4 荒ぶる魔族-2
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ユアノン西部で衝突したデスペナルティ軍とユアノン軍の戦いは、序盤から激しいものとなっていた。デスペナルティの大魔兵団とユアノンの騎士団、闘士部隊、傭兵部隊とが正面からぶつかっていた。竜騎士団は動いておらず、それと同様にユアノン側も星術士部隊と神官戦士団が温存されていた。
デスペナルティが一千五百という兵力を動員しているのに対し、ユアノンは総勢九百の編成で迎撃に出ており、これが双方の用いられる全戦力と言えた。河川が一つ横断している以外は丈の低い草だけが生えた平原地帯で、罠や伏兵の類は効力の発揮が難しい単純な戦場であった。
それ故、数で劣るユアノン軍は迎撃作戦に苦慮の跡が見られ、多くの敵と当たらぬよう機動力を重視した部隊運用が徹底されていた。騎士団は馬の機動性を活かして良く動き、それを追う大魔兵団との接触領域を出来得る限り少なく抑えて、どうにか互角の戦いを繰り広げていた。
「騎士団は上手くやっておる。グリンウェルやザシュフォードといった手練れに率いられた竜騎士団さえ出てこなければ、このまま引き分けに持ち込むことも難しくはなかろうな・・・・・・」
未だ動かぬ後陣を率いしプレアデスが、傍らに控えたスミソニアへと呟いて聞かせた。
「プレアデス様。竜騎士団が出張ってきたなら、我々後陣の出番となりましょうか?」
「そうなるな。・・・・・・スミアよ。儂ら星術士は、物理戦闘へ持ち込まれた瞬間に無力と化す。分かっているとは思うが」
「はい。私たち神官戦士団が、己が命に代えてプレアデス様や星術士たちをお守りします」
神官服の上に軽甲冑を着込んだスミソニアが凛々しく応じ、それに合わせて銀の額冠が陽光を反射し猛々しく煌めいた。スミソニアの手には長槍が握られており、竜騎士と対するに備えは万全であった。
「命に代える必要なぞない。スミア、お前のことは俺が護ってやる」
横から口を挟んだのは、しれっとスミソニアの隣に立ったクナイであった。肩までの青い髪は髪留めで結ってあり、腰には一本の超長剣が差されていた。
「クナイさん・・・・・・星術学院か神殿の所属でないと、ここに居てはいけないのに」
「俺はユアノン軍がどうなろうと知ったことじゃない。婚約者たるお前の身を護るためだけにここへ来た。軍の配置など、興味はないな」
「・・・・・・もう。勝手なことを言わないで下さい。でも、お気持ちだけは有り難くいただいておきます」
「そうしろ。お前の美貌にはそれだけの資格がある。竜騎士にも大魔兵団にも、指一本触れさせはせん」
クナイが青灰色の瞳で真っ直ぐに見つめながら言い切るので、気恥ずかしさを覚えたスミソニアは視線を外した。そんな様子を微笑ましく眺めていたプレアデスが、同年輩の変わり者へと馬上から声を掛けた。
「クナイ殿。剣匠たる貴殿が卓越した剣客でもあることは耳にしている。スミアを護るという理由からであっても良い。デスペナルティ軍に対して剣を振るっていただけるとあらば、これほど頼もしいことはない。ユアノンを代表して、儂からも礼を言わせて貰う」
「不要だ」
不快な様を隠さずに一言で返すと、クナイはプレアデスからの一切の干渉を断った。
明るい内に開戦初日の攻防は終結した。両軍共に戦場から離れて野営の陣を敷き、兵馬を休めた。結局デスペナルティの竜騎士団は動かず、双方が出した死傷者数は数十騎という範囲に収まっていた。現時点で両軍の士気は衰えを見せておらず、翌日以降の激闘は容易に予測し得た。
ところが二日目、三日目と続けて激突は低調に終わり、それはデスペナルティ軍が竜騎士団を出さないことだけでなく、戦場に何かが不足していた。それを一番に感じていたのはプレアデスで、これだけの大戦力が動員されているにも関わらず、敵であるデスペナルティ軍に核たる人材が見当たらない点を不審に思っていた。
四日目にその事実が判明した。この日も日が昇ってから大魔兵団が寄せてきて、ユアノンの騎士団や傭兵部隊がそれをいなす形で戦況は膠着状態に陥っていた。しかし、戦場の南方から一騎が進入してくると、戦の様相はがらりと変化を見た。その一騎こそがまさにデスペナルティ軍の剣そのものであった。
