなるまで、戦いは止めないとのことだ。フフフ。笑ってしまうが、その言い草は、エルフ族や妖精族が我々や獣人国に寄越した最後通牒と似通ったものでな。あれに怒りを抑えきれず、獣人族は修羅の道を歩む羽目に陥った。だが、私は逆に酷く冷静になれたのだ。コミュニスト共が体を張って、人間との和解が不可能な事象であると証明してくれたのだから。異種族間の融和など夢物語。むしろ魔獣の立場と同じように、これはこの世界における生存競争なのだと。魔族の地位を向上させ、魔族が苦しまぬ世を実現するためには、世界に残りし異種族を絶滅させる他にないのだと。そう確信したのだよ」
ジキルは自らが非道な手段を用いて持論の補完を行ったものと自覚していた。そうであるが故に、彼は保身よりも自己の理想の実現を重視していたし、魔族を愛する志に嘘偽りは一つもなかった。
だからこそたちが悪いのだと、スヴェンソンはジキルに対して余計な怒りを覚えた。ジキルも人間の国家も互いに理性を失っており、当たり前の譲歩では交渉のテーブルに付くことすら難しいと思われた。そうであるのに、一方的に戦争犯罪者を処刑すると持ちかけたジキルはやはり短絡であるし、それに喧嘩腰の対応を示した人間国家も大人気ないものだとスヴェンソンは落胆した。
スヴェンソンが言い返そうとした矢先に、<アラヤシキ>の細剣によって斬り飛ばされたザシュフォードが、ジキルとの中間地点付近に落下してきた。甲冑はひび割れや破砕でろくな防御力も見込めないように思われ、それでもザシュフォードは血だらけのなりで必死に立ち上がろうとしていた。
ザシュフォードは視界にジキルを認め、元来が不器用な騎士故に堂々と胸の内を明かした。
「・・・・・・閣下。あの魔獣を除いた後、じっくりお話をさせていただきます。私は、閣下が掲げられる、魔族に迫害をもたらさぬ世界の再生を信じておりますので。閣下にそれを為すための深謀がおありと判断し、今はただ魔獣の排除だけに専念します」
それだけ言って、ザシュフォードは剣を構えて乱戦へと舞い戻った。スヴェンソンらと諸共にザシュフォードを葬ろうとしたジキルであったが、その裏切り行為があってなお、未だに自分を信じると伝えてきた竜騎士のあまりの愚直さに面食らっていた。
スヴェンソンは今のやりとりを見て、少なくともジキルが相当数の魔族の心を掴んでいるのだという現実を再認識した。世界の一員たることに疎外を感じている魔族は多く、それは人口面で最多となる人間族との軋轢から生じた感情であろうことは疑いないのだが、ジキルはそれの解決を力技で図ろうとして失敗しているのだとスヴェンソンは感じていた。
(まずは・・・・・・神獣を倒す。確かに、それが一番シンプルなのかもしれない。魔獣こそが世界の敵。それだけは、魔族だろうと人間だろうと不変なのだから)
スヴェンソンはジキルのことをいったん脇に置いて、結界剣を手に<アラヤシキ>へと向き直った。ちょうど<ファンシー>の拳が<アラヤシキ>の顔面を捉えたところで、ファラたちは少しずつではあるが神獣にも攻撃を通していた。
ザシュフォードが雄叫びと共に突進した。<アラヤシキ>は黒翼で眼前の<ファンシー>を弾き飛ばすと、細剣の一振りでファラを牽制しつつ、次の一振りでザシュフォードを迎撃に掛かった。そこへ、スヴェンソンが飛び入りで介入した。
スヴェンソンはそれが出来るという確証もなく、盾モードを解除した結界剣を<アラヤシキ>へと投げつけた。そうして、遠隔操作で左腕から星力を供給し、ザシュフォードの目の前で盾を広げさせた。
「・・・・・・よし!貰った!」
<アラヤシキ>からの反撃を中空で展開した結界剣が遮断したことで、ザシュフォードは距離を詰めての強烈な斬撃を見舞った。その剣は<アラヤシキ>の上半身を斜めに断ち、さらにそこへとファラの追撃までもが叩き込まれた。
