1 青い血の姉弟-3
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「・・・・・・お前たち。魔族だな?・・・・・・俺くらいになると、臭いで分かる。それ以上近付くんじゃねえ。資金提供者の手前お前たちの身柄を引き受けたが、決して同情からじゃない。囮に使えると思ったからだ。いいか、勘違いするなよ?俺は魔族が大嫌いだ。人間の振りして青い血を巡らせてやがる化け物は、徹底的に駆除してやる。二度は言わんから、これから言う作戦をようく覚えておけ!巻き添え食って死にたくなければな」
老兵と呼んで差し支えない風体のコールドマンが嗄れ声で言い放った。スヴェンソンとスミソニアは暴言を受け流して素直に聞き入った。
エーデルワイス・エゼルエルの手引きで姉弟が逃がされた先は、鳳凰市から東南に馬で二日ほどの距離にある山間部であった。対デスペナルティのレジスタンスがそこに本拠を構えており、スヴェンソンらは天然洞窟を加工して仕立てられたアジトで組織の首領と面会していた。
「ちょうどゲリラ戦に飽き飽きしてたところだ。ここらで派手な花火を打ち上げて、俺たちの勇名を広く世間に知らしめてやる。そう、このアジトに至る山道は狭い。デスペナルティの軍隊が侵入してきたなら、後方を崖の崩落で塞ぎ、逃げ道を無くした上で包囲殲滅する。手前味噌だが、完璧な作戦だ。・・・・・・奴らが本当に、お前たちを追ってくるというのならな」
「僕たちを追って、見当だけで鳳凰市に三百もの戦力を割いて来たのです。おまけに、ジーザスシティから持ち出したこれが、奴らの星力探知に掛かっているものと思われます」
スヴェンソンは背負っていた包みを前に差し出すが、コールドマンはじっとそれを見つめるだけで決して手に取ろうとはしなかった。コールドマンの薄くなった頭髪は真っ白く、無数に刻まれた皺は深かった。顔色は土気色で肌も乾燥しており、その鋭い目つきがなければ、一日の大半を寝て過ごし、空いた時間に野良仕事を手伝うといったような老後を送っていておかしくない年齢だろうと、スヴェンソンは具に観察していた。
「見せんでいい!そいつの絡みは、うちのジーザスシティの協力者が手伝ったと知っている。魔獣を自在に操るための実験だとかいう胡散臭い話だったな。俺は破壊計画に一枚も噛んでない。だいたい、魔族の協力者なんぞに信用は置けん!お前たちも、作戦が始まったらどこぞへと消えろ。北の桟道からショートホープへと出て、山道伝いに北上すれば、ユアノンまで徒歩で一週間といったところだ。・・・・・・遭難しても、助けは出さんからな」
「ありがとうございます。・・・・・・その、本当に作戦に協力しないで宜しいのですか?僕は星術学院ブランケット支部の星術士です。加われば、少しは戦力の足しになるかと思いますが」
「いらん!プラズマ!この目障りな客人を北のテントに案内してやれ。作戦が始まるまで、お前の責任で監視するんだぞ!」
コールドマンが怒鳴ると、広間の隅に控えていた青年が「はっ!」と威勢良く応答した。プラズマと呼ばれた青年は上半身になめし革の軽装甲を着込み、腰にはスタンダードな長剣が差されていた。
天然窟故に、天井の岩壁からはぽたぽたと水滴が落ちて来ており、脳天を直撃されたスミソニアが「ひゃっ?」と可愛らしい奇声を上げた。コールドマンがそれを訝り、今にも怒鳴りそうな気配を漂わせたので、プラズマは機先を制して姉弟をアジトから連れ出した。
三人は洞窟を出て、数多の植物が群生する獣道を黙々と歩いた。そして小型のテントが密集した一帯にたどり着くと、その内の一つに足を踏み入れた。
テントの内部は三、四人程度が寝起きできそうな広さで、寝具や食料など粗末なものではあったが、生活に不自由がないよう備えがされていた。プラズマはこのテントを自由に使うよう姉弟に申し渡し、短髪の後頭部を掻きながら謝罪めいたことを口にした。
