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魔獣と滅びゆく世界の戦記  作者: 椋鳥
本章第二部 狂姫乱舞し、終わりの鐘を鳴らす
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3 東を統べる者たち

3 東を統べる者たち


 予想されたデスペナルティ竜騎士団の襲撃が無く、スヴェンソンの一行はユアノンから南下して東廻りに須弥山シュミセンを目指した。道中、レジスタンスの山岳アジトを北に臨み、馬で一週間程を費やして聳え立つ大山の裾野に到着した。山入りの日を好天で迎え、朧月夜おぼろづきよがはりきった調子で拳を天に突き上げた。


「さあさあ。いざ、魔獣ベスティアのお山に登りましょー」


「・・・・・・あの、オボロさん。本当に良いのですか?貴女やシャマスさんまで僕の事情に巻き込んでしまうのは、忍びないというか・・・・・・」


「だって、敵は神獣なんですよ?グラジオラス騎士団領は魔獣ベスティアを相手に引かないんです。他の同志は西域ウエストエリア南域サウスエリアでも戦っていますし、私たちだけが楽をするわけにはいかないじゃないですかー。ねえ、シャマスさん?」


 戦斧と一緒に大荷物を背負ったシャマス・セイントが不愛想に頷いた。スヴェンソンはこれまでの観察から、シャマスが朧月夜の提言に逆らうことは基本的にないのであろうと理解していた。


「お二人とも、すみません。僕も可能な限り共振シンパシーで危険を除いて見せますから」


 スヴェンソンは言って、荷を背負いなおして登山に備えた。


 共振シンパシーはスミソニアの鋼体術ギンガンティックと同じく、スヴェンソンの固有星術であった。特殊な星術器具を外科手術により体内へと埋め込まれたことで、スヴェンソンは共振シンパシーの発動を体得していた。それはあらゆる生物への干渉を可能にし、加えて相応の共感も強要した。


 緑が豊富な山間の足場は悪く、三者は草木をかき分けて緩い傾斜を少しずつ登り進んだ。そうしていると早くも亜獣と遭遇したが、距離があるため即座には気付かれなかった。


小鬼ゴブリンに豹型の石魔ストーニー幽霊種ファントム。よりどりみどりですねえ・・・・・・。これ以上近付くと、戦闘開始です」


 朧月夜が緊張感のない口調で言った。これで深刻な場面ではおちゃらけた雰囲気を消し去るので、亜獣数匹との会敵など朧月夜にとってさして脅威ではないことを如実に示していた。


 シャマスは戦斧を下ろして柄を掴み、スヴェンソンに視線を送ることで方針を預けた。


共振シンパシーでいきます」


 スヴェンソンは、念の為にと結界剣アンブレラを地面に突き立てた。そして両手を自由にしておいて、固有星術の精度を上げるべく必要な術語の詠唱を始めた。魔族、それも個人個人に特有の星術アーティファクトであるため、専門家であるところの朧月夜にすら共振シンパシーの術構成は判然としなかった。


(固有星術を得るための外科手術は、ふつうの人間ならショック死するほどの痛みや出血を伴うと聞く。そうまでして得られた術が有用なものになるかどうか、何ら保証なんてない。・・・・・・やっぱり、業が深い所業ですよね)


「・・・・・・気付かれたようだぞ」


 シャマスの警告に、朧月夜は隙無く迎撃の態勢をとった。既に攻防の星術アーティファクトは頭の中で想定されていて、向かってくる先頭の石魔ストーニーが射撃範囲へと入った瞬間に吹き飛ばすよう手順が計算されていた。


 しかし、石魔ストーニーが朧月夜の星術アーティファクトに撃たれる結果は訪れず、そして小鬼ゴブリン幽霊種ファントムもまたシャマスの斧の餌食とはならなかった。亜獣は何れも、スヴェンソンらに対する敵意を消失したようで、こともあろうに何事もなかったかのような顔をしてその場に止まった。