さしもの<アラヤシキ>もダメージの蓄積によって上体がぐらついた。<アラヤシキ>はスヴェンソンをひと睨みした後、エネルギー波のように波打ち膨張した黒翼を用い、全周へと鞭打を敢行した。まともに打撃を浴びた手負いの<ファンシー>は肉体を四散させ、どうにか横っ飛びでかわしたザシュフォードもまた背を打たれて悶絶した。ファラは器用に攻撃を回避しながら、それでいて炎の剣閃でスヴェンソンや朧月夜狙いの黒翼を打ち返して回った。
やがて<アラヤシキ>が敵の殲滅を諦めたか、言葉を残すことなくその場から消えた。しばらくの間、ファラやスヴェンソンが警戒を続けていたものの、神獣が戻ってくる気配は一向に訪れなかった。
ファラは、取り敢えずまともに会話が出来そうな相手としてスヴェンソンを指名した。
「・・・・・・連れの幻獣が粉々にされたから、事態が呑み込めないのだけれど。ジーザスシティということは、ここは東域なのね?で、<始祖擬体>はどこに?」
「僕の左腕と・・・・・・これは憶測に過ぎませんが、そこの。デスペナルティ総統ジキル・ド・クラウンの肉体こそが、星術結晶なのではないかと」
ジキルは<アラヤシキ>の大暴れの余波で床に座り込んでおり、スヴェンソンに指さされたことで体をビクッと震わせた。頼りの神獣が撃退され、残されたのが出所不明な女闘士とスヴェンソンなのだから、ジキルの恐怖は秒毎に増大を見た。
スヴェンソンに言われ、ファラは目を細めてジキルの周囲に留まる星力の流れを読んだ。
「なるほど。星術士でないからか操作はできていないようだが。確かに、不自然な量の星力が漏れ出ている。そこの男は、元から存在していたのだな?」
「はい・・・・・・デスペナルティの、総統ですから」
スヴェンソンは素性の知れぬファラへと素直に答えた。ファラは少しの間考える素振りをし、自分の知り得る情報から一つの答えを導き出した。
「さしずめ現出させた星力の生命体とガイドとが同一座標に置かれ、混合したといったところか。ならば話は早い。この男を斬れば、色々と問題は解決するであろう」
言って、ファラは大気で刃を研ぐかの如く火星剣を一振りして見せた。それを見ていたジキルが「ヒイッ」と情けない悲鳴を上げ、義手が外れた上体のバランスを崩して背中から倒れた。
スヴェンソンは痙攣しているザシュフォードに治癒の星術を施してやり、そうして近くに転がっていた結界剣を拾い上げた。その瞳からは不分明な光が発せられていて、スヴェンソンの動きを目で追っていたファラの眉が顰められた。
「貴方。何か不満がありそうね?」
「僕は・・・・・・僕の両親は、あの男に殺されたんです。同じ魔族であっても、政治闘争の果てに両親は殺された。あの男はそれで、魔族に迫害をもたらさぬ世界の再生を唱えている」
「それなら文句はないわね?」
スヴェンソンはゆっくりと歩を進め、ファラとジキルを結ぶ直線上でその中間あたりに陣取った。その手には結界剣が握られていて、ファラはスヴェンソンの意図するところを見抜いた。
「僕の感情が、ジキルを殺せと囁いてくる。・・・・・・でも、暗殺で何かが解決するとは思えない。ここで僕たちが魔族の権力者を殺すことは、きっと世界の為にならない。そう僕の理性的な部分が訴えかけてくるのです」
「それで私の剣を邪魔立てする、と?そこの擬体もどきを破棄しておかねば、この先どのような災厄に見舞われるか知れたものではないというのに?南域では、擬体の暴走で万単位の死者を出した。・・・・・・ジーザスシティには些か私も縁がある。ここでリア・ファールの二の舞を演じれば、犠牲となる魔族の数は同じく万単位だと予想されるのだが?」
「僕の左腕が、擬体とやらの欠片だそうです。僕がこれを死守している限りは、擬体は本来の力を発揮出来ないのではありませんか?」