「うちの首領は短気でね。おまけに大の魔族嫌いで通ってる。俺たちはレジスタンスではあるけど、もちろん魔族の協力者だっている。ただ、首領は歳だから頑固で、そういった例外をほとんど認めないんだ。・・・・・・さっきの首領の発言で気を悪くしてたら、すまん」
「いいえ。私たちの方こそ、デスペナルティの軍隊に追われて、にっちもさっちも行かなくなっていたところです。こうして保護してもらって、そればかりか逃がしても貰えるのですから、みなさんには感謝の気持ちしかありません」
スミソニアが応じ、ぺこりと頭を下げて上目遣いにプラズマを見つめた。プラズマはスミソニアの魅力に当てられ、頬を上気させていっそう強く頭を掻いた。
「それで・・・・・・スミソニアさんにスヴェンソン君。敵軍の入山が確認されたら、俺が桟道まで連れて行くから。それまではここで大人しくしてて。朝晩の配給の時にまた来るから。あと、辺りを散歩するくらいは良いけど、テント群から目の届く範囲で頼む」
「分かりました。プラズマ様、ありがとうございます。私のことはスミア。弟はスヴェンと呼んでいただいて結構ですから」
「了解。スミアさん、スヴェン君。それじゃ」
手だけで砕けた敬礼をし、プラズマはテントから出て行った。残されたスヴェンソンとスミソニアは、取り敢えず荷を解いて腰を下ろした。ここまでの道中は歩き詰めであったので、二人とも身体的な疲労は限界に近付いていた。
スヴェンソンは脇に置いた結晶体の包みに目を向け、スミソニアへと語り掛けた。
「姉上。レジスタンスの作戦について、どう思われましたか?」
「どう、とは?スヴェンには、何か気になることがあるのですか?」
「作戦自体は正当だと思います。ですが、あの首領はこれに少しの興味も示しませんでした」
スヴェンソンは結晶体を指さし、自分たちが苦労してジーザスシティから持ち出したそれがないがしろにされている現実に、思わず愚痴をこぼした。
「これは一体何のでしょう?星力を発散し続ける謎の腕。プレアデス様は、ジーザスシティのレジスタンスと共闘してジキル・ド・クラウンが行おうとしている実験を止めるよう命を下されました。しかし僕たちは失敗し、レジスタンスからこの腕を持って逃げるよう託された。これが重要な物なのであれば、レジスタンスの首領が無視することに理屈が通りません」
「でも、ジキル・ド・クラウンは実際に兵隊を差し向けてきました。私たち二人を捕らえるにはあまりに過大な戦力を、です。それこそ、この腕が大事な物だという証になりませんか?」
「・・・・・・僕らを牢屋から逃がしてくれた男は、これが無ければ<始祖擬体>は不完全なままだと言いました。その言葉が意味するところだけでも分かれば、ここまでもやもやしないと思うのですが」
「考えるのはプレアデス様のお役目。スヴェンはただの星術士。私はただの神官。余計なことは考えないで、それでいいのではなくて?・・・・・・スヴェンだって、早くブランケット市に帰ってシンディの顔を見たいでしょう?」
「・・・・・・なんでここで、シンディの名前が出てくるのです?姉上は僕と彼女の仲を誤解されています!」
「あら。だから、恋人なんですよね?」
「違います!シンディは良き友人です」
「ふうん。彼女、すっごく美形で人気もあるのに?近隣の町にもファンがたくさんいるのですよ?ユアノン各地の神殿や出張所を回っていて分かったのですが、歌姫シンディの知名度はそれはすごいもので・・・・・・」
スミソニアがやたらとシンディを持ち上げることに取り立てて不満はなかったが、こと容姿を褒めちぎる点においてはスヴェンソンにも異論があった。
