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魔獣と滅びゆく世界の戦記  作者: 椋鳥
本章第一部 一姫当千の許嫁は戦場で火の騎士と踊る
59/107

9 女たちの饗宴-4

***



 都市に沈殿した絶望を全て洗い流そうとしているかのように、土砂降りの雨がマテウスの大地を執拗に叩いた。低地の家屋や建物は浸水しそうな勢いで、かかる雲によって日中だというのに、明かり無しでは書を読むことすら難儀する薄暗さに見舞われていた。戒厳令が出されているラナン・クロス共和国の首都は、大雨であることを除いても外出に制限が課せられ、都市間の流通は往時に比べて見事に半減していた。


 単に活気が失われたというだけでなく、神獣の出現という衝撃的なニュースが民を恐慌の一歩手前にまで追い込んでいた。政府は情報収集に追われて有効な対策を打ち出せず、大衆紙が無闇に悲壮感を煽ったので、マテウスの世論は総悲観に傾かざるを得なかった。


 ダイダロス・ボルジアは一人、血気盛んに過ごしていた。無能な市民が無能な政府を罵るこの状況は、抜きん出た武力を有する彼にとって好機という他になかった。凶状持ちの魔獣ベスティアに対抗させるべく、彼の国防軍にスポットライトが当たる日も近いとダイダロスは読んでおり、それは即ち無血でクーデターを成し遂げるに等しい状況なのだと傲っていた。


 そんな折り、アルカディア皇国からセレスティアル・ヴェルザンディが彼の下を訪ねてきた。アルカディアの元皇太子であり、渉外局長を務める彼の訪問は、ダイダロスの権力をより強固なものへと昇華させることに利用できると判断され、速やかに謁見の許可が出されていた。


 参謀本部の応接室に通されたセレスティアルは、濡れそぼった外套を衣紋掛けに掛けるや早々と、ダイダロスの入室に立ち会った。ダイダロスは軍服姿の屈強な三人を伴っており、セレスティアルの姿を認めるや不敵な笑みを浮かべた。


「ヴェルザンディ公爵。お初にお目にかかる。私がダイダロス・ボルジアだ」


「お目通りが叶いまして嬉しく思います、ボルジア将軍閣下。アルカディア皇国渉外局のセレスティアル・ヴェルザンディです」


 互いに名乗りを上げ、握手などするでもなくソファに腰を下ろした。ダイダロスの付き人は室内の隅に散らばり、会談に参加する素振りはなかった。女性官吏が後から入室して茶を出すと、世間話も抜きにダイダロスが切り出した。


「さて。互いに忙しない身であることだし、下らぬ社交辞令は抜きにさせて貰う。件の共同戦線の申し出についてであろうが、我が国はこれを拒否する」


 ダイダロスは平然と告げ、異論があるなら言ってみろとばかりにセレスティアルへ挑戦的な目を向けた。銀髪は隙なく総髪に整えられており、軍服は裾まできっちりと糊がのっていた。


「・・・・・・では、単刀直入に行かせていただきます。何故なのです?閣下ほどの高位にあられる軍人が、此度の神獣の所業をリスクと捉えられない筈はありません。一国が単独で当たれるレベルの災禍ではないと明白ですのに、どうしてご協力いただけないものか、不思議でなりません」


「若いな。失礼だが、公爵の年齢を聞いても?」


「先日、二十四になりました」


「ふむ。では<不毛のデッドバレー>における英雄軍の決戦時、物心はついていただろう。問うが、リア・ファール大陸から参戦した英雄の名を挙げるとすれば、どの名が浮かぶ?」


 ダイダロスの問いかけはあまりに分かり切ったものであったが、敢えてセレスティアルはそれに乗った。


「貴国の大剣豪、アズライール・クインシーですね」


「そう。リア・ファールに住まうあらゆる人間がそう答えると思って差し支えあるまい。市井で広まる英雄譚において、クインシーはアリス・ブルースフィアに連れ添い、最後の戦場においても活躍したと歌われている。その頃、私は既に国防軍で将軍位にあったので、かの英雄軍への対応にも携わっていた。だからこそ、現在の風潮に甚だ疑問を感じている」


