2 ブランケット・シティ-3
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ブランケット市の生活区画から遠く離れた、街道すら通らぬ寂しい土地に平屋建ての工房があった。石と煉瓦が建材の主体と思われ、その外観の角張った様子や重厚な雰囲気から、朧月夜などは小さな砦を連想した。
屋根に設えられた煙突からは程良く煙が立ち上っていたので、どうやら目当ての人物が滞在しているようだと、シャマス・セイントを先頭にした三者は工房の扉を叩いた。
「誰だ」
「・・・・・・シャマス・セイントだ」
扉が勢いよく開かれ、肩までの青い髪を持つ男が信じられないといった目つきで旧友を出迎えた。シャマスは特に言葉を発せず、ただじっと、驚いた表情をしている剣匠クナイの顔を見上げていた。
「シャマス!貴様、まだ生きていたのか。中々しぶといじゃないか。・・・・・・なんだ、スヴェンもいたのか。で、この愛らしいお嬢ちゃんは?」
「・・・・・・中に入れてくれ。そこで話す」
シャマスがそう言って強引に屋内へと足を踏み入れ、クナイは流されるがままに朧月夜とスヴェンソンをも招き入れた。工房の中は、居住空間と鍛冶場とが分かれていて、クナイは木造のテーブルセットへと客を案内した。スヴェンソンはその丁重な所作にびっくりさせられた。常時の無愛想で取っ付き難いクナイを想像していたものだから、なるほどシャマスとは本当に親しかったのだなと、二人の友誼の深さに感銘すら覚えた。
(僕なんて、姉上が一緒でもぞんざいにしか扱われたことがないのに。あのクナイ氏と対等に会話が出来る人もいるのか・・・・・・)
三人が椅子に掛けると、クナイは「まずい茶だぞ」と断りを入れた上で、ブランケット市の商店で調達したと思しき標準的な茶を振る舞った。そうしてシャマスが何か言い出すのを待ったが、その時は一向に訪れなかった。
「あのー。シャマスさん、私から話してみても良いですか?」
朧月夜がそうフォローを入れると、シャマスとクナイが同時に頷いて許可を出した。朧月夜は事情をかいつまんで説明し、スヴェンソンに合う星術武器を工面してくれないかと頼んだ。それを聞いていたスヴェンソンは、かつてクナイが激昂して仕事を断る現場に立ち会ったことを思い出し、悪夢が繰り返されないことを切に願った。
「スヴェン。何でスミアを連れて来なかった?二十六個目の結婚指輪が、ちょうど先週完成したところだったんだぞ」
四十に近い実年齢より十は若く見えるクナイが、青灰色の瞳でスヴェンソンを睨みつけて言った。クナイは工人らしく薄汚れた厚手の作業着を着込んでいたが、その内からでも体つきの逞しさは伝わり、彼が剣を使える事実を知らずとも精強なる様は容易に想像できた。
同じく人間社会に暮らす魔族、それも一定の地位を得ているということで、はじめはクナイに対して親近感を抱いたスヴェンソンであったが、姉にしつこく付きまとう様子を見続けたことで、その幻想は醒め切っていた。
「姉上には神殿の奉仕活動がありますから。僕ごときの小用に付き合わせるわけにはいきません」
「お前の事情なんて知らん。俺がスミアに会いたいだけだ。・・・・・・どれ。腕を見せてみろ」
クナイに言われ、スヴェンソンは昨晩朧月夜に見せたように左腕を差し出した。クナイは腕のあちらこちらを触り、眺め、そしてうなり声を漏らして考え込んだ。朧月夜とシャマスは静かにクナイの答えを待っており、しばらくは静謐で透明な時間が流れた。
クナイは音を立てて席を立ち、無言のまま足早に鍛冶場へと消えた。彼の意図をはかりかねた三者は顔を付き合わせて疑問符を浮かべるも、とはいえ出来ることもないのでクナイの戻りを待つことにした。
しばらくして、刃広の重々しい剣を手にしたクナイが帰ってきた。そうしておもむろに、皆の前で剣へと星力を流し込んだ。星力に反応した剣は内蔵されたギミックにより、剣身を複数のパーツに分割させて傘のように展開した。分割された刃のパーツとパーツを繋ぐ、傘で言うところの布地に相当する部位は、注ぎ込まれた星力が膜状に広がることで構成されていた。