現れた一騎の姿は、プレアデスらユアノンの後陣からも遠視の星術によって視認されたが、ただの一騎がふらりと戦場を横切る様子は異質であると言えた。そして当然にも、大部隊同士がぶつかる最中にその一騎は巻き込まれた。プレアデスらは奇人変人の類が戦場に迷い込んだものと決めつけ、その者が戦死するであろう点に、特に関心を払わなかった。
ユアノンの騎士が数人、一気に首をはねられた。そうして続け様に、闘士や傭兵たちが悲鳴を上げてうずくまった。
はじめは誰も、何が起きたものか分からなかった。だが、デスペナルティ軍だけがその場からすっと引き上げたことで、プレアデスは何事か策が仕掛けられたものと即座に察知した。しかし、デスペナルティ軍の試みは半ばまで成功していた。
「死ね。今死ね。すぐ死ね。即座に死ね。死んで、もっと俺様を楽しませてみせろ」
戦場にふらりと彷徨い出たクアール・クレイドルが、力任せに凶剣を振るっていた。どの騎士よりも速く、どの闘士よりも巧みな剣の一振りごとに、ユアノン兵の首なり腹なりは斬り裂かれ、無情にも生命力が散らされていった。
強敵の出現に気付いた幾人かの闘士が、クアールを囲むようにして一斉に斬り付けた。クアールは怯まず正面の闘士を袈裟斬りで仕留めた。すると、あろうことか、同時に強襲した残る四人もそれぞれが斬られて果てた。
一連の離れ技を見ていた古参の騎士が、クアールの恐るべき素性に思い至った。
「待て!奴と戦っては駄目だ!奴は・・・・・・<大災>だ!あの、クアール・クレイドルに違いない!」
東域に<大災>の悪名を知らぬ戦士などなく、古参の騎士が発した警告を聞いた者は皆、腰が引けてクアールから距離をとった。既に二十以上の犠牲者が出ており、ユアノン軍の前陣は、この顔面が傷だらけの戦闘狂によってずたずたに引き裂かれていた。
「俺様って有名人なんだな。もう正体がバレたか。でもいいのか?陣形を乱したら、お前等雑魚どもなんて一網打尽だぜ?」
クアールが言う通りに、ユアノン軍の混乱を見届けた大魔兵団が攻め手を再開させた。そして、それを好機と見たか竜騎士団もついに腰を上げた。
プレアデスは、どうにも不利な形で自分たちが参戦することになったと認めざるを得なかった。大魔兵団の総攻撃は数を頼りにした粗雑なスタイルではあったが、真っ正面から受け止めてしまったユアノン軍は数の暴力を前にして早速押され始めた。さらに上空を竜騎士が次々に飛来するものだから、絶望的な戦況の推移が予測された。
「蜻蛉狩りの時間だ!ユアノンが誇る星術士たちよ!五月蝿く飛び回る蜻蛉どもを星術の真髄で叩き落としてやれいッ!」
プレアデスの号令で星術士部隊が一斉に射撃を開始し、戦場に突入してきた竜騎士団を迎撃した。神官戦士団は星術士を守るべく周囲に布陣し、隙を見ては自分たちも星術で中距離戦へと加わった。
全面衝突が始まって以降も、やはり活躍が目立つのはクアールで、騎士や闘士が紙でも切られるかの如く、当たる端から順次討ち果たされた。次いで竜騎士の働きが目覚ましく、上空からブレス攻撃を仕掛ける者があれば、急降下に伴う威力ある槍撃で星術士や神官戦士を襲う者もあり、多彩な攻撃パターンや竜の強靱さを前にして、ユアノン軍の被害は嵩む一方であった。
クアールの登場から形勢は瞬く間にデスペナルティ軍の優勢へと転じ、このまま一方的に戦争が終わりを見ようかという勢いであった。
「プレアデス様、下がってください!大魔兵団の一隊がこちらに向かって来ます!」
スミソニアは上空から強襲してきた竜騎士を長槍で払い除け、視界に侵入してきた敵兵を指してプレアデスへと注進した。スミソニアの横では、クナイが超長剣を振るって竜の尾を斬り飛ばしていた。
「今、ここに攻め込まれるのはまずい。星術の支援が途絶えれば、直ぐにも全軍が崩壊しよう。スミアよ、かの一隊を退けるのだ!」
「はっ!・・・・・・そこの三人、私に付いてきてください」
プレアデスの命を受けたスミソニアは、階級が下に当たる若い神官戦士の三人を指名し、向かってくる大魔兵団の小隊と距離を詰めた。大魔兵団の戦士は何れも全身甲冑を着付け、大盾と剣を手に突撃してきた。
スミソニアは敏捷性を頼りに先頭の兵士へ接近すると、準備の済ませてあった<鋼体術>を発動し、まずは自ら剣の一撃を食らって見せた。か細い女の体を両断出来ず、それどころか剣の一撃が弾かれたことで、兵士は明らかに動揺した。そこをスミソニアの槍が一閃し、喉を裂かれた兵士は青い鮮血を散らせて背中から倒れた。