 セレスティアルはこれだけを聞いて、ダイダロスの言わんとするところを察した。それはセレスティアルも一度ならず抱いた疑問であり、世の不条理と断ずるしかない話であった。


「正確には、アリス・ブルースフィアの英雄軍に、ラナン・クロスはもう三人を輩出していた。アルカディアと聖シュラインからもそれぞれ二人。グルファクシーとゼオーラが一人ずつ。つまり、リア・ファールからは都合十人の勇者が旅立っていたのだ。だのに、たかだか八年足らずの内に、クインシー以外の功績は色褪せてしまった。英雄軍と言えば。リア・ファールから出た勇者と言えば、全てがクインシー一色に塗りつぶされてしまった」


「なるほど。つまり将軍閣下は、対魔獣共同戦線においても同じ事が言えると仰りたいわけですね?戦後の名声が、我がアルカディアでのみ高まるのではないかと・・・・・・」


「賢明だな、公爵。一点だけ指摘させてもらえば、アルカディアではなく、貴殿だ。リア・ファールを挙げて魔獣ベスティアに抗うと宣言した発起人。リア・ファールの諸国をまとめあげ、三魔神を打破した若き皇太子。そんなストーリーの成立が予想されるとは思わぬか?」


「大枠では、そうかもしれません。ですが、当事者たる私にその意思がありませんし、なにより多くの勇者を抱える貴国が、結果的に最も注目を浴びる可能性も否定できないものと存じます」


「ほう。我が国の勇者とは、例えば誰を指すのだ?」


「アズライール・クインシーの系譜に連なる方々がおられます。クロエ・クインシー。ヴィクター・ベイロード。そして、レイフ・ヤタガラス。私が知り得る限りでは、何れ劣らぬ勇者かと」


「その通りだ。公爵の挙げた三者が一騎当千の勇者であることは間違いない。私も保証するところだ。・・・・・・だが、それを私が喜ぶと思ったのなら大間違いだ。国防軍において、私とクインシーの一派は志を等しくせぬ。むしろ、クインシーの一派に勢いづかせるようなことがあれば、それは戦後処理を考えた上でたいそう望ましくない。分かるな?貴殿に活躍されては困るし、我が国の跳ねっ返り共に活躍されてもまた困るのだ。これぞまさに、八方塞がりという他にない」


 用意していた答えを披露し終えたと言わんばかりに、ダイダロスは言葉を切るや上機嫌を装ってソファに身を埋めた。バトンを渡された形のセレスティアルは、一方的に議論を打ち切ろうとするダイダロスをどうにか前のめりにさせるべく、突破口を探りに掛かった。


「将軍閣下。何か条件をお出しいただけませんか?我が国は神獣と対決するにあたり、もてる力を惜しむことなく出し尽くす所存です。貴国に協力を仰ぐにあたって、何も志一つで説得を試みようなどとは考えていません。求められる実利に関しては、最大限譲歩したいと存じます」


「降伏せよ」


「え?」


「アルカディアが、我が国に無条件降伏をして見せよ。さすれば、貴殿の申し出を受けるにあたり、こちらに相違はない」


 この回答をもって、セレスティアルはダイダロスが元より交渉のテーブルに付く気などないのだと悟った。間を置かない返事や、予め準備がされていたと思しき無理な要求に対し、流石にセレスティアルの心中もただ虚しさに占められていった。


(話が通じないこともあろうとは思っていたが、これは最悪を極める・・・・・・。ダイダロス・ボルジアを土俵に引っ張り上げるには、ゼオーラあたりと握ってから迫る他にないのかもしれない)


「ちなみに、ゼオーラと二国掛かりで我が国へ圧力を掛けようとしても無益であるぞ。彼の国の軍事力など取るに足りぬ。ましてや貴殿らは対魔獣戦に全力を注ぐと公言した身。いまから二国が共同し、我が国に対して全面戦争に踏み切るなどと言っては、世間も黙認するまい。つまりは勇み足だったということだ」


