10 輪舞-3
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国都マテウスが崩壊したため、ラナン・クロス国防軍の臨時野戦病院は近隣の町村に分散して設置されていた。その内の一つ、ルーファース野戦病院にレイフ・ヤタガラスとクロエ・クインシーが揃って顔を出すと、ずらりと並んだベッドの中から、あちらこちらを包帯で巻かれた男が慌てて上半身を起こした。
「ベイロード中佐。ご存命でなによりです」
「クロエ様。わざわざご足労いただきまして恐縮です。・・・・・・ヤタガラス中尉も、よく来た。<アガレス>討伐の任、ご苦労であったな」
「有り難うございます。私がマテウスに残っていれば、中佐のご負担をいま少し減らして差し上げられたのかもしれませんが・・・・・・」
目鼻と口以外を包帯や湿布に覆われたヴィクター・ベイロードは、覗く瞳にあからさまに剣呑な光を点した。
「生意気を言うな、小僧。<ダンダリオン>はそう甘い相手ではない。貴様一人が加勢したところで、奴の撤退を僅かばかり早められただけのことだ」
「でも、流石は中佐です。こちらはレイフや<火の騎士>、それに<ネキオマンティア>の幹部やらシルフィールの元守護騎士やら、総力戦で臨んでどうにか勝利を収めたというのに。少ない戦力でよくぞ神獣を追い返せましたね」
「クロエ様。ありがたきお言葉、このヴィクターの胸に染み入ります。ですが、幾ばくかの傷を負わせて撤退まで追い込んだとはいえ、撃破に至りませんでした。奴がまたどこぞの市街を襲うかと思うと、口惜しく思います」
歯軋りせんばかりのヴィクターに対し、クロエは根拠のある慰めの言葉を口にした。
「北域からいらした、エルフ族の女騎士が教えてくれたのですけれど。神獣に与えたダメージは蓄積して、そう簡単には回復しないのだそうですよ?中佐と剣を交えて<ダンダリオン>が無事なわけはありませんから、少なくとも脅威度は減ったと見て良いかと思います」
その言葉に些か溜飲を下げ、ヴィクターは長い息を吐いた。そうして二人にラナン・クロスの軍事の現状を語って聞かせた。ヴィクターは手を尽くして国防軍の残党をまとめ上げ、人口が多い大都市を中心に防御部隊を再配置したのだという。比較的軽傷で済んだシュザンナ・ルロイ中尉を今も連絡役として方々へ走らせていて、軍が制御不能になる事態は避けられていた。
しかしながら、国防軍の筆頭であるダイダロス・ボルジアが失われたことで、一部にヴィクターの指揮を拒否する向きもあり、運営は余談を許さぬ状況にあるという。そういった軍政に関してはレイフもクロエも協力できる余地があまりなく、二人は病床のヴィクターに負担が掛かっていることを憂慮した。
「そんなお顔をなさらずとも結構です。クインシー師に教えを請うた我らは、苦難の時にあってこそ本領を発揮するというもの。分不相応な禄を食む身ですから、人一倍働いて然るべきとも弁えております。こんななりではありますが頭だけはしっかりしていますし、シュザンナに叱り飛ばされることを思えば、おちおち寝てもいられませんよ」
決して空元気などではないヴィクターの衰えぬ覇気がよく伝わり、クロエは改めて兄弟子が頼りになる男なのだと実感した。レイフが不用意に「クインシー師の教えは根性論が先行しがちで、昨今の軍人には向き不向きがあるかと」などとこぼしたのを聞きつけ、ヴィクターが「何を軟弱なことを!」と声を荒げる一幕もあった。それでもヴィクターは終始苦笑いを浮かべていたので、険悪なムードが訪れるようなことにはならなかった
やがて、和んだ空気を形成しているその三者へと声を掛ける者があった。長身を軍服に包んだ迫力のある男で、彼の登場によってヴィクターの目の色が変わった。
「・・・・・・ナイジェル・フルアーマー少将か」
「ヴィクター・ベイロード中佐。そう憎々し気な目を向けなくとも良いではないか?本国の危機に、わざわざ前線から部隊を連れて帰ったというに」
ナイジェル・フルアーマーは聖シュラインに駐屯させていた自らの部隊を独自の判断で撤兵させ、こうして母国へと帰参していた。ナイジェルはマテウスの崩壊とダイダロスの崩御を聞きつけてその解を導き出しており、ヴィクターからすれば、彼が国防軍の舵取りを狙って戻って来たことがあからさまであったので、嫌悪の情が先に出ることを抑えられなかった。
