1 青い血の姉弟-4
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姉妹が目を覚ましたのは、滴る朝露の冷たさが原因ではなく、突如辺り一帯に響き渡った猛獣の仕業と思しき雄叫びを聞きつけてのことであった。
「姉上・・・・・・これは?」
スヴェンソンの問い掛けに対し、スミソニアは答える手段を持たなかった。狼の遠吠えなどという生易しいものではなく、甲高い雄叫びは明らかな禍々しさを帯びて今なお余韻を残していた。
ややして、姉弟は自分たちが歩み進んできた後方から巨大な星力の乱れを感じ取った。
「スヴェン!これは、魔獣の気配ではないですか?」
「そうでしょうね・・・・・・。レジスタンスとデスペナルティ軍が戦っているであろうあたりから、嫌な気分のする星力が流れて来ています」
「助けに行く・・・・・・わけには、いかないのですよね?」
「・・・・・・はい。僕たちは任務の途上にありますから。プレアデス様にこれを届けないと。むしろ、イレギュラーな事態に巻き込まれぬよう先を急ぎましょう」
スヴェンソンは背負う包みの重量を意識して言った。正義感の強い姉が渋ることは予想されたが、意外にも呆気なくスミソニアはスヴェンソンの言に従った。
姉弟は移動速度を上げてショートホープを北進した。そして白昼の下で堂々と、それと遭遇した。
見た目はどこぞの国家の若手軍人といった様相であった。長身痩躯を儀仗兵が着用するような雅な軍装に包んでおり、腰には装飾の施された煌びやかな細剣が差されていた。美しい金髪に主張の強い碧眼が悪目立ちし、スヴェンソンはこの男が決して味方などではないと思い、はじめから警戒心を露わにした。
(いきなり目の前に現れた。脈絡も何もなく、だ。こんな山道で、ふつうの人間にそんな芸当が可能なのか?)
スヴェンソンの疑念が込められた視線を涼やかに流し、金髪の優男が口を開いた。
『<始祖擬体>のパーツを返して貰おうか、ミスター。君が背負う、そいつのことさ』
声の性質が人間のそれとは圧倒的に異なり、スヴェンソンとスミソニアは臓腑にまで響くおぞましい音に不快感を堪えきれず、思わず息を吐いた。男のその台詞からデスペナルティの刺客である点は間違いなく、スヴェンソンは緊張感をもって対応した。
「・・・・・・お前は?今朝の魔獣と何か関係があるのか?」
『ああ、ミスターも感知できたかね?あれは私の仕業さ。小うるさい人間共を一掃しようと、少し張り切ってしまった。友軍諸共に吹き飛ばしてしまったのは流石にまずかったと反省している』
「なに?人間共、だって・・・・・・!?」
『死にゆく者に自己紹介をしても仕方あるまいが。ミスター。それに美しいミズ。私は<アラヤシキ>と名乗りし者。故あって、デスペナルティのジキル・ド・クラウン氏に助勢している。わかるね?君たちを殺して、それを回収させて貰う』
<アラヤシキ>を名乗った金髪の男はそう言うと、腰元の細剣を抜いて正面に構えた。有無を言う間も与えられず戦闘に突入する流れとなり、いつものようにスミソニアが弟を庇うべく前に出た。
『ミズ。私の攻めを受け止めるつもりなら、最初から死ぬ気で守ると良い。きっと死ぬと思うがね』
<アラヤシキ>がゆっくりと、それでいて隙だらけの所作で二人に近付いた。この金髪の優男と相対し、どういった理屈によるものか途轍もない恐怖を覚えたスヴェンソンは、腕型の結晶体からふんだんに星力を引き出しつつ、威力を極限まで高めた星術の起動を目論んだ。
一方で、スミソニアは弟が必殺の一撃を繰り出そうとしているのだと肌で感じ、自分は敵の攻撃を防ぐことに専念すると決めた。すなわち、秘術である鋼体術を出し惜しみせずに使う腹であった。
『行くよ、ミズ。私の攻撃は重いぞ』
<アラヤシキ>は余裕綽々といった表情をして言い、緩慢な動作で細剣を振りかぶった。それを見たスミソニアは敵の意図を量りかねた。
(細剣を振りかぶるですって?速度を上げて突くのではなく?・・・・・・星力の衝撃波でも放つつもりかしら)
<アラヤシキ>は間合いの外から細剣を縦に薙いだ。瞬間、暴風の如き激しい気流がスミソニアに襲いかかった。それは空気だけでなく、凶悪な量の星力の奔流をも伴っていた。
スヴェンソンは目撃した。かつて経験したことのない極大な威力の攻撃が姉へと叩きつけられ、自らの眼前で大爆発を引き起こす様を。
