10 輪舞-2
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レイフ・ヤタガラスとクロエ・クインシーが隙の無いコンビネーションで斬り掛かり、<アガレス>は近接戦闘に忙殺された。そこを二ナリス・ボルジアとリージンフロイツの遠距離射撃が襲うものだから、神獣といえど防御に多大な行動リソースを割かざるを得なかった。ファラ・アウローラ・ハウは好き勝手に強襲を仕掛け、それでいて攻撃力は他者をも圧倒していた。迸る火焔と共に<アガレス>に強撃を与えては妖精ロリエルの援護を受けて位置を変え、二撃三撃と続けて叩き込んだ。連携を好まぬファラのフォローにはパウロ・バニシングが入り、この巨漢は器用に神獣の注意を引きつけて、ファラへの反撃を減衰させていた。
セレスティアル・ヴェルザンディがこの光景を目にしていたなら、これぞリア・ファールの英雄軍であろうと歓喜の声を上げたに違いなかった。それほどまでに、レイフらのチーム・アタックには勢いがあった。
<アガレス>は巨躯をうねらせて暴れ、レイフやファラは跳躍することで被害を避けるが、クロエは逆にするりと神獣の懐深くに進入すると、流れるような体さばきで浴びせ斬りを見舞った。<アガレス>はますます敵意を剥き出しにして手足や尾による殴打を狙い、パウロやリージンフロイツも速やかにその場を離れた。二ナリスはここが攻め所とばかりに威力重視の星術を起ち上げ、<アガレス>の頭部付近に集中して狙撃した。
二ナリスの星術攻撃による爆発が<アガレス>の頭部を破砕し、もはや幾つめとも知れぬ大傷を穿った。それが敵の視界を奪いつつあると判断し、レイフやファラはいっそう攻勢を強めた。勝利を確信しつつあるアルカディア勢やラナン・クロス勢と異なり、リージンフロイツは一つの疑念を抱いていた。
(・・・・・・こんな程度ではないはず。ここまで鈍重な魔獣であれば、いくら攻撃力が高かろうと、三魔神と呼ばれるまで神格化されるわけがない。不沈三獣が規格外なだけかもしれないけれど、もしこれが真の実力だというなら、そう無理をせずに三匹全て駆除して北域へ帰れそうなものだわ)
『緊急避難措置トシテ、標的ヲ変更スル。先行シテ、特定危険敵性体三名ノ排除ヲ実行スル』
突如、<アガレス>が大音量のおぞましい声色で大気を震わせ、そう宣した。その瞬間から、大竜が発散する星力の毛色ががらりと変わった。
「これは・・・・・・星力の球体?」
レイフがそう呼ばわったのも無理はなく、<アガレス>の周囲に四つの真球が浮上した。それぞれが人間大の直径を有し、絶え間なく星力を発していた。二ナリスは一球一球が高度な星術処理を施された物体であると認識し、警戒を強めた。
それだけでなく、<アガレス>の前方に大きく立体的な星術方陣が起ち上げられた。二ナリスとリージンフロイツはそれの術式に不穏な気配を感じ取り、直ちに吹き飛ばしてやろうと射撃が為された。先に発動したのは<アガレス>の星術で、方陣からは無差別に近い数十もの光線が射出された。二ナリスとリージンフロイツの星術攻撃はそれらの光線に相殺され、のこる光撃がレイフらに襲い掛かった。
星術で防御を試みようとした面々は、それが出来ないことで即座に混乱を来した。生命力を星力へと変える処理を実行しているのだが、生み出せた星力量は著しく少なかった。リージンフロイツは星力の流れに目を凝らし、<アガレス>が生み出した四つの真球が自分たちの星力を吸い上げているのだと見抜いた。
「あの球体が私たちの星力を吸っているわ!先に、あれを潰さないと!」
その掛け声は直ぐ様皆に浸透し、レイフやクロエはそれぞれ剣で真球へと斬り掛かった。しかし、真球は個別に意思があるのか、星術を駆使して防御の障壁を具現化させた。それどころか、レイフらの剣を弾いて凌ぐや、今度は攻撃の星術を組み上げ、反撃すらも試みた。そうして剣士勢が真球との戦いを始めたものだから、<アガレス>は星術方陣からの光線射出をいっそう強化させ、防御能力が弱体化しているレイフらを落としに掛かった。