「剣であり、盾でもある。結界剣という。攻防一体という単純な発想から打ったものではあるが、俺が考えた中では上位にある作品だと自負している。・・・・・・だがな、需要は無かった」
「どうしてですかー?便利そうなのに」
「この盾モードが問題だった。刃と刃を繋ぐ面の大部分が星力で賄われている以上、強度や持続時間といった全てを星力に依拠する。防御に徹すると、途端に<生命力>を消耗する理屈だ。硬くしたければそれだけ星力を使うし、長く持たせたければそれだけの時間、星力を吸い上げる。余程の体力自慢しか、怖くて盾としては使えないというわけだな」
そう言って、クナイは展開していた結界剣を閉じてスヴェンソンへと放った。慌てて剣を受け取ったスヴェンソンに厳しい視線を送り、クナイは外へ出るよう合図した。
「いいか!左手に構えて、左手からのみ星力を供給してみろ。俺はやり方を知らんが、星術士なら集中すれば出来るんじゃないか?」
表に出るなり、クナイはそう無茶を言ってスヴェンソンに星力を操るよう促した。そうして自分は銀製の剣を構えて、そこにゆっくりと星力を纏わせた。
スヴェンソンが左手から星力を生み出そうと意識すると、それは彼の生命力を燃焼させることなく自然と湧いて出た。そうして結界剣へと充分な量の星力が流し込まれた。
「よし!次は盾モードへの変換だ。剣身の中央に輝石があるだろう?そいつがモード変換の鍵となる星術器具だ。石に星力を集めるよう念じてみろ」
「はい」
スヴェンソンは応諾し、星術を操る要領で輝石へと星力を集束させた。星力のコントロールはスヴェンソンが得意とするところであり、プレアデス仕込みの腕前は一発でクナイの指示を再現して見せた。結界剣の剣身は分割され、スヴェンソンを守るようにして拡がった。出来上がった盾の形状はクナイが実演したものよりも大きく、そして頑丈そうに見えた。
「はえー。なんか、ずいぶんと立派な盾になりましたねえ」
朧月夜がそう評し、スヴェンソンは眼前で展開された星力の盾の勇壮な姿に、かつてない頼もしさを感じていた。
(これは・・・・・・僕が構築する星術の障壁とは比べものにならない強度がありそうだ。おまけに、星力を放出し続けているにも関わらず、疲労感がない。・・・・・・結晶体の独力で維持できているのか?)
「よし。試してみるぞ!スヴェン、そのままそいつを構えていろ。動いたら・・・・・・お前の首を飛ばしてしまうかもしれんからな!」
言葉だけは軽い調子で言って、クナイは地面を蹴った。その瞬間、武道の心得を持つシャマスだけは来る惨劇を予測した。
「止せッ!」
シャマスが叫んだのは、クナイの纏う殺気と足運びが、確実にスヴェンソンを破壊するものと読めたからであった。シャマスは剣匠であるクナイの技前が達人級であることを知っていたし、星術士であるスヴェンソンにその剣撃がさばけないと確信していた。
スヴェンソンはクナイの言いつけを守り、ただ結界剣を構えてじっとしていた。そこにクナイが突進し、手加減無用の強斬りを見舞った。星力と星力が激突し、その凄まじい威力が辺りに火花を散らせた。
渾身の剣を弾かれたクナイは、反動で十数歩分後退りさせられた。クナイは驚きと好奇に満ちた目で、動じぬスヴェンソンと結界剣とを見やった。達人級の剣撃を無傷で防ぎ、なおかつ生命力の浪費とは無縁。己が作り上げた武器が最高のパフォーマンスを発揮した瞬間であり、クナイは年甲斐もなく大きく万歳をしてその功績を自ら讃えた。
シャマスは目の前で起きた結果に愕然としていた。徐々に現実を飲み込みつつあるスヴェンソンや朧月夜も、結界剣と結晶体の左腕とが著しく相性の良い組み合わせであると理解した。
クナイはスヴェンソンの下に歩み寄ると、彼の肩をバンバンと叩き、上機嫌に言った。
「妖精と一体化の契約が交わせる火星剣を作り上げたとき、これが工匠としての俺の最高傑作なのだろうと、己が限界を勝手に悟ったつもりでいた。まさか、お前さんが目を覚まさせてくれるとは思わなかったぞ。義弟よ」