「・・・・・・参りました。では閣下。部隊の通行だけでも許可願えませんか?南部や東部に援兵を送るにあたり、行程の短縮から貴国の勢力圏を通過させていただきたいのです」


「ならぬな。公爵の出立に続けて騎士団が進発した件は掴んでいる。こちらも軍に臨戦態勢を取らせている故、領土への接近が少しでも認められたならば、即座に開戦となろう」


「左様ですか・・・・・・。ここマテウスが神獣に襲撃されても、将軍閣下には撃退する胸算用がおありで?」


「敢えて語る必要性を感じぬな。そもそも、貴殿らは無条件で神獣と戦うのであろう?ならばマテウスを救いに来れば良い。それだけは認めようではないか」


「是非も無し。その折りには、間違いなく救援に駆け付けさせていただきます。・・・・・・そういえば。このようなことを私の口から申し上げるのは憚られるのですが、レイフ・ヤタガラス中尉は私の思想に一部理解を示してくれました」


「であろうな。貴国の騎士団を撃退して後、クインシー派を後ろ盾として北への異動を申し出てきた。あの者にはがっかりした。父親と違い、いま少し見込みがあると思っていたのだがな。もはや用済みだ。何れ除隊させるか、或いは父親の後を追わせるかしかない」


 ダイダロスが乗って来たので、セレスティアルも一歩踏み込んで見せた。


「調べさせていただきましたが、ヤタガラス中尉の父君は死の直前まで、自身がクーデターとは無関係だと訴えられていたのですよね?状況証拠から見ても、クーデター勢の捕縛があまりにスムーズに運んだと言えます。事後、主犯格の軍人たちが有無を言わさず処刑されている点も気になるところです。・・・・・・まさかとは思いますが、ヤタガラス家の不名誉は悪意ある何者かから押しつけられたものということは、ないでしょうね?」


「フフ。内政干渉に類する意見を堂々と寄越してくるとは、思ったより気骨があるではないか、公爵よ。政治の世界に保守や革新の別があるように、国防軍にも見地の相違はある。自国の民や政治との関係。魔獣ベスティアへのスタンス。軍政の在り方。あの日まで、どれ一つをとっても満足がいく代物ではなかった。国防軍の上層部は腐りきっていたのだよ。それを助勢せずとも黙認していた将官連中は木偶人形も同然。クーデターが起ころうと起こるまいと、無能に対する責任は死をもって贖う程度に重いものであった。公爵、私は働かない者が嫌いなのだ。あの一件から私は、軍を勤勉で才気溢れる者たちの集団へと変えるべく尽力してきた。何人にも後ろ指を指されぬ強大な組織を作り上げるため、如何なる犠牲をも払ってきた。その結果が、大陸一を誇る軍事国家としての、今のラナン・クロスの姿だ。政治からではなく軍事から国の形象を定めて見せたのだ」


 ダイダロスは図らずもセレスティアルの疑惑を肯定した。セレスティアルの目にはこの初老の男が、一軍人の資質を遥かに越えた、軍政の権化たる鋼鉄の巨人と映った。アルカディアの政治を変革せんとしてあっさり放逐されかけた自分と異なり、この男は信念を貫いて国家を変貌させたのだと考えると、セレスティアルは対等に渡り合えようもない理由が判明したように思えた。


「ただ一つ。レイフ・ヤタガラス中尉の剣は、三魔神と戦うにあたり非常に有用です。将軍閣下が不要と仰られるのであれば、こちらで身柄を預からせていただきたい。くれぐれも、無茶な手段で害することのないようお願いしたく思います」


「好きにするのだな。こちらからも一つだけ忠告を返しておくと、あの者が心の底から抱く願望は、アルカディアで成就させられるような類のものではない。あの者が貴国に行きたいと望むならばまだしも、そうならぬ事態にまで責任は持てぬ。・・・・・・これで話は終わりか?」


