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魔獣と滅びゆく世界の戦記  作者: 椋鳥
本章第二部 狂姫乱舞し、終わりの鐘を鳴らす
66/107

1 青い血の姉弟-2

***



 鳳凰市フェニックスの市民は雑多な種族によって構成されており、スヴェンソンが見た限り市街はたいそう賑わっていた。露店を出しているのは殆どが人間種族であったが、中にはずんぐりむっくりとした外見のドワーフの店番がおり、稀に人間の肩にミニチュアサイズの妖精族が停まっている光景にも遭遇した。獣人は意識して外出を避けているのか建物の窓内に影があり、スヴェンソンの視界に自由なエルフが映り込むようなことは流石になかった。


 鳳凰市フェニックスは、東域イーストエリア西端に広い版図を持つデスペナルティから東南の方角にあり、ユアノンはさらに東の先に位置した。都市国家である鳳凰市フェニックスは永世中立を謳っており、覇権主義を採るデスペナルティや、魔族撲滅を訴えるユアノンの双方と等しく距離を置いていた。正しくは、全ての国家に対して不戦を唱えるもので、鳳凰市フェニックスの現君主たる市長は、魔獣ベスティアに対してですら専守防衛を貫く姿勢を表明していた。


 地下水路伝いに市内へと足を踏み入れたスヴェンソンとスミソニアが、知己すらなしに辺りを闊歩できるのは、鳳凰市フェニックスが種族によらず「来るものは拒まず」という方針を徹底しているためであった。それでも夜になり、宿を探すに当たっては「魔族お断り」の札を多く目にすることとなった。


「・・・・・・あんたたち、魔族だって?問題を起こしたらすぐに出てって貰うよ?それと、料金は二割増しだからね。イヤなら余所に行きな」


 ドワーフの女将から嫌みをぶつけられても、スミソニアは笑顔を崩すことなく丁寧に頭を下げ、礼を言った。そうして前金で支払いを済ませると、明らかに立腹していると分かる弟を連れて安宿の一室に腰を落ち着けた。


 安普請の狭い部屋に入るなり、荷も解かずにスヴェンが抗議の声を上げた。


「姉上。どうして馬鹿正直に魔族だと名乗られるのです?余程の目利きでなければ、市民には気付かれないでしょうに。お陰で余計な宿賃を取られました」


「スヴェン。私たちは追われているのですよ?ともすると、女将に迷惑をかけるかもしれません。嘘をついた挙げ句そんな目にあったら、あなたが当事者だったらどう思いますか?だから魔族は。やはり魔族は。・・・・・・そういう風聞は、昨今の差別意識や風潮を助長すると思うのです。私たちは終生、襟を正して生きましょう」


 スミソニアの返答はぐうの音もでない正論で、スヴェンソンは素直に頷いてそれを受け入れた。旅路の疲れを癒すべく、二人は隣り合わせでベッドに転がると、そのまますやすやと深い眠りについた。


 翌朝、二人は女将に叩き起こされ、朝食をとる暇もなく追い出された。というのも、日が昇ってしばらくの早朝に、デスペナルティの関係者と思しき魔族が宿へと聞き込みに訪れた。その際に提示された尋ね人の人相風体から、女将は客である姉弟が該当するのだと一発で認識した。そうして一旦はしらばっくれたものだが、時間が経つにつれて似たような探索者が市中にちらほら現れたことで、女将の堪忍袋の緒が切れた。


 スミソニアは平謝りし、そして匿ってくれた恩返しにと女将の手に手持ちの銀貨を握らせた。女将は仏頂面こそ解消しなかったが、「・・・・・・表通りには行かないことだね。そこの裏口から出て、亜人街区に紛れこんじまいな」とだけ忠告を寄越し、裏口の扉を開いてやった。


 スヴェンソンとスミソニアは二人組というのが目立たぬよう離れて歩き、宿の女将が言っていた亜人街区を目指した。亜人街区にはドワーフや獣人の他に、極少数ではあるがエルフ族や妖精族までもが起居していた。そして何より魔族も生活しており、鳳凰市フェニックスでいわくつきの者が集っていると有名であった。そういう土地柄であったので、デスペナルティの軍関係者が多少聞き込みを行ったところでまともに応答する者など少なく、むしろ誰もが脛に傷を持つ身であることから、非協力的なことこの上なかった。