「・・・・・・姉上との婚姻関係を捏造しないでください」
「そいつはくれてやる。重量があるから、特注の鞘とショルダーベルトも付けてやろう。お前の左腕なら、滅多なことでそいつの防御は破れんだろう。張り切って活躍して、禍津神シリーズに劣らぬ名剣であると世間に広めてやってくれ」
クナイがそう言うと、シャマスが言葉の端に反応を示した。
「ナル・プリフィクス作の斬鉄剣シリーズか。現存するのは五本だったか?」
「ああ。硬度と斬れ味に特化した、なんの面白味もない剣だ。・・・・・・だが、剣としては間違いなく至上最高クラスの逸品。俺は、あの女が作った剣を負かしてやりたくて、延々と剣を打っているようなものだ」
クナイは結界剣の微調整をすると言い、さっさと鍛冶場に戻っていった。手持ち無沙汰なスヴェンソンらも再び工房の居住スペースに腰を落ち着け、次なる課題の検討を始めた。それはスヴェンソンがどこに逃げるかというもので、中央域だの南域だのといった遠出の案も出るには出たが、海上で竜騎士から強襲される危険性を考慮し却下とされた。
ドワーフ族や妖精族の里が防御機能を持たないことから、やはりユアノンや鳳凰市といった一定程度の武力を擁する国家を頼る以外に方法は無いものと思われた。土地勘に恵まれぬ朧月夜が、「どこか近場で、結晶体の星力が紛れ込めるような騒がしい場所はないものですかねー」と呟くと、鍛冶場から出てきたクナイがそれを聞きつけ、一つの候補を提示した。
「須弥山はどうだ?鳳凰市から南に一日二日といった道程だろう?デスペナルティには近付くが、入ってしまえばどうとでもなりそうなものだ」
「須弥山?シャマスさん、知ってますか?」
「東域でも魔獣の巣窟として知られた大山だ。あんな物騒な地を勧めるとは、頭に焼きが回ったか?」
「シャマスよ。貴様は最近の情勢など知るまい?確かにあの山が魔獣の拠点であることは事実だが、ここ二年程、何ものも山から出て来ていない。分かるか?野良の魔獣と違って、あそこの奴らはただ籠もっているだけなんだ」
クナイが言って聞かせるが、シャマスや朧月夜はいまいちピントが来ていないようで、スヴェンソンに補足を求めた。
「ある時を境に、魔獣の被害が目立って減ったのです。ユアノンも独自に調査しまして、須弥山から魔獣が下りてこなくなったという事実が判明しました。視察の結果、亜獣だけでなく霊獣も確認されたので、現在は殲滅させるのではなく様子見といった対応に落ち着いています」
朧月夜は考えた。スヴェンソンの左腕は、彼こそ知らないものの元は人造魔獣の一部であり、星力の性質としては魔獣に近かった。そうであれば、魔獣の拠点に潜むことで、デスペナルティ軍の探知も惑わせられるのではないかと。しかし、そこには幾つもの困難や懸念事項がついて回った。
「そうですね・・・・・・まず一番大事なのは、魔獣の巣窟に侵入して無事でいられる保障がないこと。これは、山を下りて人間を襲わないことがイコール人間の味方であるとは限らないので、どうやって潜伏するのか、事前に妙案がないと成立しないものと思われます。それから、デスペナルティ軍のことはいったん置いておいて、例の神獣<アラヤシキ>が追ってきた際に、須弥山の全戦力が一斉に敵に回る危険性があること。神獣は魔獣の最上位種です。細かく見れば派閥が分かれているみたいですが、ここでは魔獣対人間や亜人、という単純な区別になるわけで、助かる見込みがあるとは到底思えません」
朧月夜の指摘は真っ当であり、クナイやシャマスは須弥山に逃げ込むという選択肢を早々に放棄しようとした。一方で、スヴェンソンの薄紫色をした瞳だけが、悲壮感の中に一縷の望みを見出したかのような強い光を発していた。
スヴェンソンは一同を見回し、胸に手を当てて言った。
「行きます。・・・・・・みなさんのお陰で、僕にも少しだけ光明が見えてきました。須弥山に身を隠して、ジキル・ド・クラウンの根負けを誘おうと思います」




