2 炎立つ(回想)
2 炎立つ
遠い記憶の話。
とある王城に設営された、石造りの広い訓練闘技場。床には炭化した、かつては剣だったと思しき物体が幾つも転がっていた。
「ふむ。やはり、ラグリマ君は出力制御に難がありますね。常に最大火力で星力を吐き出しているようです。十五歳にもなると今更矯正するのも大変でしょうし。困りました」
旧レキエル星術学院の首席星術士はそう言うと、剣を振るう少年、ラグリマ・ラウラに静止を促した。ラグリマはそれに従い、黒焦げになった剣をそっと下ろした。そして噴き出す汗もそのままに、観覧席で難しい顔をしている星術士の下へと歩み寄った。
「内燃効率は相当良いのです。それだけに惜しい。星術士として大成する一つの素養を、完璧に満たしているわけですから」
星術士は銀の長髪を掻き上げると、愚痴めいた口調で分析の結果を披露した。内燃効率とは、生命力を星力に変換する性能のことで、星術を行使する段において最も重要な要因と定義されていた。内燃効率が良ければ少ない消耗で強力な星力を獲得できるわけで、これは個々人の先天的な才能といえた。
「でも、ラグったら星力の具象化や意味付けがまるで駄目よ。それって、星術士としては致命的な欠陥なんじゃないの?」
模擬戦の形式でラグリマと剣を打ち交わしていた空色の髪の少女が言った。こちらは汗の一つをかいているわけでもなく、ただ手持ちの剣があらぬ方向に曲がっていた。ラグリマの火力と平然と打ち合えるのは彼女くらいのもので、それでいて星力の制御も難なくこなしていた。
星術士が扱う星術は、星力を火に変えるだとか、星力自体に治癒の効能を持たせるといった変化を主とする体系と、単純に星力で肉体や武器の周りを強化する体系とに分かれていた。少女の言によると、ラグリマは前者の才に恵まれず、星術を運用するにあたり後者に特化せざるを得なかった。それでいて星力の威力をコントロールできないという難点もあり、戦闘における応用性を著しく欠いた。
「だっはっは。小僧の武器は一撃滅殺だけってことだ。分かり易くていいじゃねえか」
星術士とは別の席で訓練を見守っていた大剣豪が、豪快な笑声を上げた。昼間から酒徳利を抱えて赤ら顔でいるのだが、この男こそ正真正銘世界最高峰の剣技能者であった。空色の髪の少女やラグリマは旧くからこの剣豪と縁があり、剣術のイロハはあらかた彼から学んでいた。
剣豪の後方で立ち見さながら見学していたエルフの姫が、呆れ返った口調で反論を述べた。
「融通が利かな過ぎる。一発一発は重いのかもしれんが、雑魚が相手でも無駄に消耗するようでは、戦場を選ぶ。私たちはその者を中心に回っているわけではないのだからな」
「中心は手前ってか?エルフのお姫さんや」
「否定はしない。樹霊剣を携えた私は正しく魔獣を焼き払う存在と言えよう。英雄が常に人間族である必要はないし、ましてや短期決戦でしか使い物にならない少年である必要などどこにもないということだ」
かくいう<燎原姫>は、直言こそ辛辣であれど、これで陰ながらラグリマに星術のコツや知識を授ける良い姉役をも演じていた。
ラグリマは「ありったけの剣を持参するしかないのかな」と呟き、星術士の苦笑を誘った。空色の髪の少女はラグリマのスタミナを完全に把握しているのか、「十八本ってところじゃない?つまり、あんたが倒せる敵は最低で十八匹ってことよ」とぶっきらぼうに助言した。
星術士は、ラグリマの未熟さを勿体ないと思いこそすれ、戦友として物足りないと感じてはいなかった。攻撃回数や武器の耐久性に縛りがあるとしても、ラグリマの爆発的な攻撃力が意義を損なうわけではなく、対神獣を想定するなら寧ろ頼もしくすらあった。神獣は人智を超えた戦闘力を有するものであり、その防御を打破するというのは深刻な課題である。そうした相手を前にして、ラグリマの突き抜けた攻撃スタイルはイレギュラーな一転突破の可能性を大いに秘めていた。
「ラグリマ君。君の剣は<強宮>のような武闘派の神獣にもしっかり通用すると信じます。その力、使いどころを誤ることのないようにしてください。きっと、君は我々の希望足り得ますよ」
「それは言い過ぎ。こいつ、絶対調子に乗るし。ほら、なんかにやけてるし。小者の癖に生意気。もう一戦やるか?コラ」
空色の髪の少女は、ラグリマに打たれて湾曲した剣をこれみよがしに振って見せ、示威に及んだ。ラグは受けて立つ気満々でいたが、星術士よって厳しく静養を促された。強大な力はその分身体に負荷をかけるものであり、星術士はまだ若いラグリマに必要以上の無理を強いる愚を犯さなかった。
星術士は、終始黙したまま隣席で若者たちの訓練を視察していた仮面の竜騎士へと感想を訊ねた。仲間内ですら仮面を脱がない変わり者の竜騎士は、彼もまたラグリマの実力をしかと認めており、決して思い付きではない私見を落ち着いた声音で口にした。
「そうだな。一対一。一戦のみ。そういうルールで競ったなら、ラグに勝てる奴は少ないんじゃないか?もちろん現実の戦場に即したら、無意味な仮定だ。実際はどれだけ効率よく・・・・・・」
仮面の竜騎士が言い終える前に、負けず嫌いな面々が即座に反応して言葉を遮った。
「「それはない!」」
回答は大いに唱和していた。
「俺様の無剣陣なら、小僧の一撃をいなしてカウンターをぶち込めるぜ」
「是非もないな。森を一つ犠牲にすれば、正面からの力比べとてわけもない。エルフの至宝、樹霊剣は無敵だ」
「心・技・体の全てにおいてあたしが勝ってるし!こいつに負けるなんて、未来永劫絶対にあり得ないし」
彼らは何れも世界トップクラスの武力を有した英傑であり、負けん気から出た台詞であろうと大言壮語の類とは別格であった。それでも星術士は大人げないものだと溜め息を吐くと共に天を仰ぎ、竜騎士はラグリマを向いて肩を竦めて見せた。
ラグリマは、欠点だらけで矮小な自分を受け入れ、教導してくれる幼なじみ以外の勇者たちを尊敬していた。そして戦場で背中を預ける仲間として、これ以上にないくらい信頼を置いていた。
空色の髪の少女は文句を言い足りないようで、ラグリマに「あんたなんて、まだまだ修行が足りないんだから。言いたいことは山ほどあるけど、取り敢えずごはんに行くわよ」と声を掛け、手の平で背中を強く叩いた。
八年前の出来事であった。