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魔獣と滅びゆく世界の戦記  作者: 椋鳥
本章第一部 一姫当千の許嫁は戦場で火の騎士と踊る
52/107

7 救われない世界-4

***



 リア・ファール東部の最大勢力、フラガラッハ連邦の国土に占める高地の割合は五割を上回っており、人里に限っても二割超が山間に埋もれていた。グルファクシーと似て部族主義が根強く残っており、セレスティアルが留学していた時分の友人から聞かされた話では、奴隷制度と女性蔑視の風潮がいまだに温存されていた。


 宗教的には、<星神(レストリネビュラ)>か<光神(エトランゼ)>の一方を緩く信仰する向きが主流で、ヘルと呼ばれる土着の精霊を崇める密教も流布していた。鎖国状態ではあるが、一部の支配層だけは例外らしく、セレスティアルがサラ・インドラと知り合えたことがその証左であった。


 インドラ氏族というフラガラッハの名族から留学に出されていたサラは、セレスティアルの目にも極上の美女と映った。整った目鼻立ちから艶やかな肢体、男心をくすぐる挙動に甘い美声までずらりと武器を並べ、ルクソール剣学院に通う男子を魅了し尽くした。セレスティアルらのグループにおいては、言い争いが起きた際の潤滑油として良く働き、真面目なクロエ・クインシーや無気力なアガメムノンも、サラに対してだけは含むところがなかった。エリザベス・ルプルグは同性として僅かばかりの対抗意識を抱いていたが、裏表がない天然気質の楽天家であるサラと本気で衝突することは有り得なかった。


 セレスティアルは、国家としてのフラガラッハが対話の通用する相手とは考えていなかったが、サラが自分からのアプローチを無視するとは微塵も思わなかった。サラは全く邪心を抱かないのかと周囲から疑われる程に度量が広く、男性から寄せられた性的な目線に気付いたとして、それに笑顔で手を振って見せるようなおおらかな女性であった。


 そんなサラとの再会は、セレスティアルの心中に極度の悲嘆をもたらした。同行してきたファラ・アウローラとエリザベス・ルプルグは、一気に憔悴した彼の表情を目の当たりにして、掛けるべき言葉を失った。


 フラガラッハの南東に構えられた堅固な城塞都市。それがゾロであった。首都であり、山間の砦でもあったその都市は、魔獣(ベスティア)によって完膚無きまでに破壊されていた。セレスティアルや、闘士(スレイヤー)の部隊を引き連れたエリザベスがゾロに足を踏み入れられている事態からして既に異常で、それはフラガラッハという国家が侵入者を弾くシステムを放棄させられていることに因った。


 ゾロの四方を囲っていた城壁は三分の一以上も崩され、壁内に広がる都市は建物という建物が崩落し、火の手が方々で上がっていた。国家運営の中枢機能を担っていたはずの政府庁舎などは跡形も残っておらず、まだ生命力(アニマ)を残した人々であっても、皆が虚ろな目つきをして道ばたでへたり込んでいた。生者よりも目に見えて数が多い死者は野晒しの状態で、それを片付けるべき軍人や役人の姿はどこにもなかった。


 ゾロの周辺にたむろしていた亜獣はその殆どをファラが始末しており、セレスティアルらは街中へと強引に踏み込んでいた。そこで偶然にも簡易の葬儀を段取りしていた<星神(レストリネビュラ)>の神官と遭遇し、インドラ氏族を表す旗のはためく様を見かけたことから、セレスティアルが事情を尋ねるに至った。


 突如現れた強力無比な魔獣(ベスティア)がフラガラッハの領内各地で軍隊を蹴散らし、勢い止まるところを知らずにゾロまで侵攻してきたのだという。ゾロに立てこもった最後の戦士たちは、インドラ氏族の姫たるサラ・インドラを盛り立てて魔獣(ベスティア)へと抵抗を続けたが、敢えなく敗れ、サラも巻き添えを食って死んでしまった。


 仮にも国家を統べる氏族の姫であったので、神官たちはサラの遺体を引き上げ、簡素ではあったが彼女の魂を葬送する為の儀式を行おうとしていた。ちょうどそこに、セレスティアルらが訪れたものであった。


 エリザベスは、伴った闘士(スレイヤー)部隊を都市の内外へと散らせ、情報収集に努めさせた。一見してゾロは都市機能を喪失していて、首都がこれであれば総体としてのフラガラッハ連邦も終焉を迎えていておかしくはないと、エリザベスは最悪のケースを考えていた。


「貴女も、故人とは友人関係にあったのよね?公爵閣下と比べて、まだ元気が余っているように見えるけれど」


 ファラが貴人に対する口調ではなく、素のままに砕けたそれでエリザベスへと問うた。エリザベスはあくまで私人の立場でセレスティアルに付いて来ていたので、ファラはそれに応える形で態度を確定させていた。