ファラはスヴェンソンの言を見定めるべく、彼の左腕をじっと観察した。ジキルは自分を庇う形でファラと対するスヴェンソンを、まるで薄気味悪いものでも見るかのような目つきで凝視していた。
「・・・・・・嘘は言っていないようね。なら聞くけれど。貴方が、そこでへばっている男に腕を渡さないという根拠と、私が手を引くことのメリットが何かあって?」
「ええと・・・・・・僕はデスペナルティの追跡から逃れるあたり、東域を離れようと考えています」
「どこへ?」
「そうですね・・・・・・陸路伝いに北域や北西域を経由して、西域まで逃げたらどうでしょうか?戦争に参加している思われる姉上の無事さえ確認できたなら、何時でも行動に移れます。何故なら、魔族でありながら人間の国家に味方をしていた僕にはもう帰る場所なんてありませんから・・・・・・」
最後の言葉はファラの耳に痛く、珍しくも彼女の態度を軟化させた。
「・・・・・・この火星剣も、長きに渡る酷使で刃こぼれが過ぎる。ことによっては、休ませるという選択肢も有りか」
「火星剣・・・・・・?あの、その剣を打った剣匠のことなら、僕も知っていますが?」
「剣匠クナイ氏を、知っているだと?」
「はい。姉上の無事を確かめる道中であれば、クナイ氏に鍛冶を依頼する手助けくらいは出来るかもしれません。・・・・・・何を隠そうこの結界剣も、彼の作品なんです」
「決まりだな。私にも十分メリットがある。そうとなれば、すぐにもこの都市を出るぞ」
ファラは倒れている朧月夜を無造作に肩に抱え、スヴェンソンへ「他に回収の必要がある人間はいるのか?」と尋ねた。スヴェンソンは首を横に振り、一度だけジキルに目線をくれてからファラの背に続いた。
そのスヴェンソンへと、よろめきながら立ち上がったザシュフォードが声を掛けた。
「・・・・・・待て」
「邪魔をしました。これ以上ここでやることもないので、退散させていただきます。もしまだ戦い足りないというなら・・・・・・」
「違う。神獣の件を謝罪する。まさか我が国が、魔獣までをも呼び込んでいたとは知らなんだ。・・・・・・あれの排除に協力してもらった分は、返させて貰う。竜であれば、ここからユアノンまで一日二日の行程だ」
「なにを?」
「私が戦場へと一っ飛びして、デスペナルティ軍を撤兵させよう。グリンウェル副団長の名を出せば、少なくとも竜騎士団は引き上げる筈だ」
言って、ザシュフォードはだらしなく床に座るジキルへと憤怒の形相を向けた。盾となる<アラヤシキ>もクアール・クレイドルも無きジキルは、竜騎士たるザシュフォードの暴力を恐れるがあまり、がたがたと震えながら後退りした。
「ユアノンを滅ぼすという信念は何ら揺るがない。だがそこに、魔獣の思惑が絡んでいたなどという卑賎な話は断じて受け入れられん。いったん仕切り直しだ。貴様の姉とやらが戦地で未だ健在なら、命を繋ぐ可能性も高まろう」
「・・・・・・助かります」
「ザシュフォードだ。地下水路で名乗ったな。・・・・・・須弥山では語る間もなかった」
「スヴェンソンです。出来ればもう会いたくはありませんが。・・・・・・では」
スヴェンソンはザシュフォードと三度巡り会い、結果的にその全てが血煙の立つ戦場であった。三度目の別れが果たして最後となるものかは両者共に分からなかったが、因縁が容易くは切れないであろうと互いに妙な実感を持っていた。
この後、ザシュフォードが負傷を押して戦場へと駆けつけたことにより、ユアノン方面の戦闘は激化が進むことなく中途半端な終結を見た。何よりも竜騎士団が撤収を主張したことが大きく作用し、大魔兵団は上空からの援護を抜きにしてユアノン軍との決戦に及ぶことを避けた。
戦争においてめざましい働きを見せたクアールは、ザシュフォードよりもたらされた神獣の暗躍と撤退の顛末を聞きつけるなり、「これで俺様も自由だ」と言ってデスペナルティ陣から姿を消した。




