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魔獣と滅びゆく世界の戦記  作者: 椋鳥
本章第二部 狂姫乱舞し、終わりの鐘を鳴らす
73/107

3 東を統べる者たち-2

***



 須弥山シュミセンの中腹には傾斜の緩い一帯が存在し、風雨を凌ぐことに適した木々や天然の湧き水が確認された。そればかりか、切り立った崖地に自然の横穴までもが確認され、シャマス・セイントが「ここいらなら、しばらくは根城に出来そうだ」といった感想を口にした。一行を案内したノンノ・ファンタズムがそれに対し、屈託のない笑顔を見せた。


 皆が揃って岩場で立ち止まり、ノンノがそこに腰掛けると朧月夜おぼろづきよも倣った。シャマスとスヴェンソンはそれを取り囲むようにして立ち、鳳凰市フェニックス市長メイヤーと対峙した。


 ノンノは、自分の正体が幻獣であるとあっさり告白した。そして自らの統率によって、須弥山シュミセン近隣の魔獣ベスティアが人里を襲わぬよう管理しているのだと語った。


 専守防衛。種族によらぬ永世中立。鳳凰市フェニックス市長メイヤーに就任して以来、ノンノが推し進めてきた方針であるが、彼女はそれをこの山と一国を実験台として体言しているのだと説明した。


「だから、ここに戦闘行為を持ち込んだデスペナルティ軍は迎え撃ったわ。そして、逃げた竜騎士ドラゴンナイトを追う気はさらさらない。それが私のスタンス。・・・・・・ねえ、スヴェン君?」


「はい、市長メイヤー


「君は面白い星術アーティファクトを使うのね。その力で魔獣ベスティアとの戦闘を回避してきたのは賢明だったよ。君たちが力に物を言わせて暴れていたなら、私が相手をしただろうから」


 ノンノはしれっと言うが、その目は笑っておらず、向き合うスヴェンソンの肝を冷やした。一方でノンノの隣に座る朧月夜は少しも動じていないようで、珍しいものでも見るかのように瞳を輝かせ、幻獣の少女へと質問を投げかけた。


「凄いですー!魔獣ベスティアが国主を務めた事例なんて、歴史上初めてなんじゃないですか?鳳凰市フェニックスの幹部の皆さんは、貴女の正体をご存知で?」


「筆頭執政官の、エーデルワイスさんは知っているよ。でも、彼一人かな。このご時勢で魔獣ベスティアに市民権を、なんて主張するのは流石に過激だから。彼だけは私の政治姿勢に共感してくれたのであって、種族関係無しに支援してくれてる。エゼルエル一族ったら、ありがたいよね」


「なるほどー。ちなみに、私たちがここでデスペナルティの追跡者たちを嵌め殺している現実を、どうお考えですか?」


 朧月夜が一気に踏み込んだ問いを発したので、スヴェンソンはどきっとさせられた。ノンノはうーんと小さく唸って一呼吸を置いてから、砕けた口調もそのままに答えた。


「この山を統べる立場から言わせてもらえば、いい迷惑だね。でも、スヴェン君の身になって考えると、これしかないってことくらいは分かる。いまの東域イーストエリアに、デスペナルティ軍と正面から剣を交えようなんて気概のある集団は残ってない。レジスタンスはいい線いってたけど、<アラヤシキ>が主力をごっそり潰しちゃったからね」


 神獣の名が出たことで、スヴェンソンやシャマスがぴくりと体を震わせた。一度の遭遇で<アラヤシキ>を神獣と認定した朧月夜は、自身が持つ知識に基づいておいてノンノに大事を語りかけた。


「私やシャマスさんは、うちの総領から聞いたことがあります。かつて東域イーストエリアにおいて魔族が帝政を敷き、威信も絶頂であった時代。時の皇帝は、妖精族と結んで神獣<黄昏宮トワイライトメナス>の侵攻に対抗したと。その大戦時、<黄昏宮トワイライトメナス>は<アラヤシキ>と名乗るヒト型の神獣を従えて東域イーストエリアで猛威を振るったのだとか」


「うん」


「・・・・・・かの獣がスヴェンの左腕、即ち<始祖擬体パラアンセスター>の一部を狙ったということは、禁断の儀式をデスペナルティに持ち込んだ主こそ、<アラヤシキ>なのではないかと疑っています。<アラヤシキ>はジキル・ド・クラウンの権勢を利用して擬体の精製を企んだ。狙いは、ゼロ番の神獣<始祖貴婦人レディアンセスター>の影響力を削ぐこと。他方、そんなことは知らされていないジキル・ド・クラウンは、単に魔族の戦力増強を目的として擬体を欲した。あるいは<アラヤシキ>の計画の一端に気付いていようと、擬体さえ取り込んでしまえば、神獣すらも一網打尽に出来るといった魂胆があったのかもしれません。そして利害の一致は擬体の誕生を導きました。しかし、それを阻んだ者がいます」