 やがて、ただの噂ではあったが、鳳凰市フェニックスの周囲をデスペナルティの軍隊が半包囲しているという情報が姉弟の耳に入って来た。


 手持ちの路銀が心許なかったので、姉弟は亜人街区の安酒場の二階に寝所を求めた。酒場のマスターである狼面の老獣人が、スミソニアが給仕を手伝うことを条件に部屋を貸し与えてくれた。スヴェンソンは露骨に機嫌を損ねたが、スミソニアは素知らぬ顔で快諾し、借りたエプロンに着替えて早々と酒やつまみを出して回った。手持ち無沙汰のスヴェンソンは、デスペナルティの帝都ジーザスシティから持ち出してきた荷を解き、ブツの状態を確かめることにした。


(・・・・・・変わらずか。それほど丁寧に運んだつもりはないのに、意外と耐久性に優れているのか?)


 風呂敷包みから現れたのは、左腕を模した結晶体で、大きさは人間の腕と同程度であった。結晶体は透明ながらに部屋の照明を反射して青白く発光しており、スヴェンソンのような星術士アーティフィサーであれば、この腕の模型が信じられない量の星力レリックを包含していると知り得た。


 スヴェンソンとスミソニアは、プレアデスの頼みでジーザスシティに潜入していた。魔族同士ということもあって、デスペナルティ入りしてからしばらくは問題なく事が運んでいた。本題はそこからで、デスペナルティ内の反乱分子と接触し、共同でとある星術実験を妨害することが主たる任務であった。しかし、実験を前にして姉弟はジーザスシティで敵に捕らわれた。


(情報が漏れていたと見るべきなんだろうな。僕らが所定のアジトに着いた瞬間を狙われたことからも、レジスタンスの動きはジキル・ド・クラウンに察知されていたに違いない)


 全てが失敗に終わったと思われたが、牢屋で囚われの身となっていた姉弟の元へ、レジスタンスを名乗る騎士ナイトとドワーフの二人組が救出に訪れた。ドワーフは敵を引きつけて激しい攻撃を受け続け、騎士ナイトは姉弟にこの結晶体を託した。その際に騎士ナイトから、「実験自体は成功に終わったが、こうして腕の一本をもぎ取ってやった。これがなければ、<始祖擬体パラアンセスター>は不完全なままだろう。絶対に、これをジキルに渡してはならない」というプレアデス宛ての言伝を頼まれた。


 そうしてジーザスシティから地下水路に下りてここまで来たわけだが、一介の星術士アーティフィサーに過ぎないスヴェンソンの目には、この腕の結晶体が星術器具としか映らなかった。デスペナルティの追っ手と対した時、背負ったこの結晶体から確かに星力レリックのサポートを受けており、スヴェンソンはそれを便利とこそ思えど、プレアデスが密命を出して得る程の稀少価値は無いと考えていた。


「スヴェン~。お仕事終わったわよー。お姉ちゃん、もう飲めません。眠い・・・・・・」


 千鳥足で戻ってきたスミソニアが埃っぽいベッドに身を躍らせ、赤ら顔をスヴェンソンへと向けた。スヴェンソンは給仕をしていた姉が何故酔っ払っているものか納得がいかなかったが、それでもスミソニアが一人労働に従事してくれたことへ感謝の意を表した。


「姉上。ご苦労様でした。姉上だけに働かせていまい、無力なこの身を引き裂いてやりたい衝動に駆られております」


「私はお姉ちゃんなんだから、当たり前のことですー」


 スミソニアは機嫌が良さそうににこにこと笑顔を浮かべ、スヴェンソンを手招きした。姉の指示に忠実に従い、スヴェンソンはベッドの側へと歩み寄った。スミソニアは腰を下ろしたスヴェンソンの頭を優しく撫で回し、黒みがかった紫色の髪をくしゃくしゃにして喜んだ。


「姉上。明日、市政庁舎に鳳凰市フェニックスの幹部を訪ねたいと思います。プレアデス様の名前は出せませんから、レジスタンスを名乗ろうかと」


「任せますー。スヴェンを信頼してますから。でも、随分急ぐのですね?」


「はい。ジーザスシティから持ち帰ったこの結晶体。これが放つ星力レリックを抑えきることが難しく、すなわちこれある限り追っ手の目を誤魔化せません。都市周辺をデスペナルティ軍が包囲したという未確認情報もありますし、この際中立国の力を最大限に利用してユアノンへの帰還を図りたいと思います」