参謀本部庁舎の壊滅もあって、国防軍制服組の高官は大半が死亡か行方不明となっていた。指揮官クラスで助かった者は、聖シュラインへと出張っていたナイジェルや、アルカディア騎士団に備えて戦闘配備の最中にあったヴィクターなどに限られていた。
ナイジェルは階級でいえば雲の上に位置する将官なので、レイフとクロエは失礼がないように敬礼を向けた。ナイジェルはそれに対し感情がこもらぬ敬礼でもって返し、直ぐにヴィクターとの対話に戻った。二人の高級士官は国防軍の方針を巡ってこれまでも協議を重ねてきており、軍事である以上全てを公明正大に進めるわけにもいかないこの件に、ヴィクターはレイフやクロエを近付けたくなかった。ヴィクターは能面のような表情を作ると、手を振って二人をその場から追い払おうとした。
そこに、ナイジェルが口添えをした。
「そう。ヤタガラス中尉にクインシー中尉。近い内、両名を大尉に昇進させるつもりだ。ベイロード中佐は渋っているようだが、ラナン・クロス国防軍が被った損害は非常に大きい。建て直すには優秀な士官が一人でも多く必要となる故、心して待つように」
ナイジェルの通り一遍な賛辞に頭を下げ、レイフはクロエを連れてその場を離れた。今後も神獣と交戦するにあたって、レイフとクロエの個人戦闘力はやはり捨て難いようで、ナイジェルらボルジア派の生き残りは二人を懐柔するのになりふり構わぬ節であった。特別昇進はその一環に過ぎず、士官として昇格させるのであれば指揮経験や参謀教育といった筋から通すべきだとするヴィクターとナイジェルは、ここでも意見を違えていた。
レイフが次に向かった先は、野戦病院の敷地内でも特注のプレハブで造成された、一般の軍人から隔絶された環境にある特殊病棟であった。警備で立っている軍人に事情を説明し、中にいる人間の許可を得た上で、レイフとクロエは見舞いに入室することができた。
「・・・・・・やあ。ヤタガラス中尉。それにクロエ。よく来てくれた」
ベッドで上半身を起こして読書などしていたセレスティアル・ヴェルザンディが、窓の無い殺風景な室内に新風を吹き込ませた二人を手放しに歓待した。ダイダロスによって暗殺されかかり、<ダンダリオン>の暴力から奇跡的に逃れたセレスティアルは、シュザンナの手配であの地獄の如き一日を乗り切ると、そのままこの地に収容されていた。
今では傷も塞がり、セレスティアルの生命力の活動は正常に近いところまで回復していた。レイフが見たところ血色は悪くないようで、これであれば長話をするにも耐えられるであろうと考えられた。
「見舞いが遅れました、ヴェルザンディ公。事後処理に手間取りまして」
レイフは手ぶらであったが、それは敢えて関係者に余計な疑念を抱かせぬよう配慮した結果であった。レイフは気兼ねなしにベッド脇の丸椅子に腰掛けると、クロエにも隣へ来るよう促した。
「いいんだよ、中尉。誰もいなくて退屈していたから、話し相手になってくれるだけでも有り難い。・・・・・・それに、中尉には聞きたいことが山ほどある」
つい先日まではシュダ・レプラカーンも同室にいたのだが、短期間で復調を果たした彼は、一足先にアルカディア皇国への帰路についていた。そのためセレスティアルは半ば監禁に近い形でこうして一人プレハブに匿われていた。
「それはそうでしょう。一体何から話したものやら。・・・・・・リャナンシー補佐官の訃報は?」
「レプラカーン卿から聞かされたよ。ファラの失踪についてもね。正直なところ惜別の情が枯れることはないけれど、時間だけはあったから。そう、多少の気持ちの整理はついている。ただ、レプラカーン卿も又聞きであるから、中尉に委細を尋ねたいと思っていた」
「はい。まずは、事の発端となるプロセルピナの事変からお話ししましょう。私は当事者たる<ネキオマンティア>序列二位にあったイオナ・エゼルエルと、部分的に記憶情報を共有しておりますので・・・・・・」
「よろしく頼む」
レイフは長い話を語った。<ネキオマンティア>が<始祖擬体>なる魔獣を人造する計画をぶち上げたこと。それに反発したグルファクシーが、王の従兄弟であるユーリ・スレイプニルに命じて騎士団を派遣し、プロセルピナを強襲したこと。強行された実験のガイド役に<ネキオマンティア>序列一位のアガメムノンが志願し、ノゾミが生み出されたこと。ノゾミの制御が甘く、プロセルピナの市民・軍人が挙って生命力を星力へと強制変換させられたこと。ノゾミの存在を危険視した<ファンシー>が、リア・ファールの各地で強者を試し、<始祖擬体>討伐を試みたこと。<ファンシー>がイオナ・エゼルエルによって伐たれたこと。そして、三魔神がノゾミの排除を目指して動き出したこと。