リージンフロイツが避けきれずに被弾すると、それによって牽制の手が一つ減ったことで、<アガレス>の手数はますますの増加を見た。パウロは形勢が一気に傾いたことを憂慮し、手近な二ナリスへと助言を送った。
「このままでは不味いことになるぞ!個々人が好き勝手をやれば、やつの術中にはまる。ここは指揮官が必要なタイミングだ、お嬢ちゃん!」
「・・・・・・そんなこと言われたって!そもそも、貴方は誰なのよ?」
「誰でもいい!早く役割分担を決めないと、あの光線に対処出来なくなる」
パウロは機敏な動作で<アガレス>の光撃を避け続けるが、二ナリスは弱った星力障壁でどうにか射線を捻じ曲げて回避しており、傍目にも余裕のない様が窺えた。天性の身体能力で攻撃を寄せ付けないクロエはまだしも、長い時間戦闘に従事しているレイフなどは、星力の不足が如実に運動能力を低下させていた。ファラは自ら音頭を取るようなことはせず、じっと回避に専念して<アガレス>とレイフらの出方を見守っていた。
なんとか立ち上がったリージンフロイツは治癒に力を傾注するべく一旦下がり、更なる戦闘要員の離脱は一同を追いつめた。
パウロに促された二ナリスは頑なに指揮をとろうとはせず、必死のクロエが強引に剣を捻じ込んで真球の一つを破壊した。しかしその代償は大きく、クロエは<アガレス>の光撃を集中的に浴びることになり、瓦礫の中へと沈んだ。
「クロエ!?」
レイフは真球との戦闘から離れてクロエの下へと駆け寄り、これで神獣が放つ連弾を妨げる者は無くなりつつあった。二ナリスは募る焦慮を隠そうともしないで、血走った目をパウロやファラへと向けた。
「あんたたち!どうするのよ、これ!?早く・・・・・・立て直しの策を講じなさいよ!」
「俺はリア・ファールの人間じゃない。さっきも言ったが、適正な戦術を駆使しないとこのまま全滅だろうな」
パウロに突き放されたことで、二ナリスは初対面のファラへと哀願の目を向けた。それでもファラは無表情を貫き、ニナリスの視線を丸々跳ね返した。ファラは自分一人がアルカディアの騎士であることを考慮に入れており、残るラナン・クロス勢や所属不明の闘士を彼女の流儀で統率することにリスク以外を感じていなかった。
(最悪、この者らが全滅しようが、私一人で<アガレス>を殺ればいい。・・・・・・持ち直すようなら、それに乗じて攻撃にだけは参加してやろう)
ニナリスはどうしようもないピンチに陥ったことで、イオナ・エゼルエルからの教えを思い出していた。イオナはラトの星術学院で、修業へと真面目に取り組まないニナリスを容赦なく叱ったものだが、それにおいて毎回必ず理由を尋ねた。ニナリスは「基礎なんて覚えるだけで退屈だ」だの「将来何の役にも立たない」だのと屁理屈をこねて返したものだが、イオナはただ一言だけを添えて話を締めた。それが「何時、何処で、如何なることが貴女の役に立つかは、その場面が訪れないと分からないものです」というもので、そういえば戦術論の講義の折りにもニナリスは「どうせ指揮官なんてやらないから、無意味」と断じ、真剣に学ばないでいた記憶が蘇った。
(・・・・・・だって!誰も、私が真面目に軍人をやるだなんて期待してなかった。たまたま星術方面に光るものがあったから、ラトに追いやられただけ。誰も彼も、私のことを色眼鏡で見た。ボルジアの七光り。放蕩娘。どうせ何もしないで父親の跡を継ぐだけ。・・・・・・レイフ様だって、本当は私のことなんて何とも想っていない。ただのうざいお嬢様だと思われてるのも知ってる。それでも、だったら私は、何をどうしたら良かったの?軍人なんてなりたくなかったのに。星術士になんてなりたくなかったのに。ボルジア家に生まれたから、ふつうには生きていけなかった。・・・・・・怠惰の報いが、これ?教えてよ、レイフ様!教えて、イオナ師!あのとき、戦術論をちゃんと修めていたなら、こんな時にどう動けば良いか分かったって言うの?)