 セレスティアルはこの場における説伏を諦めた。流石にダイダロスの老獪さは極まっており、セレスティアルが考え得る理屈では活路を見出せそうになかった。


 セレスティアルの誤算はそれだけに止まらなかった。


 立ち上がり、退出を申し出ようとしたセレスティアルへと、予告無しに三方から剣が襲いかかった。ダイダロスが伴った軍人たちの暴挙であり、セレスティアルは足と手で三者の剣刃に対応した。足裁きは敵の攻撃ポイントを誤らせ、見事な抜き手はたちどころに剣筋をずらした。さらにセレスティアルは、星力レリックを込めた手刀を叩き込み、軍人たちを次々と床に沈めた。


 しかし、第四の刃がセレスティアルの防御陣をかい潜った。ダイダロスの手にした軍用ナイフはセレスティアルの右胸にしっかりと突き刺さっていた。


「公爵。思った以上の技前であったぞ。だがこの私とて、ニ十年も遡れば国防軍にその人ありと謳われた豪傑であったのだよ」


 セレスティアルの胸に吸い込まれたナイフの柄から手を離し、少しだけ紅潮した顔を愉悦で歪め、ダイダロスは勝ち誇って見せた。


 セレスティアル・ヴェルザンディの暗殺。これが会談に応じたダイダロスの真の目的であった。彼は、対魔獣共同戦線を提唱したセレスティアルに、リア・ファール中の誰よりも賛辞を送りたかったし、誰よりもその異能を認め警戒していた。放置していれば、アルカディアとセレスティアルがリア・ファールの歴史のページを埋め尽くしていくことが容易に想像出来、先んじて手を打てなかった自分と母国の政治家の浅薄を思うだに、ひたすら歯噛みした。


 政治的に尊敬に値する動きを取られたが故に、殺す。ダイダロスの発想はこの点シンプルで、セレスティアルを除いた後に、思想だけをラナン・クロスに引き継がせるというのが彼の思惑であった。


 セレスティアルは立っていられず、再びソファへと倒れ込んだ。多量の出血が上半身を赤く染め上げており、あまりの痛みから発声は途切れ途切れとなった。


「ダイダロス・ボルジア・・・・・・これは、いくら何でも、下策だと思います、よ・・・・・・」


「わかっておる。されど、ラナン・クロス優位のリア・ファール連合を作り上げるには、もはやこの手しか残されていないことも確かだ。セレスティアル・ヴェルザンディ。見事な手腕であった。聞く限り、リア・ファールの民意は貴殿が呼びかけた通りに大きなうねりを形成してまとまりつつある。後を私とラナン・クロスが引き継ぐ。魔獣ベスティアの打倒は成し遂げて見せる故、安心して冥土へと旅立つが良い」


 ダイダロスは言って、止めをくれてやろうと今一度セレスティアルに近付きかけた。そこで応接室がぐらりと大きく揺れた。一瞬であったため、ダイダロスは訝りこそすれそれをただの地震であろうと解釈した。


 しかし、セレスティアルの感想は異なった。


「・・・・・・マテウスの国防軍は、戦闘態勢に、あるのでしたね・・・・・・?すぐに、出動命令を・・・・・・」


「公爵。何を言っている?傷で気が動転したか?」


「・・・・・・今の、揺れ。来たの、かも・・・・・・しれない」


 セレスティアルの苦悶の表情に、妙に力強い眼力を感じ取り、ダイダロスは思考を停止させて天井を仰ぎ見た。何の変哲もない白塗りの天井であったが、その刹那、全面がひび割れたかと思うと粉々に砕け散った。牛と見紛う巨大な魔獣ベスティアが参謀本部の上階から部屋を踏み砕いたのだと、一瞬で圧死したダイダロスは最後まで知り得なかった。


(<ダンダリオン>!・・・・・・やはり、大国の首都を狙ってくるのか!?)