リナリー・リャナンシーは決死の覚悟で<アガレス>と対峙し、ノゾミを守る形で生命力を使い果たした。ファラ・アウローラ・ハウは<アガレス>撃破に貢献し、そして自ら宣言して姿を眩ませた。
黙って話を聞いていたセレスティアルであったが、ユーリとアガメムノンという旧友の名を相次いで耳にしたことで、なにか運命めいた因縁を感じずにはいられなかった。それはクロエにしても同様で、かつてプロセルピナの剣学院に集った仲間たちが皆、このリア・ファールの大惨事にそれぞれ違った角度から関わっていたのだから、そこを偶然と片付ける方が逆に難しかった。
一通りを話し終え、レイフは一息吐いて姿勢を正した。セレスティアルはサイドテーブルに置いてある水差しを手に取り、グラスに注いでやってレイフへと手渡した。セレスティアルの頭の中で様々な疑問点が解消されていき、そうして核となる疑惑が明らかな形で残された。
「・・・・・・<ファンシー>や三魔神の立ち位置からして、<始祖>というオリジナルが実在するということになるのかな?」
「はい。これは<ネキオマンティア>が東域から得て秘匿されていた情報のようですが、魔獣の大元たる存在が<始祖>だそうで、それを模して創り出されたのがノゾミということになります」
「中尉。今すぐに知りたいのは二つの筋だ。現状、ノゾミがどうなっているのか。そしてこれからどうするべきなのか。これが第一の筋」
「はい」
「それから、アガメムノンを除いてプロセルピナの生物が全滅したらしきことは分かった。では、イオナ・エゼルエルとは何者であったのか。<ファンシー>を追跡し、中尉を自陣営に勧誘し、<アガレス>と戦って果てた。元々ノゾミを生み出した理由が魔獣に対抗するものだと信ずるならば、三魔神と争うことに殊更疑念はない。それなら、彼女は実験の現場に立ち会わなかったのか?<ネキオマンティア>の序列二位ともあろう者が?しかしそうでなければ、彼女が健在で立ち回れていた理屈が通らない。これが第二の筋になるかな」
セレスティアルの問い掛けに対し、レイフは事前にそれを予期していたのか、淀みなく答えを口にした。
「ノゾミについてですが、残る三魔神から狙われる可能性を考慮して、インサニティより動かさず今もって星術結界の中に安置してあります。結界を行使し守備についている者は、北域から来たリージンフロイツ殿。中央域はシルフィールから来たパウロ・バニシング殿。さらには我が国のニナリス・ボルジア中尉。それと、リージンフロイツ殿からゼオーラに依頼がなされ、彼の国から多くの闘士がプロセルピナへと駆けつけて、防備は固められています」
「なるほど。ベティは未来へと向けて舵を切ってくれたようだね」
セレスティアルの感想に、クロエが笑顔で頷いて見せた。
レイフはノゾミの状態について、ニナリスをはじめとした現有の星術士が解析にかかっているが、詳しいことはまだ何も分かっていないと口にした。
「星力の結晶体の中からではありますが、ノゾミの目線がこちらを窺っていることは確かです。彼女には何らかの意識があります。ですが、<ネキオマンティア>がノゾミをコントロールすべく配置したアガメムノンという青年の生死が不明なため、何をどう判断するべきか見当もつかないというのが本音です。そして、これが一番肝腎な点ですが、プロセルピナ及びノゾミの管轄をどのように取り決めたものか。・・・・・・今はまだ非常時ということで、便宜上ラナン・クロス国防軍の有志とゼオーラからの派遣部隊で賄ってはおりますが、では聖シュラインはどうしたものか。或いは、貴国や他の諸国とはどのように情報を共有したものか。ノゾミをこれからどうするか、という話と密接に絡むと思うのですが・・・・・・」
「・・・・・・頭が痛い問題だ。ノゾミに危険がないとは誰も言い切れない・・・・・・どころか、危険の塊でしかないというのが私が持つ現時点での印象だ。これを放置しておくことはリスクだし、ノゾミの潜在力が莫大なものであるとしたら、それを独占しようと企む輩も蠕動するだろう。おまけに神獣にまで狙われるのだとすると、ノゾミこそがリア・ファールの未来を脅かしかねない不確定要素であるとも位置づけられる。・・・・・・この件については、しばらく情報の公開を制限した方が良さそうだ」