『だから小生が言ったでしょう、ニナリス嬢?何時、何処で、如何なることが貴女の役に立つかは、その場面が訪れないと分からないものだと』
「えっ!?イオナ師?どこにいるの!?」
ニナリスは手元が疎かになりながらも、何とか<アガレス>の光撃を外して辺りを見回した。だが、頭に響いた声の主たるイオナの姿は見つからなかった。
『目に見えるところにはいませんよ。それより、ここまで来て一匹の神獣も退治することなく死なれたのでは、ラトで貴女を鍛えた時間が丸々無駄であったと証明するようなものです。それではあまりに口惜しいので、少しだけ手助けしてあげましょう』
「イオナ師・・・・・・ごめんなさい・・・・・・」
『小生が言う通りに指示を出すのです。ヤタガラス中尉とパウロ・バニシングは真球撤去に専念。妖精ロリエルは攻撃役である二人の防御面をサポート』
師の口から自分の知らぬ名が出てきたが、ニナリスは聞き返したりはせずに、そのまま大声で指示を飛ばした。クロエの身を案じていたレイフであったが、ニナリスの悲壮な叫びは彼の瞬発力を刺激した。禍津神を手に取ると、レイフはそのまま飛び上がって残る三つの真球へと突撃した。パウロもこの期に及んで文句はこぼさず、神獣の光撃を無視して真球に向かった。
「ファラ。私、どうしたらいい?」
「・・・・・・一度だけ踊らされてみるわ。ロリ、あの娘から言われた通りにして」
「了解だよ」
火星剣から解放されていたロリエルは、二枚羽で賢明に飛翔し、真球に星力を吸われながらも、微弱な星術盾を展開してレイフとパウロの背を守った。
『ニナリス嬢は力の限り星術方陣と撃ち合うこと。一本でも多くの光撃を打ち消してやるのです。ファラ・アウローラは、全力で<アガレス>の本体を強襲。リージンフロイツが復帰してきたなら、ヤタガラス中尉に代わってクロエ・クインシーの面倒を見させなさい』
ニナリスはそれを復唱し、自らも残る生命力を限界まで引き出して、<アガレス>の光撃の元となる方陣へと反撃に出た。出力に差があり、尚且つ手数も負けているため、すぐにニナリスは被弾し、左肩を浅く削り取られた。
「うぎゃッ!?・・・・・・痛い・・・・・・じゃないの・・・・・・・ッ!」
『ニナリス嬢!ここで踏ん張らないと、貴女の星術が欠けたら全滅です!痛くても、死にそうでも、いま手数を減らしてはなりません!正念場ですよ』
「・・・・・・うぅ・・・・・・師匠の・・・・・・鬼!」
ニナリスは血が噴き出す左肩をそのままに、得意とする炎撃での射撃を続けた。ある時点から、自らが放出する星術の威力が一段向上したことに気付き、ニナリスはイオナへと理由を尋ねた。
「イオナ師?」
『シルフィールのパウロ・バニシング殿が真球を一つ破壊してくれました。これで二つが落ちたので、皆の星力出力も大分上向いた筈です』
「・・・・・・よし。レイフ様!あと二つ、お願いします!」
レイフはちらりと横目でニナリスを窺った。あのニナリスが、達人ばかりが集うこのチームでてきぱきと指示を出す姿は彼の想像の域を超えており、頼もしくもあり不思議でもあった。そして、ニナリスが負った傷の深刻な様子を目の当たりにし、湧き上がる怒りからレイフの全身を激しい星力が巡った。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
雄叫びと共に、高く積まれた瓦礫の頂上を蹴り、レイフは真球の一つへと接近した。真球は咄嗟の星術で防御障壁を築くが、レイフはそれを高速の剣で縦横に斬り裂いた。真球の次なる星術砲撃をカウンターの要領で紙一重にてかわすと、レイフは回避動作の勢いをそのまま反撃にのせた。禍津神が真球を一刀両断して見せた。
レイフやパウロが真球攻略を成し遂げられたのは、妖精ロリエルが二人へと降り注ぐ<アガレス>の攻撃を可能な限り中和していたからで、その意味ではイオナの指揮は完璧であった。さらに戦線へ復帰したリージンフロイツがクロエの治癒に取り掛かっており、時間と共に戦力は増大する格好であった。
「爆ぜろッ!」