 意識が混濁しつつある中、セレスティアルは至近距離に<ダンダリオン>が再来したことを視認した。<ダンダリオン>の手足から延びた無数の枝の先には、ラナン・クロスの軍人と思しき貫かれた幾つもの肉体がぶら下がっており、何れも物言わぬ冷たい躯となっているのは明らかであった。


 参謀本部庁舎の崩壊が進んでいるのか、天井から流れ落ちてくる雨水が止めどなくセレスティアルの全身を打って濡らした。


 <ダンダリオン>は瀕死のセレスティアルに興味がないのか、そのまま床を圧壊させながら参謀本部庁舎の下層階へと破壊の範囲を広げていった。枝はそれぞれが単体で意思をもっているかのように、庁舎内を逃げまどう軍人たちを次から次へと刺し貫き、至るところで<生命力アニマ>を消失させていった。<ダンダリオン>は星術アーティファクトをも発動させ、マテウスの中心区画にて亜獣を量産するという凶行に出た。


 マテウスが機能不全に陥るまで、多くの時間を必要とはしなかった。<ダンダリオン>の計り知れない威力の破壊活動と、百匹を数える亜獣の行進は、軍事大国の首都を端から順に地獄へと変じさせた。ようやく国防軍の迎撃が始まったが、大将たるダイダロスは既にこの世の人でなく、指揮系統の混雑から局所的な反抗に止められた。


 敵が魔獣ベスティアであるということも、その戦いを想定していなかった国防軍の意欲低下を招いていた。軍人たちは、醜悪な外見をした見慣れぬ亜獸を前にして戸惑い、加えて対抗しようもない猛攻を見せつける神獣を視界に収めるだけで戦意を喪失した。魔獣ベスティアの暴虐によって流された血や市民が流した涙はその都度、降り止む気配のない雨によって等しく洗われた。


 ここでも必死になって剣を振るっていたのは、マテウスに滞在していた少ない流れの闘士スレイヤーと、ヴィクター・ベイロードが率いるクインシー派の気骨ある戦士たちであった。


「亜獣には必ず三対一で挑め!神獣は俺がやる!いいな、集団戦を堅持しろ!」


 ヴィクターは戦場と化して瓦礫が積み上げられたマテウスの市街を一気に駆け抜け、目に留まった亜獣を斬り捨てながらに味方へと檄を飛ばした。傍らには副官であるシュザンナ・ルロイが従っており、彼女の剣もまたヴィクター仕込みの剛剣であったため、今も危なげなく幽霊種ファントムを切り払っていた。


 二人の身のこなしは常人の技でなく、逃げまどう群衆や悪い足場をすり抜けるようにして、国防軍の参謀本部庁舎に着々と近付いていた。


「中佐!本部は壊滅した模様ですが、捜索の必要がありますか?」


「・・・・・・愚かな大将閣下が下された指示のお陰で、郊外に陣立てしていた俺たちは奇襲を受けずに済んだのだ。微かな感謝と軍人としての責務を思えば、奴の生死くらいは確認せずにおれん」


「はあ。あの惨状で、生き残りがいるとも思えませんが・・・・・・」


 シュザンナに指摘されるまでもなく、ヴィクターの目にも倒壊した本部庁舎の無惨な外観が映し出されていた。それより離れた地点で暴れ回る神獣をどうにかする方が先決であるとは思われたが、ヴィクターは本部庁舎で行われていたアルカディアとの首脳会談を気に掛けていた。


(姫様やヤタガラスが言及した、アルカディアの元皇太子。時刻を考えれば、ちょうどダイダロス・ボルジアを訪ねていた頃合いだ。巻き添えを食って死んだなら兎も角、もし逃げ損ねているようなら退路くらいは確保してやらねばな)


 往時の面影もない、全てが崩落したずぶ濡れのビルへと足を踏み入れた二人は、即座に星術アーティファクト生命力アニマの探知を実行した。そうしてシュザンナが僅かな反応を嗅ぎ取り、瓦礫を除いた先で水溜まりに沈んだ重傷のセレスティアルを発見した。