「私やクロエに異存はありません。むしろ、ヴェルザンディ公に音頭をとっていただければ有り難く思います。私たち一軍人の頭脳や人脈ではとても処理しきれないと頭を抱えておりましたから」
「・・・・・・善処するよ。リナリー君もいないわけだし、私一人の知恵などたかが知れているものだけれど。それこそ、ダイダロス・ボルジアのような胆力が私にも備われば良いのだがね」
セレスティアルが自嘲めいた笑みを浮かべて言った。レイフは下手に相槌を打ったりせず、淡々と次の話題に移った。
「公が指摘されたもう一つ筋ですが、こちらこそがリア・ファールだけでなく、世界をも巻き込む大事かと私たちは考えています。まずはイオナ・エゼルエルの正体について。私が接していたエゼルエルは、私たちと同じ組成の人間ではありません。ノゾミと近い、肉体を星力で構成された擬似的な人間と言えます」
「・・・・・・それは、実験の前からそうだったのか?それとも、事後の作為的な結果に当たるのだろうか」
「後者です。制御不能となったノゾミの力によって、プロセルピナの人間は皆<生命力>を完全に分解され、肉体を失いました。しかしながら、変換された<星力>は漂い、プロセルピナに止まっていたのです。エゼルエルの導きによって私がプロセルピナに足を踏み入れた時、インサニティの屋上から確かに住民の影を認めました。どうやらあれは幽霊とでも呼ぶに近い現象のようで、<星力>となった人間の意識が星術の要領で具現化したものだとか。・・・・・・ここからは半信半疑なのですが、<星力>に置き換わった人々は、その状態でも生きていると解釈されるようなのです」
「生きている?それはイオナ・エゼルエルのように、ということかな?」
「エゼルエルの例はまた特殊なようで、彼女は漂う星力となった状態でノゾミから働きかけられ、無理矢理肉体を復元されたようです。それは<ファンシー>を暗殺するだとか協力者を募るだとか、ノゾミの身を守ることを目的として為されたもので、やはり彼女もまた<生命力>の全てを失っていたのです。それで、<星力>と化した人々が生きているという話ですが、エゼルエルの記憶によると、我々が見ている世界とはまるで異なった次元・空間で、意識だけが他人と共鳴しているというのです。基礎となる物理法則が違い、説明を言語化するのが難しいのですが、任意の他者と任意の時間に、任意のコミュニケーションをとることのできる世界が並行して存在しているのだと」
セレスティアルがまず抱いた感想は意味不明というもので、クロエの顔色を窺うと、彼女もまた首を横に振り、彼と同様の意見を持つと暗に示した。クロエやニナリス・ボルジアもレイフからこのことを聞かされた際に、「・・・・・・星力が云々というより、魂の領域に関する話かしら?」だとか、「それって、死んでも天国に行かないってこと?星神や光神はどこに行っちゃったんです?」という具合に混乱を表明して見せた。
しかし、冷静になって考えてみれば、魔獣の体が星力で組成されている以上、この話は魔獣発生のメカニズムを解明する有力な手掛かりとなることは間違いないはずで、セレスティアルはレイフが言うところの世界を巻き込む大事なる印象だけは肯定した。
「・・・・・・イオナ・エゼルエルとは、もうコンタクトはとれないのだね?」
「ええ。彼女と再び見える可能性があるとすれば、ノゾミがそう望み、また何かしらの奇蹟を体現させた時でしょう。どうやら<ネキオマンティア>の最高幹部は一人として五体満足な形で残されていないようで、プロセルピナは完全なる廃墟と化しました」
「さっきの話では、廃墟というのはあくまで我々の認識なのだろう。イオナ・エゼルエルら星力に変じた人々はもしかすると、別次元の聖都に真の天国を作り上げているのかもしれない。・・・・・・交われない以上、推測だけが一人歩きする類の話ではあるが」
「セレス。アガメムノンを助ける方法を模索したいの。サラが亡くなったこと、ゼオーラ経由で聞いたわ・・・・・・。ユーリも<始祖擬体>ノゾミの暴走に巻き込まれてしまったようだし、せめてアガメムノンだけでも・・・・・・」