(シンディは確かに美人だ。でも、姉上の方がもっと美しい。あのプラズマという男だって、姉上を見る目に淫らな欲情が混じっていた。姉上は無防備だから、僕が付いていないとすぐに毒虫がたかってくる。シンディと一緒にいても、こんな気分には襲われない・・・・・・)
テント生活も三日が経過し、プラズマが主にスミソニア目当てで何かと世話を焼いてくれていたので、スヴェンソンらは特に不自由なく過ごしていた。退屈な環境ではあったが、二人とも根が真面目なため、星術の修行や体作りに取り組むことで時間を潰せた。
デスペナルティ軍が現れたのは、その日の昼下がりであった。コールドマンが狂喜したのは言うまでもないが、誤算も一つ付いてきた。二騎だけではあったが、敵軍に竜騎士団が随伴していたのである。
プラズマは息急き切って駆けつけるなり、姉弟を連れて北へと急いだ。
「プラズマ様、そこまで急がれるということは、敵の数が想定以上だったのですか?」
「スミアさん。竜騎士が確認されたんだよ。こちらの対空迎撃力では自由に飛び回られる。そうなると、危ないのは狙われている二人だ。だから、俺が逃がしに来た」
「竜騎士・・・・・・やはり出てきましたか」
スミソニアは不安気な声で応じた。デスペナルティの竜騎士団は東域の最強戦力と名高く、ユアノンやレジスタンスにとって魔獣と同等以上に警戒に値する部隊であった。竜騎士は魔族に特有の固有星術で飛竜を操り、上空からの強襲を得意とした。また、種族にもよるが、飛竜は軒並みブレス攻撃を備えているため、中距離戦闘においても厄介なことこの上なかった。
三者は山道をひた走ったが、やがて二騎が上空高いところで姿を見せた。
「やはり、こいつを探知されているんだ!姉上、プラズマさん!こうなると、逃げてもきりがありません。ここで迎撃しますよ!」
「え?スヴェン君、ちょっと・・・・・・」
プラズマが応答するのも待たず、スヴェンソンは星力を練り上げて星術の準備に入った。スミソニアは流石に弟の思考パターンを読んでいるらしく、旅装ながらに拳を構えて肉弾戦に備えた。
まずは一騎が急降下して来たので、スミソニアがその攻撃を受けようとした。その矢先、プラズマがスミソニアを押し退けて、自らが体を張った。
「こいつは俺が相手するんで!片が付くまで、二人はどうにか持たせてくれ」
勢いある竜騎士の突進に対し、プラズマは長槍に剣を合わせて撃ち合ったかと思えば、力勝負に拘泥せず威力を受け流してさばいて見せた。竜騎士はそのまま飛び去った先で旋回しながら上昇し、再び攻撃の機会を探った。
スヴェンソンが上空のもう一騎へと氷の矢を撃ち込むが、竜の星術抵抗を破ることは難しく、かえって標的として定められた。こちらも急降下と共に槍を差し出して来たので、スヴェンソンを庇うような形でスミソニアがそれと対峙した。
「姉上!」
「鋼体術を使います!」
そう言ったスミソニアの全身が赤銅色に発光した。速度を上げて突っ込んで来た竜騎士が構わずに鋭い槍撃を放つと、スミソニアはそれを正面から受け止めた。
竜騎士と飛竜とが一斉に吹き飛ばされ、そのチャンスを逃すまいとスヴェンソンが氷の矢で追撃を図った。地面に叩きつけられたところに星術攻撃を浴び、さしもの竜騎士も青い鮮血を散らして絶命した。竜だけは氷の矢でダメージを受けつつも飛び上がり、そのまま空の彼方へと去っていった。
スヴェンソンとスミソニアがもう一方の戦闘を確かめると、プラズマの疾風の如き斬撃が竜の片目を裂き、返す刀で竜騎士の槍をも弾き飛ばした。そうして暴れる竜の制御に苦慮しながら、竜騎士は明後日の方向へと逃げていった。
「・・・・・・ふぅ。おっ?まさか、そっちも竜騎士を撃破したってのか?奴等はデスペナルティの精鋭なんだぞ・・・・・・」