「・・・・・・」


「その者はジーザスシティに潜むレジスタンスに影響力を行使出来る立場にあり、それでいて<始祖擬体パラアンセスター>がどういったものか理解していた節があります。スヴェンやコールドマンさんの話を聞くに、ユアノンの実力者やレジスタンスの幹部は、禁断の儀式が単に魔獣ベスティアを生み出しコントロールする為の実験であると曲解していた模様です。となると、始祖アンセスターを知るであろう立場の幻獣であり、東域イーストエリアに乱を招きたがらぬ鳳凰市フェニックス市長メイヤーであり、レジスタンスの資金提供者スポンサーでもある貴女が、ジキル・ド・クラウンと<アラヤシキ>の野望を妨害したと考えれば筋が通ります。・・・・・・そんなところではないかと思うのですが。如何でしょう?」


 理解の追いつかぬスヴェンソンが、妙に真面目な顔をした朧月夜からノンノに視線を移すと、鳳凰市フェニックスの気さくな美少女市長は表情を殺し、暗紅色の瞳より真剣な光を発していた。それだけに止まらず、スヴェンソンは隣に立つシャマスから、闘いを間近に控えたかのような殺伐とした雰囲気を感じ取った。


(・・・・・・皆、怖いくらいだ。もしかして、オボロさんやシャマスさんたちが所属するグラジオラス騎士団領の思想は、ノンノ市長メイヤーの背景や政治姿勢と対立軸にあるのだろうか?でも、今のオボロさんの話を聞くに、どちらもこの腕の元となる実験には反対であるかのように思える・・・・・・)


『・・・・・・その知識。その頭脳。あなたを特定危険適性体に認定したくなってきたよ。・・・・・・ラグリマ・ラウラの使者がレジスタンスに接触したと聞いた時に、この東域イーストエリアでも何事か起こるのかもしれないという予感はあったんだけど。当人が出てきたわけじゃなかったから、軽く見てしまった。失敗したかな?』


 ノンノの声質が明らかに凄みを帯び、そこに魔獣ベスティアとしての本性を感じさせた。それを受けて、シャマスも戦斧の柄にそっと手を掛けた。スヴェンソンはハラハラとさせられながらも態度を決めかね、ノンノと朧月夜の会話の推移を注意深く見守ることに徹した。


 朧月夜は顔付きと気配でこそ警戒を露わにしていたが、特に振る舞いに変化はなく、そのまま言葉を紡いだ。


「先に言っておきますね。私たちは<始祖貴婦人レディアンセスター>と<始祖擬体パラアンセスター>の再調和リバランスに関心がありませし、ラグから具体の命令を受けているわけでもありません。・・・・・・・少なくとも、今現在は。そして私たちがスヴェンに手を貸しているのは、ジキル・ド・クラウンと戦う為でもありません。暗躍する神獣<アラヤシキ>と接触する機会に恵まれると踏んだからです」


『接触して、どうするの?』


「排除します。それがグラジオラス騎士団領結党の誓いですから。世界より全ての魔獣ベスティアを除く。それはアリス・ブルースフィアの遺志であり、ラグリマ・ラウラの意志でもあるのです。そのためにも、まずは圧倒的な力を持つ神獣から伐たねばなりません。この地では、のこのこ出てきた<アラヤシキ>が私たちの標的になります」


『・・・・・・スヴェン君。君は、どうしたいの?ジキル・ド・クラウンを殺したい?<アラヤシキ>を討伐したい?それとも、グラジオラス騎士団領と行動を共にして、何れ全ての魔獣ベスティアを放逐したい?』


 唐突にノンノから話を振られ、スヴェンソンの頭の中は混乱により真っ白になった。そうしてそこから、急速に思考が巡り始めた。


(・・・・・・プレアデス様の御意向に従えば。そして、父母の仇討ちを願うのであれば、ジキル・ド・クラウンを抹殺することは正義だ。例えオボロさんたちが協力してくれなくとも、デスペナルティとは今後も戦い続けることになる。<アラヤシキ>は世界の敵であるところの神獣なのだから、打倒して当然。魔獣ベスティアだって、その存在は百害あって一理無し。そう、市長メイヤーが言うどの選択肢も、僕には受け入れが可能なものだ。ならば、そう答えれば良いのだろうか?だが、そうすると全ての魔獣ベスティアを敵に回すというのなら、ノンノ・ファンタズムも例外ではなくなるのか。みんなそれぞれ譲れない信念があって、それを守らんがために他者と摩擦を引き起こす。僕だってユアノンの立場を支持したなら、きっとオボロさんたちやノンノ市長メイヤーと敵対することになるんだ。・・・・・・安易には選べない。この選択は僕の生き方を決定付けてしまう。僕にそんな資格はないんだ。だって、僕には自分以上に大切なものがあるのだから。そう、僕には姉上がいる。姉上の幸福だけが、僕にとって至上の価値を有する)