溢れんばかりの星力が込められた渾身の一撃を、ファラが<アガレス>の背に叩きつけた。これはニナリスが懸命に<アガレス>と撃ち合っていた隙を見計らって突入したもので、ファラは一撃に止まらず、大竜の背で大いに牙を剥いた。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』
ファラが剣を突き立てる度<アガレス>の絶叫が響き渡り、展開されていた光撃用の星術方陣が派手に霧散した。そしてレイフが最後の真球を斬って捨てたことで、戦場を取り巻く星力の流れは見事に正常化を見た。ニナリスはそれを見届け、満足の笑みを浮かべたまま意識を失った。
「ロリ!行きなさい」
「はい!」
ファラの指示で、ロリエルが急ぎニナリスの下へと飛来した。クロエやリージンフロイツを含め、前陣要員は挙って弱り目の<アガレス>へと襲い掛かっていた。<アガレス>は曲がりなりにも神獣であり、世界を絶望のどん底に追いやった最強の魔獣の一翼を担っている。そんな<アガレス>が簡単に膝を折るわけがないというのが全員の共通認識で、ここで再び優勢となっても、レイフたちには僅かの慢心も宿らなかった。
<アガレス>は狂乱めいて暴れるだけでなく、最後の抵抗にと風の星術を縦横無尽に迸らせた。高出力の風の刃は容易に防御を許さず、レイフらを切り刻みに掛かった。まずはわき腹をざっくりと割られたパウロが総攻撃から脱落した。
レイフはクロエとの位置関係を巧妙に配し、<アガレス>に絶えずどちらかが剣撃を入れられるよう、連続攻撃に拘った。クロエはレイフの真意を踏まえ、彼が期待する動きを完璧に再現して見せた。レイフとクロエが実戦において、このような形でクインシーの連携技を披露することなどこれがはじめてであったのだが、<アガレス>に対して面白いように威力を発揮していた。融合する剣技は輪舞と化し、大竜の四肢をこれでもかと痛めつけた。
<アガレス>の体当たりが掠めたことでリージンフロイツが吹き飛ばされ、落下した先のビルの残骸に埋もれた。それでもレイフとクロエは振り返らず、二対の剣が嵐となって神獣を翻弄し続けた。
『特定危険適性体クロエ・クインシー!レイフ・ヤタガラス!ファラ・アウローラ!許サヌ!許サヌ!許サヌ!排除スル!』
「狂ったか、獣?排除されるのはお前の方だよッ!」
ファラは寄せてくる風の刃を全て見切り、頭から全身を錐揉み状に回転させて突進した。そうして<アガレス>との距離を詰めるや、火星剣で神獣の太い首へと斬りつけた。ファラの芸術的とも言える超絶技巧の攻め手に、クロエが疾風の剣でもって同じ箇所へと淀みない斬撃を重ねた。
(クインシーの娘・・・・・・我が剣に、寸分違わず追随するとは!)
さしもの<アガレス>も威勢が衰え、新たに発動させた星術による星力の散弾は、雑な照準でもって撃ち出された。レイフとクロエの方角には殆ど攻撃が届かず、エネルギー弾は偶然にもファラへと集中した。
防御障壁により直撃こそ避けたが、数発が掠めたことでファラの肌は裂かれ、少しばかりの鮮血が散った。クロエは<アガレス>へと突攻を仕掛けており、被弾したファラの姿を目撃したのはレイフただ一人であった。そして、レイフは一瞬だけ息を呑んだ。
「・・・・・・見たな。レイフ・ヤタガラス」
「話は後だ。今は、<アガレス>を追い込むことだけを考える」
レイフがそういう間に、ファラは星術で傷を塞ぎ、見た目は何事もなかったかのように装われた。クロエは残像を置き去りにする程の高速剣を撃ち込み、<アガレス>の腹部を裂傷で埋め尽くしていった。ファラが、レイフがそれに続き、近接戦闘は激化の一途を辿った。
レイフやクロエも都度打撃を浴びせられはしたが、星力による最低限の防御は怠らないでいたので、怯むことなく戦列に止まることが出来た。中でもファラの攻撃力が最も頼もしく、一撃ごとに確実に<アガレス>の余力を削った。
<アガレス>は全身を起こし、千切れかけの翼を羽ばたかせるが、飛翔に足る推力を得ることは叶わなかった。そうして長い尾を横に払ってレイフらを遠ざけると、決死の反撃を見舞わんと極大な星術方陣を具象化させた。それは濁った緑色に発光し、クロエに毒劇物の効果を連想させた。
(いけない!この星術を撒き散らされる事態だけは防がないと!)