 シュザンナはセレスティアルの頬を軽く叩き、瞳孔を確認して意識の有無を探った。屋根の下であったが、シュザンナの髪を伝って水が滴り落ち、セレスティアルの額を叩いた。


「もし!私の声が聞こえますか?国防軍中尉、シュザンナ・ルロイです!」


 そう呼びかけながら、シュザンナは星術アーティファクトを用いて手際よく止血を施してやった。それでも多量の出血がセレスティアルの体に大きなダメージを与えていると見られ、シュザンナはこの重傷者が生還する確率は二割もないと判断した。


「・・・・・・こちらに向かって来たな」


 ヴィクターが緊張と興奮の入り交じった声で警戒を促した。シュザンナが振り返ると、雨中で<ダンダリオン>が巨体を揺すり、こちらへ接近してくる様子が窺えた。それに合わせてか、手足から伸びた先々で人間や建物を荒らしていた枝の群も、一斉に本体へと集束し始めていた。


 ヴィクターは剣に星力レリックを纏わせ、凄みのある面相をしてシュザンナに言った。


「俺がぶつかる。お前はサポートに徹しろ。決して奴の気を引こうとはするな。今回ばかりは、ミスを補ってやれそうにない」


「・・・・・・承知しました。中佐、御武運を」


「ああ」


「・・・・・・お待ち、下さい・・・・・・」


 二人の会話に、意識を戻したセレスティアルが割り込んだ。シュザンナの足下に横たわり、顔は青白く目も閉じられたままであったが、セレスティアルは状況を理解した上で必死の忠告を口にした。


「国境付近に・・・・・・アルカディアの、騎士団を・・・・・・待たせています。ここの状況を知って、直ぐに、駆けつける・・・・・・でしょう・・・・・・。共同して、<ダンダリオン>に、当たって、下さい・・・・・・。私、は・・・・・・セレスティアル・・・・・・ヴェルザンディ・・・・・・です・・・・・・」


 ヴィクターはその名を聞いてやはりと頷いた。そうしてセレスティアルの助言を受け入れることに決め、アルカディア騎士団との接続をシュザンナに託した。シュザンナはそれを受け入れると近場の兵を呼び寄せて、重傷のセレスティアルを少しでも安全な場所まで運ばせることとした。


 当のヴィクターは、自らを標的と定めたと思しき<ダンダリオン>の挑戦を受けるべく、真っ向から突撃した。


 飛沫を上げ、疾駆して迫り来るヴィクターに対し、<ダンダリオン>はファラの相手をした時と同様、全ての枝を射出して迎撃した。無数の枝が寄せてくるなり、ヴィクターは高速の剣でそれらを斬り払った。だが、斬り落とした先からまた枝が伸びて向かってくるので、ヴィクターは正面からそれを制圧する愚を悟った。


 ヴィクターは星力レリックを全身隅々まで行き渡らせ、感覚器官が最大限まで敏感になるよう調節した。上下左右から襲いかかってくる枝に対し、剣で斬らずにそっと触れることで上手く受け流した。それだけではなく、手や肘、膝や足先を使っても同じく枝先の進路を曲げてやり、力ではなく技で全てをいなしに掛かった。それでいて前進を続けていたので、ヴィクターと<ダンダリオン>の距離は次第に縮まった。


 <ダンダリオン>は巨体の重量を感じさせぬ敏捷性を発揮し、上空高くへと跳躍した。そうしてヴィクターの視界から消え失せたかと思うと、自発的に距離を詰めてのボディアタックを見舞った。<ダンダリオン>が地面に落下するや、その衝撃がまたもマテウスに大地震を引き起こした。


 ヴィクターはその威力を受け止められないと見切り、衝突の瞬間に地面を抉り、地下へと避けた。衝撃波だけは殺しきれなかったものの、圧死する事態は避けられ、それだけでなく<ダンダリオン>が起き上がった機に反撃まで叩き込んで見せた。


 星力レリックの乗りは然程ではなかったが、ヴィクターの鋭い斬撃は<ダンダリオン>の腹部を深く薙いだ。その剣傷と、以前ファラが抉った傷とが部分的に一致を見、少なくはあれど、<ダンダリオン>の胴体から青白く光る星力レリックが漏れ出した。