「・・・・・・これが、共振シンパシーの威力ですか。とんでもないですねえ」


 朧月夜が驚くのも無理はなく、一般に亜獣の知能程度では人間や亜人との交信は無理だと言われていた。それ故、遭遇即ち戦闘か逃亡という以外の選択など、正しく未知の領域であった。ところが、スヴェンソンらは動かぬ亜獣の横を悠々とすり抜けることに成功していた。


 互いに認識可能な範囲から離れた時点で、スヴェンソンが滴る汗を拭きながら感想を漏らした。


「うまくいきましたね・・・・・・。自信がなかったわけではありませんが、失敗した時のことを考えると、どうしても緊張してしまいます」


「凄い術だと思いますー。あれは霊獣や幻獣にも効果があるんですか?」


「この十年の成果で判断しますと、霊獣に対しては、相互不干渉のみを目的とするのであれば七割方成功します。味方に付けるとか、情報を得るといったより高度な結果を求めた場合、成功率は四割くらいまで下がる感じです。亜獣相手ならそれぞれ九割、六割といったところでしょうか。幻獣とは交戦時に術を発動出来た試しがないので、データ不足といった感じです」


「なるほどー。それだけの実績があるから、スヴェンはこの地に入ることを良しとしたのですね。それなら分かります」


 朧月夜が腕を組んでうんうんと頷いた。子供っぽい仕草ではあったが、美少女がやるものでそれなりに絵になっているなと、シャマスが横道に逸れた感想を抱いた。


「黙っていて申し訳ありません。僕ら魔族は、敵との駆け引きにおいて固有星術が切り札になると分かっているので、滅多に技の委細を明かさないのです。おまけに僕の身分はユアノンでは隠されていましたらから、これまで固有星術のことを開示する機会がありませんで」


「気にしないでくださいー。私やシャマスさんだって、スヴェンに対して隠している事はありますから。今は、スヴェンの星術アーティファクトで比較的安全な落ち着きどころを探すのが先決です。それで、デスペナルティ軍の出方を待つとしましょう」


 三人は日が出ている内に山の中腹まで達しようと、鋭意登山を再開した。流石に魔獣ベスティアの巣窟になっていると言われるだけのことはあり、亜獣の群とは頻繁に接近した。一度、霊獣と思しき個体とすれ違った際は、さしもの三人も共振シンパシーの成否に肝を冷やしたものだが、無事に無傷で切り抜けることが出来た。


 夕暮れ時に、崖状の岩場でシャマスが具合の良い地形を発見し、一行はその場所で野営の準備を始めた。簡易のテントや寝具が広げられ、朧月夜とスヴェンソンは星術アーティファクトを用いて侵入者を感知するタイプの結界を張った。


 交代で見張り役を置くことにはしたが、シャマスが朧月夜の分も担うと言って聞かなかったので、多くの時間をこのドワーフの神官パルチザンが不眠で過ごすことになった。スヴェンソンは、グラジオラス騎士団領の二人が、ただ所属組織を等しくしているという以上に強い信頼関係で結ばれているのだと改めて気付かされた。


 翌日もスヴェンソンの固有星術が威力を発揮し、一行は魔獣ベスティアの直中を素通りして歩を進めた。朧月夜が「こんな便利な術、私も修得したいですー」とごね始めたが、シャマスがぴしゃりと「物理的に不可能だ」と告げて黙らせた。


 日が高い位置に達した頃合いで、足下は遙か下方から、騒がしい音やら気配が伝わってきた。朧月夜は直ちに感応系の星術アーティファクトで探りを入れ、軍隊らしき集団と魔獣ベスティアが交戦状態にあるのだと知り得た。