クロエは中距離からの剣閃で対抗するが、その威力は<アガレス>の体表を少しばかり裂いただけで、星術方陣を解消させるまでには至らなかった。
レイフとファラは迷った。ここで<アガレス>の星術と相討ちになる覚悟を決めた上で突入するべきか、星術抵抗に集中するべきか。その迷いが対処にかけられる時間を浪費し、もはや<アガレス>の技を止める術は失われたかに見えた。
<アガレス>の星術方陣はしかし、星力の激流に呑まれて消えた。大掛かりな星力攻撃が<アガレス>の星術方陣を消し飛ばしたばかりか、そのまま神獣の頭部に着弾するや大爆発を引き起こした。
「・・・・・・ここで活躍できなかったなら、首を突っ込んだ意味がなくなっちゃうのよね」
全身血だらけのリージンフロイツがふらふらと歩みを進めてきており、樹霊剣には星力の出力を終えたと思しき青白色の残照がちらついていた。レイフはエルフの娘に感嘆の視線を送った後、樹霊剣の全力攻撃に晒された<アガレス>の状態を確かめた。
全身傷だらけとなった<アガレス>の頭部より漏れ出る星力の量からして、神獣の陥落は疑いようもなかった。ファラやクロエは戦闘態勢を維持したままで動かずにいて、レイフと同様に<アガレス>の動きを見守っていた。ややして<アガレス>はぐらりと体勢を崩すや、そのまま巨躯を地面に横たえた。そして、全身の至る所から青白の光を発するや、端から順に崩れ始めた。
御伽噺で昇天する者の魂が如く、失われていく神獣の星力は無数の煌びやかな光となって、一斉に空へと舞い上がった。
「<アガレス>の翼が健在であったなら、こんな程度の被害では済まなかったでしょうね」
クロエは<アガレス>の死に多少なりとも感傷的になったのか、頬を紅潮させてレイフへと話しかけた。彼女の身形もぼろぼろで、頬には痛々しい擦り傷が目立ち、血を滲ませていた。
「ああ。イオナ・エゼルエルとリナリー・リャナンシーのお陰だ。あの竜もどきに空を制されては適わないと言ってな。初手から飛ばして、風の星術で徹底的に翼を攻めた。エゼルエルの戦術眼がこの勝利を呼び込んだんだ。<ネキオマンティア>の序列二位という肩書きは、伊達ではないということだ」
「・・・・・・あら。すっかり仲良くなったみたいね。それで、イオナ・エゼルエルはどこに?」
クロエのその問いかけに、レイフは無言を貫いた。イオナの消失は知識を共有せねば伝わらない話であり、レイフは彼女が命を懸けて<アガレス>と戦い、そして勝利した事実を今はただ祝いたい気分であった。
レイフとクロエはニナリスの傍に駆け寄るや、ロリエルの治癒によってすやすやと眠りにつく<銀髪魔女>の安らかな寝顔を認めて安堵した。リージンフロイツが、重傷ながらどうにか一命を取り留めたパウロへと応急手当を施している間、ファラがレイフとクロエに申し入れた。
「正体を知られたからには、私は身を隠す。ここで貴方たちを消しても良いのだけれど、それでリア・ファールが窮地に立たされるというのも寝覚めが悪い。三魔神を総じて打倒するまで、しっかり足掻くのだな」
「・・・・・・確かに、リア・ファールの民には差別意識が根強く残る。中央域以北と隔絶されているが故に、ここは亜人が極端に少ない純血の大地だ。だが、奴には。セレスティアル・ヴェルザンディにはそのような気風は微塵もないと思うが。それから、俺も他言するつもりはない」
レイフは自分でも何を言っているのかよく分からなかったが、背を向けたファラに対して慰めともとれる言葉を送った。ファラの肩に停まるロリエルが興味深そうにレイフを振り返るが、ファラは彼の言に反応を示さなかった。そして、ノゾミの真相やらリナリーの遺体やら、ファラは全てを放置してプロセルピナからいなくなった。
(青い血を流した女男爵。大陸最強の<火の騎士>。・・・・・・世界から魔獣が無くならない限り、またいつか戦場で逢うこともあるだろう。そう。俺たちでも、条件さえ揃ったならば神獣に打ち勝てると分かったのだから。師匠がやろうとしていたことは、決して無意味ではなかった。魔獣を除き、苦難に喘ぐ人々を救うことは夢物語ではないんだ)
レイフはファラが去った後も、その場で棒立ちになったまま視線を虚空へと這わせていた。肉体的な限界は近かったが、どういうわけか気分は清々しかった。こうなればヤタガラス家の復興は先延ばしにしても良いかもしれないと、隣で心配そうに自分を気遣うクロエの息遣いを感じながらあらぬ思考を巡らせていた。
<アガレス>の遺骸はいまだ星力の昇華過程にあり、天へと昇っていく燐光がいつまでも幻想的に輝いていた。




