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魔獣と滅びゆく世界の戦記  作者: 椋鳥
本章第一部 一姫当千の許嫁は戦場で火の騎士と踊る
42/107

4 最後の使者-3

***



 レイフ・ヤタガラスには軍令が下りて、聖院ラトの使者付武官として単独行動が認められた。二人旅になるため、レイフは軍の補給担当から必要な物資の支給を受け、二頭の馬にそれらを荷として括り付けた。


 西部のシジマエリアまでは国都マテウスから馬で三日を要し、そこからさらに西へ半日進むと、勇壮なるシジマ連峰が視界に収まった。リア・ファール大陸の極西においては縦に長く山脈が連なっていて、ラナン・クロス共和国領内ではシジマ連峰と呼ばれていた。シジマ連峰は、北上した先の皇国アルカディアにも繋がっているため、アルカディア領内ではまた別の名が付けられていた。


 三日間の行程は強行軍に近かったものだが、軍属のレイフは元より、見た目にか弱いイオナ・エゼルエルまでもが意外にぴんぴんしていた。日が沈むまでに最寄りの村落に到着したいが為、レイフは馬足を鈍らせることなく、手綱を操りながらイオナに声を掛けた。


「イオナ様。感服しました。この三日、走り通しで申し訳なく思っておりましたのに、かように頑健でしたとは」


「お褒めいたただく程のことではありませんよ、ヤタガラス卿。小生はこれで<ネキオマンティア>の一員ですから。星術士アーティフィサーがひ弱な頭脳労働者というのは古い観念なのです。魔獣ベスティアと生存を賭けて争うというに、心身を鍛えぬ術者など偽りであると言って良いでしょう」


 少女の外見をしてなまじ立派なことを言うものだから、レイフは中々イオナの印象を決定できないでいた。


「・・・・・・そうですね。ですが、イオナ様。ニナリスはそれほど体を鍛えているようには見えませんが」


「・・・・・・言い聞かせてはいたのですが。ニナリス嬢は星力レリックの変換効率に恵まれ、高出力の星術アーティファクトをも軽々使いこなすのですが、如何せん自分を追い込んでまで鍛錬しようという気概に乏しい。ヤタガラス卿に説法するまでもないでしょうが、出自があの子を甘くさせる」


 イオナの言にはレイフも頷くところで、ボルジアという大軍閥の統領一家に生を受けたニナリスは、軍人にあるまじき奔放さを隠そうともしておらず、汗をかく機会を常々拒否してきた。それでも、先にレイフについて戦場へと赴いた際には、星術アーティファクトを駆使して彼の突出を上手く援護して見せた。


「時に、ヤタガラス卿。ニナリス嬢はどちらの戦地へ行かれるのでしょう?またもや皇国アルカディアとの間に戦端が開かれるのでしょうか?」


「機密事項です・・・・・・と言いたいところですが、そもそも自分には知らされておりません。ニナリスはああいった身分ですから、特例で知り得たものと思われます。これはただの私見ですが、貴国の藩領から抑止されている手前、それを無視して安易にアルカディアへ侵攻するとは思えません」


「左様ですか。それにしても、貴国も皇国も、人間の国家同士で延々と争いを続けて難儀なことです。リア・ファールは中央域セントラルエリア以北と大陸が隔絶されているため、魔獣ベスティアの被害が比較的少ないですし、亜人の共同体も殆ど形成されておりません。それが人間の国家を繁栄させ、また増長を呼び込みました。こうまで同族間闘争を激化させては、遠からず<星神レストリネビュラ>の罰が下りましょう。・・・・・・グルファクシーやフラガラッハの為政者にも言い聞かせてやりたいところです」


 イオナの言い分は分からないでもなかったが、レイフはラナン・クロスの軍人たる自分に返せる言葉はないと黙りを決め込んだ。イオナは続けて、魔獣ベスティアの脅威を切々と語り始めた。


「リア・ファールでは魔獣ベスティアの組織的攻勢に遭遇する機会が乏しいですよね。北域ノースエリア中央域セントラルエリアの星術学院とは交流を続けていますが、あちらでは、霊獣を中核とした亜獣の群に町や村を占拠されるという悲劇が珍しくないそうです」