それでも、スヴェンソンは姉の身を案じるだけでなく、自分が進めていた星術を完成させた。編み出された雷撃は結晶体のサポートによって出力が飛躍的に増し、<アラヤシキ>を撃滅せんと大々的に放出された。天地を一線で繋ぐかの如く雷光が直立し、<アラヤシキ>を直撃した。
二つの秘技がほぼ同時に炸裂したことで、ただ緑が生い茂る山道であったそこは、石片と土塊だけで構成された二つの大クレーターへと変貌した。
「姉上ッ!?姉上!無事ですか!?姉上ッ!」
取り乱したスヴェンソンが、白煙や土埃をかき分けてスミソニアの姿を探した。
「・・・・・・スヴェン。なんとか・・・・・・生きていますよ」
すぐ足下から声が聞こえ、スヴェンソンは屈み込んで地面に横たわるスミソニアを確認した。旅装はぼろぼろで、全身に裂傷やら打撲痕やらが目立ったが、スミソニアのダメージは一見して致死に相当するものではないと判断できた。
「すぐに治癒を!」
「・・・・・・待ってください。鋼体術を・・・・・・正面から、突破されました。あの敵は、ただ者では・・・・・・」
「星力を増幅させた雷撃を直撃させました。あのタイミングで防ぎ切ることなど出来ない筈。奴のことより、姉上を・・・・・・ッ!?」
大気が渦を巻き、あたりを覆っていた煙があっという間に巻き上げられた。そうしてスヴェンソンの視界に、五体満足な<アラヤシキ>の姿が飛び込んできた。
<アラヤシキ>は不適な笑みを浮かべており、目を見開いて驚愕しているスヴェンソンへと声を掛けた。
『ミスター。良い雷撃ではあった。だが、それだけだ。私の防御を突破するにはいささか速度が不足している。それと、命中精度もね。大ざっぱに狙いすぎては、折角の星術の威力も分散しようというものだ』
スヴェンソンは姉の前に立ち、次の星術を起ち上げるべく左手を横に伸ばした。空かさず<アラヤシキ>が細剣を縦に振るった。
「ぐあッ!?」
ただの剣閃で、スヴェンソンの左腕が肩口から斬り飛ばされた。切断面から青い血が迸り、スヴェンソンはがっくりと地に両膝を付いた。
「・・・・・・スヴェン!?」
弟の悲鳴を聞きつけると共に生温かい血液を顔に浴び、スミソニアはスヴェンソンが襲われている絶望的な状況の一端を把握した。スヴェンソンの辛そうな呻き声を耳にするも、スミソニアは自身の負傷から体を動かすことなど叶わなかった。恐慌がスミソニアの思考を支配しかけた。
『長話をする気はないのでね。二人とも、そのままでも死ぬだろうけれど、止めは刺させて貰う』
<アラヤシキ>は細剣を再び振りかぶり、ここで姉弟を一刀両断にせんとした。
『ん?これは・・・・・・』
攻撃を放つ直前、<アラヤシキ>は動作を止めて中空を凝視した。いつの間にやら<アラヤシキ>と姉弟との間に不可視の障壁が形成されており、加えてその星術性質は星力の反射を担う代物であった。
「スミアさん!スヴェン君!無事かッ!?」
姉弟を気遣う声が上がり、同時に複数の足音が鳴り響いた。<アラヤシキ>は目を細めて近付く者たちの素性を窺っていた。
プラズマがレジスタンスの仲間を引き連れ、大量に出血しているスヴェンソンと倒れ伏したスミソニアの下へと駆け寄った。
「これは・・・・・・まずい。スヴェン君にはすぐの手当が必要だ。先生方、頼みます!」
プラズマが呼ぶに合わせて、最後尾に付いてきていた二人が前へと進み出た。白い神官衣の上に重そうな甲冑を着けたドワーフの男が手際良くスヴェンの左腕の付け根に止血を施し、スミソニアの容態は薄紫色の長衣姿の女が膝をついて確かめた。
『取り込み中のところ悪いが』
<アラヤシキ>が語りかけたことで、プラズマと残る九人のレジスタンスメンバーがそれぞれ武器を手にいきり立った。そしてプラズマが剣先を<アラヤシキ>へと向けて宣言した。
「・・・・・・魔獣!第二ラウンドだ。今度は、さっきのようにはいかんぞ!」
『よくぞ生き延びたものだと言いたいが。ミスター、君の技ではないな?・・・・・・そこの二人。ドワーフと黒髪のミズ。私は<アラヤシキ>と言う。私の全力攻撃からレジスタンスを生還させたのは、君たちかい?』
<アラヤシキ>はレジスタンスの闘士たちには目もくれず、スヴェンソンとスミソニアを看ている二人組に向けて問いを発した。具体的な証拠があるわけではなかったが、<アラヤシキ>は神官戦士と思しきドワーフと星術士らしき格好をした女から、熟練の戦士だけが醸し出す空気を感じ取っていた。
<アラヤシキ>のその問いは無視され、ドワーフは難しい顔をして相方へと声を発した。