一人がやられたことでスミソニアに攻撃が集中するも、またも<鋼体術>によって身体防御を極限まで高められた女体は、一切の物理攻撃を通さなかった。大魔兵団の兵士たちが手応えの歪さを訝っている間に、神官戦士たちが鋭意反撃に出た。
神官戦士たちの攻撃から逃げおおせた一人がその場からの退却を企図するが、駆けつけたクナイの高速剣に背を撃たれた。兵士は絶叫を上げ、青い血を噴出させたまま仰向けに沈んだ。
「スミア!危険な戦い方は止めろ。お前の防御力を上回る攻撃を食らえば、それが致命傷になりかねないぞ。そういう使い手は得てして、戦場にごろごろしているものだ」
「・・・・・・クナイさん。私はプレアデス様を守る為であれば、何でもいたします。それだけのことです」
スミソニアは言って、次なる標的を探し求めた。今となってはプレアデスの後軍すらも最前線と変わらぬ混戦下にあり、中でも竜騎士の猛攻には手を焼いていた。星術士の盾となる神官戦士の戦死も無視できる水準を超えつつあり、ユアノン軍の劣勢はどの地点においても覆し難いと見えた。
クナイが気配を察知したのとほぼ同時に、「うわああああッ!?<大災>が、来たぞ!」という絶望的な悲鳴が陣中より上がった。クアールは徒歩で、そして無防備を装って構えも無しに歩みを進めてくるのだが、迎撃にと近寄ったユアノン兵は何れも目にも止まらぬ剣撃で斬殺された。
クアールは目立つ白馬に騎乗したプレアデスを視界に収め、自らが敵陣の中枢へ辿り着いたものと知った。そのまま剣を下段に構え、取り立てて周囲を警戒するでもなしに悠然と歩いた。途中、一人の星術士が星術で狙ったものだが、クアールは剣の一振りで星力の火球を斬り裂いて見せた。
クアールは星術士を浴びせ斬りで返り討ちとし、それを眺めていたプレアデスへと挑発的な視線を投げかけた。
「賢者プレアデスだな?ジキル・ド・クラウンとの約束で、お前さんを斬り殺すぜ。俺様に狙われたが最期だ。諦めて、とっとと死ね」
「・・・・・・狂人よ。そう簡単に行くと思うな?大国ユアノンの戦闘力を、嘗めないことだ」
プレアデスが売り言葉に買い言葉で応じると、槍を構えたスミソニアがプレアデスの前に立ちはだかった。さきほど大魔兵団に対して連係攻撃を披露した三人の神官戦士もそれに続いた。
クアールは、プレアデスを守る戦力の先頭が女であると見てとるや嘲笑した。
「女か?お前、賢者ともあろう男が、女を盾にして粋がるってのか?傑作だ!お笑い草だぜ!賢者プレアデス!芸人としちゃあ気が利いてやがる」
「その目は節穴か?ユアノンの騎士や闘士に人が無しとでも勘違いしたか?」
プレアデスが声も高らかに宣すると、乱戦の中から三人の偉丈夫が駆け寄ってきた。救援に気付いたスミソニアは、その者らがそれぞれユアノンで最強の騎士、最強の闘士、最強の傭兵であると確認出来たことで胸を撫で下ろした。
「デスペナルティ最強最悪の戦士であるお主が相手だ。こちらも、相応の勇者が迎えるべきであろうが。のう、クアール・クレイドルよ?」
ユアノン最強の三者がクアールへとにじり寄ったそのタイミングで、大魔兵団の後方が騒がしくなった。数で勝る大魔兵団の後陣には、無傷の交替要員が多数控えていたわけで、そこが騒動を引き起こすことの意味を理解出来る者は少なかった。プレアデスだけは、事前の工作が上手くいったものと解釈し、皆を鼓舞する意味で声を張り上げた。
「皆の者よ!レジスタンスが駆けつけ、デスペナルティ軍の後方を突いたぞ!今時分、挟撃が成功したのだ!我が軍の巻き返しは今まさにここからである!全軍、気張って敵を蹴散らせいッ!勝利は目前である!」
プレアデスの豪快な演説が号砲となり、ユアノン軍後陣の士気は絶頂に達した。実際のところ、レジスタンスの現存戦力は、先に<アラヤシキ>に主力を吹き飛ばされたことで百を割り込んでおり、戦局をひっくり返すほどのインパクトは求められようもなかった。それでも挟み撃ちの形が出来上がったことは朗報で、加えてプラズマの如き勇士が参戦したことはユアノン軍にとり有益この上ない事実であった。
「クナイさん!これで、勝てますよね?」
スミソニアは相次ぐ好材料を前に興奮している様子で、傍らの剣匠へと同意を求めた。しかし、クナイはじっとクアールの出方を窺っているようで、アプローチを続けている対象であるところのスミソニアの声掛けにも、厳しい表情を崩さなかった。