「・・・・・・我が国でも、そういった例が無いわけではありません。具体の地名は明かせませんが、霊獣に居座られた村落を放棄して、軍が包囲・監視を続けております」


「それは、包囲・監視の行き届くくらい実例が少ないということです。ヤタガラス卿。小生は心配なのですよ。魔獣ベスティアがリア・ファールで本格的に暴れ始めたとして。幻獣や神獣までもが牙を剥き始めたなら、六大国をはじめとする諸国はいがみ合いを止め、統一された意志の下で抵抗出来るものなのか。アズライール・クインシー亡き今、新たな英雄の誕生はあるのか」


「<ネキオマンティア>がその旗を掲げるのでは駄目なのですか?」


「・・・・・・リア・ファールで星術士アーティフィサーが脚光を浴びるというのは、現時点では夢物語に近いでしょう。猛き者、即ち恐ろしき者。その程度の評価がせいぜい。この南域サウスエリアでは、剣士のような分かりやすい象徴が民に望まれるのだと存じます。そう、魔獣ベスティアを物理的に圧倒してみせる、かの大剣豪のような勇者が」


 言って、イオナは手綱を握りしめたまま、レイフへと笑みを送って寄越した。ポニーテールに結われたイオナの萌葱色の髪がぴょんぴょんと跳ね、レイフの目に留まった。レイフは自分が発破をかけられているのだとある程度自覚していたが、これもまた返事をする資格なしと断じて無視した。


 目的地と定めていた村を目前にして、二人はすぐに異変を察知した。視界に映った遠景において、あちらこちらから火の手が上がっていたのである。街道と呼ぶには舗装の雑な道を急いで進み、レイフは村の手前で屋根と水場だけが設置された簡易の厩舎を発見すると、直ぐに馬をつなぎ止めた。そうしてイオナを促すや徒歩で村へと踏み込んだ。


 イオナが星術アーティファクトを展開して星力レリックによる周辺走査を行ったところ、近隣において生命活動が認められる人間は、すでに数が少なかった。


「ヤタガラス卿、当たりです!この村は、魔獣ベスティアの襲撃を受けたものと存じます」


「いました。イオナ様、私の背後に」


 レイフはイオナを背に庇い、家宝の超長剣を抜いた。燃えている家屋の陰に、のそりと動く四足歩行の巨大生物が確認された。その大型の魔獣ベスティアは、頭部より銀の直毛を生やし、胴や足が黄土色の毛に覆われた狼のような見た目をしていた。


 レイフは魔獣ベスティアと目が合った。その落ち着き払った深緑の瞳に知性の光を感じ、直ちに飛び掛かってくることもなかったため、レイフは背後の星術士アーティフィサーへと注進した。


「これは・・・・・・イオナ様。こやつの冷静なる佇まい、単細胞の亜獣どもとは一線を画します」


銀冠狼シルバークラウンです。霊獣に間違いありません」


 イオナより望んだ答えが得られ、レイフは握る手から禍津神マガツカミへと星力レリックを流し込んだ。例え霊獣が相手であっても、軍人たるレイフに挙動の乱れは起き得なかった。レイフは実戦で霊獣と戦った試しはなかったが、亜獣を圧倒する自分が勝負にならないなどという事態は少しも考えていなかった。


 イオナが撤退を進言しようとした矢先に、銀冠狼シルバークラウンが敏捷な動きでその場から後退した。レイフは追跡したものかイオナの顔色を窺い、首を横に振られたことでそれを断念した。


「霊獣が出張ってきているのですから。この村を取り戻すには、相応の軍事力を投じる必要があります。ヤタガラス卿、ここを離れて山中に入りますよ。敵がどこから湧いて出たものか、調査せねばなりません」


『調ベテモ無駄ダ、人間ノ戦士達ヨ』


 高所より落とされた声に、レイフは耳を頼りに発信源を特定した。レイフらの背後、半壊した建物の屋根の上に、銀冠狼シルバークラウンが悠然と立っていた。イオナは相手が武力に物を言わせてこないと踏んで、会話に応じて見せた。


銀冠狼シルバークラウン。ここなレイフ・ヤタガラスは、かつてあなたたちの本拠地に攻め上った英雄、アズライール・クインシーが剣の系譜に連なる戦士です。小生らを追わば、無駄に命を散らすはそちらになるでしょう」


『特定危険敵性体ノ名ヲ認メタ。ダガ、汝ラハ対象デハナイ』


「降りかかる火の粉は払わせていただきます。ですが、小生らにここで戦闘を継続する意思はありません。・・・・・・ヤタガラス卿。荷をばらして、最低限の物資のみを持参するとしましょう」