「うまくいくといいですね」


「・・・・・・正直なところ、成算はあまりありません。市政が評判通りであれば、いきなり捕縛されてデスペナルティに差し出されるようなことはないと思いますが。市が僕らに協力するいわれもまたないので」


「まあ、なるようになるでしょう。お姉ちゃんはこのまま寝ちゃいますよ」


「姉上。上着を脱いでください。ほら」


 スヴェンソンに手伝われ、下着姿になったスミソニアはそのまますやすやと寝息を立て始めた。ブランケット市でも癒し系の美女神官として名高い姉の寝顔は、弟のスヴェンソンからして神懸かり的な美貌と客観視しており、思わず見入ってしまった。


 スヴェンソンは姉に布団を掛けてやり、腕型の結晶体に一つ目線をくれてから自分も床についた。



 翌日、スヴェンソンとスミソニアの姿は、鳳凰市フェニックス市政庁舎の応接室にあった。受付で幹部への面会を求めた二人はすんなりとここまで通され、間もなく担当者との会談が叶うのだという。


 応接室の壁紙はモスグリーンで統一され、家具は機能的な物だけが目立たぬよう配置されていた。主張が少ない落ち着いた雰囲気の室内において、姉弟は戸惑いと緊張の為に、出された茶を一息に飲み干していた。


 やがてノックの音と共に、中肉中背の紳士が入室してきた。燕尾服を隙無く着込み、単眼鏡をかけた見た目に知性的な紳士で、スヴェンソンの目には三十を幾つか超えた年齢であろうと映った。スミソニアは、男のしっかりした身なりとは裏腹に髪の毛が明るい萌葱色をしている点に注目した。


「小生は市政を預かる執政官の一人、エーデルワイス・エゼルエルだ。市長メイヤーも間もなく来られる。時に、君たちは何故デスペナルティの軍隊に追われているのかね?」


 核心に迫る問いを発し、エーデルワイス・エゼルエルは姉弟と向かい合う形でソファに腰を下ろした。スヴェンソンは受付で、自分たちはレジスタンス組織の一員であり、デスペナルティ軍に追われているから助けてほしいといった陳情に及んでいた。それ故の質問であろうと、スヴェンソンは名乗った後で用意していた答えを口にした。


「僕とここにいる姉は、組織の任務でジーザスシティに潜伏していました。ところが身分がばれて追われ、地下水路伝いにここまで逃げてきたのです。ユアノンへと渡りたいのですが、どうかお力添えをいただけないでしょうか?・・・・・・これが不躾なお願いだということは承知しています」


「ユアノンか。ちなみに、今現在この市の周囲をデスペナルティの軍勢が徘徊していることは知っているかね?推定で三百騎は動員されていると思われるが」


 エーデルワイスが明らかにしたデスペナルティの派兵戦力を耳にし、スヴェンソンは絶句した。姉弟がジーザスシティから逃れてまだ一週間と経ってはおらず、その間に方々へ追っ手を差し向けたとして、一方面に当てる部隊の数としては尋常でないように思われた。


「・・・・・・それは、初耳です」


「そうかね。永世中立・専守防衛を旨とする我が市は当然、デスペナルティ軍に対して抗議を入れた。だが一向に撤退する気配がない。大軍の侵入こそ許していないが、偽装された工作員は相当数が市内に入り込んだものと考えられる。おそらく、追っている対象にそれだけの価値があるのだろう。ユアノンでこれほどの騒ぎを引き起こしかねない人物ときたら、小生には賢者プレアデスの名しか思い当たらない」


「保護を求めはたりはしません。どうか、郊外への脱出を手引きしていただきたい」


「・・・・・・自分たちのしでかした行為が周りにどのような影響を及ぼすものか、少しは想像の翼を働かせてみてはどうかね。レジスタンスを名乗るからには、魔族の圧政に一矢を報いたいのだろう?その対価として鳳凰市フェニックスの市民が血を流すことは問題ないとでも?」


「そういうことを言っているのではありません!」


「言っているのだがね。君たちを逃がせば、ジキル・ド・クラウン氏はさぞかし鳳凰市フェニックスを憎むことだろう。デスペナルティの国力を十と置いたなら、ユアノンは七。我ら鳳凰市フェニックスに至っては、精々が二といったところ。分かるかね?真っ正面から喧嘩した場合、こちらは間違いなく滅びるのだよ。これがリスクでなくて、何だと?」