姉弟の無事を視認したプラズマが、驚きを隠さずに言った。スヴェンソンはスヴェンソンで、レジスタンスのいち若手構成員に過ぎないと見ていたプラズマが、自分たちと同じく竜騎士を退けたという事実に感心していた。
「プラズマさんこそ、一対一で竜騎士を追い払うだなんて。すごく優秀な使い手だったんですね。ちなみに、僕は兎も角、姉上はこれでユアノンでも上位の戦士なんです。対等の条件であれば、大抵の敵に勝りますよ」
「そっか・・・・・・。おっと、悠長に構えてはいられん。俺は作戦に戻るから、二人はこのまま北に逃げてくれ。竜騎士がいなくなれば、敵兵を掃討するのにそれほど苦労は無いはずだ」
そう言ってその場で道順を指し示し、プラズマは姉弟と別れて主たる戦場へと戻っていった。残された二人は、自分たちが参戦することにコールドマンが良い顔をする筈もないと、所定の通りに北の桟橋を目指した。
桟橋を渡った先には、ショートホープと呼ばれる比較的なだらかな丘陵地帯が広がり、道もそれほど険しいわけではなかった。ショートホープを抜ければユアノンの南西部が目と鼻の先であり、ゴールであるブランケット市までのルートは確立されたようなものであった。
ショートホープで野宿をするにあたり、二人が困ったのは寝床の確保であった。幸いにも毛布はあったものだが、それだけで夜の寒さを耐えるには心許なく、かといって初踏破の丘陵において自然の洞窟など探し当てようがなかった。
「スヴェン。地面に、斜めに穴を掘り進めたらどうですか?星術で、ずどんと」
「・・・・・・すぐに崩落すると思います。僕の技術では、土を硬化させてもそれを持続させるのが難しいですし」
「では大きい岩石を見つけて、穴を穿ちますか?」
「それも崩落が怖いです。でしたら、僕が枯れ草や落ち葉を集めて回りますから。暗くなる前に、姉上の寝床だけでも用意を済ませます。あとは・・・・・・雨が降らないことを祈りましょう」
そうして大樹の陰に鳥の巣状の寝床を作り、スヴェンソンは渋るスミソニアを強引に押し込んだ。枯れ草の集まりとはいえ流石にごわごわしたものが背中に伝わるのだが、スミソニアは思いの外温かいことに喜んだ。
「スヴェン。来てください。一緒に寝ますよ」
「狭くなりますから。姉上お一人でどうぞ」
「気にしませんから。ほら、スヴェン」
念を押されるとスヴェンソンには言い返す術が無く、姉を背から抱き抱えるような姿勢で寝床に埋もれた。
「あら。本当に、スヴェンも大きくなったものですね。昔はもっと小さかったのに」
「・・・・・・だから言ったじゃないですか。狭くなると」
「良いのです。スヴェンの体温が伝わって、いっそう心地良いのです」
「・・・・・・姉上。次から次へ、不便と面倒をお掛けして申し訳ありません。こんなことになると分かっていれば、姉上を伴ったりはしませんでしたものを・・・・・・」
「私が付いて行くと言い張ったのですから。スヴェンが謝る理由なんて何一つありません。それに、これだけの苦労をあなただけにさせたとあっては、寧ろそちらの方が私は辛いです。結果オーライです」
スミソニアにそう言われ、スヴェンソンの後悔の念が少しだけ薄まった。彼はジーザスシティからの道中、此度の任務に姉を同行させたことを絶えず悔やんで来ており、このまま負の感情を募らせた先に、大恩人たるプレアデスさえも憎んでしまうのではないかと己が心を恐れていた。
父母が刑死させられた後、十歳にもならぬスヴェンソンは姉と共にデスペナルティの外の世界を当てなく放浪した。ユアノンでプレアデスに拾われるまではまさに地獄のような日々を送っており、五歳年長の姉だけがその間自分を必死に守ってくれたことが、スヴェンソンの自我の根幹を形成していた。
スヴェンソンにとってスミソニアは第一であり、如何なる物事にも優先させるべきものであった。