「ええ。といっても、彼女と本気で何かを語り合ったことなんてないの。学生特有の、緩くて無責任な仲でしかなかったから。セレスは男でサラは女。そこに多少の差はあって然るべきでしょう?」


「そういうものかしら。それにしても、随分と理性的な振る舞いね。死者に鞭打つわけではないにせよ、偵察を出した手際は誉められたものだわ」


「・・・・・・私は、エリザベス・ルプルグだから」


 ファラは、気丈に胸を張って立つエリザベスを、努力の人間であろうと見定めた。エリザベスの眼鏡の奥で揺れる瞳には確実に哀しみの色が揺蕩っているのだが、それをおくびにも出さず、彼女は淡々とした表情で現実と向き合っていた。一方で、任務の上では自らの主に当たるセレスティアルは、絶望の縁に立たされたままのようで、ファラは何と言って彼を覚醒させたものかと珍しく気に病んでいた。


 セレスティアルは、横たわるサラの亡き顔に視線を固定したまま、内心で深刻なる攻撃衝動と戦っていた。ともすれば、拳に星力(レリック)を込めてどこぞの魔獣(ベスティア)を殴ってやりたい心境で、そのようなことをしても何ら意味がないと訴える正気との狭間でもがき苦しんでいた。


(サラ・・・・・・どう考えても、君は戦いになんて向いてなかった。いつもにこやかに笑って、誰かを貶めたり苦しめたりといった卑屈な生き方とは無縁だった。あらゆる不幸を前にしても、君の美貌と笑声が霞むことなんてなかった筈だ。・・・・・・それが!よもや、君が!よりにもよって、魔獣(ベスティア)なんかに殺されるだなんて)


「お嬢様!やばいですぜ!北側の門には、まだ魔獣(ベスティア)の影がある!」


 小走りに戻ってきた闘士(スレイヤー)の一人が、汗だくのままエリザベスへと報告した。二十名の戦力は半分が出払っており、エリザベスは少数で魔獣(ベスティア)と戦うリスクを嫌った。


「数はどうだったの?」


「へえ。遠くから眺めただけですが、二十は下らないです」


「全て亜獣?」


「・・・・・・一匹、盾象(シールドファント)みたいなでかいやつがいた。もしかすると、霊獣かもしれねえ」


 それを聞いたエリザベスは、瞬時に討伐のリスクを計算し、セレスティアルにこの場から立ち去るよう提案した。


「セレス。霊獣が出て来ている可能性がある。残念ながら、ここはもう終わりよ。魔獣(ベスティア)の手に落ちた拠点を奪回するには、百以上の大部隊を伴わないと」


「・・・・・・そういうこと、だな。引き上げるとしよう・・・・・・」


 力なく応じるセレスティアルを見たファラは、主の浮上は遠い先の話であろうと諦めた。エリザベスは散り散りになって活動している闘士(スレイヤー)へと退却の指示を飛ばしつつ、残るメンバーでゾロからの脱出を図った。霊獣が侵出してきている以上、無理に留まって戦い続けたとしても、魔獣(ベスティア)の増援が止む可能性は低かった。霊獣こそが拠点防衛の指揮官役に当たり、倒されても倒されても延々と湧き続けるその習性を、エリザベスは知識としてしっかり所有していた。


 セレスティアルの一行がゾロから飛び出して再び山間を駆け出したそのとき、ヒト型から鳥獣型、果ては幽霊型まで多種な魔獣(ベスティア)が現れて進路を阻んだ。仮にもリア・ファールの六大国に数えられた大国の首都近郊で、これほどの襲撃に遭うという出来事はエリザベスの想像の外であった。


「・・・・・・ざっと見て、三十匹はいる。ここに足を運んだのはやっぱり無謀だったのかしら」


 エリザベスはそう愚痴るも、雇い入れた闘士(スレイヤー)に円陣を組ませ、己とセレスティアルの身を守るよう徹底させた。そうして、この場の最大戦力であるところのファラへと熱い視線を送った。


「セレスティアル公爵閣下。いい加減、しゃきっとしていただけませんか?お悔やみになられる気持ちは分からないでもありませんが、ルプルグの御令嬢と比べて女々しいことこの上ありません。それに、市中の闘士(スレイヤー)に頼りきりではいたずらに犠牲が増えましょう。あの魔獣(ベスティア)、私が蹴散らしても宜しいので?」


「・・・・・・やってくれ」


「承知しました。ではこの私が、好きに料理すると致しましょう!」


 ファラは火星剣(ビスコンティ)を鞘から引き抜き、生命力(アニマ)を急速に燃やして戦闘態勢へ移行した。そして、エリザベスからの連携指示を聞くまでもなく、地面を蹴って魔獣(ベスティア)の群へと突撃した。


 エリザベスはファラの行動を暴挙であると決めつけたが、しばらくしてその考えは真っ向から打ち砕かれた。舞うように火の剣を振るうファラは、危な気なく魔獣(ベスティア)を斬って捨てた。一振り毎に一匹が斬り裂かれ、魔獣(ベスティア)はたちどころに数を減らした。


 エリザベスは唖然としてファラの戦いを眺めていた。


(これが、<火の騎士>・・・・・・。圧倒的じゃないの!こんな無茶苦茶な騎士(ナイト)を相手に、ラナン・クロス共和国はどうやって対抗してきたというの?)