「地上付近のようですから、まずスヴェンを追ってきたデスペナルティ軍でしょうねえ。地上部隊が来たということは、空からも奇襲があっておかしくはないかと」


「大魔兵団だけなら、道中の魔獣ベスティアが足止めしてくれる筈です。僕らは巻き込まれないよう、戦場から遠ざかるだけで敵が勝手に潰しあってくれる・・・・・・」


 スヴェンソンは目論見通りだと言わんばかりに瞳をぎらつかせて言った。シャマスは樹木の枝葉の間から空を眺め、竜騎士団の攻撃を警戒した。


 一行が踏破した行程だけでも亜獣は数十匹に達していたので、デスペナルティの正規軍と言えども行軍は難儀すると目され、スヴェンソンらは聞こえてくる喧噪と等距離を保つよう慎重に先を行った。


 夜営は何事もなく経過し、朝からまたも共振シンパシーを行使することで登山は順調に進んだ。須弥山シュミセンに入ったデスペナルティ軍が接近している様子はなく、それどころか伝わってくる爆発音や地面の震動は勢いを増しており、魔獣ベスティアとの戦闘が激化している事態が窺えた。


 竜騎士団の動きをキャッチしたのは、朧月夜の星術感知であった。


「来ました!高速で接近してくる敵影が六つ!竜騎士団で間違いないでしょう。シャマスさん、スヴェン。ブレス攻撃と突進に警戒してください!」


 スヴェンソンは背中の鞘から結界剣アンブレラを抜くと、ずしりと重たい大きな剣身を正中に掲げた。シャマスは顎髭を強めにしごくと、右手に戦斧を構え、続いて左手に円形盾を携えた。手練れの竜騎士ドラゴンナイト六騎を相手するというのは楽観視が許される状況ではなく、一手を損じれば即、戦死すらも見えてくる危機であった。


 戦闘は竜騎士ドラゴンナイトの先攻で幕が上がった。複数の飛竜からブレス攻撃が繰り出され、地形が見晴らしの良くない密林エリアであったことから、三人は見えぬ敵からの中距離攻撃に晒されていた。スヴェンソンが左腕から星力レリックを流し込み、結界剣アンブレラを盾モードで展開させた。


「二人とも、僕の後ろに下がってください!」


 朧月夜とシャマスは、スヴェンソンの結界剣アンブレラが、先だってクナイと模擬戦闘を行った時よりも広範囲を守るべく変形した点に着目した。降り注ぐブレス攻撃をスヴェンソン一人で防ぎきる勢いで、それ幸いと、朧月夜とシャマスは時間差で突っ込んできた二騎に迎撃の照準を定めた。


「私が捕らえます!」


 そう言って、朧月夜が粘性の高い水の網を具現化させ、竜騎士ドラゴンナイトの直進してくる先に放り出した。急制動に失敗した一騎がそこに突っ込み、水網に動きを縛られた。ぎりぎりのところで網を回避した一騎が旋回しての降下を試みると、そこにタイミングを合わせたシャマスが戦斧でぶつかった。


「せいッ!」


 斧による豪快な一撃と竜騎士ドラゴンナイトの槍とが交錯し、僅か一合で竜騎士ドラゴンナイトは乗騎から落下した。騎士ナイトの鎧は胸元が大きく破砕しており、口から青い血と泡をごぼごぼと吐いて力尽きた。


 主を失い上空へと逃げる竜を追わず、シャマスは水網に捕らわれた竜騎士ドラゴンナイトへの星術射撃を敢行した。スヴェンソンは依然ブレス攻撃への対処に全霊を注いでいたので、シャマスの攻撃に続いたのは朧月夜であった。


「落ちなさい!」


 朧月夜は短い時間で星術方陣を起ち上げると、エネルギー弾の連射でもって束縛中の竜騎士ドラゴンナイトを狙い撃ちにした。二人からの攻撃に耐えきれず、水網の絡まった竜と騎士ナイトは中空で命を落とした。