クロエはラナン・クロスの軍人としてではなく、ルクソール剣学院の同窓としてセレスティアルに訴えた。リア・ファールで最高峰の星術機関が事実上崩壊してしまった以上、星力の結晶体に閉じこめられたアガメムノンとノゾミの状態を正確に把握できる可能性は、例えどのような調査にかけようとも低かろうと考えられた。
(それこそ、世界各地の星術学院に助けを求める以外にないのだろう。それでも、今のリア・ファールの混沌とした情勢下で、ノゾミを適正に管理しながら外部からの調査を受け入れさせるというのは、有り体に言えば不可能だ。アルカディア一国をまとめることにも難儀するというのに、ノゾミという爆弾を抱えたままで諸国と折衝するなんて、三魔神がなくとも胃に穴が空きそうな話だ・・・・・・)
セレスティアルは外交官らしく客観的に事情を読み解き、しかしながらクロエに本心をぶつけるような無粋な真似はしなかった。それというのも、アガメムノンを救ってやりたいという心持ちはセレスティアルの中にも存在していた。リナリーやファラ、サラにユーリのように去る者ばかりが増える中、アガメムノンに生存可能性が僅かでも残されているのならば、それにすがりたいと思うこと自体は自然な反応であった。
「やれるだけのことはやってみよう。・・・・・・それにしても。アガメムノンのやつが<ネキオマンティア>の序列一位だって?あいつ、一言もそんなことを口にしていなかったじゃないか。どういう了見なんだ、全く」
「フフ。そうね。彼と仲が良かったベティなら、もしかしたら何か気付いていたのかも。・・・・・・私は彼の思い出なんて、怠けて昼寝している姿しか残っていないのだけれど。彼、講義中でもランチタイムでも、いつも机に突っ伏して寝ていたから」
クロエは口元に手を当ててクスクスと笑声を漏らした。
「二人は付き合っていたからね。・・・・・・あの無気力怠慢男が、難攻不落の君にアプローチを掛けなかった唯一の男子学生なんじゃ?」
「確かに、彼から誘われたことは一度たりとてなかったわね。誘われても、当然付いては行かなかったけれど」
クロエの応答に肩を竦めて見せ、セレスティアルはレイフへと水を向けた。
「中尉の婚約者殿は、学院でも常に高尚潔白だったよ。その点は私が保証する」
「私とクロエは別の人格ですから。クロエがどこで何をしていようと、自分がその点に干渉するつもりは一切ありません」
レイフの反応に、クロエが目に見えてむっとした表情を見せた。
「ははあ・・・・・・。これはクロエも苦労しそうだねえ。やはり私やユーリにしておいた方が良かったんじゃないかい?」
セレスティアルがおどけて言ってみせると、クロエは冷静に「それはないわ」とだけ言って、あからさまにレイフへと体を寄せた。当のレイフがそれを鬱陶しがって椅子を離すもので、セレスティアルは苦笑を返す他になかった。
リア・ファール全土は、一時的にではあったがぼんやりとした倦怠に包まれていた。神獣によって相次いで大都市が破壊され、すわ大陸の終わりも近いかと騒がれた。そこに降って湧いた神獣撃破の報は人々の絶望をそれなりに中和し、アルカディアやゼオーラが徐々に共同歩調を取りつつあることで、それを見知った者から順に安心や希望の種を心に宿し始めた。
負傷した<ダンダリオン>と姿を見せぬ<カイム>という神獣二匹の影に怯えつつ、南域においても、魔獣と戦い続けるという確かな覚悟が民の間で萌芽を見ようとしていた。中央域以北のエリアは絶えず魔獣の脅威に晒されてきたが、それでも民はたくましく営みを続けており、リア・ファールだけが脆弱なわけもないだろうと、セレスティアルは密かに自信を抱いていた。
(リナリー君。私は最後まで己の信念を貫く。アルカディアとリア・ファールに無駄な血を流させない政を実現するという責務から、決して逃げない。だから、安心して見守っていてくれ。君が隣にいてくれないのは心細いけれど、頼りになる仲間はまだたくさんいる。・・・・・・でも挫けそうになったら、花でも持って会いに行くとするよ)
「どうしたの、セレス?」
鼓膜を優しく揺さぶる女神の声に、セレスティアルはしばし恍惚とさせられた。すぐに意識を現実に引き戻すと、友誼を培った頼もしき二人を等分に眺めた。そうしてセレスティアルはゆっくりと頷いて、今後の動きに関する相談を再開した。