 スヴェンソンの腹は決まり、ノンノに向けて言い放った。


「僕はどうするつもりもありません。ただ姉上と・・・・・・スミソニアと寄り添って生きていきます。それを邪魔する如何なる相手とも戦いますし、姉上との暮らしを守るためなら何でもします。それだけです。・・・・・・世界の敵とか、仇討ちとか。そんなことは、最初から眼中にありません」


 ノンノは心中を見透かそうとするかの如く大きな瞳でじっとスヴェンソンを見つめた。その隣の朧月夜は、口角を歪ませてにやりと笑って見せた。


『・・・・・・ま、いいか。元々私は非戦論者なんだし。この場であなたたちと対立することは回避する。素敵な市長メイヤー、絶対平和主義の美少女、ノンノ・ファンタズムだからね』


 そう言うと、ノンノは元の溌剌とした素振りを取り戻し、取り敢えず隣に座る朧月夜の肩にぽんと手を置いた。スヴェンソンは長い息を吐き、隣に立つシャマスが闘気を鎮め、戦斧を収める様子を視認した。


「あとね、<アラヤシキ>のことだけれど。たぶん、ここには来ないよ。ここの連中は皆私の支配下にあるから、いくらあいつのナンバーがじゅう番でも、亜獣の一匹もコントロールすることは出来やしない」


 声色も元に戻り、ノンノが神獣についての情報を三人へと提供した。


「そのこととここに来ないことに、何か因果関係があるのですかー?」


「あいつだって、私やここに住む全ての魔獣ベスティアと戦えば消耗することくらい分かってる筈。前回あなたたちに撃退されたことも覚えているだろうし、二人のことは警戒してるんじゃないかな。<始祖貴婦人レディアンセスター>が覚醒しちゃったから、私たち魔獣ベスティアは容易に自然回復出来ないんだよ。一戦交えて負傷でもしようものなら、星力レリックを取り戻すのに途方もない時間を必要とする。だからいくら<アラヤシキ>だって、こうも続けて敵中に突入して来るとは思えないんだ」


 ノンノの発言に、スヴェンソンはなるほどと相槌を打った。そうであれば、まずはデスペナルティ軍を諦めさせることに集中できると一縷の希望が湧いてきた。スヴェンソンは目の前の自称十七歳の市長メイヤーへと、深々と頭を下げて懇願した。


「・・・・・・ノンノ・ファンタズム市長メイヤー


「なあに、スヴェン君?」


「僕たちがこの須弥山シュミセンにしばらくの間逗留することを、どうか許可していただけませんか?決して、こちらから魔獣ベスティアに攻撃を仕掛けたりはしません。ご迷惑は重々承知していますが、今僕の左腕がジーザスシティに持って行かれるのは、どうにも得策でないと考えます」


「それはそうね。<アラヤシキ>や上位神獣は始祖アンセスターを再び眠りにつかせて、その上で<欠片フラグメント>を世界の至る所にまき散らすつもりだろうから。君の腕、要するに擬体のパーツが戻ることは、世界へ破滅を呼び込むことに近いのだと思う」


「・・・・・・正直、僕はその辺りの事情をいまいち掴み取れていませんが、市長メイヤーとは戦いたくありません。前回も、そして今回も助けていただきましたから。だから・・・・・・」


「了解だよ。この地に留まることだけは許可します。元々そのつもりで案内したんだし。ただし、次に戦闘行為に及んだ時は、君たちの身の安全を保障しないから。竜騎士ドラゴンナイトが仕掛けてきたとしても、だよ。それでも良いかい?」


 スヴェンソンは朧月夜とシャマスの顔色を確認した上で、「ありがとうございます!」とノンノに謝意を示した。実際のところ次も仕掛けられる公算は高かったのだが、このあたりの地形であれば視覚的に身を隠すことは出来そうで、後は竜騎士ドラゴンナイト星力レリックを追跡してスヴェンソンらと遭遇する前に、魔獣ベスティアから追い払われることを祈る他になかった。


 ノンノはスヴェンソンに対して一言、「がんばって」とだけ送り、その場を辞去しようとした。そこに朧月夜が割って入り、一言二言だけノンノに耳打ちした。スヴェンソンはノンノの表情に微妙な影が差したことを見逃さなかったが、朧月夜が会話を公開としなかった以上、自分が知る必要のない世界の話であろうと忘れることにした。


 そんなスヴェンソンのことを、終始一言も発せずにいた隣のシャマスが、憐憫の情を湛えた目で眺めていた。




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