「はっ」


 イオナが村外へと向けて駆け出すので、レイフは彼女の背を守るようにしてそれに続いた。銀冠狼シルバークラウンが突撃してくるようであれば迎え撃つ構えで、レイフは禍津神マガツカミを抜き身のまま携帯していた。結局霊獣は最後まで追撃に出て来なかった。


 村の中には亜獣の類もうろついており、それらは適宜レイフが斬って捨てることで、二人は無事に外へ脱出することが叶った。馬は諦め、必要なだけの荷物を背負って、二人は遠回りにシジマ連峰を目指した。登山用の装備は準備してあったので、裾野に着いた時点でレイフは軍服の上から、イオナは長衣の上からそれぞれ防寒着や肌を防護するための用具を取り付けた。


 怪異の捜索についてはイオナが星術アーティファクトで一手に担い、レイフはただ彼女を護衛して共に山中を歩いた。麓の村で霊獣と接触してから一日半が経過してようやく、二人は通りがかりの自然窟でキャンプを張った。


 夜間であるため星術アーティファクトで薄明かりが灯され、寒気を緩和するべく二人は毛布にくるまり肩を寄せ合っていた。一口に洞窟と言っても十歩も進めば行き止まりという狭いもので、雨風を凌ぐ以外に使い道はないと思われた。


「ヤタガラス卿。自動で反応する警戒網を張ってありますから、そのままお休みになってください。明日からはいっそうの強行軍になるかもしれませんので」


「はい。イオナ様」


「・・・・・・何も、訊かないのですね?」


「何をですか?」


「小生の任務についてです。こうしてシジマ連峰に踏み込んで何を調べるのか。具体の捜索対象はあるのか、といった点が気になりませんか?」


「はあ。私は国防軍の命令でイオナ様に付いておりますので。任務に私情を差し挟むつもりは毛頭ありません」


 レイフは気丈にもそう言い切って、自身を納得させた。イオナは横目にレイフの顔を見て、これが若さの為せる技かと小さく溜息を吐いた。


「ヤタガラス卿。それは貴方の美徳であり欠点でもありますよ。私情を殺すというのはなるほど、軍人としては百点の回答でしょう。ですが、はじめから全ての思考を放棄していては、星術アーティファクトで操られた木偶人形と変わりありません。それでは、臨機応変に正常なる判断を下せなくなろうというものです」


「私が自分勝手な判断で動いては、指揮者たるイオナ様の目的と合致しない恐れがあります。それではチームとしての任務遂行に支障を来すと考えますが」


「正しい。完全に正しい意見です。小生が真に信用に値する指揮官であるならば。これは仮定の話ですが、上位者たる小生のやり方が明らかに間違いであると分かっていて、ヤタガラス卿はそれでも判断をこちらに預けるおつもりですか?行動の正誤や、それがもたらす損得の評価を何ら考慮に入れないと?」


「・・・・・・時と場合によります」


「良かった。盲目的に小生を信じると言われては、そこまでの堅物を口説き落とせる自信などありませんから」


「口説き落とす、ですか?」


「こちらの話です。気にしないでください。そう、訊いてくれないから自主的に喋りますが、散策を続けている内に、魔獣ベスティアからの襲撃に遭うと予測されます」


「・・・・・・承知しました。そのつもりで用心します」


「十中八九、敵は霊獣以上の格になりましょう。ですが、ご安心を。小生の星術アーティファクトとて捨てたものではありません。小生の戦闘力だけは、信じていただいて結構です。<星神レストリネビュラ>に誓って、刃向かう敵には鉄槌を下してやりますから」


 そう言って、イオナは静かに目を閉じた。その様子を盗み見たレイフからすると、やはり疲れ切った少女が睡魔に負けてうとうとしているものとしか受け取れなかった。レイフは半覚醒状態を維持したまま目を閉じ、体を休めにかかった。その状態であれば休みつつも不意の事態に即応することが出来た。これはアズライール・クインシーから叩き込まれた戦場における休息の取り方で、レイフが好むところの玄人肌の技であった。