 巨大な土竜の如き石魔(ストーニー)がファラへと体当たりを仕掛けるが、ファラは星力(レリック)の込められた細腕で軽々とそれを受け止めた。そしてすぐ様、回転斬りで石魔(ストーニー)を輪切りに仕立て上げた。


「脆すぎる!魔獣(ベスティア)よ、いま少し私を楽しませてみせなさい!」


 ファラは愉悦を隠そうともせず、そのまま火星剣(ビスコンティ)を手に舞い続けた。魔獣(ベスティア)は瞬く間に全滅し、ゼオーラの闘士(スレイヤー)たちは純粋に歓喜の声を上げた。だが、それは次なる戦いの開幕の鐘を鳴らしたに過ぎなかった。


 激しい地揺れが一同を襲い、ファラを除いた皆が平衡感覚を失って地面に倒れ込んだ。


 ファラは見た。地揺れを起こさせた主は、空から降ってきた巨大な魔獣(ベスティア)であった。


 その魔獣(ベスティア)は直立した牛のような外見をしていた。手足に当たる部位は枝分かれのした樹木のようで、幾十にも上る先端は触手宜しくうねうねと蠢いていた。二本角を生やした牛面には四つの眼球がぎょろりと覗き、赤黒い光が発されていた。全長でファラの三倍はあろうかという巨躯は、緑色で斑に白濁していた。魔獣(ベスティア)は全身隈無く星力(レリック)に覆われており、ファラは一見して標的の攻防に係る能力が高いことを見破った。


「大物と見たわ。言葉は分かって?お得意の、ブレインネットワークとやらで私のことを調べてみなさい」


『特定危険敵性体、ファラ・アウローラ。速ヤカニ、排除スル』


「知っているなら結構!早速、死になさいな!」


 ファラははじめから全力で臨んだ。ファラの突進に対し、牛の魔獣(ベスティア)は手足の先から無数の枝を伸ばして迎撃に出た。ファラは次々と襲いかかってくる枝を剣の一振りごとにばっさりと切断し、時間差で寄せてきた枝については左右にステップを踏んでやり過ごした。魔獣(ベスティア)の枝攻撃は、まるでストックが無いかの如く止む気配がなかった。延々と向かってくる枝を前にして、ファラの前進は徐々に停滞した。その機に目を付けてか、牛の魔獣(ベスティア)が巨体に似合わず軽々と空を飛んだ。


 空中からも繰り出される枝攻撃に加え、登場時と同じく質量を伴ったボディプレスが炸裂した。ファラは機敏に跳んで直撃を避けたが、セレスティアルらは余りの衝撃に宙を舞った。そして、エリザベスや闘士(スレイヤー)たちと共に地面に叩きつけられた衝撃で意識を失いそうになった。近くのゾロでは、度重なる地震によって辛うじて原型を留めていた建造物が相次いで崩れた。


 牛の魔獣(ベスティア)の四つ目が怪しく光った。ファラは星術方陣が起動するのを見たが、向かってくる数十もの枝を切り払うのに躍起になっており、対応が後手に回らざるを得なかった。魔獣(ベスティア)が緑光と共に発動させた星術(アーティファクト)は召喚術であったようで、たちどころに亜獣の群が発生した。


(こいつは、霊獣じゃない!・・・・・・となると、幻獣なの?)


 ファラはセレスティアルたちに視線を移し、幾人かの闘士(スレイヤー)が立ち上がって武器を構える様子を確認した。そうして、しばらくの間は同行者たちの命も持つであろうと判断し、自分は牛の魔獣(ベスティア)を退治することに専念した。ファラは俊足で枝から距離を置き、自らの火星剣(ビスコンティ)に彼女オリジナルの星術(アーティファクト)を行使した。剣身からは煌びやかな赤光が漏れ出し、線香花火のように舞い散った。


 すると火星剣(ビスコンティ)から離脱するようにして、羽を生やした小さな亜人の女が飛び上がった。遠目にそれを目撃したエリザベスは、ファラがどのような手段を講じてか剣に宿していたらしき妖精族を解放したのだと判断した。