 エーデルワイスの正論を前にして、スヴェンソンは反論の余地を無くした。指摘された通り、ユアノンの極秘作戦が、他国にであれば迷惑を掛けても良いという理屈はあまりに非人道的であった。しかし、そうなれば姉弟が活路を求める先は強行突破をおいて他になく、それは成功確率が限りなくゼロに近い自殺行為と言えた。


 スミソニアは弟の仕切りに全てを委ねていたので、余計な口出しを控えていた。そんな姉の態度に不審を抱いてか、エーデルワイスは改めてスミソニアの顔をよく眺めた。そうして、一つの類推を口にした。


「・・・・・・もしかして貴女は、<光神エトランゼ>神殿のスミソニア女神官パルチザンではないかね?」


「はい。エゼルエル執行官殿。ブランケットの<光神エトランゼ>神殿に仕えております」


「なるほど。噂に違わぬ器量良しであるな」


「・・・・・・下衆な目つきで姉上を見るのは止めてください」


 スヴェンソンが不穏な面相でエーデルワイスへと迫るものだから、スミソニアは必死に弟を宥めに回った。スミソニアの「スヴェン、落ち着いてください。エゼルエル様は、ただ私の素性を尋ねられただけですよ?」という注意を受けても、スヴェンソンの瞳に点されたは剣呑な光は消えなかった。


「何やら癪に触ったのなら謝罪しよう。スミソニア女神官パルチザンの美貌は、我が市の<星神レストリネビュラ>神殿にまで伝わっているものでな。つい無駄口をきいてしまった」


「・・・・・・いいえ。こちらこそ、取り乱しました。申し訳ありません。・・・・・・昔から、碌でもない男ばかりが次から次へと姉の側に寄ってくるもので。誰も彼も、姉の美醜だけを論評するのが許せなくて」


 スヴェンソンの告白に、隣のスミソニアは赤面して顔を伏せた。エーデルワイスは軽く頷くと、「続きは市長メイヤーが来てからにするとしよう」と言って押し黙った。


 眼鏡をかけた給仕の女が入室し四人分の茶を入れ直したところで、鳳凰市フェニックスの代表が姿を見せた。癖のある長い黒髪と暗紅色の瞳が印象的な、凛とした少女であった。


「エーデルワイスさん、彼らを責めてない?二人とも、虐められなかった?泣かされてない?エーデルワイスさんは、他人にやたらと厳しいから。・・・・・・あ、私は客人に寛容だから、緊張しないでいいよ。気楽にどうぞ。市長メイヤーのノンノ・ファンタズムです。自称十七歳。美少女市長で有名だったり?あ、もしかしてお姉さんの方が、私より若干だけど綺麗かも・・・・・・」


 ノンノ・ファンタズムの威勢に圧倒され、スヴェンソンはただ呆然としてしまった。エーデルワイスはばつの悪そうな顔をしており、ただ一人スミソニアだけが興味津々といった表情で、ノンノの溌剌とした態度を見定めていた。


 スヴェンソンとスミソニアがそれぞれ名乗りを返すと、ノンノはエーデルワイスの隣のソファにどかんと座り、屈託のない笑顔を見せて本題へ切り込んだ。


「早速だけど、時間がないから単刀直入に言うね?スヴェン君とスミアさん・・・・・・そう呼んで良い?二人には、鳳凰市フェニックスからの即時退去を言い渡します」


 言葉遣いや調子とは無縁の厳しい宣告に、スヴェンソンは目の前が真っ暗になったかのように感じた。スミソニアは意気消沈した弟を心配し、柳眉を下げて見守っていた。


 ノンノはそんな姉弟の前に人差し指を立てて見せ、「チッチッ」と軽快に舌打ちをして指を左右に振った。なまじ美少女が軽薄さを装うものだから、その違和感はスミソニアの笑いを誘った。


「でも、退去の手助けはしてあげるよ。何と言っても、私は優しくて可憐な市長メイヤー・ノンノだから。鳳凰市フェニックスは誰にも膝を屈しない。誰をも見捨てない。人間であっても、亜人であっても。・・・・・・そして、魔獣ベスティアであってもね。・・・・・・それと、スミアさん。面と向かって吹き出さないの!」




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