 やがて二段攻撃の失敗を悟ったか、中距離からのブレス攻撃がぴたりと止んだ。残る四騎は機動攻撃に舵を切ったようで、朧月夜が感知した限りでは、空中で散開してバラバラの方角から三人を狙う陣形となっていた。


 これには朧月夜も焦りを隠せなかった。自陣が三人である以上、四方から同時に攻撃されると、どうしても一方向への対処が甘くなる点は否めなかった。


(三人で固まって防御に専念する?・・・・・・駄目。それでも四点を一度に防御するのは至難の技。一人一殺を徹底して、運命を天に任せるしかないのかな・・・・・・)


「オボロさん!シャマスさん!僕が二騎を相手しますから、一人対一騎の布陣で応対しましょう!」


「えっ・・・・・・スヴェン!?」


「来ますよ!いいですね!?一人対一騎、僕が対二騎です!」


 朧月夜は覚悟を決め、自分の向く先で近付いてくる一騎へと星術アーティファクトで対抗した。シャマスも同様に斧と盾を構える中、スヴェンソンは恐るべき機転を利かせて離れ技をやってのけた。左手に構えた結界剣アンブレラを正面から来る竜騎士ドラゴンナイトに向けつつ、己が生命力アニマを燃やして右手で別の星術アーティファクトを練り上げた。


 四方から寄せた竜騎士団の一斉攻撃が火を噴いた。だが決着は不鮮明なもので、朧月夜の星術アーティファクトで一騎が跳ね返され、もう一騎の攻撃はシャマスの盾によって阻まれた。さらに一騎の突撃は結界剣アンブレラの防御を崩せず、最後の一騎はスヴェンソンの雷撃を回避したことで進路の変更を余儀なくされた。


 攻撃を仕掛けた竜騎士ドラゴンナイト側にも防御に徹したスヴェンソン側にも人的な被害はなく、四騎は中空で旋回を繰り返して次なる攻撃の布陣を組み直しにかかった。スヴェンソンらは一度の強襲を生き延びたことに安堵しながらも、続く厳しい戦闘に気が抜けなかった。


 不意に、竜騎士ドラゴンナイトの一騎が落ちた。


「あら?一騎、落下してるようですけど・・・・・・」


 朧月夜がそう疑念をこぼすも、シャマスもスヴェンソンも何ら手を下していないため、答えようがなかった。三騎になった竜騎士ドラゴンナイトたちも困惑した様子で、無意味に空中旋回を繰り返していた。スヴェンソンらが上空を注意深く観察していると、竜騎士ドラゴンナイト以外の影が新たに一つ、優雅な軌跡を描いて出現していた。


 遠視の星術アーティファクトで確認すると、それは全身に炎を纏わせた怪鳥で、俗に言う鳳凰とでも形容すべき魔獣ベスティアであった。


「・・・・・・あれは、幻獣ですかねえ?」


「・・・・・・ワシには分からん」


 朧月夜もシャマスも、闖入者が何者か量りかね、上空を舞う一匹と三騎の動きをじっと見定めていた。スヴェンソンは鳳凰がいつ手のひらを返して自分たちに牙を剥いても良いように、結界剣アンブレラをしっかりと握って防御態勢を維持した。


 鳳凰は体当たりでもう一騎の竜騎士ドラゴンナイトをも撃破し見せ、それを受けて残る二騎は速やかなる戦闘状況からの撤退を選んだ。竜騎士団が去り、残されたスヴェンソンらは鳳凰が何とするやら静かに成り行きを見守った。


 鳳凰は垂直に降下するや、衝撃も無しにふわりと地面に着地した。そして全身に纏う炎を竜巻状に変化させると、それが収まりを見せた暁には巨鳥の姿は跡形も無くなっていた。


「あっ!?」


 スヴェンソンは見た。炎の竜巻に包まれた、鳳凰がいた跡地に堂々と立つ短衣を着た少女の姿を。癖のある黒髪と暗紅色の瞳が印象的な美少女で、名をノンノ・ファンタズムと言った。




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