「ファラ!私を自由にしたって、あんなの相手じゃ役に立てないよ?」


 剣との融合を解かれた妖精は、羽を器用に操ってファラの肩にちょこんと乗った。肩までの黄色い髪は毛先が外に跳ね、ミニチュアサイズながらにプロモーションにメリハリのある美形の妖精であった。


「ロリ、枝の剪定を分担なさい!隙を見て、私が奴に重い一発をお見舞いしてやる」


 ファラは、自分めがけて鋭い勢いで射出される枝を切り払いながら、妖精ロリエルへと指示を出した。ロリエルは不平を漏らすでもなく、即座に星術(アーティファクト)を起ち上げると、風の刃を放出して魔獣(ベスティア)の枝を切断しに掛かった。牛の魔獣(ベスティア)は、全ての手足から絶えず吐き出される枝を漏れなくファラへと差し向けていたので、ロリエルがその半数を受け持った時点でファラの負担が半分まで減った。


 ファラは改めて牛の魔獣(ベスティア)へと突き進み、全身を錐揉み状に回転させることで、向かってきた枝を弾き飛ばした。そして、ついに敵の懐そばにまで達した。


「失せろ!」


 ファラは牛の魔獣(ベスティア)の胴体へと火星剣(ビスコンティ)を叩きつけた。荒れ狂うファラの星力(レリック)は渦巻く炎の竜巻と化して周囲の大気を巻き込み、牛の魔獣(ベスティア)が召喚した亜獣の一部を消し飛ばした。


 ファラは手応え十分と感じていたが、衝撃が強大過ぎた為に己も弾き飛ばされた。セレスティアルやエリザベスは、ファラの強撃の威力に光明を見出していたが、それは直ぐに不穏な空気に掻き消された。牛の魔獣(ベスティア)は腹部を破損こそしていたが、活動それ自体に大した支障はないようであった。手足から伸ばされた幾十もの枝を鞭のようにしならせるや、またも方々へと散らし始めた。


「ロリ!」


「分かってる!」


 ファラとロリエルは手分けして枝を切り飛ばしに掛かるが、流石に全方位をカバーすることは叶わず、枝攻撃がセレスティアルたちの固まる一帯にまで到達した。セレスティアルはエリザベスを背後に庇い、必死になって枝を剣で弾いた。一方で、闘士(スレイヤー)たちは亜獣を相手にしていこともあり、対処が遅れた。次々と枝に全身を刺し貫かれ、果てていった。


 戦況は刻一刻と悪化を見、ファラの形相にも焦りの色が浮かんだ。


「ファラ、もう追いつかないよ!」


「見れば分かる!」


 ロリは悲鳴を上げながらも星術(アーティファクト)で着実に枝を刈り取っていたが、ファラはというと、牛の魔獣(ベスティア)を強襲することに躊躇っていた。


(完璧に決まっていた。それがあの程度のダメージということは、奴の素の耐久力が私の想像以上に高いことを意味する。・・・・・・ロリ以外に、攻め手がもう一本必要だ。このまま続けても、生命力(アニマ)がガス欠になって終わる未来しか見えない!)


 ファラは戦況を悲観的に捉え、セレスティアルとエリザベスを如何に逃がしたものかと考え始めた。その矢先、ゾロとは逆の方角から土煙が大きく上がり、続けて馬蹄の音が幾重にも聞こえてきた。遠視の星術(アーティファクト)でそれを視認したファラは、牛の魔獣(ベスティア)を攻撃することを止め、急ぎセレスティアルの下へと走った。


「公爵閣下、逃げます。近付いてくる集団はどうやらフラガラッハの部隊のようですので、これを機に脱出しましょう」


「・・・・・・勝てないか?君の力でもってしても」


「足手まといがなければ、もう少し粘っても見せましょうが」


「分かった。ファラ・アウローラ・ハウ女男爵に任せる。ベティ、良いね?」


 エリザベスは大人しくセレスティアルの意見に従った。というのも、彼女が伴った闘士(スレイヤー)は八割方倒れており、このまま戦い続けるという方針は定めようもなかった。フラガラッハの部隊は五十騎程が駆け付けた模様で、そのまま牛の魔獣(ベスティア)や亜獣との乱戦が展開された。


 ロリエルは殿となって星術(アーティファクト)による狙撃を続け、せめて亜獣の数を打ち減らそうと努力していた。新手の出現に乗じて戦場から遠ざかりつつあったセレスティアルの一行へと、牛の魔獣(ベスティア)が咆哮とも判別し難い怒声を放った。


『逃亡シテモ無駄ダ!世界ハコノママ我等ガ<欠片(フラグメント)>ニ埋メ尽クサレル!コノダンダリオンガ、必ズヤ特定危険敵性体ヲ排除スル!』


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