 ヴィクターは追撃に移行したくもあったが、そこで怯まぬ<ダンダリオン>から嵐の如き枝の攻撃を見舞われた。ヴィクターは痛む全身を星力レリックの巡りで労りつつ、ステップを踏んで<ダンダリオン>から距離をとった。そのまま枝と剣の応酬が再開を見、ヴィクターは単身ながら懸命に<ダンダリオン>と渡り合った。


『汝ヲ特定危険敵性体ト認定スル』


 <ダンダリオン>が発したその声を受け、ヴィクターは繰り出す剣を止めずに口上での切り返しを試みた。


「そう来たか!クロエ様から聞いているぞ。ならば、俺のことはアズライール・クインシーとでも記銘しておけ!」


『ブレインネットワークニアル名ダ。ソノ者ハ既ニ討ト取ッタ。絶望セヨ。ソシテ、汝ノ名ヲ名乗ルガ良イ』


「・・・・・・馬鹿め!例え師が討ち取られようとも、クインシーの星は輝いている!絶望には、まだ早い!」


 ヴィクターは超絶技巧で一気に多くの枝を斬り飛ばすと、クインシー流に伝わる足運びで<ダンダリオン>との間合いを大きく詰めた。次なる枝の発射が間に合わないと判断した<ダンダリオン>は、四つの赤黒い眼球を不気味に光らせ、瞬間的に星術アーティファクトを完成させた。


 その場に星力レリックの茨が具現化し、<ダンダリオン>の全身を巻くようにして覆い尽くした。接近したヴィクターによる刺突は茨によって弾かれ、逆に青白く発光する茨がうねってヴィクターを打ち据えた。背を打たれた形のヴィクターは地面に倒されるが、続く枝の追撃には機敏に転がることで対処した。


 全身を泥だらけにして起き上がり、枝と茨を起用に斬り払いながらヴィクターは再び<ダンダリオン>から遠ざかった。


『名乗レ』


「・・・・・・ヴィクター・ベイロードだ。貴様ら魔獣ベスティアを斬り殺す男の名、覚えておけ!」


 そう啖呵を切りはしたが、ヴィクターは体力や怪我の回復が全く追いついておらず、己が剣の精度が低下している様を自覚していた。手数で勝る<ダンダリオン>は優位を全く疑っていないようで、枝の連射と茨による打撃を執拗に続行した。


 窮状を打開する策が浮かばぬことで、ヴィクターは敵の攻撃をひたすらいなした。濡れた地を蹴り、星力レリックを走らせ、剣を縦横に振るった。だが、神獣の余力は無尽蔵かと思えるほどに攻勢は鈍らず、ヴィクターの生傷だけが時間と共に増加した。マテウスの市街は中心部付近の被害が大きく、特に<ダンダリオン>が暴れている周辺は、元の街並みなど影形もないほどに劣後していた。


 ヴィクターと<ダンダリオン>の攻防は、互いに果てることなく長引いた。


 そうして雨雲の向こうに夕闇が訪れんとした頃、ヴィクターの心境に変化が生じた。


(・・・・・・じり貧か。クインシー師、不出来な弟子をお許し下さい!クロエ様、このヴィクター、差し違えてでも奴に一死を報いて見せます故。・・・・・・こうなれば、一撃に全ての星力レリックを込めるのみ!)


 ヴィクターは特攻を決意した。その不穏なる決意はどうやら<ダンダリオン>まで伝わったようで、優勢であった神獣はいったん攻撃の手を止めるや、再び星術アーティファクトを用いて星力レリックの茨を増発させた。


「・・・・・・受け切る気か。上等だ!」


 ヴィクターは全身から夥しい量の星力レリックを噴出させた。それは限りある<生命力アニマ>の交換リミットを外す、自爆と同義の技であった。ヴィクターの狙いは、剣に星力レリックを一点集中させ、圧倒的威力の物理攻撃で<ダンダリオン>の頭部ないしは傷物となっている腹部を吹き飛ばすところにあった。