「・・・・・・ダメだ。この者の生命力が尽きる。傷の深さを鑑みると、星術で無理矢理に生命力を分け与えればショック死する危険すらある。ワシには打つ手がない」
「こちらの女性は大丈夫ですねー。物理的なダメージはいま、治癒の星術でケアしてますから。うーん・・・・・・それ、使ってみますか?」
言って、薄紫色の長衣を着た女がスヴェンソンの背負う包みを指さした。
「コールドマンが言っていた、ジーザスシティより持ち出されたとかいう星力の結晶体か・・・・・・使えるのか?」
「たぶん・・・・・・。義手を処置する要領かなあと。どうせ助からないなら、チャレンジしてみる価値はあると思いませんか?」
『止せ!それに触るんじゃない』
<アヤラシキ>は声を荒げ、その響きは朝方遠くの戦場から聞こえてきた嫌な雄叫びをスミソニアに連想させた。<アラヤシキ>は流れるような動作で細剣を前に出し、眼前に張られた不可視の障壁へと触れた。そうすることで星術障壁は脆くも砕け散った。
反射障壁が破られるのと同時に、プラズマたち腕利きのレジスタンスメンバーが一斉に地を蹴り、スヴェンソンらに手を出させぬよう<アラヤシキ>へと躍り掛かった。<アラヤシキ>は細剣の二振りでメンバーを残らず蹴散らすと、そのままドワーフと女を排除するべく剣閃を放った。
「ぬうううおおおおうッ!」
神官服と甲冑姿のドワーフは必死の形相でバトルアックスを振るい、<アラヤシキ>が射出した鋭い星力と激突させた。星力と星力がぶつかり合い、互いに譲ることなく破裂するようにして力は四散した。その衝撃でドワーフは勢いよく弾き飛ばされ、クレーターの上を豪快に転がった。
薄紫色の長衣の女は、皆が<アラヤシキ>の攻撃を受け止めていた間に、スヴェンソンの荷を解いて腕型の結晶体を露出させた。そうしてそれをスヴェンソンの傷口にあてがうと、星術での癒着を試みた。それだけに止まらず、彼女自身も結晶体から星力を借り受けると、対<アラヤシキ>の備えまでこなして見せた。
<アラヤシキ>はプラズマらやドワーフを追撃することよりも、目当ての品と融合させられつつあると見えたスヴェンソンの命を奪うことを優先させた。人間離れした瞬発力で一足飛びに距離を詰めるや、<アラヤシキ>は細剣を直接突き刺すべくスヴェンソンの頭部に照準を合わせた。
「させません!」
『なに!?』
スヴェンソンを狙った細剣は、起き上がったスミソニアの交差した両腕にしっかり受け止められていた。鋼体術の妙技であり、それによって動きが止まった<アヤラシキ>の真横で、長衣の女が至近距離から星術方陣を起ち上げた。
方陣は青白色の光をふんだんに放出すると、すぐそばの<アラヤシキ>を糸状の星力で絡め取り、そのまま発光の勢いを増して強力な力場の発生を促した。
『これは・・・・・・しまった!強制転移か!?』
「・・・・・・はいー。ちょっとばかし遠くへ、お出かけしちゃってください!」
星術方陣の周囲が目を合わせられぬ程の眩い光に包まれ、そうして光の消失と共に<アラヤシキ>の姿も綺麗さっぱり無くなった。後には倒れ伏したスヴェンソンと彼に寄り添うスミソニア、それと星術士の女が残された。ゆっくりとした足取りで戻ってきたドワーフが、疲労の色濃い薄紫色の長衣の女に労いの言葉をかけた。
「オボロ、ご苦労だったな。・・・・・・改心の出来だ」
「・・・・・・シャマスさん。恥ずかしながら、膝ががくがくして動けませんー。流石に死ぬかと思いました」
「それはそうだ。神獣を相手にして、この程度の被害で済んだのは不幸中の幸いだ。・・・・・・酔狂以外の理由で、このような突発的な戦闘なぞ考えられん」
シャマス・セイントが白い顎髭を左手で扱き、空いている右の肩を朧月夜へと差し出した。胴回りこそ肉厚なれど、人間の成人女性よりも低いドワーフの背丈がちょうど良い支えとなり、朧月夜はよろけてそこにもたれ掛かった。長い黒髪がはらりと落ちて鼻先をくすぐるので、シャマスはくしゃみを我慢してしかめっ面を作った。
「・・・・・・神獣、ですって・・・・・・?」
シャマスと朧月夜の会話が自然と耳に入ってきたことで、スミソニアの頭の中は混乱した。スヴェンソンは姉の膝枕の上で微かな寝息を立てており、左腕に当たる部位には腕型の結晶体が収まっていた。やがて命のあったプラズマらが彼の容態を確かめんと、わらわらと集まってきた。
朧月夜は眠たそうな目でその様子を見つめており、さてこの先どうなるやらと一抹の不安を覚えつつも、喫緊の危機を脱したことに安堵していた。