クアールはプレアデスの威勢を無視し、自らを狙って間合いを詰めてきた三人の戦士と向き合った。そうして、先手を打って斬り掛かった。クアールの鋭い斬撃を、騎士が真っ向から剣で受け止めた。続く二合目を撃ち合ったところで騎士は体勢を崩され、脇の下から斬り上げられて倒れた。空かさず闘士がクアールへと剣撃を見舞うが、体重の乗った見事な一撃はクアールの剣に止められ、やはり三合をぶつかる間に物理的に押され始めた。助けに入った傭兵は、一合も交わすことなく膝を斬られて足が止まり、そこにクアールの横薙ぎの一閃を受けて絶命した。
「・・・・・・見えぬ刃を扱うか!?」
闘士は、傭兵が足を斬られた技を固有星術による見えない斬撃と見抜くも、撃ち合う己が剣が力負けして敗北する未来を思い描いた。クアールの強力な連続剣と、それに加わった不可視の刃が闘士を斬り刻むまでにさほど時間は掛からなかった。
クアールは剣を振って、刃に付着した三人分の血を飛散させた。ユアノンで最強の使い手が三人同時に倒されたことで、プレアデスや彼の側近たちはただ言葉を失った。スミソニアも惨劇の余韻で心が押し潰されそうではあったが、意を決して一歩を踏み出した。
「女。俺様の<硝子の剣>を見て、まだ挑む気概を失わないのか?その面といい、千切りにするには惜しいな」
スミソニアは、眼前の強者が戦士として完全に格上であることを認識していた。そうであっても、自分には<鋼体術>以外に通用しそうな技もなかったので、敢えてクアールの一撃を受けて耐え、一か八か反撃に賭けるべしと決断していた。
そんなスミソニアの特攻を黙認せず、超長剣を中段に構えたクナイが横から前にでた。クアールは自殺志願者が一人増えただけであろうと、特段関心を払わなかった。
「クナイさん!?」
「スミア、逃げろ。こいつには誰も勝てん。・・・・・・マキシムが言っていた。クアール・クレイドルは、<燎原姫>と二人掛かりでどうにか押さえられた、とな」
クナイは言って、自らの超長剣の間合いにクアールを入れるべく摺り足で近付いた。しかし、クアールの目線はしっかりとクナイの剣先を追っていた。
「貴様、懐かしい名を口にしたな。クナイと言ったか。お前は<不死>や<燎原姫>を知っているのか?」
「さあな。俺は、この女を助けることにしか興味がない」
「なら死ね」
クアールが驚異的な速度でクナイに迫った。間合いに腐心していたクナイは虚を突かれ、初撃を防御するのが精一杯であった。
(・・・・・・重い!星力の量だけでなく、この剣速がそうさせているのかッ!?)
クナイは力勝負を避けてクアールの剣を受け流そうとするが、プレッシャーがあまりに強く、一合を撃ち合うごとに剣を握る手に痺れが蓄積していった。そこに固有星術である透明の刃こと<硝子の剣>が襲い掛かった。
「なにィ?」
クアールがそう奇声を発したのも無理はなく、<硝子の剣>がクナイの腹を裂こうとしたそこに、<鋼体術>を発動させたスミソニアが割り込み防いで見せた。とはいえ<硝子の剣>は流石に威力が高く、例え強化されたスミソニアの肉体であっても、交差させた二の腕に浅くない傷を負わせた。
「スミアッ!」
咄嗟にクナイが超長剣を横に払い、クアールは後方へ跳躍することでそれを避けた。クナイは腕から青い血を滴らせるスミソニアの容態を心配するも、依然戦闘状況にあるクアールから目を離すことが出来なかった。
「ユアノンの女。お前も魔族だったか。・・・・・・どうやら賢者様は逃げを決め込んだようだな。クックックッ」
クアールが濃い藍色の瞳で追う先には、白馬を走らせて遠ざかるプレアデスの背があった。プレアデスは確かに一級の標的ではあったが、クアールの興味は、<硝子の剣>を生身で受け止めた魔族らしき女と、因縁の敵を知るこちらも魔族らしき一流の剣士とに移っていた。
クアールが再び剣を振るおうと決めたそこに、スミソニアを庇う第二の男が参戦を果たした。全身を重甲冑で包んだドワーフの戦士で、ごつい戦斧と円形盾を構えた勇姿は、スミソニアやクナイをたいそう勇気付けた。
ドワーフ族の戦士たちから支援を受けて戦列に分け入った、シャマス・セイントの登場であった。
「・・・・・・待たせた。嬢ちゃんを無事に帰すよう、スヴェンの坊主に託された。そこな剣士は、ワシとクナイとで面倒を見よう」