 ヴィクターが決死の攻撃に移らんとしたその時、制止を求める声が雨足を突き抜けて響いた。


「ベイロード中佐!お待ちをッ!友軍が到着しました!」


 声の主はシュザンナ・ルロイであり、懸命に走ってきた彼女の背には、ヴィクターも顔を知る敵国の騎士ナイトが列を連ねていた。


「シュダ・レプラカーン、助太刀致す!」


 白髪の騎士ナイトが剣を携え、冷厳たる氷青の瞳で<ダンダリオン>を睨みつけた。アルカディア騎士団のシュダ・レプラカーンであり、彼直属の強騎士たちもまた一斉に戦闘状況へと介入した。


 シュザンナはヴィクターの隣まで進み、上官に負けじと生命力アニマを燃やしてクインシー流の構えをとった。


「シュダ・レプラカーン・・・・・・か。シュザンナ、良いタイミングだったぞ。お前は紛れもなく、俺の命の恩人となった」


「何よりです。このままあのデカブツを片付けたら、中佐は勢いで私にプロポーズされるのではありませんか?」


「フッ。お前も言うようになった。・・・・・・シュダ・レプラカーン卿!奴の攻撃パターンは、手足から高速で射出される槍や鞭の如き無数の枝と、全身に巻き付いた茨による打撃がメインだ!それと、体重を掛けられたプレス攻撃にも注意が要る!」


 ヴィクターは近年の仇敵にそうアドバイスを送り、特攻のために練られた星力レリックを一先ず解除した。シュザンナは気を抜くことこそなかったが、上官が行おうとした自殺行為とも言える突貫が阻止されたことで、細面に安堵の色を浮かべた。


 シュダはヴィクターからもたらされた情報を頭に入れ、初対峙の神獣と向き合うべく一歩を踏み出した。アルカディア皇国で無類の強さを謳われるシュダであっても、<ダンダリオン>が放つ無形の圧力を前にしては、気を抜けば心身ともに圧されそうであった。


「忠告感謝する、ヴィクター・ベイロード殿。騎士ナイトの矜持に懸けて、ヴェルザンディ公を拾っていただいた分の働きはして見せよう。全騎、私に続け!この神獣を伐つぞ!」


 シュダの背を後押ししたのは、間違いなくセレスティアルの行動であった。自らを盟友であると言ってくれるセレスティアルが、アルカディアのみならずリア・ファール全土を焚きつけて神獣と対決する道を選び、命を賭して敵国まで駆けつけたことは、生粋の騎士ナイトであるシュダの心を痛切に打った。これまでセレスティアルへの援助に己が栄達を交換条件としてきたシュダであったが、リナリー・リャナンシーの主に対する献身やレイフ・ヤタガラスの変節ぶりを目にしてきたことで、純粋にセレスティアルの剣となることへの抵抗が薄らいでいた。


 シュダにとってヴィクターの存在など憎らしい強敵でしかなかったが、その相手が神獣と戦っているのであれば話はまるで違った。セレスティアルはリア・ファールの諸国が手を取り合って跳梁する魔獣ベスティアに対抗すべしと説いており、不思議なことにアルカディアは一丸となってその志を推進していた。


(ここへ来て四の五の考えるのは止めだ。ヴェルザンディ公爵の容態は予断を許さぬ。獣が暴れれば、その分だけ公爵の身辺を騒がせることに繋がる。・・・・・・簡単な話ではないか。俺がやるべきは、この獣を打ち破ること!)


 シュダとアルカディアの騎士ナイトは猛り、勇気を振り絞って<ダンダリオン>に剣を向けた。それを見届けたヴィクターの闘志は奮い立ち、シュダに並んで<ダンダリオン>討伐へ邁進すると決めた。


 シュダが切り込み、シュザンナが牽制し、そしてヴィクターが<ダンダリオン>へと渾身の一撃を加えた。<ダンダリオン>は負けじと抵抗し、激闘の連続によってマテウスの景観は崩壊の一途を辿った。


 ラナン・クロスとアルカディアの意地と、世界最強たる神獣の苛烈な激突は、雨が止もうとも容易な決着を誘わなかった。



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