 翌日、小雨が降ってはいたが、二人は山歩きを再開した。イオナは何か確かなものを探しているようであったが、レイフはこの段階で問い質したりはしなかった。登りつつ、進路を北にとっていたので、レイフは休憩の度に地図と睨めっこをして現在位置を測定した。このまま突き進めば何れは皇国アルカディア領に達するわけで、たとえ二人に過ぎないとはいえ国境侵犯の危険は度外視出来なかった。


「イオナ様。いま少し北上すると、地図の上では緩衝地域に突入します」


「なるほど。国境でいうところの、貴国と皇国の間に位置する中立国家群の領土というわけですね?」


「その通りです。緩衝地域にいる内は、万が一どこぞの哨戒の兵士に見つかっても逮捕されることはありません。我が国との協定がありますので。しかし、アルカディア領に一歩でも侵入した暁には、問答無用で攻撃対象になるものと思われます」


 イオナはそれを良しと受け取ったのか、幼い顔に不適な笑みを形作るに止めた。レイフはその時を迎えたならば改めて警告を発しようと、注意はそれきりにしてイオナが指示するままに北進した。


 さらに翌朝、まだ夜が明けて間もない時間帯に、事は起きた。遠くで発生したと思しき爆発音に気付いたレイフが飛び起き、夜営の周囲を確かめると、山中には薄く靄がかかっていた。それは視界を無くす程ではなかったが、偵察の足を出さねば事態の把握は難しいとレイフには思われた。地面も湿り気を帯びていて、斜面を駆け抜ければ足を取られそうな状況と言えた。


「ヤタガラス卿?」


 イオナが寝袋から顔を出し、目ぼけ眼を盛大に披露した。その惚けた様子を見たレイフは、何事か起きているであろう地点が、彼女の警戒網の外にあるものと認識できた。


「イオナ様。だいぶ離れていましょうが、爆発に起因すると思しき音が聞き取れました。魔獣ベスティアが何かしらの戦闘状況にあるのかもしれません。偵察に出る許可をいただけますでしょうか?」


「分かりました。お願いします。くれぐれも、無理をなさらぬよう。単独で上位の魔獣ベスティアと戦闘に及ぶことを禁じます」


「はっ」


「それと、万が一はぐれてしまった場合は、星術アーティファクトを用いて小生からアクセスしますので。無闇やたらに私を捜して回ろうとはしないように」


 レイフは頷くと、星力レリックを巡らせて足回りを強化し、さらに知覚をも鋭敏にさせた。そして靄のかかった山中を早足で駆けた。周囲の環境は岩石地帯というより森の中のようであり、鬱陶しく茂る樹木や雑草を手でかき分けて、レイフは音が鳴ったであろう地点へと方角を合わせて進んだ。途中、イオナが張った警戒網の境を超えたことは感知できた。


(やはり、イオナ・エゼルエルの星術アーティファクトは一級品だ。眠っていながら、ここまでの広範囲を星術結界でカバーしていたのだから。ともあれ、ここいらはそろそろ皇国領に当たるか・・・・・・)


 国境線を気にし出したレイフにお構いなく、翼を派手に断ち切られた鳥面の魔獣ベスティアが倒れ込んできた。レイフは相手を敵と瞬時に識別して、禍津神マガツカミを横に一閃した。鳥面でヒト型の四肢を持った魔獣ベスティアは『ガアッ!?』と悲鳴を上げて両断された。


(こいつは・・・・・・霊獣なのか?鳥人とでもいうような外見をしているが、背から生えた両翼は何れも半ばで切断されている。イオナ様の到着を待った方が良さそうだな)


 レイフはイオナを呼び寄せるべく決められた合図を放とうとした。その時、横合いから異様なプレッシャーを伴った攻撃が仕掛けられた。超反応で察知したレイフは、向けられた攻撃へと禍津神マガツカミを合わせ、剣と剣とがぶつかり合って星力レリックの衝撃波が周囲に散った。


「・・・・・・これはこれは。失礼。人間の男であったか」


 レイフへと斬り掛かってきた敵は女で、上半身のみ軽装甲を着込み、袖無し外套を羽織った騎士ナイトの身なりをしていた。女の側はレイフが防寒着の下に纏う軍装にピントがきて、両者は互いの身分を何となしに特定した。アルカディアの騎士ナイトと、ラナン・クロスの軍人。


 そうして不意打ちと謝罪から始まった二人の出会いは、深く言葉を交わすこともなく、必然的に激しい斬り合いへと発展を見た。


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